6-3.出生の秘密は定番!
さて、なんでまたこんなところに竜神様が……
というか竜神様捕まえちゃったよ。メイちゃん、すげー……
じっと物言いたげな眼差しで眺め下ろすこと、体感時間でざっと15分。
……とは言いましてもここは夢の中なので、現実換算でどのくらいの時間が過ぎたのかはよくわかんないけど。
まあでも、夢の中で感じる分には結構な時間、眺め続けました。
その間、鳥姿の癖に竜神様はだっらだら冷汗を流しているように見えます。
うん、いい加減にその仮装(?)止めよう……?
「セムレイヤ様ー?」
「……貴女には、隠しても無駄でしたね。貴女は、知っているのですから」
ゆるゆるとした口調で、ようやっとセムレイヤ様が口を開きました。
めちゃくちゃ口が重かったのはなんでだろうね。
もしかしてまだ誤魔化せると思いたかったのかな?
セムレイヤ様のその竜の目を見ちゃったら、もう無駄なのに。
鳥に化けた竜神様は、諦めたように溜息1つ。
その溜息が合図だったみたいに、いきなり瞬く間に姿が変わりました。
すう……っと。
まるで摩り替るように姿が変わる。
「ここは貴女の夢の中、私の存在全てを支えるには脆い場所。ですが……本当の姿とまではいきませんが、近い姿を取ることは可能でしょう」
本当の姿を晒せば存在の重さを支え切れず、メイちゃんの夢が崩壊して一緒に精神まで……ってなんか怖い呟きが聞こえたよ!?
え、ちょ……本当に大丈夫なの、竜神様!
戦々恐々と腰を引いた、私の前で。
セムレイヤ様の輪郭が鳥類とは程遠いものに……
「正体を隠すことを無礼とするのであれば、偽りを削ることでいくらかの侘びと受け取ってください。存在に制限をかけていますので、本来の大きさをお見せする訳にはいきませんが」
そこには、 爬 虫 類 がいました。
メイちゃんと同程度の大きさの。
わー……おっきいなぁ…………メイちゃん、こんな大きな爬虫類初めて見たよ……。
勿論、それが『ドラゴン』だと考えるとミニマムサイズにも程があるんだけれど。
7歳児とほぼ同じ大きさで現れた竜。
金色の鱗を艶めかせ、大きな皮膜の翼を2,3度バサバサさせて収まりの良い姿勢を見つけたのか、セムレイヤ様はゆったりと枝の上に腰をおろしました。
『ゲーム』のムービーで見たセムレイヤ様は怪獣映画を素でやれる大きさだったから、この姿はきっと仮の姿なんだろうけれど。
……なんか、模型みたい。
緩く鋭い眼差しを緩め、満足げに息を吐く。
「――このくらいの姿ならば、大丈夫でしょう」
そう言って、満足げに自分の体を見下ろすセムレイヤ様。
うん、でもちょっと待とうよ。
せめてメイちゃんに危険性に関する説明と許可を得てからやってほしかった……!
ミニマムサイズのドラゴンとか、なんかちょっと可愛いから許すけど!!
丁度パッチリ目線の高さはおんなじで。
真っ向から神様の真っ直ぐな視線で見つめられると、ちょっと緊張。
でも竜神様がなんでわざわざ私の夢に居たのか、知りたい。
メイちゃんがこの世界の異分子だから警戒に……とかそんな怖い理由じゃないよね?
ましてや異物混入は問題だから片付けに来た……とかじゃないよね? ね?
此処が前世における『ゲーム』の世界だと知った時から、胸の奥に緩くある気持ち。
自分はここの世界じゃ異端……異分子なんじゃないかって。
そんな気持ちがあるから、より一層、竜神様を前に緊張しちゃう。
その答えを早く知りたい。
ちゃんと知って、受け止めて、呑みこみたい。
抵抗せずにはいられない、納得できない理由であっても知らないではいられない。
勿論、抵抗したってセムレイヤ様がその気ならメイちゃんには手も足も出ないんだろうけれど……それでも、気持ちの問題で。
だから、私は顔を上げる。
俯かせる気はないよ。
ちゃんと、納得したいんだから。
だからメイちゃんは、真っ直ぐにセムレイヤ様の目を見返す。
セムレイヤ様のお顔に手を伸ばし、額に額を合わせて。
かなり距離感近いけど、この程度の無礼は今さらだよね?
