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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
7さい:アカペラ第1初級学校の夏
59/164

5-5.のぞきは犯罪です



 左右対称の大きな浴場。

 そのど真ん中を大きな壁で遮る形で作られた男女それぞれの大浴場。

 間を隔てる大壁は、上の方が換気の為に吹き抜けになっていて……




 壁の向こうで、声がする――。

 声の反響する大浴場。

 静かにしていれば、聞こえてはいけないモノが聞こえてしまう。


 自分達の会話に夢中になっていれば、そんな声など耳にも入らなかっただろう。

 だが睨み合う男子達は、自然と声を潜めていて。

 そんな彼らの間に、明るく高い声が切り込んで来たのだ。

 そう、はるばると壁の向こう。

 女湯の、ある方から……


『きゃぁあんっ やだ凄い! ロキシーちゃんのお肌って陶器みたい!』

『きゃっ ちょ、何するのバロメッツさん!?』

『マナちゃんは手足が長くってしなやかだよね。羨ましいな!』

『ありがとう、メイちゃん。でもね、あんまりお肉がつかないから柔らかくないの……大型猫科の獣人ってね、細身の筋肉質になっちゃう人が多いの』

『でも顔が小さくて、手足が長くて、胴体もしまってて……マナちゃんって将来バランスの良い美人さん体型になりそうだよね!』

『あ、あ、ありがとぅ……でもあんまり褒められると照れちゃう、かな。メイちゃんだって私と同じくらい手足しっかりしてるよ?』

『でもメイ、修行とかお外遊びとかでついつい生傷作っちゃって。手足は傷だらけだから~……』

『あらメイちゃん、しょんぼりする必要はないと思うわ~。手と足は生傷だらけなのに、顔とか首とか、胴体はすべすべ! もちってして、手に吸いつくみたい~』

『あ、メイちゃんのお肌はママからの遺伝だよ! ママ、モチ肌だから。別に太ってる訳じゃないよ! 標準体型だからね!?』

『誰も太ってるなんて言ってないでしょ。でも手足、痛そう……そんなに怪我だらけで、手足以外に怪我がないのが本当に不思議だわ』

『それはねー、ヴェニ君がねぇ? 胴体は内臓が詰まってて急所の宝庫だから、死にたくなかったら意地でも攻撃食らうなって!』

『あら、言ってることは間違ってないけど7歳児に結構むちゃくちゃ言うわね。メイちゃんの、噂のお師匠様って?』

『胴体部分の回避能力だけは死に物狂いで上げさせられたよー。首と頭も、同じくって感じかなぁ。身体の中心線は命賭けて守んなきゃって思うと、代わりに手足への意識が低くなっちゃって……』

