5-8.伝説の早口言葉
今回は、いきなり商談を持ち上げてきたロキシーちゃんの動機について。
いきなりロキシーちゃんに儲け話を持ちかけられて、予想外の展開に驚き固まっちゃった私。
だけどなんでそんなことを言い出したのか……
事情を聞くと、なんと更に驚きのシビアな事情が待ち構えていました。
ロキシーちゃんのおうち……アカペラの街でも大商家と呼べるローズメリア商会。
大商家と呼ばれるまでに繁栄を遂げたローズメリアのご一家さんには、お子さんに要求するにはシビアにも程のある掟があったの。
なんか、15歳までに8,000,000C貯めなくちゃいけないらしい。
あ、Cっていうのはこっちの世界の一般的な通貨単位だよ!
為替レートとかの難しい話はよくわからないんだけど、わかりやすくお金の価値を説明すると……一般家庭の主食1ヵ月分が大体80コスカくらい。1年間なら960Cだね!
わあ、すっごい大金―……
ゲームだったら只管魔物相手に殺戮を繰り返してたらいつか手に入る額だけど……現実で、8歳のお子様が堅実に稼ぐとなったら難易度:鬼も良いとこじゃないかな!
HARD過ぎて、メイちゃんだったら涙目確実なんだけど!
そしてそれが出来なかったら、政略結婚の駒にされるそうな。
えっと、なにその無茶振り。
聞いた瞬間、ちょっと理解できなくって目が点になったよ!
ロキシーちゃんは今、8歳。
……あと7年で8,000,000Cとか、普通に考えて鬼だよね?
15歳って、こっちの世界じゃやっと成人と見なされる年齢だよ?
一応、元手になるお金は出資してもらえるみたい。
それを己の才覚を使って……いかなる手段を用いても良いので、15歳までに規定金額を貯める事がローズメリア家の試練なんだそうな。
ちなみに自分の命運を委ねても良いと思えるなら他人に頼っても良いし、ローズメリア商会を通じて投資や商売を行っても良いんだって。
中には元手のお金を自分磨きに使って、男の人にお金を積ませてノルマ達成した女傑なんかもいるんだって。
って、普通に悪女じゃん!!
ロキシーちゃんの先祖なにやってるの!?
……他にも話術を鍛えて人脈をこさえたり、芸術方面の才能を発揮して稼いだり……とにかく、自分で考えて稼ぎさえすれば手段は問わないって方針が徹底しすぎて怖過ぎる。
何でも良いので己の才覚を示し、それを以って家に繁栄をもたらす。
その成功のわかりやすい基準がお金ってトコロは商売人だよ。
それで無理だったら政略結婚の駒扱いって……基本的人権の整備されていないファンタジー世界って人生の難易度高すぎる。
最低限これだけ稼げるという才知を発揮して、お家の役に立つなら安泰。
無能は嫁ぐか婿にいけ、ということらしいけど切り捨て方が極端すぎないかな! 放逐しないだけまだマシ? いやいや、逆に何が何でも家の役に立たせて育てた元手を取ろうっていう商売根性が透けて見えてて怖いから!
しかも元手にしたお金の食い潰しぶりで、縁談先が決まるらしい。
食い潰すばっかりで全然増やせないどころか収支を真っ赤に染めちゃったような人は、捨て駒的な扱いに。
増やせないまでも減らさないような無難さを発揮出来ちゃった人は、そこそこの人材ということで商会内の将来有望な方との縁談に。
それぞれ才覚とか諸々を鑑みて、一番効果的と商会長であるロキシーちゃんのお祖父ちゃんが判断した進路を押し付けられるとか。
今から進路を考えるって、前世の感覚でいうと滅茶苦茶早いんだけど……でも初級学校を卒業したら、奉公に行くって話もよく聞くんだよね。
10歳いくらで働き始めるような世界だし、このレベルの世知辛さは標準なのかな。
むしろ自分の進路を自力で掴み取れる機会を与えられているだけ、ある意味では平等だったり公平だったりする……?
……ううん、例えこの世界じゃ公平だったとしても、やっぱり世知辛いよ!
15歳で成人ってだけでも早いなぁって思うのに、それまでに大金拵えろって厳しすぎると思うな!
世知辛すぎるよファンタジー世界っ!