私は真っ向から合わせた目を、至近距離でじっと覗き込む。
――相手がセムレイヤ様なら、交渉の余地があります。
『ゲーム』のシナリオを知っているから、こそ。
この神様の気を引いて、私を排除しようなんて考えを封じる道がある。
……それに記憶が確かなら、セムレイヤ様自身、かなり温厚な神様だった気もするし。
場当たり勝負的な気持ちで、メイちゃんはセムレイヤ様に問いかけました。
「――なんで、竜神様が私の夢にいるの?」
「気になったから、でしょうか」
「わーお……」
間髪返ってきた答えに、思わず拍子がすっぽ抜けたよ!?
何の躊躇も一切なく、夢に侵入してメイちゃんを監視していた理由が、『気になった』から……!
え、なにその普通の理由ー……。
「気になった……って、メイちゃんのなにが……?」
「貴女の夢……『あの子』に待ち受ける運命と、未来が」
「えぅっ」
「はぐらかすのは、止めましょう。私がこう思う理由も、貴女には心当たりがあるでしょう……? 獣人の子、メイファリナ」
「あわぁー……!」
あ、駄目だこれ。
この神様、全部察してるっぽい。
メイちゃんが何者か、とかじゃなくって。
メイちゃんが何を知っているか、ってこと。
――ああ、うん。
そりゃ興味深いよね……
そうだよね、竜神様、前から私の夢を観察してたんだもんね。
ならとうの昔に色々気付いてるよねー……。
「これは『我が子』の命運がかかっていること。魂の負荷をわかっていながら、無断で夢へと侵入した非礼は詫びましょう。
――しかし、貴女の夢を見に来ずにはいられなかった。
他でもない、『私の子』に関わることだからです」
メイちゃんの目を、真っ直ぐと見たまま。
竜神様はゆっくりと……私に向って竜の長い首を躊躇わずに下げる。
本当に申し訳ないって、こんなちいちゃなお子様に頭を下げてくれる。
神様が、神様なのに。
そこに竜神様の本気を感じて、私は絶句してしまいました。
最強の竜神、セムレイヤ様。
神々の戦争で滅んだ神々の一種『竜』を率いていた武神様。
そんな偉い方が私みたいな子供に頭を下げてまで夢に潜り込んだ訳。
私はそれを知っています。
竜神様が私の夢を無視できなかった訳も、わかってるつもり。
うん、知ってるんだ。
だって竜神様はこの千年、ずっと探していたんだって知ってるもの。
――竜神様に遺された、たった1つの忘れ形見。
この世に残った、唯一の同胞。
でもそれよりもずっとずっと大きな意味を持っているモノ。
竜神セムレイヤ様はずっと探していたんです。
この世に遺された唯一で……千年前に見失って生き別れてしまった、竜神セムレイヤ様の実のお子さんを。
戦争で命を落とした妻神の忘れ形見、『竜神の卵』を。
それが実は、『ゲーム主人公』な訳なのだけど。
RPGに限らず、英雄譚系主人公にはお約束!
