5-9.儲け話は計画的に
余談が余談の癖に凄まじく長くなったので、切り離して次話に回すことにしました。
明日の0時に投稿します。
突如始まった商売計画。
ご用意致した商品は算盤。
その販売計画を立てる中で、ロキシーちゃんが言い出したのは特許の存在。
はっきり言って、ファンタジー世界に特許の存在があることに、メイちゃんとっても吃驚したかな!
『特許』とは言っても前世の世界のシステムとは処々違うみたいだけど……でも商売上の権利を守ろうって考え方が定着してるってことだよね?
そういうところは利に聡い商人さんならでは、なのかなぁ。
ちなみにこの制度、提携を結んでいる他国の商業組合にも有効なんだって!
1回登録に成功したら、周辺国家での販売に規制をかけられるシステム……って、商人さん達、横のつながり凄いね!?
特許の出願申請は早い者勝ちだっていうから、早く登録しなくっちゃだね。
王都までは子供だけで行ける筈もないし、往復に何日もかかるって聞くけど?
それじゃ、特許の出願にだいぶ時間がかかっちゃうんじゃないかなぁ?
算盤みたいな単純構造のアイデア、他の人に盗まれちゃわないかな。
私が心配いっぱいにそのことを尋ねたら、ロキシーちゃんが言いました。
「ご心配には及びません。商業組合には各地を繋ぐ、秘密のショートカットシステムがありますから」
「ショートカット!?」
「ええ、商業組合が秘匿保持している『瞬間転送装置』です。使用条件は厳しいですし、心付けも弾まなければなりませんけど……先行投資するに、十分価値のあることです。この合宿が終われば、振替休日がありますでしょう? その休みを利用して、私が申請に行ってきます」
「しゅ、瞬間転送装置……」
「秘匿されてるものを言っちゃって良かったの、ロキシーちゃぁん!?」
えへんと胸を張る、ロキシーちゃん。
可愛いけど、それって他言しちゃって良い内容なの?
いきなり世界観が崩れそうな単語が出てきた気がするの!
ロキシーちゃんが言うところによると、こういうことでした。
この世界の各地には、太古の遺跡が残されています。
まだ天上の神々が凄い力を持っていて、地上に直接干渉してくることも珍しくなかった、千年よりずっと昔の遺跡。
そこには、神々のいじった変な装置が残されていることもあるんだって。
ゲームの中にもそんな遺跡が出てきました!
勿論、ダンジョンとして。
隠しダンジョンとか、ゲームシナリオ後半のダンジョンになると変な仕掛けがあったりクリアするにも一工夫強要してくるモノが出てくるよね。
ダンジョン内部に謎のワープポイントがあるとか、それもRPGゲームじゃ定番の仕掛けだと思う。
それで、ね? なんかね……?
ダンジョン内に放置された古のアレコレに利用価値を見出した商業組合の人達が、組合運営と商業促進に役立てる名目で盗k……発掘・回収してきちゃったモノがあるんだって。
誰にも見向きされないくらい小さくて、発掘研究者からも打ち捨てられた無価値同然のダンジョンから発掘してきたそうだから、ゲームに出てきたような大きい遺跡の装置とは色々違うかもだけど……
大概の装置は放置されていても、ダンジョンから持ち出しちゃったら効果を失ったり、壊れたりしちゃうらしいんだけど、ね?
一部のモノは、努力と根情と情熱で修復に成功したんだって。
商業組合さんって、凄いねー……
それでも本来の機能を十全に使える訳じゃないし、使用効果もかなり限定的になっちゃったらしいけど。
商業組合さんの努力と根情って、怖いなー……。
「組合にある装置は1度に精々2人か3人、荷物も手荷物程度しか運べないのですけど……書類の申請なら、充分にこなせます。ちゃんと私が申請してきますから」
「お、おおー……取り敢えず商業組合すごーい」
「凄すぎて、後ろ暗そうな匂いがするね?」
「ミヒャルトが言うんだから、余程黒いんだろうなぁ」
思ってもみなかった話に、圧倒されちゃう。
私もどんな反応して良いのか、微妙にわかんないよ!
自分でもわかるくらい、私は微妙~な顔をしてたと思う。
だけど自分の未来がかかってるからか、ロキシーちゃんはこっちの複雑な心境を考慮せずに話を詰めてこようとします。
「それで1度の転送にも使用料を大分弾まなくてはいけないんですけれど……どうせなら用件は1度で済ませてしまいたいですし、バロメッツさん?」
「え、え、はい?」
「この『そろばん』はとても有用なアイデアだと思います。私だって欲しいもの。今まで誰かが思いついていそうで、なかった物だわ。こんな素晴らしいアイデアを生み出したバロメッツさんは本当に凄いわ」
「えー……? なんでいきなりロキシーちゃんに褒め殺されてんの? これ罠?」
ロキシーちゃんが私をこんなにべた褒めにするなんて!
