幕間:ヴェニ君と純血狼
前話に引き続き修正作業から発生した話になります。
此方の内容は完全に新しく書いたものです。
ヴェニ君の苦手なモノは、狼だ。
小さな頃に森で吼えたてられてから、苦手意識が付き纏う。
それもここ数年は意識改革もあり、苦手を克服しようとしてはいたが…
そうそう簡単に克服できるのなら、それは『苦手』とは言わない。
もう一度言おう。
ヴェニ君の苦手なモノは、狼だ。
孤立するヴェニ君の周囲を取り囲む、賞金稼ぎ達。
ヴェニ君は知らないことだが、彼らは潜在意識の場において仲が良くはない。
彼らのヴェニ君に対する意識は2つの勢力に分かれて真っ二つだ。
一方はヴェニ君を侮り、玩具にして遊んでやれと思っていた者達。
しかし彼らはヴェニ君の予想外の強さの片鱗を目にして、本能的な恐怖から若干委縮していた。
彼らの中心的人物ともいえる数名は、そんな己に対する苛立ちと、ヴェニ君に対する逆恨みめいた悪感情の火を人知れず大きくしようとしていた。
コケにされた。
強いことを隠して、俺達を嘲笑った。
ガキの癖に、生意気にも反抗しやがって。
この際、事実はどうでも良い。
実際にはヴェニ君が全く相手にしなかった為、ほとんど彼らの空回り状態だったのだが…そんなことは、身勝手な荒くれ者には重要ではない。
彼らにとって大事なのは、自分が何をどう感じたのか…である。
そして自分達に不利益と不快をもたらした相手は誰か、ということ。
幸いなのは彼らが己の身の丈を熟知していたこと。
無謀な賭けに出て、痛い目を見る気はない。
なので彼らはヴェニ君の様子を遠くから窺っていた。
何か、自分達に美味しい隙はないものか………と。
積極的に何かをする訳ではない。
しかし隙さえあれば…という不穏な空気が彼らの中心を渦巻いていた。
真っ当な社会から外れ、ある意味で社会的規範の範疇外を歩く男達。
まともな人間であれば踏み止まる筈のブレーキが、彼らには欠如していると言っても良かった。
ヴェニ君は知らない。
己を取り巻く男達の思惑など…幾らかは想像出来ても、隔てられた世界を生きる彼らの心情を本当の意味で理解することはできない。
それが出来るのは、同じ世界に足を突っ込んでいる者達だけである。
ヴェニ君を取り巻く、もう一方の思惑を持った者達…
彼らは厳しく、思案するような顔で。
じっと少年に敵意交じりの睨みを向ける男達に観察するような目を向けていた。
同じ世界を見て、似たような経験を積んできた。
若い頃は誰にでもあり、落ち着きのある熟達者達にも愚かな時代はある。
血気にはやった経験も、彼らにはきちんと覚えがあった。
それこそ、誰もが1度は通る道だと
だが、だからこそ危惧していた。
日頃から荒事ばかりを繰り返す職業上、若い男達の自制心と思慮について彼らは全く信用していなかった。
我が身や経験を振り返るように考えれば、自分達の面子を潰されたと勝手に思い込んでいる男達が作戦の混乱に紛れて何をするか…まるで手に取るかのように彼らは察していたのである。
だから。
その男は、誰よりも厳しい目を向けていた。
ヴェニ君の周囲で隙を窺う野犬の如き男達に、危惧は半ば確信となっていた。
しかしいきなり介入ししても、未だ何もことの起こっていない状況である。
それこそ言い掛かりだと、日頃から彼らのことを疎ましく思っている若手の荒っぽい賞金稼ぎ達は嬉々として騒ぎ立てるだろう。
軍の注意を引いて、危惧する彼らを遠ざける為に。
何か問題を起こせば引き離すのは当然のこと。
そして今それをされてしまえば、自分達は何も出来なくなる。
それがわかっていたからこそ、溜息も重くなる。
だからといって少年に対して自分が面倒を見ようと切りだしても、あの不機嫌そうな顔と警戒心の窺える身のこなしを見るに、恐らく怪しく訝しがられて逆に遠ざけられて終わりだろう。
自慢ではないが、荒事生活も長い。