定番中の定番、そのものズバリ『出生の秘密』。
……例に漏れず、前世の私が愛したRPGゲームにもあったよ。
謎に包まれていた主人公の両親が、実は――!?っていう展開。
それで生き別れた身内が、敵に回っていたりとかする訳ですが。
この世界で数年後にリアル英雄譚を築き上げるであろうリューク様にもやっぱり出生の秘密があるんだよ。
その最大の要素が、今メイちゃんの目の前にあります。
竜神セムレイヤ。
天界最強の武神にして、竜達の長。
そして今では唯一の神。
その御子さんって、ちょっと設定盛り過ぎな気もしますけど。
自分の本当の両親は?とか、自分は他のどの種族とも違う特徴を持っているけれど、自分の種族って一体?とか。
様々な出生に関する悩みを抱えたリューク様。
彼のパパさんは神様で、ママさんも神様で。
本人知らないけど、リューク様の種族は正真正銘『竜神』な訳なのです。
……最も、『覚醒の儀式』を行っていないので、竜神とは言っても神様としての能力なんて何も使えないし、竜としての特徴も全然揮えていないんだけど。
ゲームでもかなり後だしね、リューク様が自分の正体知るの。
千年前の戦いで、天界はセムレイヤ様と卵を1つ残して全部滅びました。
この時点で卵の中にいたリューク様はまだ『生まれていない』って扱いで数には入らなかったっぽい。ノーカンだったんだね。
セムレイヤ様もそれまでお仕事していた神様方を悉く封じちゃったものだから、仕事のしわ寄せが全部セムレイヤ様に行っちゃって激務も激務。
子育てに専念するのは夢のまた夢。
それに仕事に追われる父親以外に誰もいない天界で寂しく育てるのがどんどん可哀想になってきたらしい。セムレイヤ様が。
奥さんが生きていた頃は賑やかに、元気に育ててお友達もたくさん作ってあげたいと思っていたそうな。
だけど静寂の天界では、『賑やか』も『お友達たくさん』もハードルが高いというか……むしろ逆に虚しくなりそうだよね!
だからセムレイヤ様は、卵状態のリューク様を下界に降ろす決意をしたんだって。
下界で良い義理の両親を見つけさえすれば、きっと『賑やか』に『たくさんのお友達』に囲まれて、幸せになれるから……と。
そんな思いで下界に卵を降ろすことにしたらしいのだけど。
途中でリューク様の卵が何者かに略取されて行方不明……って、この場合、運が悪かったのはセムレイヤ様なのかリューク様なのか…………。
下界に降ろされていく途中の、無防備な最中。
ノア様の封印に成功して、もう敵対する者はいないとセムレイヤ様が油断していても仕方がないと思うけど。
でも、それはセムレイヤ様の手落ちだったんじゃないかな。
ノア様は封じられて、身動きが取れないけれど……
知性や理性を失った他の神様方とは違って、知性や理性を分離できなかったノア様は丸ごといっしょくたに封印されていた。
つまり体は身動きできなくっても、考える頭も意識もあった。
だからやっぱり、セムレイヤ様の油断だったんだと思う。
卵のリューク様を誘拐したのは、ノア様の手のモノ……
理性も知性も失って尚、ノア様に従わなければと漠然と本能に刻んだ魔物たち。
中でも力の強い魔物に投影された、ノア様の影。
いっつもそんなことができる訳じゃないけど、卵のリューク様を誘拐した時は……色々と条件がそろっちゃったんだって。
ノア様が動けるだけの、条件が。
そうして無防備な一瞬を狙われたリューク様(卵)は攫われた。
ちょっかいをかけられ、行方不明になり。
卵は神々の命運を左右するセムリヤ歴1,111年に合わせて孵化するように凍結されて千年近い時を超える。
そうして今から9年前に、リューク様は卵から孵りました。
生まれたばかりで、地上のどの種族とも判然としないまま。
ただ通りすがりの、何も知らない義父母に拾われた。
裏側に介在する、ノア様の思惑も知らないままに。
ずっとずっとまだ生きている筈の我が子を探す、セムレイヤ様の知らないところで。
「……本来であれば、私はまだまだ探し続けていたでしょう」
「そうですねー……ゲームじゃリューク様12歳の時にセムレイヤ様と初遭遇する設定でしたが……なんでここにいるんでしょうね」
「うん、これは本来であればイレギュラーというべき事態なのでしょう。実際に、メイファリナ……貴女がいなければ、私は我が子を見つけるにまだ時間をかけることとなっていたはず」
「わー……その言い方、メイちゃんがいたからリューク様が見つかったって聞こえるんだけど……」
「実際に、そうなのです。探し続けることに疲れ果てた日々、それでも諦めきれず、探し続けることしか出来なかった。そんな日々に変化を見たのは……今から1年ほど前のことです」
「い、1年前って……も、もしかしてっ」
「メイファリナ、貴女は――1年ほど前、あの子と夢で繋がりを持ちましたね?」
「うわ、めちゃくちゃ心当たりが……」
今から1年くらい前。
メイちゃんがした、忘れられない奇妙な出来事。
結局あんな経験はあれ1回きりだったけど。
他人の夢に入ったなんて、特殊な経験忘れようがないよね。