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幕間:ヴェニ君と賞金稼ぎ2

こちらのお話にもいくらかの修正が入っております。

でも流れ自体は変わっていません。




 ヴェニ君は走っていた。

 その背中に大柄な女性を背負って。

 獣人特有の、年齢にそぐわない体力と腕力。

 それがなかったら、とっくに呑みこまれていただろう。


 何に?


「く・わ・れ・るぅぅぅううううううっ!!」

「いいから黙って走れ! 本当に食われてぇのか!」

「そうだ、叫ぶなよオッサン! もっと魔物が寄ってくんだろーが!!」


 ――魔物の群れに、だ。


 現在ヴェニ君は、60頭からなる魔物に追いかけまわされている。

 そんな大軍を相手に、たった5人の同行者と共に走って逃げるのみ。

 まともに応戦しようにも、負傷した5人が足手まといだった。

 特に重症のピンキー(34)を若輩のヴェニ君が背負って走っている時点で、他4名の怪我具合も推して知るべし。


「く…っ 武器さえ万全の状態なら!」

「今さらそれを言っても仕方ねぇだろ!?」

「…ったく! なんでそんな状況で討伐隊に参加しようなんて思ったんだよ! 良い大人が判断誤んな!」

「だって~…」

「だってじゃねーよ!!」

「しゃ、借金がな…? ほら、この討伐作戦って給金がでかくて」

「ホント仕方ねーなぁこのオッサン共は!」


 平均年齢、32歳。

 ヴェニ君とは平均で20歳離れたいい年の大人が、12歳の少年にお尻を蹴り飛ばされるようにして逃げていく。

 このような状況に慣れているのか逃げ足は見事だったが、それだけだ。

 本人達の申告通り彼らの武器は鈍くらだったし、怪我の具合も無視はできない。

 幸いにして深刻という雰囲気とは程遠かったが、それでも油断できる程の余裕がある訳ではない。

 厄介な荷物を両肩に背負わされたような状態で、ヴェニ君は走るのみ。

 これが血も涙もない熟練者(ベテラン)であれば、己の分を弁えて彼らを見捨てもしただろうが…未だ経験の浅い、甘さの抜けない12歳の少年にそれは出来なかった。


 己の腕への過信がなかったとは言わない。

 だけどそれ以上に、見捨てたら弟子達に顔向けできないような気がしたのだ。

 ヴェニ君がそんな甘い判断を下し、逃げ惑う賞金稼ぎに手を差し伸べるに迷うような時間はなかった。

 例えその間に、孤立した彼らを他の賞金稼ぎ達が見捨てようとも。

 情報の共有が上手くいっていなかったばかりに、逃げ惑う彼らが向かうべき方向を見失ったとしても。

 完全に森の中で仲間を見失い、行き場を失った彼らには、ただひたすら『生き残る』という命題のみが残された。

 何の支援もない状況では、それこそが最優先の任務。

 異常に大量発生した魔物の蠢く森の中、それが1番難しいことだとしても。

 ヴェニ君達に残された選択では、取るべき手段など幾らもなかった。





 そもそも何故、ヴェニ君がこのような窮地に陥っているのか。

 それもたった6人…ヴェニ君以外は負傷という、限りなくギリギリの状況で。

 それを説明するのに、多くの言葉はいらないだろう。

 たった一言で済んでしまう出来事だ。


 置いてきぼり。


 全ては、この一言に尽きた。

 別の言い方を探せば数々の言葉が出てくるだろうが、意味は全部同じだ。

 魔物が異常に大量発生している。

 この急を要する事態に集まった賞金稼ぎは軍の人間が驚くほど多く…自然、民間人から構成される助成部隊の中で行動の指針を決めるのも、賞金稼ぎ達になる。

 そんな中で孤立しては、必要な情報も暗黙の了解に関する知識も得られずに終わってしまう。

 情報は、重要だ。

 咄嗟の時に、情報に明るいか暗いか…

 その明暗が全てを決めるといっても過言ではない。


 だから、ねえ、ほら?