男は自分の顔が全く子供受けしないだろうことに自覚があった。
歯痒く思っても、自分からは何も出来ない。
それが冷静な目で見た現状であった。
だが、取れる手が全くないという訳でもない。
「ラッセル、キャス、ちょっとこっち来い」
「なんですか」
「なんですかー?」
「お前ら、ちょっとアイツの近くに張り付いて…そうだな、気取られることなく見たれ。それが出来たらお前らが行きたがってたキーナの店に連れてってやらぁ」
「「えっ!!」」
男は、少年から青年へと成長する過渡期にいるような、ともすれば大人目線で見ると今一つ頼りない2人の仲間を呼んだ。
仲間といっても、肩を並べ合って互いに頼り合う間柄ではない。
どうにも頼りないと、男が善意から面倒を見て賞金稼ぎのイロハを叩きこんでいる過程にいる、弟子にも近い立場の者達だ。
賞金稼ぎになったのもそれほど前のことではなく、そのキャリアは精々2年か3年といったところ。
油断さえしなければそれなりに立ち回れるが、気の緩みが大惨事に繋がる頃合いである。
それを思えば、やはり男としては頼りないとしか言いようがないのだが…
しかし、他に適任者がいないことも事実であった。
だから、男は2人にこっそりと指示を出した。
自分勝手な自己満足といえば言え、と。
どこか開き直りに近い感情で。
彼の純然たる、お節介で。
ちらりとご褒美をちらつかせ、若い男を滾らせる。
ちなみにキーナの店というのは、男にとっては馴染みのお店の1つ。
綺麗に着飾ったおねえちゃん達が甲斐甲斐しくお酌をして、良い気持ちにしてくれるお店のことである。
夜にしか開いていない、子供はお断りなお店なことは確かだ。
一見さんお断りのお店なので、未だ幼さの残る青少年にとっては憧れることしか出来ないような場所だ。
こういうことはやはり、なるべく年の近い者を宛がうべきだ…と。
俄然やる気を出した若いというか青い様子に、男は満足げに頷いた。
少しばかり頼りなくとも、男自身がこれはと見込んで指導している者達である。
若さゆえに経験も強さも未だ足りない部分はあるが、それでも基本は既に十分押さえ済みだ。
あの気にかかる少年も個人的な強さのみで言うのであればかなりのものの様だし、補い合う形で彼らの任せれば大丈夫だろう。
そう考えた男は、個人間の相性についてもう少し考えるべきであった。
もしかしたら男は、あの圧倒的な実力を垣間見せたヴェニ君にも、実力とは関係なしに怖いモノがあるなどとは考えていなかったのかもしれないが…
男がヴェニ君につけるよう、手を回した2人の賞金稼ぎ。
彼らは、兄弟で。
そして5代続く、純血の、狼獣人だったのである。
危険の多い任務であるだけに、集団行動は鉄則。
個人行動は許されない。
例え、どれほどの実力差があったとしても。
ヴェニ君は己と同班に配属されたという男達の内、最も若い2人の顔を見て、露骨に嫌そうな顔をした。
「………チッ 狼獣人の純血かよ」
ヴェニ君がうんざりだといった顔で見つめる先。
そこには、人間ではなく大きな狼の顔がある。
それは『純血』と呼ばれる獣人の特徴そのものであった。
獣人は人と獣の属性を両方持つが、根本は人である。
獣の性質を有した人、という言い方が正しいかもしれない。
なので姿の基本形も人間である。
彼らは決して、獣そのものを祖先に持つ訳ではないのだから。
だからこそ婚姻に種族的な縛りを受けることもなく、食事も人間と同じように動植物の栄養素をバランスよく摂取する必要がある。
確かに身に有した獣性に影響は受け、食の好みなども偏る傾向はあるものの、それはあくまで『好み』の範囲内である。
決してそれに支配され、強制される訳ではない。
だが、獣の血が濃くなればなるほど、獣の本能は強く影響するとされていた。
どんな相手と婚姻し、血を混ぜてもほとんどの子両親どちらかの種族に寄る。
受け継がれるその血が、薄れることはない。
では、純血とは何なのか?
