表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/164

幕間:賞金稼ぎと教育制度

「幕間:ヴェニ君と賞金稼ぎ」から新しい文章を付け足して修正が入っています。

間にも新しい話が一つ挟まっているので、面倒でなければご確認ください。

話の流れ自体は変わっていないはずです。



 そもそもヴェニ君は…否、アカペラの街に古くから住む(ほとん)どの住人は知らないことだが、アカペラの街はある種の賞金稼ぎ達にとっては憧れの街である。

 それは1度行ってみたいなどの観光的な意味合いではなく、長期滞在…むしろ一定期間以上の定住を夢見ての憧れ。

 それもこれから子供を持つことを考える者や、既に子供のいる賞金稼ぎに限っての話だが。


 アカペラの街は交易の街なので、商人が多く街は賑わっている。

 販路を辿って旅をする商隊も多く立ち寄るので、護衛や警備といった仕事は常に斡旋口が用意されている程だ。

 1度雇ってもらって仕事ぶりを気に入ってもらえれば、定職も夢ではない。

 なので腕自慢の賞金稼ぎ達にとって、確かに実入りのよい場所ではあるのだが…彼らが定住を夢見る理由は、そこではない。

 親としての自分を意識する彼らが、定住を希望する理由は別だ。

 それはメイちゃん達も今現在絶賛お世話になっている、アレ。

 アカペラの街特有の、教育制度にあった。

 

「…って、もしかして初級学校か?」

「そう、それだ。学校ってヤツ。本当にアカペラは良い街だぜ」

「何しろ俺ら、学なんかねぇしよ。この街育ちのお前にゃ実感湧かねぇかもしんねーけどよ。馬鹿だってことで随分と苦労してんだぜ、俺ら」

「アルジェント伯爵はすげぇ教育に力入れてっけど、他の貴族はそうでもないしな。こんな街全体、領土全体で全部の子供に読み書き計算教えようなんて場所、他にはないよ」


 この世界、平民全体の識字率はあまり高くない。

 むしろ初等教育制度が万全の体制で整えられているアルジェント領の方が珍しい。大きな町であれば『私塾』という形で子供らに教育を与える者もいるが、小さな村や町では自分の名前を書けるのが精々といった者の方が圧倒的多数を占める。

 そして出稼ぎにでも出ない限りは閉鎖的環境で生涯を閉じる彼らにとってはそれが普通だ。


 それに比べてアルジェント領は領土をあげて、民間に任せるのではなく領土の事業として教育を推し進めている。

 勿論、領都であるアカペラの街が最も制度が整えられているが、それ以外の町や村にも、アカペラの街からの派遣という形で教育者が常駐し、忙しい農村であろうとも子供達の予定を調整して教育を行っていた。

 はっきりいって、貴族の中でこれほど領民の教育に力を入れるアルジェント伯爵は異端なのだが…

 だが、だからこそ『教育』という特色が人々の目に留まる。

 特に、子供達に一定水準の教育を施すという制度に興味関心のある者に。


 教育の重要性を痛感しているのは、やはり教育が必要だと痛感したことのある者。学がないことで損をしたり、騙されたりと悔しい思いをしたことのある者達に多い。つまりは、腕っ節以外に自慢するところのないという悲しき生態を誇る、賞金稼ぎ達である。

 中には自分の腕一本でのし上がりさえすれば、教育など必要ないと言い張る者もいはするが…やはり大多数の賞金稼ぎはこう思うのだ。

 自分の子供には、自分達のような苦労はさせたくないと。

 自分のような博打に近い仕事に就くよりも、真っ当な定職を見つけてほしいと。

 その為には教育が必要だと思うのは、やはり学がないことで苦い思いをしたことが1度や2度ならずあるからだろう。

 

 だが『私塾』は金がかかる上に、経営者の方針や得意分野で学習内容に偏りが出る。中には『私塾』を開いていても学に怪しい者もおり、内容を吟味して判断を下すだけの知識がなければどうにもならない。

 中にはあまり気にせず、さっさと『私塾』に預ける者もいるのだが。

 子供のこととなると慎重になるのは、何処の親も同じである。

 

 そんな彼らにとっての希望の星が、アルジェント領。

 その中でも特に制度の整った、アカペラの街だったのである。

 何しろ最低限必要と思われる一定水準の教育が、市民であれば殆ど無償で受けられるのだ。教育内容も伯爵の公式事業として行われているので、変な思想の偏りを心配する必要がない。