 現にこうやって、孤立していたヴェニ君は窮地に立たされている。

 しかも何の縁もゆかりも無いはずの、ヴェニ君と同じく逃げそびれてしまった5人の男女の面倒まで見る羽目になって。

 流石に見捨てるには寝覚めが悪い。 

 ここで見捨てられないのが、面倒見がいいと言われるヴェニ君の由縁である。


 情報の伝達…報告・連絡・相談の大切さ。

 それは作戦が始まって、すぐに立証されてしまった。

 流石に大量発生した魔物とまともにぶつかりあって、真正面から戦おうなんて考える馬鹿はいない。

 団体行動で、トップに考える頭のある奴がいれば、尚のこと。

 だからこそ、今回の討伐任務にもある程度の指針は決定されていた。


 魔物はより魔力の豊富な獲物を狙う性質がある。

 だからといって魔物同士で争うことはないのが何とも理不尽だが、奴等はヒト種族を目にすると他の何を置いても襲いかかろうとするような習性を持っている。

 それが何の本能に由来する習性なのかは、解き明かされていない。 

 だが作戦を立てる上では『そういう習性』があると知っていれば十分。

 そこで立てられた作戦は、単純明快なだけに効果の高いモノ。

 より多くの魔物を一か所に誘導し、罠に嵌めて一気に殲滅するというもの。

 一度で倒せる魔物には限りがあるが、何度も繰り返せば…


 何班にも分かれた哨戒。

 魔物を見つけて繰り返し誘導する。

 だけどヴェニ君は孤立していたから、班の人間とも会話は最小限で。

 打ち解けようとした相手も、個人的な理由で振り払ってしまって。

 切迫した状況の中、はぐれてしまえばどうしようもない。

 それは幾つかの班が合流地点で顔を合わせた時のこと。

 班長同士が情報交換をしている時。

 運悪く魔物の群れがあらわれた!


 一瞬の混乱。

 だが場慣れした賞金稼ぎの立ち直りは早い。

 それぞれが事前に打ち合わせずとも、互いに阿吽の呼吸で分かり合っている部分があったのだろう。

 もしくは日常的に、こういった状況の取り決めがあったのかもしれない。

 

 三々五々。

 状況が悪いと見て取った彼らは、体勢を立て直すためにも逃走を選んだ。


「げ」


 経験が浅く、他の者と連携の取れていなかったヴェニ君を、感情面でも物理面でも置いてきぼりにして。

 こんな混乱の状況下、はっきり言って他人を気にしている余裕などない。

 まして大して親しくはなくとも、相手の実力は折り紙つき。

 だから、自分のことなど置いていくだろうとヴェニ君は思った。

 自分達よりも強いと知っているだけに、自力で何とかするだろうという無意識の考えが彼らを躊躇わせなかった。

 よりにもよって、班を組んでいた面子も悪い。

 そうでない者もいはしたが…ヴェニ君を庇うべき斑の者達は、多くがよりにもよってヴェニ君の足を引っ張って引きずり降ろしたい男達。

 だから本来であれば、ヴェニ君の選択は正解だった。

 本来であれば。


「おい、何ぼさっとしてんだよ!」

「に、に、にげろーぅ!」


 茫然としていたヴェニ君の手を、狼兄弟がそれぞれ手に取った。

 面倒を見てもらい、世話になっている親父さんの願いでもある。

 彼らはヴェニ君の手をそれぞれひっ掴み、走りだそうとしたのだが…


「!?」


 ただでさえ、突発的な事態の中。

 次々と目まぐるしく移り変わる状況の中で、ヴェニ君が混乱していなかったとは言わない。

 表面上はどうあれ、内面ではこの騒動の中を生き残るべく、必死に己の呼吸と荒ぶる感情を鎮めようとしているところだった。


 そんな時に、狼頭のどアップである。

 

