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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
7さい:アカペラ第1初級学校の夏
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5-7.堕落アイテム



 算盤の使い方をレクチャーしたら、クレアちゃんは感心の溜息をつきました。

 ついでに簡単な計算ゲームを仕掛けてみました。

 するとお花模様のビーズの動きが気を惹いたのか、クレアちゃんはいつになく積極的に算数問題に取り組んでくれましたよ。よし、掴みはOK!!


 だけどクレアちゃんと一緒に説明を聞いていたドミ君の顔色が、どんどん紙のように白くなっていきました。うっすら青色風味なのがまた何とも言えません。

 そうしていくらかの逡巡の後、意を決した様子で顔を上げ……

 横合いから恐る恐ると声をかけて来たのです。


「あ、あの、バロメッツさん……? それって……」

「……大丈夫、長期的に見れば計算的なイメージ力が育つ、ただの学習グッズですから!」

「いやでも、あの……テストにアレを持ち込むのって……」

「大丈夫! 長期的な目線で見ればちゃんと計算できるようになるから! 勿論、暗算で出来るようになる、知育アイテムだから!」

「え、ええぇっと……っ」

「大丈夫!! 今ならまだ規制されてないから、違反物でも何でもないし!」

「『まだ』ってことは、これから持ち込み禁止になりそうなアイテムだってバロメッツさんもわかってるんじゃないか……!」

「大丈夫だもん! メイが用意したのは『ただの筆箱』だもん。ただちょっと、蓋に凝った細工がしてあるだけだもん!」

「ば、バロメッツさーんっ!? そんな問題じゃないよぉっ!?」


 あれー? ドミ君、なんでか涙目ー。

 男の子の涙は見ちゃ駄目だよね、うん。

 私はそっと、ドミ君から視線を逸らしました。

 大丈夫大丈夫、きっと大丈夫!

 自己暗示をかける勢いで、同じ言葉を繰り返します。

 そしたら賛同するように、同じ言葉を返してくれた人が!


「大丈夫じゃねーの? 答えを直接持ち込む訳じゃないし。こんなん、考える補助くらいのもんだろ」

 

 狼狽え、慌てるドミ君に冷めた声を返したのはペーちゃんでした。

 でも半眼で見据えるのはどうかと思うよ?

 ペーちゃん、狼の獣人だから……ほら、迫力にドミ君びびってるし。

 メイちゃんは羊さんでも、もう慣れっこだから何とも思わないけどね!

 

「わあい、ペーちゃんならわかってくれると思ってた!」

「俺はお前の為ならいつでもイエスマンになるぜ、メイちゃん☆」

「メイ、首振り人形より自主性のある人の方が好きだな!」

「ぐは……っ」


 冗談めいた言葉に冗談で返したら、何故かクリーンヒット☆しました。

 胸を押さえ、がっくりと膝をつくペーちゃん。

 心なしか耳も垂れちゃって、尻尾も元気なさげ。

 お、おおぅ……そこまでショック受けるとは思わなかったよ。

 ごめんね、ペーちゃん。


「ペーちゃん、ペーちゃん、冗談だよ!」

「え、そ、そうなのか……っ!」

「うん、ごめんね。メイ、意地悪いっちゃった」


 しょぼんと肩を下げて謝ると、たちまちペーちゃんがみるみる元気に!


「だ、大丈夫だ……ちょっとびっくりしたけど。でもそんなメイちゃんもか、か、可愛いって俺、そう思うぜ! その、俺は……好きだな」

「うん、ありがとー」

「軽く流された!」

「でもね、ペーちゃん。その御歳でいじめられるの好き❤ってなんだかちょっと将来が心配になっちゃうよ?」

「しかも何か変な誤解を生んでる!?」

「……変なところで照れるからそうなるんだよ。詰めが甘いね、スペード?」

「く……っこれ見よがしにミヒャルトがせせら笑ってやがる!」


 きょとん、と首を傾げている間に。

 なんでかな、ペーちゃんとミーヤちゃんのじゃれ合いが始まっていました。

 わあ、今日は噛み付き攻撃解禁の日なんだね!