 最近は簡単な戦闘訓練まで行ってくれる上、街自体の治安は伯爵のお膝元であることから厳しく取り締まられ、10年前の戦争で英雄と呼ばれた名高い軍人が子供達の安全に厳しく目を光らせている。

 このように子供に優しい街とあっては、教育に悩む賞金稼ぎ達にとって夢のような場所だったのである。

 また子供の優秀さ如何によっては、奨学生という形で更に高度な教育を受けさせてもらえる可能性があるとなっては張り切るのも仕方がない。

 初級学校に無償で通わせてもらうには市民登録を行い、一定期間の定住及び定期的な市民税を払う必要があったが、そんなものはどこでも同じである。賞金稼ぎといえど居を構えるとなれば、その地の領主に税金を払わねばならない。そして家族が…伴侶と子がいれば、やはりどこかに定住するのが賞金稼ぎのような保障のない仕事に就く者達にとっても常識なのだ。

 何しろ根無し草のままでは、育児に差障りが出るので。


 子供達の教育の為に根を張り、税を払い。

 そうして子供達が知識を身につけていくのを見守る。

 そうすると親の方にも街への愛着が強まり、何より子供達を育てる街だと思えば治安の維持や防衛への協力にも熱が入る。

 今回、魔物の討伐作戦に名を上げたのは初級学校に通う子のいる親ばかり。

 彼らは子供達を、子供達を守る街を、その生活を守る為に魔物と戦おうと決意した、熱意溢れる教育パパ&ママさん達だったのである。

 調査隊が派遣される前に子供が被害に遭いかけたという情報が出回っていた為、我が子を案じるパパママさん達の武器を握る手にも自然と力が入るというものだ。

 彼らは給金など二の次で、本気で街の為に魔物を残らず殲滅するつもりだった。

 人の親になったことのない駆け出し賞金稼ぎにばかり、任せておけない。

 幸い今回の作戦は街の存亡の危機とあって、外部からの女性に対する謝礼金をケチったりはしなかった為、実入りの面でも美味しいことになっていた。

 それを目当てに普通の賞金稼ぎも結構な数が揃っており、人の親になったことの有る者とない者と異なる意識の違いが、若干の苛立ちを煽り、対立を微妙に煽る。

 お陰で賞金稼ぎ内での温度差が激しいことになっていた。

 そんな微妙な内部事情。

 ヴェニ君に対する両者の心情も、温度差の開きと同程度の開きがある。

 しかし彼らの温度差を加速させた張本人であるヴェニ君は、彼らの微妙な内部事情など知る由もなく。

 今はただ、呑気なオッサン達に説明してもらいながら呆れた顔を見せるのみ。


「……………つまり、親馬鹿の集団かよ」

「んだな」

「んだんだ」

「子供の為とも思えば、この程度の修羅場はどってことねぇ」

「俺らみたいなクズでも無邪気に慕ってくれる…ガキってのは天使だな」

「本当に、まったくだぜ」

「ありがたや、ありがたや…」

「いきなり拝みだすなよアンタら!?」


 今回参加した賞金稼ぎ達の子煩悩逸話を聞かされ、ヴェニ君は頭を抱えた。

 道理で危険な作戦なのにやたら張り切ってる賞金稼ぎが何人もいると思った…!

 今回、親御さん達が大量に、子供の安全という餌に釣られたようなものだ。

 親馬鹿とはかくも凄まじいものなのかと、身近な親馬鹿筆頭シュガーソルトのでれでれ顔が脳裏によぎる。


「巧くやったな、領主様…」


 教育制度の副産物、街を防衛する格安の人員の大量確保。

 まさかこうなることを狙っていたとは思えないが、望外の成果が出ている。

 前々から立地条件の割に賞金稼ぎが多い街だと商人が言っているのを聞いたことがあるが、まさかそんな理由だとは思わなかった。

 今更知ってしまった自分の街の裏事情に、ヴェニ君は深く重い溜息をついた。


 そんなヴェニ君は知らない。

 出発前、ヴェニ君に絡んで囃し立てたり野次ったり、嫌がらせめいたことをしてきた暑苦しい男達とは別口で、ヴェニ君の荷物を奪おうとした男達の真意を。一見碌でなし共が、実は元同級生の親御さん達だったことを。

 更に言うなれば、ヴェニ君が初級学校に通っていた頃の、PTA役員めいたポジションにいた方々であることを。

 通称、『子供達を見守る親の会』…日常的に子供達をさり気無く見守り、危険を排除したり遠ざけたり根絶したりと地域草の根活動に従事する、子供達の守護神(ガーディアン)と名高い方々である。

