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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
7さい:アカペラ第1初級学校の夏
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5-6.ひみつへいき




 さっきまでお昼の間の疲れで、みんなご飯もままならないくらいにうとうとしてたんだけど、ね?

 お風呂場の一件で、なんか目が冴えちゃった!

 びっくりするくらいに今の私もしゃっきりだよ。

 それは他のみんなもそうみたいで、特に女の子達の目が冴えさえです。


 うん、怒りで。


 男の子達は女の子に怯えて眠るどころじゃなくなっちゃったみたい。

 わあ、みんな元気ー……。

 いま、女の子達の大多数は円陣を組んで仁王立ちです。

 何の為にってアレかな……所謂(いわゆる)、吊るし上げ。

 女の子達の円陣の真ん中には、当然の如く男の子達。

 アドルフ君を中心にした、覗き未遂犯が取り囲まれています。

 今にも私刑(リンチ)が始まるんじゃないかと、ドキドキです。

 あ、ちなみにメイちゃん、そっちは不参加だよ!

 私も結果的に男子風呂を覗いちゃったので、怒れる立場じゃないし。

 でも覗き云々って言うけど、まだみんなちっちゃいんだから、覗いたの覗かれたのってあんまり気にする必要はないと思うんだけどなぁ……?


「うーん……メイは怒られなくって良いのかなぁ?」

「メイちゃんを怒る必要なんてないだろ」

「でもメイ、男の子達のお風呂見ちゃったよー? みんなは怒られてるのに、メイは良いの?」

「メイちゃん、よく聞いて? 男と女の子じゃ、裸の重みが違うんだよ」

「至言だな、ミヒャルト」

「さらっと男女差別だね!」

「差別じゃなくって区別って言ってほしいな、メイちゃん? 女の子の肌を守るのは当然のマナーだよ」

「……家じゃお前、妹達をお風呂に入れてやってるくせにな」

「赤ちゃんの、それも妹の裸に何言ってるの? スペードってば変態」

「心のダメージ10倍になって返ってきた!?」

「みんな、本当に元気だよね……」

「あれ? ウィリー、なんか顔蒼いよー?」

「あの光景見て、胃が痛くなったり心が痛くなったりしないの……?」

「全然」

「全く」

「ちっとも」

「……キミらの神経のず太さ、ホント羨ましい」

「う、ウィリー、目が虚ろだよー!?」

「だ、だって……だって、女子コワイ」

「発音ぎこちないよ、ウィリー!」

「それよりも女子に聞かれたらお前も私刑にされるぞ!?」

 

 怒られる側にない男の子達も、大体ウィリーと似たり寄ったり。

 居た堪れなくって自分だけ寝るって訳にはいかないみたい。

 ドミ君なんか、蒼い顔でガタガタ震えちゃってるよ。可哀想。

 ルイ君やカルタ君も参加してなかったみたいで、同じく蒼白です。

 みんな今だけ限定で凄い色白……。

 お陰様で他のクラスは全員ばたんきゅう状態なのに、うちだけまだ起きてます。

 消灯時間までまだ間があるけど、明日が辛くならない内に寝た方が良いんじゃないかなぁ?

 まあ、眠れないモノは仕方ないけどね!


 女の子達の私刑場から目を逸らし、気を紛らわそうと実刑を免れた男の子達はそれぞれに何かしていて。

 ウィリーは私達に話しかけて気を紛らわせていたみたいだけど。

 折角だからとこの時間で、やるべきことをやっちゃうことにしました。

 そう、ドミ君やミーヤちゃんとクレアちゃんのお勉強を見なきゃ。

 時間って有用だもんね、無駄にしちゃダメ!

 特にクレアちゃんには、お勉強の時間が足りないし……。

 どうやってクレアちゃんにお勉強を教えるかっていう打ち合わせも必要です。

 算数は、カルタ君にお願いしていたアレが出来れば、ちょっとは……

 ……あれ、そういえば完成したって言ってなかったっけ?


「カルタ君、カルタ君!」

「え、メイちゃん?」

「あのねあのね、完成したっていうアレ! アレあるよね!」

「ああ、アレ!」


 私が聞くと、カルタ君はハッとした顔で自分の荷物を漁り始めました。

 やがて彼が取りだしたのは、両手に乗るくらいの立方体……。


「これだよね!?」

「そう、それ!」


 何だか深夜のテンションに通じる物が、私達の間にはありました。

 カルタ君からブツを受け取って、即座に皆の囲む机へと突撃です!

 カルタ君もソレの使用感を知りたいのか、私の後ろから付いてきました。

 私は皆の反応も気にせずに、勢いのままに立方体を掲げます。


「てけてけん♪ 秘密兵器~!」

「「「ひみつへいき?」」」

 

 私の掲げた立方体。

 それを見て、皆が首を傾げました。

 だってね、



「それ、筆箱だよね」



 ただの単なるステーショナリーグッズにしか見えなかったんだもん。





 私達は授業で、紙を使ってお勉強しています。

 …まあ、紙といっても羊皮紙だけど。

 紙が簡単に手に入らない地域じゃミニサイズの黒板をノート代わりにしてるっていうので、私達は結構恵まれてる方。

 黒板だったら『後で見直す』ってことが出来ないもん。

 物流の豊かな街ならではですね!

 物質の豊富さに日々感謝を捧げましょう。

 結構簡単に色々手に入るお陰で、文房具の類もみんな概ね持参品使用。

 忘れた時は、クラス備え付けのを借りるけどね!

 でも学校備品の筆記具は自由に使える分、調子が悪い品も多いから使わないで済むなら使いたくない。というより、自分お気に入りの品を使いたい!

