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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
5さい:修行開始の鬼ごっこ!
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1-4.師弟の条件



 ヴェニ君の腹に、どーんっ!

 良い具合に、鳩尾にヒットしました。

 お陰でヴェニ君が咳き込んでいます。

 武術の達人なら避けるだろうと思ってたんだけどなぁ?


「げほ、げほげほ…っ」

「ヴェニ君、メイが子羊の女の子でよかったね! これが男のお兄さんだったら角があってえらいことだよ!」

「げ、げほ…っ いきなり突撃かまして、言うことはそれだけか!」


 わあ、ヴェニ君が怒った!

 まあ、怒って当然のことをした自覚はありますが。

 あまり心象を悪くしすぎても都合が悪いので、素直に謝っておきましょう。


「ヴェニ君、ごめんなさい! メイが悪かったよ」

「まったくだ! っつうか、誰だよ?」

「メイはねぇ、メイちゃん! 羊獣人の女の子だよ」

「いや、そうじゃなくてさ?」

「ちなみにおうちはねー、ヴェニ君のおうちから300mくらいのところにある、白い壁で赤い屋根のー…」

「バロメッツさん家か! お前、シュガーさんとマリさんのガキか」

「うんうん、そんな感じー」

「そういや、いたな。お前みたいなの。シュガーさんの自慢話がまたうざいんだ」

「ヴェニ君、パパのことごぞんじー?」

「ああ、シュガーさんだろ。『ひとり機動兵』の…」

「…うん? 機動…兵……?」

「あ、ああいや、何でもない」


 父よ………

 何だか娘である私の知らない、父の表の顔がチラリと見えたような…。

 というか、機動兵ってなに?

 首を傾げてしまうけど、でも今重要なのはそれじゃないよね。

 私はヴェニ君を逃がさないよう、その服をはしっと握って見上げました。


「ヴェニ君、ヴェニ君。メイ、お願いがあるのー」

「なんだ、藪から棒に突然。いくらシュガーさんとこの子でも、いきなりお願いされたって困るぞ」


 果たして困惑顔のヴェニ君に、私は満面の笑みでもって答えました。


「あのねえ、ヴェニ君! メイね、強くなりたいのー!」

「は?」

「だからね、ヴェニ君、メイのお師匠様になってください! お願いします」

「…え? 本当に突然、なにこれ」


 ぽかんとしたヴェニ君のお顔は、ちょっとお間抜け。

 でも歳相応の幼さが見えて、何だか可愛く見えました。


 傍目に今の状況を確認してみましょう!

 ちょっと退廃的な雰囲気(若いのに不健康)な銀髪の少年。

 それに縋りつく、ふわふわした(羊)白い髪の女の子。

 それだけなら、まあ微笑ましい光景に見えるかな?

 で、その会話内容。


「お願いします、弟子にしてください! お師匠様!」

「だあっ 誰が弟子になんぞするか、面倒くさい! ガキはガキ同士で遊んでな!」

「ヴェニ君だってガーキー!」

「お前よりはマシだっての、このチビッ子が! 俺を5歳児の遊びにつき合わせるんじゃねーよ」

「遊びじゃないもん! メイは本気だもん!」

「言ってろ、ガキが。大体、何で俺が面倒見なきゃなんねーんだよ」

「だってヴェニ君、暇だよね?」

「…暇じゃねーよ」

「でも何もしてないよー。ヴェニ君、学校卒業したのにお家の手伝いもシューショ、ク?せずにふらふらしてるって。みんな言ってたー」

「みんなって誰だ!?」

「近所の子ー。うん、5人くらいに聞いたら、みんなそう言ってた」


 間違いは言っていません、間違いは。

 イヌちゃん家の男の子達はとても丁寧に教えてくれましたよ。


「ヴェニ君は、お昼はもっぱら森林公園の奥のおくーにあるベンチで毎日ひなたぼっこしてるって聞いたよ。1日6時間くらい!」

「待て、俺の行動知れ渡ってるのか!? ご近所さん怖っ」

「なんにもせず無駄にお昼寝ばっかりごろごろ~って! 猫ちゃんみたいって!」

「だ、誰が猫だ! い、いいだろ別に、俺が何しようと」

「おともだち、いないの?」

「くっ ガキは無邪気に胸をえぐってきやがる…! 俺だって友達いるっての」

「うん、でもメイ知ってるよー? ヴェニ君のおともだち、卒業してからお家のお手伝いとか、ボウコウ?とかで忙しーんでしょ? 一緒に遊べないんだよね!」

「ぐっ…こいつ、俺の事情すっかり把握してやがる!?」

「ねえねえヴェニ君、暇だよね! だったら暇つぶしにおススメだよー?

