6-2.天上の神話
メイちゃんたちの世界の、神様達の事情説明回です。
なので展開的には全然進んでいません。
私達の住む世界は、とっても未熟で不安定。
そのままにしておいたら、『世界』は支えを失って崩壊してしまうそうな。
うん、とっても物騒だね!
だからそうならないように管理して、世界を支えている方々がいらっしゃった訳です。
つまり、『神様』だよね。うん。
とても危うい世界だから、その分たくさんの支えが必要で……だから、千年よりずっと前には大勢の神様が天上の世界にいたの。
危うい世界を、神様たちが分担して管理し、支えていたんだって。
ずっと、ずっと遠い昔は。
今は違う。
今は全然違うんだよ。
広い広い世界の空に広がる、やっぱり広い天上の世界。
今、そこにいる神様は『1柱』だけ。
私達を見守り、愛しんでくれる竜神セムレイヤ様だけ――
竜神であるセムレイヤ様を残して、他の神様方はみんないなくなってしまった。
どうしてかなって、思うよね。
それは、神様方の『戦争』があったから。
今から千年と少し前まで、天上の世界にはたくさんの神様がいました。
まだまだ手のかかる世界の管理にはいっぱいの手が必要で、神様たちはそれぞれに己に合った地上のモノを司り、管理し、見守っていました。
そうやって世界全体を支えていたんです。
1番上に立って神様たちを治めていたのは、主神ノア様。
今の時代じゃ、古代神ノア様と呼ばれる方です。
それからノア様の独断で全てが進まないよう、時に諌め役となる神様がお2方ほど並び立っていました。
ノア様と2柱の神様は得意な分野は違うものの実力は伯仲していて、それぞれノア様と対等に近い立ち位置にいたそうです。
その2柱の片方が、竜神セムレイヤ様でした。
まあ長いこと、それこそ千年万年、神様方は地上を見守っていました。
そんなある時、賢すぎたせいで頭のネジが飛んだのか、主神ノア様がぷっつんきて突っ走り始めたそうです。
――地上を滅ぼそうという、方向に。
神様方は本当に心を砕いて地上を見守っていました。
それぞれ時に望む結果も望まぬ結果も受け入れて、地上の栄枯盛衰に決して余計な干渉をせず、見守っていました。
だけど地上の生命の中には、思考能力が発達したが為に酷く無軌道で、自分勝手で、考えの足りない種族がいました。
危なっかしい世界で、最も危なっかしかったモノ。
放っておいたら何をするかと、神様方を常にハラハラさせた。
個々が好き勝手に動くから、とっても管理の難しい種族。
――人間・獣人・魔人を全てひっくるめた、『ヒト』のことです。
主神ノア様は、ある日言い出しました。
『ヒト』を滅ぼそう。地上を滅ぼそう。
全てを真っ更に戻して、もう1度やり直そうと。
ノア様は神様方の王様だったので、多くの神々が賛同しました。
少し嫌だなと思う神様も、主神様のおっしゃることならと従いました。
主神ノアの意見には賛同する神もあれば、反発する神もいましたが、相手が『主神』だからと逆らえずに唯々諾々と従う神様が最も多かったそうです。内心では反発していても、神様の世界もどうやら縦割り社会らしいよ。
でも反発する神様がいたことからも察せられる通り、神々の中にはノア様に従わない神様もいました。
それはいけない、絶対に駄目だと仰る神様がいたんです。
気に食わないからと今この時をこうして生きるモノ達がいる。
私達が今まで見守り育んできたモノは、そんな風に気まぐれに無に帰されてよいものだとは思えない。
そう仰った方こそ、竜神セムレイヤ様。
神々の中でも最も武勇に長けた、竜神の一族。
竜の神々を筆頭に、地上を最後まで守ろうとノア様に反対した神々を率いた最高位の武神様でした。
竜神様ありがとうございます……!