 アカペラの街に根付く賞金稼ぎ達の気質を、ヴェニ君は知らない。

 荷物を奪うなどというヴェニ君への嫌がらせも、危険な作戦にどんな事情からかついてこようとしている我が子の同級生(元)の存在を察し、危ない目に遭う前に遠ざけよう…危険度が洒落にならないから、少し嫌な思いをさせてでも逃げ帰らせようと決めてのことだったことを。

 まあ、行動の結果として逆にオッサン方が被害に遭い、彼我の実力差を測りかねるという素人の様な醜態を曝して恥ずかしい思いをなされた訳だが。

 知らないということは幸せなことであり、辛いことでもある。

 逃げ帰らせようとしたモノのヴェニ君の方に圧倒的な実力の開きがあることをあの騒ぎで察し、ちょっかいをかけた男達は「過保護過ぎ」と周囲から揶揄されて恥ずかしい思いをしていた。

 その気まずさから、賞金稼ぎ達は余計にヴェニ君に接触し難くなっていたこと。

 本当は人の親の集団だけあって、子供のヴェニ君に構い倒したかったこと。

 それを知った時、きっとヴェニ君は自身こそ羞恥の海で溺れることだろう。

 裏に隠された善意を無碍にするほど、無粋なことはない。

 もっと上手い切り返し方があったはず、よりにもよってあんな対応をしてしまった………と、ヴェニ君は羞恥に悶える筈だ。

 やはり、知らないということは幸いであり辛いこと。

 このことはヴェニ君の精神衛生上健康を保つ為にも、暫くは黙っておこう。

 賞金稼ぎが親馬鹿の集団だと知って呆気にとられるヴェニ君を前に、3人のオッサン達はそう決めたのだった。




 隠れ場所に担ぎこまれた時、気を失っていた男が目を覚ましたのはそれからすぐのことだった。

 お陰で気まずくならなくて済んだと、無意識にほっと息を吐く。


「う………っこ、ここは…」

「! 目が覚めたのか、ソクラテス!?」

「………状況的に、俺は死んだはず…となると、ここは…!」

「ソクラテス、俺がわかるか!?」

「何があったか覚えてるか、馬鹿ソクラテス!」

「………………こいつらがいるってことは、地獄か。結構善行積んだつもりだったんだけどな。もうちっとオマケしてくれよ竜神様」

「まだ現世だよこの大馬鹿野郎!!」


 目を覚ました男は、虚ろな目でぼんやりとしている。

 だがそれでも意識がはっきりしてきたのか、目をうろうろと彷徨わせる。


「嫁さん…俺の、嫁さんは?」

「安心しろ、ピンキーならそこにいる」

「だ~~~りーん………」

「嫁さん!」


 血が足りないのだろう。

 ぐったりと元気のない様子で荷物にもたれかかる妻の姿に、男は跳び起きた。

 …存外、元気だ。


「へましちゃったわぁ、だーりん」

「嫁さん、無事か」

「うぅん、足怪我しちゃったの…ちょっと1日くらい走れそうにない感じなのよぉ」

「無茶せんでくれ。お前の足はどう見たって3日は動かせねーよ!」

「あらぁ…? あたし、獣人なのよぉ。怪我の治る速さには定評があるわぁ」

「ふーん…魔人と獣人の夫婦ものか。バランス良いな」

「ふ………我が嫁さんながら、俺達の相性は抜群だ!」

「いや、そういうことじゃなくてな…戦闘の際の攻守のバランスが良いって言いたかったんだけどな?」

「だ~りん。この子があたしをおんぶで運んでくれたのよぉ」

「それは…助かった。正直、むさ苦しくって男臭い連中に嫁さんを触れさせるなんて気が狂いそうだ。君みたいな子が助けてくれたと聞いてほっとした。感謝する」

「感謝するポイントずれてねぇ?」


 独特の空気を醸し出す、夫婦もの。

 ヴェニ君はぎょっとするが、オッサン達は慣れているのか動じない。

 1人は「ああ、家に帰って嫁に会いてぇ」とか言いだしたが…

 その言葉は、他の者達に黙殺され、誰も拾わなかった。







ヴェニ君と行動を共にする賞金稼ぎ内訳

オッサン(×3)

 A 獣人(熊) 戦斧使い

 B 人間   戦鎚使い

 C 人間   大剣使い

 魔人ソクラテス  魔法剣士

 獣人(豹)ピンキー レンジャー


見事に盾役が1人もいない(笑)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