何もせずにすごしてる無為な6時間、メイにちょーだい?」

「だから、なんで俺が自分の時間をお前にやんないといけないわけ!?」

「でもヴェニ君、暇はまぎれるよー? このまんまじゃ退屈きわまって、イケナイ遊びに手を出すんじゃないかって…みんな心配してたよー?」

「だから、みんなって誰だよ!?」

「近所の子ー」

「ご近所づきあい怖っ!!」


 心底うんざりといった口調のヴェニ君ですが、ここまで律儀に会話に付き合ってくれるのは良い人の証です。本当に心無い人だったら、こんな無邪気な幼女なんて振り払ってとっとと何処かに消えているはずだもの。

 ヴェニ君みたいな「大きい子」が5歳児を振り払えないはずがないんですから!

 そこをちゃんと会話してくれるあたり、子犬たちの「面倒見がよさそう」という人物評は見事当たっています。

 小さい子との会話を、ちゃんと続けてくれる。

 これって簡単なようで、結構人柄によりけり。

 特にヴェニ君みたいに、まだ子供の相手だったら自分の要求最優先で、私みたいな小さい子は簡単に置いてきぼりにしちゃうから。

 

 ………やっぱり、ヴェニ君は師匠と仰ぐに丁度良い相手です。

 まだその力量は知らないけれど、道場のお子さんなら体術の指導法くらいは身をもって理解しているんじゃないでしょうか。

 知らないとしても、実体験で何をするかくらいは覚えているはず。

 加えて同じ子供なので、一緒にいても微笑ましい光景として受け取ってもらえて、周囲の評判は悪くなりようがありません。

 

 これは是非とも、師匠になっていただかないと。

 逃がしてなるものですか!


 ほんの僅かな会話で、私はすっかり本気になってしまっていました。

 なりふりを構う気もゼロです。


「ヴェニ君、どうしてもダメ…?」

「涙目でお願いされたって、駄目!」

「…ここでメイが、「ヴェニ君に泣かされたぁぁああっ」って大泣きしても?」

「な、なん、だと…っ!?」


 秘儀、お子様必殺最後の手段『ぎゃん泣き』。

 それを喰らうと一気に居心地が悪くなる上、周囲の目が突き刺さります。

 私みたいなちいちゃい子を泣かしたとなれば、お説教…

 ………いえ、拳骨は免れません。

 何しろこの世界、ゆとり教育とは無縁そのもの。

 悪いことをしたら鉄拳制裁がデフォルトの、中々厳しい世界です。

 そしてヴェニ君のお家は、厳しい道場…パパさんも強そうな人でした。


「ヴェニ君、どうする?」

「く…っ 人の足元見やがって。卑怯者!」

「メイは怒られても目的を果たしたいの! 強くなるのー!」

「……………本気、なのか」

「本気、だよ!」


 ヴェニ君がそれまでとは打って変わって、真剣な目で私を見下ろしてきます。

 見定められている…そう、感じました。

 私も目に気迫を込め、真っ直ぐにぐっとヴェニ君の目を睨みつけました。

 逸らしたら、負けです。

 笑ってもいけません。

 ………でもメイ、睨めっこ弱いんだよね…。

 今にも緩みそうな表情筋を、気力総動員で引き締めました。

 これは、笑ってしまう前に勝負を決めなくちゃ…!