今のこの世界があるのは、この神様方のお陰。
司る立場で今まで地上への影響を最小限に抑えてきたのに、ここで特定の種……『ヒト』を滅ぼそうなんて看過できない。
そんなことをすればまず間違いなく、『ヒト』だけでなく地上の全てが滅んでしまう。今まで見守ってきた全てが無に帰る。
そう言って主神を説得するセムレイヤ様。
だけど地上での『ヒト』の頭悪いアレコレに、いい加減に頭に来ていたらしい主神様はセムレイヤ様の言葉を聞き入れなかった。
うん、主神様って頭の良い神様だったらしいから……。
『ゲーム』でのアレコレを見るに、主神様の『ヒト』に対する苛立ちは、ものすっごく頭の良い人から見たら理解力が低くってとろい人ってイライラしちゃう……!という感じをすっごく強くしたものだったっぽい。
主神様、短気過ぎるよ……。
だからいっそのこと地上全部さらっと滅ぼして、もっと賢くって優秀で分別のある種族を作り直して栄えさせようと主神様は宣ったそうな……。
そこから主神様とセムレイヤ様をそれぞれトップに置く神様の派閥間で、地上を滅ぼすor滅ぼさないで長いこと争うことに……
地上の愚かさにうんざりしている神様は主神だけじゃなく。
地上に愛着を持っている神様もセムレイヤ様だけじゃなく。
主神様を尊重する神様や事なかれ主義の神様、そして地上を滅ぼしたい神様たちは主神様に従って地上を滅ぼそうと叫んだ。
地上をどうしても滅ぼしたくない神様たちと、セムレイヤ様の配下に当たる竜の神様方はセムレイヤ様に従って守ろうとした。
そうして神様方の大戦争がはじまった。
何百年、何千年にも及ぶ、天上の世界を2つに割った戦争が……。
論争の焦点に当たる地上の『ヒト』種族は、何が原因で戦争が起きたかなんて知る由もなく。
ただ地上を見守ってきた尊い神様たちが大戦争を起こしたとだけ気付き、荒れ狂う空の世界に怯え、縮こまり、地上のあちこちに身を潜める。
そうやって地上のイキモノが息を殺して、数千年。
メイちゃん達が生きる『今』から千年と少し前のこと。
天の世界に決着がつき、神々を制する勝者が決まった。
勝ったのは――武勇に長けた竜神、セムレイヤ様。
派閥を構成する神の数では勝るとも、此処の武力に劣る主神様の側は敗北した。
最後は最大の力を有する主神様とセムレイヤ様の一騎打ちで決まった。
……それも、この2柱の神様が天上最後の神様だったから。
最大の個人戦力セムレイヤ様と、無尽蔵な魔力を誇る魔法を支配するノア様。
彼らの戦いは、それまでの戦争を抜きにしても、たった2柱だけの一騎打ちで何百年という時間を費やしたそうです。
最後はもう単純な体力・持久力勝負に近い物があったそうな。
そうして体力に勝るセムレイヤ様が勝ちを収めた、と……。
うん、神様たち何やってんの。
戦争で、全部全部なくなった。
全部全部、滅んだ。
いとなみを失ったのは地上じゃなく、天上。
生命を滅ぼそうとした天上の方が滅ぶなんて、なんて皮肉。
竜と呼ばれるイキモノは、もういない。
もうセムレイヤ様しかいない。
それ以外の神々も竜も、天上からいなくなってしまった。
セムレイヤ様に従った神々はノア様の陣営に悉く滅ぼされ、ノア様に従った神々は無力化を優先したセムレイヤ様が悉く地上に封印してしまった。
神としての神格と、力と、理性と、知性と、神としての姿。
それら全てを封じて、地上に解き放った。
封じられた神々はもう神じゃない。
セムレイヤ様が天上世界に封じた神々の力を解き放たない限りは、自力で天に帰ることも叶わない。
でも本能的に失ってしまった力を求めて似たような力……魔力を持つ地上のイキモノを襲うようになり、やがて神としての姿も力も失った方々は異形の化け物――魔物と呼ばれるようになり。
今では本当に見る影もない。
そんな中でもノア様は、やっぱり別格で。
そもそもが神々の王であったノア様。
当時のセムレイヤ様には、ノア様を滅ぼすことは出来なかった。
能力的にも滅ぼせなかったし、心情としても戦った怨敵だろうが滅ぼしきることはできなかった。