『ああ、あの、バロメッツさん? 貴女、どうして私の腕を揉んでいるのかしら』

『ロキシーちゃん、どうしてこんなに手も足もすべすべなの? おなかとか背中もツルツルー!』

『バロメッツさん! 貴女には恥じらいがないの!? 私にはあるんだけど!』

『え? メイにもあるよー。ただ発動するのは……えっと、6年後くらいかなぁ? 13歳くらいになったら恥じらい装備するから!』

『今すぐ発動させなさい、今すぐ!』

『め、メイちゃん、ロクシアーヌちゃん、お風呂で騒いだら……』

『あ、ミルフィー先生!』

『きゃっぁん! メイちゃん、いきなり危ないわ……!』

『ごめんなさい! でもね、ね、ミルフィー先生。メイ、聞きたいの』

『え、どうしたの?』

『どうやったら先生みたいに、ダイナマイト☆ボディになれますか……!!』

『え!?』

『あ、それ私もききたい』

『あたしもー!』

『せ、僭越ながら私も……気になります』

『ミルフィー先生、先生みたいにおっぱい大きくするにはどうしたら良いのー?』

『え、えと、皆さん……? きゃっ も、も、揉んじゃ駄目ですぅぅうっ!』

『うわ……ミルフィー先生、すげぇ』

『わあ、ソラちゃんが真顔に!』

『魔人は、スレンダーボディが特徴……それはちゃんとわかってるし、著しい発達はもう諦めてるの! でも、でもせめてBは! Bカップはほしい!!』

『そんな血を吐くような叫びで望むのがB!? 切実そうなのに、お願いがささやかすぎません!?』

『で、でもソラちゃん! ほら、考え方を変えようよ! 確か魔人って『贅肉知らず』っていわれてるんでしょ? ある意味スタイル抜群だよ!』

『あなた達は知らないのよ……私のパパとママはどっちも魔人……遠めにシルエットだけ見ると、どっちがどっちかわからない……!』

『それは流石におおげさじゃ……』

『辛うじて! 辛うじて、ウエストの細さと手足の華奢さでどっちがママかわかるのよ!? でもね、服を着てたらウエストの細さも手足の細さもわからないの!』

『そこはスカートかズボンかで判断してあげようよ!』

『バロメッツさん、そんな問題じゃないんじゃないかしら!?』

『み、皆さん、どんな風に育とうとも、自分に合った方向性で磨きを上げれば誰だって素敵なレディになれますよ。先生はみんなが素敵な女の子だって知ってます。自分の長所をこれから伸ばしていけば大丈夫ですよ』

『せんせー、なんか良いこと言って逃げようとしてませんか?』

『逃げる前に、その素敵な女の子になる秘訣を是が非でも!』

『あ、そこは駄目です! そこは……あ、やぁん!』



 ――女湯から聞こえてくる、反響で増幅された声。

 赤裸々なその声に、自然と男子達の声はしなくなる。

 うつむきがちな頬を朱に染めた野郎共は、1人、また1人と歩きだした。

 彼らは、英雄(アドルフ)の賛同者。

 血塗られた、他人(おんな)の理解など得られぬ道へ一歩踏み出した求道者。


「み、みんな駄目だよ……!」

「行かせてくれ、級長! 男にはやらなきゃいけない時があるんだ!」

「そうだ、俺は行くぜ!」

「僕だって!」

「そこに乗り越えるべき壁があるんだ!」

「ああ、俺も一緒に行こう……!」

「「「その向こうの楽園(エデン)ある限り!!」」」

「みんなぁ!? ちょ、正気に戻ってよ!」


 引き留めよう、止めようとするドミ君の制止も、今は虚しい。

 熱く滾る好奇心。その名は欲望。

 男子達は、素敵な人魚の裸体に憧れで胸を熱くときめかせていた。

 先程までの「女子の裸とか、興味ないし」といわんばかりの傍観体勢が嘘のようである。

 最早みんながみんな、「目指せ桃源郷!」のノリだ。

 彼らにまともに立ちはだかれるのは既に、別の意味で下心満載のミーヤちゃんとペーちゃんだけだった。

 他は覗き男子の熱意に圧倒され、触らぬ神に祟りなしといった風情である。


「覗きは犯罪だよ。ねえ、スペード?」

「ああ、覗きは犯罪だぜ。なあ、ミヒャルト?」


 壁の向こうには想い人(メイちゃん)がいる。

 そんな状況で覗きなど許すまじ……と2人は闘気を立ち上らせる。

 混じり気のない、殺気がした。

 だけど特に修羅場を潜ったこともない、普通のお子様達は気付かなかった。


「お前ら、とっ捕まえて父さん(警備隊隊長)に引き渡してやる!」

「そこでおばさん(警備隊副隊長(アマゾネス))を選ばないあたり、スペードは甘いよ」

「そこは流石に男の情けで!」

「くそっ……お前ら、敵は2人だ。数で押せば何とかなる! ラッツとダニーは俺と足止め、他はその隙に活路を開け!」

「「「応!」」」


 アドルフの号礼の元、風呂場の攻防戦は動きだす――

 覗き行為に最も手っ取り早い方法。

 それは男女の浴室を隔てる大壁によじ登ること。

 

 しかしそれには障害が並び立つ。

 男女の仕切り壁の前に立ちふさがるのは、猫と狼の獣人。

 