何か企んでるんじゃないかと、妙に勘ぐっちゃうよ!
裏でもあるんじゃないかと、そわそわ、そわそわしちゃう私。
そして案の定。
ロキシーちゃんが私の両肩をがっしと掴んで、
「バロメッツさん!」
「は、はい!」
まるで射抜くような、鋭い目を真正面から合わせてきて、
「アイデアが出る度、その都度特許の申請に転送装置を使っていてはとても非効率です! 最低限の手間で、最大限の効果を狙う……バロメッツさん、貴女、他にも何かアイデアを眠らせているんじゃありませんか!?」
「う、うみゅぅぅぅっ!?」
……なんかアイデアがあるんなら、出せる限り今出せって問いつめられた。
全部まとめて、一緒に特許出願してくるからって。
ロキシーちゃんの目、凄いギラギラで怖かったよぅ……。
「え、ええぇとえぇと、ワンタッチ日傘とか!」
「それはもう既にありますわ。南方の国々で絶賛流行中です」
「あるの!? えっと、じ、じゃあハーブとかお花のエッセンスを混ぜて作る香り付き石鹸! 洗うと匂いが移るオマケ付き!」
「あら、それは良いわね。きっと女性に人気が出ます。花の精油を使うとなれば、生産コストは大分かかりそうですけど……」
「花よりフルーツの匂いの方が強そうじゃない? そっちで作るとか、どうかな」
「……一考の余地はあるかもしれないわ」
「どっちにしろ贅沢な使い道だよね。売るなら贈答用か、上流階級用か……悩ましいねぇ」
そうして、メイちゃんは……前世の記憶だよりのアイデアを、それこそ枯渇するくらいロキシーちゃんに搾り取られました。
中には意外なモノが既に実用化されてたりして、地味に驚いたけど。
うん、ワンタッチ日傘とか。ワンタッチ日傘、とか。
でもステーショナリー系とかは未開拓な部分が多くって、そっちにも驚きです。
王国全土、大陸全体で見た識字率や知識階級の限定された現状が文房具の発展を阻んでいたのか、それとも文房具が未発達だから学識の普及が阻まれていたのか。
ううん、ちょっと考え……って、それってメイが考えることじゃないよね!
うん、一瞬思考の闇にはまって、変な罠にはまりそうになりました。
なんだかロキシーちゃんが物凄く興奮しているけど、メイの本懐はあくまでストーカー! あくまで追っかけ!
技術革新はメイちゃんがやることじゃありません!
王国の知識文明レベルの底上げは、他の人に頑張ってほしいかな。
……お金にはなりそうだけど。
せめてメイが供出したアイデアで、ロキシーちゃんが自分の未来を買い取れるくらい稼げたら良いなぁって思う。
ついでに、幾許かの纏まったお金がメイの懐に転がり込んだら、未来の軍資金として有効活用させてもらうけど。
うん、主に旅立ちの資金として。
ストーカーやってると、相手の都合に合わせてこっちも先回りしたり後を追ったりしないといけなくなると思う。
それって、一つ所に留まってバイトが出来ないってことだよね。
だってゲーム主人公がいつまで1か所に逗留するかって、メイの都合じゃどうしようもないし。
だから旅の間、どうやって費用を賄うか頭を痛めてたんだけど……
うん、やっぱりメイはロキシーちゃんを全力で応援するよ!
まとまったお金が手に入ったら良いな。
できれば、長期的に!
そんなこちらの都合も含みつつ、やがて話はクラス全体を巻き込みかけた規模に移行していました。
うん、なんでこうなったの?
「やはり実際に販売するにしても、その使用感や感想、反映すべき改善点などを事前に調査して売り物のレベルを上げる必要があります」
きっかけは、こんなロキシーちゃんのお言葉。
うん、やっぱり目は商売人の目だったよ。
みんなで相談した結果、クラスのお友達が言いました。
「ぼくらも、メイちゃんの算盤ほしい! クレアちゃんだけなんてずるい!」
一利あります。
1人に無償提供しておいて、同じ条件下のお友達に売るの?
でも無償で提供するにしても、どこまで?