だって戦争が始まる前までは、肩を並べて幾久しく共にあった方だったから。
だからセムレイヤ様は、ノア様も地上に封じた。
セムレイヤ様に出来る、最大の厳重さで以て。
格下の神々とは違って同格以上の存在であるノア様から全てを奪うことは出来なかったから、丸ごと強引に封じ込んだ。
絶対に出て来れないように、何重にも封印をかけて。
それでも少しの抜け道から、ノア様の少なくない影響力を示す手が、世界に伸びたり裏から操ろうとしたりしたんだけれど。
神々が滅んでしまった後、圧倒的に手が足りなくなってしまった天上世界を1柱で切り盛りしなくてはならなくなったセムレイヤ様には、それに対応する時間も余力もなかった。
他の神々が管理していた全部が、セムレイヤ様の肩にかかってしまっていたから。
そうしてセムレイヤ様が唯一の神として天上に立ち、地上からの信仰を一手に受けて、千年と少し。
セムレイヤ様が勝利をおさめてから数えだした暦は、あと数年で1,111年を迎える。
その年に動きだす物語が、『ゲーム』の通りに神々の争いに本当の決着をつけるんだろうか。
実際にその年になってみないとわからないことも多いけれど。
それまであと……8年。
その時15歳になっているはずのメイちゃんは、未だ7歳。
とっ捕まえたのは、1羽の大きくって綺麗な……『鳥』だった。
うん、少なくとも『鳥』に見える何かだった。
鳥かー……
確か『ゲーム』で主人公の近辺に差し向けられた『古代神ノア』の走狗は、鳥の姿を模して主人公近くに潜んでたんだよね。
『鳥』は古代神ノアを象徴する生き物でもあります。
そのことがちょっとだけ、私の警戒心を煽る。
ヤバい。
本物だったらどうしよう。
捕まえておいて本当に今更だけど。
なんか今になって冷汗出てきたよ……。
どうか違いますように、と。
一縷の望みをかけて私は鳥さんを矯めつ眇めつ、ひっくり返したりしながら慎重に観察しました。
白い色をベースに、金色と赤の鮮やかな色彩。
胸元を飾るほわほわでふわふわな羽毛は暖かなオレンジ色とシャンパンゴールド。
キラキラ光っている金属質な光沢が、意外な柔らかさで思わず、こう……ぎゅむっとやりたくなるような。
ふかってしてるんだよ!? ふかって!!
素敵な手触りでした。
そんな『鳥』さんの長く優美なお首を、メイちゃんは鷲掴み。
『くるるー……』
掴んだ手の中から、思わずといった風な声音。
吃驚した感情が、漏れ伝わる。
見張った目が、私と真っ向からぶつかった。
綺麗な目。
青色に緑を溶かして閉じ込めて、金色が彩る。
……これ、爬虫類の目じゃん。
腕の中に閉じ込めて捕獲した『鳥』は、縦に細長い金色の瞳孔をしていました。
というか、うん……なんかすっごい見覚えが。
何度も何度も繰り返し。
本当に飽きるくらいに繰り返し、いや、実は飽きなかったけど。
でもそのくらいの勢いで、繰り返した……。
そう、『ゲーム』の中の……お気に入りのムービーでこんな感じの目のどアップを何度も拝見したような。
メイちゃんの背筋を、冷たい汗がだらっだらと流れ落ちました。
まさに、滝汗。
うーわー……どうしよう。
マジでえらいもんを捕獲してしまいました……。
私はこの時になると、この『鳥』の正体を察していて。
確心に近い強さで気付いていて。
ちょっと足掻こうかなぁとも思ったんだけど……
『………………』
う、うぅ……至近距離からガン見してくる。
無駄だな、と思いました。
これはしらばっくれても無駄だなぁ、と……。
だからメイちゃんは、覚悟を決めて確信しちゃってる推測通りに名前を呟きました。
「せ、セムレイヤ様……?」
「!!」
あ、図星っぽい。
最初に思ったことはソレだったんだけど、すぐにどうでもよくなった。
というか、頭抱えたくなっちゃって、それどころじゃなくなっちゃった。
「竜神様が、こんなところで何やってんのー……っ!?」
だって、手の中にいるのはセムレイヤ様。
私達が生きるこの世界で、現在唯一『神』と呼べる御方。
巨大で偉大な竜神様だったんだもん……。