6-1.夢の中の監視者
今回は久々にメイちゃんの夢の中からお送りいたしまーす。
そこは夢の中。
なんでも全てが実現できて、でも全部は一夜で露と消える。
幻で構成された、自由自在の空間。
私は毎夜、そこで夢を見る。
見たいものを見たいように、『夢』を操る――
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
もういつからだろう?
3ヵ月は前からだろうか。
『彼女』の夢の中で、あの『光景』が再生される時間が減った。
割合が、変わった。
今では3日に1度きり。
だが3日に一夜のみだろうと、見に行かずにはいられない。
見逃すわけにはいかない、見過ごせない。
何故ならそれは、我が唯一無二。
『あの子』の行く末に関わること故に――
だから、『私』は。
今宵は、常であれば『違う』はずだったのだが……
しかし何の夢を見るのかは当人次第。
今夜は気が変わったのかもしれない。
予定とは違った筈の夢見。
『あの子』のことを少しでも、いやもっと、幾らでも知りたいと、私は『彼女』の夢に眼差しを注ぐ。
干渉がなるべく小さく、少なく済むように。
間違っても覗き見が『彼女』に知れないように。
気付かれることのないよう、私は『私』の影響力を少なくする為に姿を変える。力を抑え、一時的に封じ込める。
なるべく害のない、毒にも薬にもならぬ身に己を変えて。
これであれば矮小な存在といえるだろうと。
気付かれないほど小さな存在に変わっただろうと。
私は安心して『彼女』の夢に嘴を突き入れる。
それが慢心であり、過信に相違ないと失念して。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
自分の修行不足を痛感し、今後も精進しようと決めた水練合宿。
そんな最中で知った『救術』の存在。
それってつまり、RPGの回復役みたいなモノだよね?
攻撃手段を一切持たない、本当の意味での回復特化みたいだけど。
その存在に少し引っ掛かるのは、今の私に戦闘で怪我した時の回復手段がないから……かなぁ?
神に祈りを奉げれば、いつか私も『救術』が使える様になるのかな。
パパは信仰さえ本物であれば、別に神官でなくとも『加護』を与えられて『救術』を使えるようになるって言っていたけれど……
でも、私は知っている。
この世界を統べる神、信仰の対象。
――『竜神セムレイヤ様』
その、末路を。
終わりを知っている相手に、祈りを捧げる。
それはどことなく欺瞞めいていて……真実『信仰』できるのかといわれたら、首を傾げてしまう。
こんな私に『救術』の習得は無理だろうと。
胸の奥で私自身が信仰を否定している。
やっぱり私が強くなって、怪我も強敵も退けられるようになるしかないのかな。
怪我の心配も笑い飛ばせるくらい、強く……。
より一層強さの必要を痛感したから。
だから私はますます修行に身を入れる。
それが将来の夢の実現に何より繋がるってわかってるからね!
前は夢の中でも繰り返し、繰り返し『ゲーム』の映像を反芻したくて再生していた。
やっぱり私はあの『ゲーム』が大好きで、次元の違う存在として触れることが出来なかろうと、画面越しだろうと、あの『ゲーム』の登場人物達に会いたかったから。
でも、最近は違う。
メイちゃんは修行に更に身を入れるって決めたから。
だから最近では、夢の中でも修行することにしたの。
とはいっても、やっぱり所詮は夢の中。
ここでいくら動いたって現実の肉体には反映されない。
でもイメージトレーニングなら、起きている時に脳内で行うより、このイメージの塊みたいな夢の空間の方がずっとずっと効率よく行えるって気付いたから。
やっぱり起きている時だと、現実の方に意識が割かれちゃうもんね!
でもここだったらイメージ100%、だよ!
目の前で臨んだ光景を再生できる。
作りだすのも自由自在。
昼間にヴェニ君に教えてもらったこととか、組み手の時の動きや流れを思い出して反芻するだけでも随分と違う。
だから私は、ここのところ夢の中でイメージ訓練に精を出していた。
それでもリューク様達に会えないのは寂しいから、3日に1回は『ゲーム』を思い出す日に当てていたけれどね。
逆にいえば3日の内2日は夢の中でも修行なのです!
そんな日々が過ぎて、幾らも経たない間に。
私はふと、夢の中でおかしなことが起きているって気付きました。
――視線を、感じる。
誰の干渉も受けない筈の、『メイの夢』の中で。
それがどんなに異常でおかしなことか……
前世の時間も合わせて、明晰夢を見られるようになって以来初めてのこと。
私の背筋を、警戒による悪寒が駆け抜けた。
変だ、変だよ。
だって今まで私の夢に干渉してきたのは、『リューク』様ただ1人なんだから……!
あの特殊な人物と同じことができる、『誰か』。
それだけで警戒に値する。
気付いていないふりで、見えない誰かの動向を探る日々。
一体何が狙い? 何を望んでメイの夢に首を突っ込むの?
やがて気付いた、1つのこと。
どうやら誰とも知れない『監視者』は、ずっと前……私が気付くより前から『メイの夢』を覗いていたみたい。
だけどここのところ、『メイの夢』の内容が変わった。
そのことで『監視者』が私の夢に入り込んでくる日と、来ない日が出来た。
視線のある日と、ない日の違い。
同じ『メイの夢』なのに、変わる要素。
その違和感が、私に招かれざるお客さんを気付かせた。
視線を感じる日と、感じない日。
その違いは……分析するまでもないよね。
何を見に来ているのか、あからさまなくらいに明らか。
――『誰か』は、私の夢に見に来ているんだ。
『ゲーム主人公』…………リューク様、を。
『ゲーム』の映像を再生する日にだけ見に来るってことは、そういうことだよね?