 敵対する獣人の足止めを目的に、アドルフと2人の獣人が駆ける。

 アドルフに従うのは、最初にアドルフから覗きの提案を受けた取り巻き。

 場の雰囲気とノリに流されて覗きを決意したものの、彼ら自身の女子の裸体に対する熱意は低い。

 それよりむしろ、チーム一丸となって何かを成し遂げること……

 その為に重要なポジションで役柄を全うすることの方が性に合う。

 例え最終的な目的が、女子風呂の覗き行為だったとしても。


「物量でかかってきても、無駄だって知らしめてやらないと駄目みたいだね」

「まあ実際、俺とお前の2人だけでどうするって感じもするけどな」

「どうするって? こうするんだよ」


 迅速な行動を目的とし、風呂場で駆けるという危険行為。

 そんな危なっかしい級友達に、ミヒャルトは惜しみない笑顔を向ける。


「えいっ」


 ミヒャルトは、すぐそばに用意しておいたらしい洗面器の中身を勢いよく、広がる様に撒いた。

 洗面器の中に入っているのは、とろみのついた液体状の何かで……。


 ぬるっ


「おおぉわぁぁあああああっ!?」


  アドルフ は すっころんだ!

  取巻きA(ラッツ) は すっころんだ!

  取巻きB(ダニー) は すっころんだ!

  3人 は 腰 を 打ちつけて 悶絶 している!


  ミヒャルト は 良い笑顔 を していた!


「……えーと、ミヒャルトさん? それなに」

「家から持参した、液体石鹸だけど?」

「へ、へ~……?」


 この行動はスペードにとっても予想外だったらしく、尋ねた言葉への返答に顔を引き攣らせる。

 持参したといわれても、液体石鹸をそんな洗面器いっぱい。

 ……一体、何の用途を想定して持ってきたというのか。

 明らかに身体を洗うには多すぎる分量。

 しかもどうやらまだまだあるらしい。

 新たな洗面器を手に取り、ミヒャルトは爽やかに輝ける微笑を浮かべた。


「さあ、次に転びたい人からおいでよ!」


 そう言って構えたミヒャルトの手にある桶は、既に中身が泡立っている。

 可愛らしい声とは裏腹な、えげつない容赦のなさ!

 隣に佇む、スペードは思った。

 こいつ本当に容赦ねぇな……と。

 味方であれば何より心強いが、敵には回したくない類の相手だった。

 メイちゃんを相手に挟めば敵対する運命もあったのかもしれない。

 そんな別の運命を思い浮かべると、スペードの背筋に悪寒が走った。

 対立するよりも障害を共に薙ぎ払いながら切磋琢磨する同盟関係を結んだ、幼少期の自分をよくやったと褒め称えたくなる。


「く……っ お前ら卑怯だぞ!?」


 横転した姿勢から、腰を押さえて身悶えるアドルフが声を上げる。

 しかしそんな彼に返されたのは、2人の辛辣な声。


「前くらい隠せば?」

「タオルくらい巻けよ、アドルフ」

 