 この2人、本当に仲が良いなぁ。


 ペーちゃんの身体に逆ひしぎをかけようとするミーヤちゃんと、ミーヤちゃんの身体を持ち上げて投げ捨てようとするペーちゃん。

 男の子ならではの、幼馴染2人のじゃれ合いは今日も過激です。

 ……っていうか、前に冗談でかけた逆ひしぎ……ミーヤちゃんいつの間に。

 油断ならないお友達は、今日も知らないところで進歩を刻んでいるみたい。

 教えた覚えはないのに、目で見てかけられて習得しちゃったのかな。


「――ね、ね、メイちゃん」

「うゆ?」


 ぼんやりと骨肉の争いを傍観していたら、ちょいちょい袖を引っ張られました。

 気付いたら両隣に、ウィリーとルイ君。いつの間に。

 ウィリーはその手にママさんが持たせてくれたと言うアップルパイを。

 ルイ君も同じくママさんからのお持たせマフィンを捧げ持っています。

 ルイ君のママさんのお菓子、美味しいんだよね……

 今回の合宿に持たせてもらったっていう紅茶のマフィン、ちょっと狙ってたんだけど一口分けてもらえないかなぁ?


 ――って、あれ?


 何だかメイちゃん、貢物献上されてるっぽい構図になってる?

 思わずお菓子に目が行っちゃったんだけど、2人の全体像を見るとあら不思議。

 何故か2人は、私に対して差し出すような形でおやつを捧げ持っています。

 うん、なんで?


「2人とも、こんな時間におやつタイム? えっと、めいちゃんもママからのお持たせ持ってきた方が良い?」

「あ、違う違う。そうじゃなくって」

「メイちゃん、これ僕らからの賄賂☆」

「賄賂!?」


 あ、ドミ君からの合いの手が入った。

 1人目をぱちぱちと瞬かせて驚きを露わにするドミ君。

 とりあえず賄賂ってもっと後ろ暗いものじゃないのかな?

 人前で明言しちゃったら、賄賂にならないんじゃ……


「わあ、衆目の前で堂々と不穏な発言! 2人ともどうしたのー!?」

「ふふ、実はお願いがあるんだよ。中々興味深い道具を持っているみたいだから」

「あはは……実は僕も、ルイと大体同じ目的なんだよね」

「興味深いアイテムって……」


 このタイミングで、こんなことを言い出すってことは……

 

「それって、算盤筆箱のこと?」

「あれ、そろばんって言うの? クレアちゃんが使ってるやつ」

「使い方を聞いた訳じゃないけど、見たところ凄く便利そうだよねぇ……あの(・・)クレアちゃんが順調に算術の問題を解けてるんだから」

「うん、クレアちゃんが順調ってだけで効果のほどは明らかだよね」

「わー……なんかかつてなく期待の眼差しで見られてるきがするー」


 何だか妙に熱の籠った眼差しを、2人がクレアちゃんに注いでいます。

 当のクレアちゃんはこっちの視線には一切気付いていないけど。

 算盤を使うのが楽しいのか、それとも算盤の助けで今まで全然答えが出せなかった算数の問題がするする解けていくのが面白いのか。

 クレアちゃんは集中して……というより熱中して、机に向かっているよ。

 一切、顔を上げようとしません。

 おお……私が用意しておいてこう言うのもなんだけど、凄い効果!

 今まで全然問題が解けなかったから、余計楽しいんだろうなぁ……のめり込む様に問題文に向き合っています。

 まるで水を得た魚の様な活き活きとした横顔から、算盤の力が感じ取れるね。

 あんな単純な計算機なのに、なんで今まで存在しなかったのか不思議なくらい!