「それでお金儲けに成功したらどうなるの?」
「自分の望んだ道を選んで良くなりますの。職業、結婚、そういった進路に自由選択が許されます。ただし、自己責任という言葉が付きますけれど」
「……お家の援助、なし?」
「そこは利に敏い商人の家系ですもの。成功の可能性があれば状況によりけりです」
「うわぁー……」
……うん、メイちゃん、商売人の家に生まれなくって良かった!!
こんなことを言ったらロキシーちゃんに悪いけど、そんなハードモード全開な人生はちょっと嫌だ。
「既にノルマを達成した兄からのアドバイスは、『これなら確実に稼げる』という利と機を注意深く探し、決して逃さぬことだと。日頃からの弛まぬ観察と、目敏さが肝心とのことです。そしていざ勝機を見つけたのなら、逃さずその場で確保せよ、と」
「そ、それでいま? っていうか実際にノルマ達成したの、ロキシーちゃんのお兄ちゃん!」
「こういう機は、一度逃がせば二度と得られぬものだそうです。これだと思ったら形振り構っていられません」
「ろ、ロキシーちゃん……」
クレアちゃんのお勉強を見るはずだった、合宿の夜。
何故か気がついたら、ロキシーちゃんに話を持ちかけられて商談が始まってしまいました。
正直言って、人生の難易度的にもクレアちゃんの家庭教師どころではなくなっちゃったような気がしてなりません。
は、半端なく罪悪感が……っ!
だけど、親切なクレアちゃんとドミ君が言うんです。
「私は、来年がない訳じゃないし。ロキシーちゃんの方が切羽詰ってるから~……ロキシーちゃんのお話を優先してあげて?」
「僕もローズメリアさんの相談は放っておいて良いとは思えない、かな……。彼女のお勉強なら僕が見ているから、皆はローズメリアさんの力になってあげて。僕は、そっちの役に立てそうにないし……」
「く、クレアちゃん……っ ドミ君!」
う、うわあぁ……なんて良い子なんだろう!
メイ、思わず感激で涙ぐみそうになったよ。うん、感激で。
衝動をこらえきれずに2人をぐっと抱きしめたら、なんでかドミ君に青い顔で背中をタップされました。
離して、離してって。
…………?
なんだかメイの背後をみて青い顔をしてたみたいだけど……メイの後ろに、何かいたのかなぁ?
メイのアイデアを元に商売とか、ちょっと気が重いんだけど。
それで何か変な影響出ても、責任取れないよ?
そう念押ししたら、なんでか望むところだと挑むような目で見られました。
「何か影響が出るということは、それだけ他者の興味関心を引く……文字通り、影響力があるということですもの。誰かの気を引くということは、商いをする上でとても大事なことです」
「うわぁすっごく好意的な意見出た!」
いつの間にか私は、ロキシーちゃんの仕切る計画に強制参加。
嫌な訳じゃないんだけど、メイで本当にロキシーちゃんの重荷を軽くしてあげることが出来るのか……正直、不安です。
同じテーブルにはぞろぞろ興味があるのかついてきた、ウィリーやカルタ君。そして当然の如く私の左右を固めるミーヤちゃんとペーちゃん。
「うちは個人経営だけど、同じく商売に携わる者として興味があるな! というより、一枚かませてほしい!」
「しょ、正直だね。ウィリー……」
「僕は、製作に関わった者として純粋に気になって……」
「カルタ君はそれで良いと思うよ!」
「まあ、お2人とも商売関係の家の者として、職人としてそれぞれの見地で意見を出してもらえれば助かります。そうですね、私1人で話を進めるにも限界がありますし、協力していただけるなら色々と割り振らせてもらいます」
「……発案者はメイのはずなのに、何だかちょっぴり蚊帳の外の気分だよ」
「バロメッツさんには考案者として種々様々な役割があります。この算盤も、理解さえしてしまえばとても単純な仕組みのようですし……まずは第三者に利権を横取りされることのないよう、バロメッツさんの名前で利権を握れるよう、特許の出願をしましょう」
「と、特許!?」
「ほー……ほけきょ……? なんだそれ」
「ペーちゃん、鶯じゃないよ!?」
「スペード、ほけきょーじゃなくて特許」
え、ファンタジー世界って特許あるの?