 幼少期から培った狼への苦手意識が未だ克服できていない、ヴェニ君。

 動転していた彼が、果たしてどうやってまともな反応を返せるというのか。


 ヴェニ君はつい反射的に、自分の腕を掴んできた狼獣人の手を振り払い…返す動きで、それぞれ一撃ずつ仲良し兄弟の顔面に入れていた。

 咄嗟に手加減出来たのがせめてもの救いだ。


「きゃぃん!?」

「ぎゃん!!」


 しかしそれでも痛いのだろう。

 蹲る狼を見て、ヴェニ君は思った。

 混乱せずにはいられない状況下で、自分が彼らと行動を共にするのは危険だと。

 狼頭というだけで、無意識に取り返しのつかない怪我を負わせるかもしれない。

 そしてそれは、ただの単なる妄想で終わりそうにはなかった。


 だから。


 後先なんて考えていなかったけれど。

 せめて同士討ちは防いだ方が良い。

 ただそれだけの判断で、ヴェニ君は踵を返した。

 顔面を押さえて悶絶しながらもよろよろと立ち上がり、意外にしっかりした足腰で自分を立て直した狼兄弟に、背を向けて。


「あ、おいぃ!?」

「どこ行くんだよぉー!」


 自分を呼びとめる声になど、返事は返さない。

 ヴェニ君はそのまま、狼頭から離れることだけを優先した。


 それがなお一層、ヴェニ君を彷徨わせることになるのだけれど。


 そうして、気が付いた時には立派に道に迷っていたのである。

 

 近くを未だに魔物が闊歩している。

 そんな危険地帯のど真ん中で、ヴェニ君は己の現在地を見失った。

 一体どうするべきか、このような状況など初めてのヴェニ君には最善手と思われるモノがどれか判断がつかない。

 唖然としつつも体は勝手に動き、意識せずとも魔物に攻撃していた点は流石だ。団体行動という面で言うのであれば、ヴェニ君の行動は失格以外の何物でもない。

 こうして1人で逃げることになってしまったヴェニ君。

 しかし能力の高い彼のこと、1人ならきっと難なく逃れることができた。

 その内に周囲の状況を分析して、本隊に合流することも可能だっただろうが…


「うっひゃぁぁぁあああああ!!」


 悲鳴。

 間が抜けているくせに、緊迫感は十分。

 その声が聞こえて、ヴェニ君は思わずがっくりと肩を落としてしまった。

 他の賞金稼ぎであれば、危地に陥るのは自己責任。このような状況下でも躊躇いなく切捨て、自分の命を優先して動くところだが…

 良くも悪くもでもメイちゃん達の面倒を見るのが板についていたヴェニ君は、誰に命じられた訳でもないのに渋々という体で悲鳴の元へと足を向けていた。

 何だかんだで人の好い少年。略してお人好し。

 こんなところが、メイちゃんに付込まれて師匠にされてしまった原因であろう。


「騒ぐなオッサン! 悲鳴を聞きつけて他の魔物も集まってくるだろーが!!」

「きゅ、救世主様…!?」

 

 そんな賞金稼ぎのオッサンの第一声に、思わず見捨てたくなってしまったことはヴェニ君の秘密だ。





 樹上に身を隠すほど追いつめられるのに、時間はかからなかった。

 だが木を伝って崖の上までよじ登ることに成功し、後は最初に上り付いたヴェニ君が固定したロープを伝い、1人、また1人と危地を脱する。

 

「………どうやら行った、か」


 最初は木の下をうろうろしていた魔物が姿を消すまでの、幾許か。

 息を潜めて隠れ、やり過ごせると確信が持てる頃には日が暮れていた。

 だが、火を焚く訳にはいかない。

 魔物には知能の発達したモノも多い。

 煙から在所を嗅ぎつけられては目も当てられない。

 しかし怪我を負った男の1人が煙の出ない秘密行軍用の竈の作り方を知っていたことで、ほんの僅かに彼らの緊張も緩んだ。

 やはり火と温かな食事は気を安らげる。

 緊張を解いてはいけないとわかってはいたが、無意識の心の動きまではどうにも出来なかった。

 緊張の連続の中、まるで糸がたわむように訪れた空気。

 未だ賞金稼ぎ達はぼろぼろで、1人など気を失ったままなのだが…

 気を緩めた一行は、緊張感を中々取り戻せずに他愛もない話に興じる。

 温めただけで味気ない携帯食料への不満を補うように、彼らは会話を味わおうと無意識に話題を探す。

 やがて彼らの興味が賞金稼ぎ達にとって無視できない存在…彼らの窮地を救い、巻き込まれる形で面倒を見てくれた細い少年に向かうのは自然な流れだった。


「すげぇすげぇとは思ってたけどよ、アンタ本当にすげぇなあ」

「馬鹿かよおいおい? そんな在り来たりなことしか言えんのかい」

「じゃ、お前ならなんて言うよ」

「そりゃ…すっごいなぁ、とか?」

「同じじゃねーか!」

 