 何となく私達3人は、無言でその様子をじっと見守った後。

 2人の言いたいことをぼんやり悟りながらも、私は確認を取りました。


「えっと、それで算盤がどうしたのかな」

「是非! 是非、僕にも!」

「僕もアレを譲ってほしいんだけど、このマフィンで何卒(なにとぞ)!」

「凄い食いついてきた! 滅茶苦茶必死だし! 2人とも、テスト危ないの!?」

「実はかなり。将来店を継ぐ自分が想像できないくらいには」

「いやいやウィリーは立派に商売上手だと思うよ! お勘定出来なかったら致命的だけど!」

「僕はウィリーほどじゃないけど、それでも便利な道具があったら使わない手はないよね。さっきメイちゃんが言ってたみたく、確かにあのアイテムなら計算に対するイメージ力育ちそうだし」

「というわけで、なにとぞ! 何卒!」

「お、おおう……」


 普段から気障(きざ)な振舞いが目立つ、格好つけたルイ君まで……

 凄いね、算盤。

 最早魔力でも宿っているのかと勘繰りたくなるほどの惹きつけぶり。

 自分の力で問題を解くことが力になるのなら、完全にアレは反則技なんだけど。

 自力でやる努力を放棄することを選ばせる程、算盤は魅力的なんだろうなぁ。

 それを堕落というのなら、アレはきっと魔性のアイテムです。悪魔の囁き的な。

 ドミ君は頭を抱えてたけど、それを真っ当な真人間の反応だとしたら……

 目の前の2人は、確実に駄目人間だよね!

 駄目人間製造機を作る気はなかったんだけど……そんな言い分通らないよね。


 これは他にも欲しがる人がいるかなぁ、と。

 顔を上げて大部屋の中を見回してみると……わあ、びっくり。

 予想以上に結構な人数が、私達に注目していました。

 部屋の隅っ子の……私刑会場と化した一角なんて、全員が動きを止めてるし。

 お説教かましてた女の子達も、突き上げを食らって正座していた男の子達も。

 みんな自分の事情そっちのけ。

 お説教は完全停止で沈黙を落とし、無言でこっちを見て……なんか怖い。

 さっきまであれほど荒ぶっていた女の子達まで止めちゃうなんて……。

 メイちゃんは、とんでもないモノを世に生み出してしまったのかも。


 クラスメイト達の視線を受けて、私は冷汗だらだらです。

 う、うぅ……お風呂入ったばっかりなのに!

 無言の食い入るような眼差し、メイちゃんに殺到。

 特に獲物を見定めるようなギラギラした目を向けてくるロキシーちゃんが……っ

 ……って、ロキシーちゃんが!?


 素で吃驚しました。


「ろ、ろきしーちゃん!?」

「バロメッツさん……貴女は、何というものを」

 

 じっと私を見つめる瞳は、とてつもない目力を発している。

 それまで男子を糾弾していた筆頭。

 まるで旗印の様に真正面から、先頭に立って責め立てていたロキシーちゃん。

 苛烈な怒りは潜められ、今はただただ静かに私を見ていて……

 ぶっちゃけて言うと、めちゃくちゃこわい。

 え、なに、これ……メイちゃんも怒られちゃう流れかな!?

 高飛車傲慢お嬢様みたいな顔で、ロキシーちゃんって結構真面目さんだし。

 うん……はしたないメイちゃんのこと、放っておけずにひとつひとつ注意して、小言を言うくらいには気真面目さんだし。

 テストにも真面目に取り組んでるし、授業中は私語なんてとんでもない、発想もしない……と言わんばかりに真剣に取り組む後姿を覚えています。

 ロキシーちゃんの席、教室1番前のど真ん中だから、その気がなくっても目に入るんだよ。教卓の先生に注目したら、自然と見えるポジションだし。

 席順は入学直後、自由着席で決めたままなのに、自ら進んでその場を陣取ったロキシーちゃんの勉強意識の高さには頭が上がりません。

 こ、これは本気のお説教コースですか……!?