 自分達が転ばせた結果の大股開きであっても、2人の少年は容赦が無い。

 追求できるネタがあれば、ここぞとばかりに(つつ)き回した。


「丸出しとか、いつまで小さなお子様気どりなの。笑っちゃうね」

「お前らが転ばせるからタオルどっかいったんだろーがっ」

「おいおい、間違えんじゃねーよ? 転ばせたのはミヒャルトだ。俺はやってない」

「隣に立ってる時点で連帯責任だろ!?」


 アドルフ他2名は、ミヒャルトに転ばされたせいでタオルを手放してしまい、完全完璧に丸裸状態。

 それを気にするような場でもないのだが、マッパを揶揄られると何だか恥ずかしくなってくる。

 このままでは戦う前に戦意を喪失してしまう。

 アドルフは、手下達のモチベーション込みで焦っていた。


 まさかそこへ、天から声がかかろうとは。

 それはいたく場違いで、能天気な響きをもって空間を貫いた。


「みんな、さっきから賑やかだけど何やってんのー?」


 弾かれたように、ばっと全員が反応する。

 特に顕著だったのは、ミヒャルト・スペードコンビとアドルフだ。

 奇しくも、3人の声が同じ響きを持って…同じ焦りを有して重なる。


「「「メイちゃん!」」」


 彼らが見上げた先……ミヒャルトとスペードの背後、聳え立つ男女の垣根。

 そこには風呂を隔てた大壁が……


 吹き抜けとなった天井近くに、男子風呂の方へと身を乗り出す小柄な姿。

 そこには白羊の獣人っ子、メイちゃんの姿があった。

 ロクシアーヌに散々窘められたためか、白いタオルを裸体に巻いて。

 目に眩しい白肌の肩や腕を曝し、そこにいる。

 ……どうやってあそこまで上ったんだろうという疑問を感じる余裕もなく、大多数の男子は固まった。

 アドルフだけは身を伏せ、股関を隠そうと慌て始めたが。


 だがメイちゃんはそんな野郎共の内心を吹き荒れる感情の嵐など意にも止めず、のっほほ~んと常と変らぬ呑気さで声をかけてくる。


「やっほー。そっちのお湯加減、どんな感じー?」

「ええとねー、ちょっとアルカリ成分大目かなぁ。なんかヌルっとするよ」

「こっちもおんなじだよー。そんでちょっと熱めだよね」

「うん、そうそう。僕もそう思うよー」

「……って、おいぃ! 悠長に返事返してどうすんだウィリー!?」

「え、いやだって聞かれたし?」

「ば、ば、バロメッツさぁん……っ?」

「あれぇ、ドミ君涙目ー。どうしたの?」

「どうしたのじゃないよぅ! 何やってるの!?」

「んっとね、男子風呂のご機嫌うかがい!」

「そんなことする必要ないからね!? 皆無だからね!? そこわかってる!?」

「そうだぞ、メイちゃん! なんでそんなとこに登ってんだよ!」

「そこに壁があるからだよ!」

「超えるべき障害!? シンプルな癖に深い答えが返ってきたんだけど!」

「待って、アルイヌ君! 論旨ずれてるから!」


 それまで男子の欲望塗れないさかいにおろおろしていたドミ君は、顔を真っ赤にしてお湯に沈んでいる。

 メイちゃんを咎めながらも、肩までしっかりお湯で体を隠す姿は必死だ。

 お湯から露出した首から上が茹蛸の様に真っ赤で、メイちゃんはのぼせてるんじゃないかと首を傾げた。

 恐らく、それはメイちゃんの予想とは別の意味での逆上(のぼ)せ方だと思われるのだが。


『ちょっとバロメッツさん!! 貴女、何をやってるの! 貴女に恥じらう心は欠片もないの!?』


 壁の向こうから、ロクシアーヌ嬢の声が聞こえた。

 声の調子だけでわかる。

 ああ、これは……大分お冠だな、と。

 

 しかしそんなお嬢様の怒りなど、メイちゃんは気にする素振りも見せず。

 にぱっと笑って男達を見下ろした。

 悲しくなるくらい、邪気の無い真っ白な笑みだった。


「あ、あとね。メイ、のぞきの相談はもっとこっそりやった方が良いと思うな! この浴場、割と大きな声は筒抜けだから!」

「「「!?」」」


 驚愕に固まる男達に、メイちゃんは可愛らしく首を傾げて仰った。


「んっとね、とりあえず女子風呂の方はみんなが騒がしく相談してるから……みんなお風呂上がっちゃったよー? もうメイとロキシーちゃんくらいしかいないから、のぞきとかやっても意味ないと思うな!」

「「「……………」」」


 それは、悲しいくらいにずぱっとはっきりした私刑宣告だった。

 お風呂から上がった後での女子達から受ける仕打ちは明らかだ。

 自分達がどんな目に遭うのか……

 まざまざとはっきりししっかりくっきりと、想像がついてしまって。

 覗きを目論んだ少年達は、一様にがっくりと冷たいタイルの床に膝をついたのだった。




 結局この後、男子風呂は騒然となり。

 ちゃっかり先生に発見される前にメイちゃんは離脱したのだけれど。

 男子風呂の惨状……床にばら撒かれた石鹸や、騒ぎの痕跡を目にした先生方や覗きの相談を聞きつけたミルフィー先生により、男子の大半は連座の末に長いお説教を喰らう羽目になる。


 のぞき、駄目。絶対。

 その日はセージ組の男の子達が、それを深く胸に刻んだ日になった。





いろいろな意味で今回の真の英雄 → メイちゃん

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