 げははと笑う、男達。

 あまりの緩みぶりに心配が増すが、心得ているのか男達も小声は小声だ。

 自分が話の渦中に置かれている居心地の悪さに、ヴェニ君は身体を揺すった。

 賞金稼ぎ達は思わずというように笑い、しかし静かに声は消えていく。

 急にしんと静まりかえったその中で、1人の男が深い声で感心したと呟いた。


「本当に、大した奴だよな…お前さん」

「そんなしみじみと言われるようなことをした覚えはねぇよ」

「いや………うちのガキと同じくらいの歳だってのに、えらい違いだ」

「って、子供いんのかよ。だったら賞金稼ぎなんて博打な仕事してんじゃねーよ」

「は…っ耳が痛ぇなあ。けどよ、真っ当に働くような当てがあったらこんな仕事してねーよ」

「お前みたいな才能豊かな奴にゃわかんねーかもしれないが、これが1番俺達の性に合ってんのさ」

「子供が泣くぞ、オッサン。もっと良い父親してやれよ」

「泣くのがガキの仕事だろーが」

「いや、アンタの子供いくつだ」

「10歳と8歳か? 多感なお年頃ってやつだ」

「まだ小さいじゃん。こんな危ない任務に参加してる段じゃないだろ。もう少し安全な賞金首でも狙えよ」

「子供の為を思えばこその、選択だ。ガキが暮らす街は、何が何でも守るって決めてんだよ」

「うわぁお…」

「………なんだ、その反応」

「いや、別に。ただちゃんと考えてることは考えてるんだな、と…」

「馬鹿にしてんのか!? そりゃ俺は馬鹿だけどな!」

「自分で言うなよ!」

「けど俺ら、馬鹿だからさぁ…馬鹿がどんなに生き辛いのか、身をもってよくわかってんだよ。仕事だって、こんなヤクザな仕事っきゃ出来ねぇ。ガキにはとてもこんな人生歩ませたくねぇって思う」

「……………オッサン? なんかいきなり真面目な話始めようとしてないか?」

「まあ聞けって。このアカペラの街…っつうか、アルジェント領ってのは凄いところなんだぜ」

「そうそう。お前も変に思わなかったのかよ? 旨味はあっても労力ばっか高ぇ今回の作戦、賞金稼ぎがえらい参加してんなって」

「あー………そういえば、やたら数はいたな?」

「別に俺ら、報酬だけに釣られてここにいる訳じゃねーんだぜ」

「今回の作戦に参加した賞金稼ぎのほとんどがそうさ」


 そう言い置くと、賞金稼ぎはニヤリと笑う。

 意味がわからないでいるヴェニ君が、顔をしかめても構わずに。


「今回参加した半数以上の賞金稼ぎはな、アカペラの街にガキのいる親だぜ」


 その言葉に、思考は停止して。

 よりいっそう意味がわからずに唸るヴェニ君。

 言われて思い出すのは、親御さんの団体だという賞金稼ぎ達。

 野卑で、下品なその印象。

 とても人の親に相応しい落ち着きなど見当たらない。どこに落とした。

 おまけにヴェニ君に働いた、あの幼稚な真似!

 今どき子供でも、相手の荷物を取り上げて高い高いなどしないだろう。


「………人の親って柄かよ」


 まるで苦いものでも大量に含んだかのような、声音に。

 心底嫌そうな、その口調に。

 隠れ潜む状況も忘れて腹を抱えて笑い転げる賞金稼ぎ達。

 しかし、その言に嘘はない。

 何も、こんな状況で。

 更には今後の命綱であり、命の恩人であるヴェニ君を相手に。

 録でもない嘘をついて混乱させて楽しむほど、彼らも終わってはいなかった。


「大声で笑うんじゃねーよ!!」


 笑われた事実でとうとうキレたヴェニ君の鉄拳は、大はしゃぎの賞金稼ぎ達を静めるには十分な威力を持っていた。








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