 思わず、身構えちゃう私。

 これが物理攻撃なら、防ぐ手段なんていくらでもあるけど。

 でも正論のお説教はなぁ……胸に突き刺さるんだよぅ。

 ロキシーちゃんのお説教は、感情論が差し挟まれないところが凄いと思います。

 8歳なのに客観的に、物の道理に即したお説教って早々出来る事じゃないよね。

 耳を塞いだり逃げたりしたら、自分に疾しいところがあるって認めることになっちゃうし。

 それにお説教から逃げるのは、どう考えても褒められた態度じゃない。

 というか、そんなことをしたら後が怖いし。


 いつもだったらロキシーちゃんが怒る時は確かにメイちゃんが悪いんだし、大人しく拝聴するところなんだけど。


 だけど今回は、そういう訳にはいかない。


 確かに悪いのは私かもしれません。

 でもここは、今後の(クレアちゃんのテストの点数の)為にも、自分の主張を押し通すところ。

 算盤のテスト持ち込みを黙認させる為には、ロキシーちゃんの真面目な信念を曲げさせなければいけません。

 決して非を認めず、言い包めてでも私の論を認めさせるところです。

 うー……まるで全面対決。

 こういう空気苦手なんだけど……嫌いじゃない、仲良くしたい相手と対立するのは精神的にきついものがあるし。

 いつの間にか、皆が固唾を呑んで私とロキシーちゃんに注目しているよぅ……。

 春からこちら、ほんの数か月でも毎日一緒に過ごしてるしね。

 皆も私がロキシーちゃんの正論に打ちのめされる流れだと思っているのか、緊迫感が我が物顔で場を支配しているよ。

 

 私は内心びくびくしながらも、せめて怯みはするまいとロキシーちゃんを真っ直ぐに見つめました。

 最早ここが最大の難関とばかり、立ち向かう為に自分を鼓舞しまくりです。

 やけに真剣な、私以上に真っ直ぐな視線にすぐ呑まれちゃったけどね!!


 私以上に真っ直ぐな目をしたロキシーちゃんは、真顔で私に近寄ってきました。

 普通の、過剰に早くも遅くもない速度で。

 ぽてぽてとやって来て……


「バロメッツさん!」

「は、はいぃ……っ!?」


 いきなりガッと両肩を掴まれました。

 そのまま、勢いに乗せる様に間を置かず、ロキシーちゃんは気迫の籠ったお声で言ったんです。


「貴女、このアイデアを商品化してみる気はない!?」

「……え、えぇっ?」


 よ、予想外の方向からストレートになんかきたぁーっ!!?


 これ、絶対にお説教される流れだと思ったのに!

 想像もしていなかったロキシーちゃんの、意外な発言に。

 その一瞬で、私の頭は真っ白な豪雪地帯と化しました。


 ろ、ロキシーちゃん……怒らないのー!?


 別に怒ってほしくも、お説教されたい訳でもないのに。

 お説教されない。

 その一事に、私の頭は大混乱で。

 目を爛々と光らせ、鋭い目を向けるロキシーちゃんの眼差しは……

 その、真剣さに含まれる意味は。


 私がそれにちゃんと気付けたのは、混乱の大吹雪を纏った冬将軍様が頭の中を駆け去った後。


 すぐには、気付けなかったんだけど。



 ロキシーちゃんの目は、商売のチャンスにギラつく商売人の目でした。



 ……豪商のお嬢さんだと、知っていた筈なんだけどね?

 思っていた以上に、ロキシーちゃんはどうやら『商売人の娘』だったみたい。

 超意外だよー……。

 私以外の、成り行きを見守っていたクラスのみんなも一様に驚きで目を見張っていました。私も目ぇ真ん丸になっちゃうくらい、驚いた……。


 返事に焦れるロキシーちゃんが私を揺さぶりだすまで、驚きに固まって生きた彫像と化す……そんなメイちゃん7歳でした。





ロキシーちゃん → 大きな商会のお嬢さん。

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