だけどそれはマズイ事態です。
うん、凄く凄く、マズイ……。
『ゲーム』の主人公らしく、『リューク様』は特殊な出生の秘密を抱えている。
厳密に言うなら、人間でも魔人でも獣人でもない。
そんなリューク様だから、きっと私の夢に干渉出来た。
そう、あれはきっと……生まれつきの潜在能力に由来する、大きな力が可能にしたんだと思う。
だとしたら意図的に日を選んで『夢』に干渉できる相手は、リューク様と同等かそれ以上の『存在』ってことになる。
ここが私の知っているゲーム世界と同じ前提で成り立っている世界なら……そんなの、限られたほんの少ししかいない。
具体的に言うと、2柱くらい?
いや、もう1柱くらいいけるか……。
そしてその中には、『ラスボス』が当然の如く含まれるんだよね……。
夢を見られることは、見られるだけならそんなに問題ないけど。
見られる夢の、『内容』が問題大ありなんだよ。
だって『ゲーム』の内容なんだもん。
私の夢を覗きに来ているのが『ゲーム』に出てくる『敵』だったりしたら……私の知ってる『未来』が、しっちゃかめっちゃかになっちゃう!
だからとりあえず、監視者を捕獲することにしました。
うん、まずはそれからだよね。
実際にもしも『敵』……というか『ラスボス』だったりしたら、メイちゃんなんて、まあひと堪りもないけれど。
いや、でも……今は時期的に封印されている『ラスボス』が何とかできるとは本気で思っているわけじゃないけど。
でも本当に、誰が見ているのかわからない。
その、思惑も。
夢に干渉されて『ゲーム』の内容見られている段階で既にヤバいしなー……うん、このままだったら口封じに抹殺コースだよね。
だったら、うん。だったら。
どうせ口封じ秒読み段階だったら、現実よりもむしろ自由に動ける夢の中で1つやれるだけやってみようっと。
夢の中で、夢うつつ。
メイちゃんの気は無駄に大きくなりすぎて、物凄く思い切りがよくなっていました。
うん、まあ、夢の中だしー……ちょっと正気度低かったっぽい。
後で思い返して、ちょっと顔が蒼くなっちゃったけど。
『誰か』の存在に気付いちゃったこの時は……無謀な賭けを、全力で突っ走る気にしかなれなかったんだよ。
ひと、それを無謀という訳で。
無謀なメイちゃんの無謀な作戦が走りだしちゃいました。
そして、結果は。
今日は少し趣向を変えて。
冒険する『主人公たち』を近くの木の上に座って見下ろす。
冒険する彼らに、私は見えない。
気付くことなく、彼らは冒険の旅の空。
そう、今の私は無色透明。
夢の中を全体的に俯瞰する――態を装っている。
ほら、こういう夢あるよねー?
映像だけの夢で、『自分』はどこにもなくって、傍観するだけ。
そんな夢を装って、ひっそりと木陰に潜む。
今の私は誰にも見えない。
――そう、『監視者』にも。
今までにも俯瞰する形で『ゲーム』の夢を見ていたことはある。
それに『監視者』にとって重要なのは、どうやらメイちゃんではなくって夢の内容……リューク様達、みたいだから。
彼らを……夢の映像を餌に、視線を探す。
何度も何度も気付いて、気付かないふりをして。
覚えてしまった、『私以外の意思』が含まれた視線を。
ここはメイちゃんの夢の中だから。
本来なら私以外に、『意思』を持ったモノなんていないはずなんだよ。
なのにそんなのが紛れこむから、ほら、こうして……
拭い去れない、違和感になる。
私が今いるのは、『主人公』を見る上で絶好のベストポジション。
だから夢の内容に夢中になってきたら……ほら。
来ると思った。
姿が見えない私の前を、うかうかとやってきたモノ。
ひょこひょこと歩く、細い足。
明らかな意思の宿った眼差しで、眼下を食い入るように注視している。
その迂闊な背中が、命取り。
さあ、思い出そう!
用意周到にして狡猾なミーヤちゃんの俊敏な狩りを!
勇猛果敢にして苛烈なペーちゃんの問答無用の狩りを!
脳裏に浮かべるのは誰より身近な肉食獣2人。
猫と狼の素早さを、動きを我が身でなぞりながら、メイちゃんは一直線に飛びかかりました!
うん、枝の真上から。
丁度いい位置にいてくれて助かったよ、獲物さん……!
「てぇいっ覚悟ー!!」
「『!?』」
そうしてメイちゃんは大胆にも明らかに格上疑惑の怪しい『監視者』に飛び掛かり……その細い首を掴み取ったりー。
相手が色々な意味でマズイ相手だって、何となく察していたはずなんだけど。
そんなことは関係ないとばかりの思い切り良さ。
この時、私はうっかり失念していたのです。
……私の夢に干渉できそうな相手が、『敵』ばっかりじゃないことを。
うっかりガチで捕獲しちゃった方が……冗談抜きで『柱』な単位で数えられちゃうような方だったとは。
それを知っちゃう5分前。
私は『監視者』の捕獲に成功したことで、物凄~くはしゃいでいたのでした。
……メイちゃん、やっちゃった。
メイちゃん、人外の捕獲に成功しちゃった。
結構重要なポジションの新キャラ。前から名前だけは出ていましたが。
果たして、その正体は……