「…メイ、はね。10年後強くなりたいの。10年後までに、強くなりたいの!」

「!」


 睨みあいの中、言っていなかった動機を当たり障りなく口にすると、ヴェニ君がハッとした様に目を見開きました。

 私を見下ろす眼差しに、理解、納得と痛ましさが混じります。


「………10年後、セムリヤ暦1,111年…か」

「うん。そうだよ」


 セムリヤ暦、1,111年。

 それは10年後…予言された破壊と終末の時代。

 だけど同時に再生の使徒が現れるとされる、混迷の時代…

 いくら救世主が予言されているとはいえ、混乱と争乱は避けられない。

 現に今の時点でも、既に無視できないだけの影響が見え始めています。

 魔物の活性化や不安定さを増す自然の脅威が報告されていると。

 

 そんな時代の到来を間近に控え、沢山の人々が不安と恐怖に苛まれています。

 用心深くない人でも、時代の到来に備えて準備を始めている人が大勢います。


 混乱を前に強くなりたい。

 師を探す理由として、これほど説得力のある言葉もないでしょう。

 まあ、言葉に含まれる意味が若干違いますが、嘘でもありませんし。

 ええ、私は10年後に備えて強くなりたいのですから。

 ………主目的は自衛の為でも、人々の為でもありませんが。


「お前みたいなチビ、ましてや女が…?」

「でも、何もないとは限らない、もん! メイは、何があっても危険にあってもへこたれない、負けない強さがほしいよ!」

「……………」


 正確に言うのであれば、ダンジョンやフィールドに出てもへこたれず、追跡している事実と正体が露見することなくストーキングを続ける強さが欲しい訳ですが。

 流石にその動機を語ってしまえば、この話はお流れ確実です。

 嘘は言っていない…うん、嘘は。

 心の中で繰り返し唱えながら、一層目を険しくしてヴェニ君を睨み上げました。


「………女が、そんな険しい顔するもんじゃねーよ」

「これは、覚悟!なの!」

「本当、5歳とは思えないチビだなぁ…しっかりしてるぜ」

「みゅっ」


 呆れた、と一言呟いて。

 ヴェニ君は力の入っていた肩を下ろすと、私の鼻を摘まんできました。

 な、なにをしゅる…!

 抗議の目を向けると、そこには緩いけれど優しい笑みのヴェニ君。

 その眼差しには、私へのいたわりと共感が滲んでいました。


 え、も、も し か し て … っ !?


 しかし私がぬか喜びする前に、ヴェニ君はきっちりと落としてきた。


「よし、チビ。お前の心意気はよ~くわかった。そんでそこで師匠に俺を、という目の付け所の良さもついでに認めてやる」

「えっ ヴェニ君ヴェニ君! ほんとほんと!?」

「……が、」

「……………が?」

「お前の決意はわかったけどよ。それで引き受けるかどうかは別だ」

「え、えええぇぇっ!! ここは笑顔で弟子にしてくれる展開じゃないのー!?」

「けど俺も鬼じゃねーし、お前の努力と根性しだいじゃ認めてやらんでもない」

「!! お、落として持ち上げられた…っ」


 く、くぅぅ…ヴェニ君ったら言葉一つで私を弄ぶなんて!

 努力と根性次第ってどういうこと!?


「つまりは、条件付ってことだ。それ達成できたら引き受けてやっても良いぜ? 成長の見込めない奴を弟子にしたって意味ねーしな。まあ、テストってことで?」

「じょーけん!? なになに、メイ、できることなら頑張るよ!」

「――おし、よく言った」


 うんうんと満足げに頷くヴェニ君。

 だけどその口元は次の瞬間、人の悪い笑みでにんまりと吊り上がった!

 う、うわ…絶対にろくでもない条件だよ!

 果たして、ヴェニ君のつけた条件は………


「期限は、1年。1年以内に逃げ回る俺を捕まえるか、その気にさせてみな。

それが出来る奴がいたら、謹んで俺の弟子にしてやるよ」


 ……………やっぱり、ろくでもない条件でした。


 道場の息子で腕っ節自慢のヴェニ君を、ふわふわ安穏と生きてきた子羊がいきなり捕まえられるものですかー!?


 期限(タイムリミット)は、1年。

 その間に何とかヴェニ君を捕まえる。

 私に課せられた試練は、今この時をもって始まったのだと思います。


 こうして、私とヴェニ君の弟子入りを賭けた本気の鬼ごっこが幕を開けました。






メイちゃんの台詞より

 ボウコウ → 奉公といいたかったらしい。


「あ、あうー…っ ことば、って難しいよ!」

「いや、膀胱ってなんだよ、膀胱って。膀胱が忙しいって」

「ヴぇ、ヴェニ君ったら気にしちゃダメなの!」

「それとも暴行か? 暴行なのか?」

「き、気にしちゃダメなの!」

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