 前世で鉛筆やシャープペンに慣れた身としてはちょっと違和感があるけれど、羊皮紙にぴったりの羽根ペン。

 字を書き間違えた時に羊皮紙を削る為のナイフ。

 そして忘れちゃいけないインク壺!

 最近じゃ雑貨屋さんが大サービスしてカラーバリエーション豊富なインクを仕入れてくれちゃって……ウィリーの家なんだけどね!

 商売上手の宣伝上手なウィリーに乗せられて、みんな1色、2色インク買っちゃったけどね! だって36色もあったんだもん、そりゃ買うよ!

 ……新入荷した文房具を学校で試させるウィリーのママはかなりの商売上手だと思われます。いや、ウィリーの売り込み口上も凄かったけど。

 

 心ときめく筆記具を、皆が思い思いの品で揃えます。

 自分の筆記具を持たせてもらえるのは、この世界の水準じゃかなりの贅沢。両親の有難味を噛み締めよう!

 他の街じゃこうはいかないって、幼くってもみんなわかってる。

 だからパパやママが買ってくれた文房具は、みんな大事に使います。

 本当、使い潰すまで大事に使うよ。

 そんな大事な文房具だから、持ち運びには専用の筆箱も用意します。

 袋に入れたら折れるしね、ペンが。

 中に入れるのは羽根ペン(ペン先、予備のペン込み)。

 携帯用のインク壺(商売上手なウィリーの策略により、最低2つ)。

 羊皮紙を削る小ぶりなナイフ。

 大体そんなところだけど、これ全部一緒に運ぼうと思ったら結構(かさ)張ります。

 特にインク壺。

 だからみんな、前世の感覚でいうならちょっと大きめで頑丈な筆箱を愛用していて……また、その筆箱をウィリーの家でも扱ってるんだけど。

 やっぱりそれも、それぞれが自分の好きな物を用意します。


 カルタ君に作ってもらったのも、そんな筆箱。

 うん、間違いなくこれは『筆箱』だよ。

 ただちょっと、蓋に注文通りの細工をしてもらっただけで。


「わあ、蓋の飾りが可愛いわね~。メイちゃん、よく見せて」

「うん、どうぞたっぷり見ちゃって! クレアちゃんはこれから嫌ってほど見ることになるだろうけど!」

「あら~? どうして、メイちゃん?」

「この筆箱はクレアちゃんにプレゼント!」

「え?」

「それでこの蓋の飾りを使ってゲームしよう!」

「ゲーム?」


 私が指さした、蓋の飾り。

 クレアちゃんがさっき可愛いって言ったのは、カルタ君渾身の作です。

 縦に9本、横に交差する1枚の仕切り。

 嵌め込まれた縦棒にはそれぞれ5つの玉。

 以前カルタ君に渡した木製ビーズが彩色されて収まっています。

 ……カルタ君、着色どころか絵付けまでしてくれてるよ。

 わあ、絵、上手いね……カルタ君。


「メイちゃん、この飾り……ビーズがすかすかだけど」

「わざとだよ!」

「でも、動いちゃうけど」

「動かすためだから大丈夫!」

「???」


 さて、前世の懐かしい記憶です。

 小学校の算数で、使い方教えてもらったのを覚えています。

 あの時は、思いっきり玩具にしちゃったんだよねー……

 つまり、これは玩具に出来るくらい自由度の高い『道具』ってことで、どう捉えるかは使う人次第。


「あ、よく見たら5つずつの間隔で印が……」

「うんとね、これね、印を基準に考えて順番に1の位、10の位、100の位、1000の位……えっと、1年生の授業だったらここくらいまでしか使わないと思うけど」

「1、10、100……うーんと?」


 さて、そろそろこのアイテムのお名前をクレアちゃんに教えちゃおう。

 首を傾げながらも、飾りが気に入ったのか矯めつ眇めつ見ているみたいで、今なら忌避感なく受け入れてもらえるはず!


「クレアちゃん、この筆箱にはお名前があるんだよ!」

「まあ、どんなお名前なの? 女の子かしら、男の子かしら……」

「あ、うん……ごめん、ちょっとお名前の系統違うかな」


 私はクレアちゃんに渡した筆箱とは別の、でも同じデザインの筆箱をカルタ君に渡してもらって、じゃじゃんと掲げました。


「この筆箱はね! 『算盤(そろばん)筆箱』って言うんだよー」


 縦の棒に、5つの玉。

 1番上の玉と、下4つの玉の間を遮るように嵌められた、横の仕切り棒。

 カタカタと上下に動く玉は、女児向けにお花の絵が描かれているけれど……

 その正体は、前世の世界の伝統的な計算機!

 戦う商人必須アイテム、ソロバンです!


 数字の動きに合わせて玉を移動させるだけという、単純なその機構。

 足し算、引き算を使った数字のゲームって形式で教えたら、クレアちゃんも計算できるようになるんじゃないかな?

 そんな思惑で作ってもらったこの一品。

 クレアちゃんも記憶力が悪い訳じゃないし、ただ興味の湧かない分野には極端に意欲が湧かない、頭が働かないってだけみたいだし。

 お遊び感覚だったら、どうにかなるんじゃないかなー?

 ……と、そう思う訳ですが。


 果たしてこの筆箱をテストに持ち込むのはカンニングに当たるか、否か。

 そこが問題だなぁと、ちょっとドキドキだけど。

 こっちの世界には算盤ないし、きっと大丈夫だよね!

 そんな根拠のない希望観測。

 だけどそこさえクリアできれば、次のテストはきっと……!


 先生にこの筆箱の正体がばれるかどうかが運の境目です。

 筆記具の持ち込みはOKなので、きっと大丈夫なはず。


 どうかばれませんように、と。

 結構必死に神頼みしたくなりました。





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