ペーちゃんが首を傾げてるとこ見ると、あまり一般的な知名度のあるもんじゃなさそうだけど……いや、でもペーちゃんって偶に吃驚するような物知らずっぷりを発揮するし。
8歳だと思えば色々知らなくってもおかしくはないけど。
でもその分を補うように、何でかミーヤちゃんは違う意味でこっちが吃驚するくらい色々知っているんだけど。
2人揃ったらバランスが良いけど、極端に物知らずと物知りのコンビだし……平均的な知識量としては、基準をどこに置けば良いのかよくわからなくなるんだよね。
2人を足して割ったら丁度良いって前にヴェニ君が言ってたっけ。
とりあえず、幼馴染のペーちゃんは知らないみたい。
だったらメイが知らなくってもおかしくはないよね。
「ロキシーちゃん、特許って?」
「商売に関わっていないバロメッツさんが知らなくっても仕方ありません。特許というのは我が国の王都に本部を置く商業組合が設定している特別な制度のことです」
「王都……それって東の都だよね?」
「ええ、アルジェント領より東に大河を遡った先にある、大きな都よ。そこに商業組合の本部施設内に特許に関する許可局があって……」
「そ、それって!」
「バロメッツさん?」
東の都の、特許に関する許可局ですって!?
と、東京特許許可局……っ!
私の胸に、ロキシーちゃんがいきなり商談を持ちかけてきたとき以上の衝撃が渦巻くのを感じちゃったよ!
まさかこの世界には、東京特許許可局があるなんて!
なんか、感動した。
いや王都は別に東京なんて名前じゃないけれど。
東の都というだけで、脳裏で『東京』に変換しちゃったんだよ!
「そんでロキシー、特許ってなんぞ?」
「ロキシーではなく、ロクシアーヌです」
「硬いこと言うなよー。ロキシーで良いじゃん、ロキシーで」
「……特許というのは盗作を阻み、商品アイデアを出した方の権利を守ろうという、商業組合独自の制度です。これに申請し、新商品の審査を受けます。審査によって商品アイデアを保護する価値が認められれば、特別許可証の発行という形で今後その商品、または類似点の多く見られる商品に関して強い権利が認められるようになります」
「すまん、説明よくわからんかった」
「つまりねぇ、ペーちゃん。特許出願して、これは貴方独自のアイデアですって認められたら特別な許可を出してもらえるんだよ!」
「お、メイちゃん。わかったのか?」
「うんと、大体だけど……多分ね? 認めてもらえたら、アイデアは貴方の物ですって権利がもらえるの。それで、今後そのアイデアを流用した商売をする場合には、特許をもらえた発案者に一定の権利が生じる……つまり、発案者に許可を取らないと商売が出来ないとか、売り上げの幾らかを発案者に上納しないといけないってことだと思う」
うんと、多分そういうことだよね?
言っている内にちょっと自信がなくなってきたんだけど、ロキシーちゃんやミーヤちゃんから否定の言葉が来ないし。
きっと、そういうことでいいんだと思う。
こっちの世界の特許と、前世の世界の特許が同じものとは限らない。
ちょっとは似ていても、全部一緒とは限らない。
だから私なりに解釈しないといけないって思うんだけど……それでどの程度理解できたかはやっぱりちょっとわからないや。
商業組合の利用規約か何かに説明があるんなら、今度ウィリーかロキシーちゃんに持ってきてもらおうかなぁ……?
取り合えず、今の時点で解釈に間違いはなさそう。
ちょっと自信なく首を傾げながらの説明だったけど。
でもペーちゃんは感心したのか、何なのか。
ものすっごいキラキラお目々の輝く笑顔で見上げてきた……!
「すげぇな、メイちゃん! 頭良い!」
「う……っペーちゃん眩しい!」
「……スペード、君が馬鹿犬なだけだよ」
「んだと、おいミヒャルト!?」
すかさずミーヤちゃんが呆れた眼差しで、鼻で笑って。
それに憤慨するペーちゃんのむっとしたお顔。
あ、なんかちょっと和んだ。
ちょっとペーちゃんのキラキラ笑顔が居た堪れなかったんだよね……。
ほうっと息を吐いて気を緩めていると、今度はロキシーちゃんが話しかけてきたよ。
「あら……前々から言動の突拍子の無さに反して頭の回転が速い方だとは思っていましたが……バロメッツさんの理解力はとても高いのですね。人の話を聞きさえすれば」
「わあ☆ ロキシーちゃんのお言葉に鋭利な棘がびしびし生えてるのを感じるー」
ペーちゃんとロキシーちゃん。
とっても両極端な2人の態度に、メイちゃんちょっと困ったー……。
作中に出てくる『この世界の特許』はファンタジー世界仕様です。
実際の特許とは内容が異なりますのであしからず。