既に商品化は(ロキシーちゃんの中で)決定したアイテムです。
そこで協議の結果、販売までに使用感やら何やらを調査する為の協力者……つまり試用者をやってもらったらどうか?という話になりました。
元々ロキシーちゃんも使用者の声を集める必要を求めていたし、その数が多ければ多いほど実際の商品化に活かせるし。
そしてそこに、更にウィリーが絡みました。
今後の稼ぎをどう分配するかという意味でも、役割分担の明確な線引きが必要だったので、きっちりお話合いです。
消灯間際ギリギリの時間まで膝突き付け合って、決まったのがこんな感じ。
まず、メイのアイデアの特許申請を含めて、難しい手続きの類と実際の販売に至る小難しい手続きをロキシーちゃんと、何故かミーヤちゃんが担当。
試験用の試作品をカルタ君がクラス人数分作成。
それをクラス全員に無料配布して、一定期間必ず使ってもらう。
自分個人で使うも、家で使うも自由だけど、必ずレポートを提出。
レポートから改善点の洗い出しや、分析をミーヤちゃんとウィリー、ロキシーちゃん、カルタ君が行う。
ウィリーはより近所の皆さまの生活に密着した個人商店のお子さんなので、使用者の声を大商会のお嬢さんなロキシーちゃんより理解しているし、届きやすい。
そういった点を有効活用して、またロキシーちゃんより小規模で自由な販売が可能な実家の雑貨屋さんを利用した協力を約束してくれました。
つまり、クラスのみんなの声を反映した改良品の更なるテスト。
具体的に言うと、ウィリーがウィリーのママに土下座して、改良品を店頭の隅に置いてもらうことになりました。
「土下座しないと駄目なの!?」
「がんばって、ウィリー」
「ウィリーのちょっと良いとこ、見てみたい♪」
「侠気見せろよ、ウィリー」
「みんな面白がって囃し立ててるだけだよね!?」
そこで更に消費者の声を集めて、評判を鑑みて正式に販売です。
そうなったらもうカルタ君の手には負えないので、カルタ君が作った見本を参考に職人さん達に量産してもらって、ローズメリア商会を通じて販売。
この時にいくらかお客さんの層に分けてバリエーションを付けるという話にまで至りました。
正式な販売に話が進んでからは、様々な手配をまたロキシーちゃんがやってくれる手はずです。
こんな話になって知りましたけど、ロキシーちゃん凄い有能。
さすがに、自分の将来がかかっているとなると気迫が違います。
ロキシーちゃんの商売にかける意欲には、鬼気迫るものがありました。
「あはははは……メイちゃん、見事にアイデアを出す以外に何もやってないよ?」
なのに儲けの配当は、メイちゃんが1番多く分配されるそうな。
特許の権利者として当然だとか言われて押し切られたけど、メイ、特に何もしてないよ……? それでお金だけ貰うとか心苦しいんだけど。
「バロメッツさんは発案者としての名前を出すので、それで良いんです」
「あ、それでなんだけど……ねえ、ロキシーちゃん」
「ロクシアーヌです……けど、なにかしら」
「うーんと、その、特許って偽名とか使えるかなぁ?」
「……は?」
「偽名って言うか、号? その、メイの家って、ちっちゃい子がいるのね。弟も妹も可愛いけど、まだ赤ちゃんなの」
「ああ……なんとなく言いたいことがわかりました。つまり、バロメッツさんの名前で儲け過ぎて家族に害がいかないか心配している……そうね?」
「ロキシーちゃん、話が早い!」
「商売人ですもの。その危惧はわかります……というか、稼いでいる家の娘として、まあ色々と? 実例は幾らでも身近に転がっていますから」
「ロキシーちゃんち怖い! まあ、でもそうなの。パパの名前が有名だから、ちょっとは抑制効くかなぁー?とも思うんだけど。メイ、まだ7歳だから……御しやすいって思われて、誘拐されないかなって」
「それならまず、自分の心配をしたらどうかしら?」
「ううん、メイはね……メイに向かって来られたら、逆に対人戦の修行になるから良いの。心配なのはやっぱり弟と妹だよ」
「…………まあ、商人は設けてなんぼですけど、そういった危惧がついて回る世界でもありますから。先程の質問ですけど、答えは是です」
「え、ほんと!?」
「ええ。正確に言うのであれば、仕事人としての名前……つまり変名ですね。そういったモノで登録することは可能です。本人確認のため、本名も登録しなくてはいけませんが、表に出る発案者の名前は設定した名前を使えますわ」
「わ、わ、わ……じゃあ、それお願い!!」
「いいですけど……なんて付けます?」
「………………えぅ」
色々考える羽目になりました。
そうして、うんうんと考えた末。
「決めたよ! 【アメジスト・セージ】にする!」
「メイちゃん、由来はなんだ?」
「クラスが『セージ組』だから! あと、ママが花壇にアメジストセージ植えるって言ってたから、かなー…?」
「単純ですね……でもまあ、本人が納得してますし。それで登録しましょう」
こうしてこの世界に、雑貨ブランド【アメジスト・セージ】が誕生した。
この話がどこまで上手くいくのか、メイちゃんにはわかりませんけれど……。
ロキシーちゃんの未来の為にも、上手くいくと良いな!
そんな一縷の願いを込めて、商売繁盛を祈ったメイちゃんでした。