獣の血が流れていないはずの獣人に、純血とは。
それは獣人種族の中でも、同一獣性の獣人と婚姻を何世代も繰り返して生まれた子供のことを指す。
今回の例でいえば、狼獣人同士が何代も何世代も婚姻を繰り返した末に生まれたのが、ヴェニ君の目の前にいる狼頭の獣人だ。
基本形態は人間に近く、ほとんどの獣人はあまり人と変わらない姿をしている。
賞金稼ぎ兄弟と同じ狼の獣人でも、アルイヌ一家のスペードやその母親は一部の部位を除いて人とあまり変わらない姿をしていた。
だが同種の獣人と婚姻を繰り返せば、表面に現れる獣の割合がどんどん高くなっていく。
かけ合わせ続けることで、身の内に有する獣性が強くなっていくのだという。
姿に現れる獣の割合が、そのまま獣性の強さに直結するのである。
そうして一般的な獣人よりも獣の要素が強く顕著に現れた者が、特別に区別する意味で『純血』と呼ばれるのだ。
獣性が高まると強力な獣人が生まれるのは確かだ。
なので獣人の中には敢えて純血の子供を生みだすため、意図的に血筋を調整しようとする者もいるにはいる。
だけど獣人には敢えて他の獣性を持つ獣人や他種族と婚姻する者の方が多い。
獣性が高まり過ぎると、性格や考え方にまで獣の性質が影響するからだ。
なので純血の獣人は一般的な獣人よりも理性が緩く本能的だと言われている。
野生的でワイルドといえば聞こえは良いが、それでは苦労するのが人間社会。
そのせいか、純血獣人には社会不適合者に堕ちるギリギリの瀬戸際を綱渡りするようにして生活している者が一定数いるという実しやかな都市伝説があったりするのだが………
いま、ヴェニ君にとって重要なのはそこではない。
利伝説など問題にもならない。
だがヴェニ君は、目の前の兄弟の姿に勘弁してくれよ、と内心で嘆いた。
多くはないが、問題は確実に存在した。
まず第1に、兄弟が狼の純血であり、ヴェニ君が生理的に苦手とする生命体の顔をしていること。
第2に、純血故に予想される兄弟の狼本能の強さを思えば、ヴェニ君が嫌がっても当然だ。
何しろ、ヴェニ君は狼と違い、草食系男子だからして。
「お前がアルトヴェニ…スタ?か!」
「いきなり挨拶もなく人の名前呼び捨てかよ。良い度胸だな、あ゛?」
「ひぇ…っ!?」
「あ、あんちゃん…このチビ、なんか怖ぇ!」
「あ、ばか。刺激すんなよ!」
「でもで、でも………なんか美味しそうな匂いすんね、こいつ」
「は? ……………ん? あ、ほんとだ」
「なんかどっかで嗅いだよーな…食欲誘うにおいー」
ヴェニ君の米神に、見間違いようのない兆候が1つ。
わかりやすく言うと、青筋が立った。
「ひ、ひぃ…!?」
「…………………」
その殺気ばしった表情に気付けなかったら、それは余程の鈍感か馬鹿のどちらかだろう。
そして幸い、狼兄弟の兄の方は馬鹿ではなかったらしい。
誇り高き純血の青年は息を呑む。
身に迫る、あまりにも大きすぎる殺気に。
自分では受け止めきれない、膨大な量の殺気。
悟らずにはいられない、彼我の実力差。
思わず悲鳴も漏れるというものだ。
だけどヴェニ君は遠慮しない。
ここで自分が引けば、後々食われるという有り得もしない強迫観念が彼を突き動かした。
しかし暴力沙汰を起こす訳にはいかないから。
ヴェニ君は据わった目のまま、狼2人に強い口調で言葉を与える。
「好きなメシは!」
…いきなり、この質問である。
しかし有無を言わせぬヴェニ君の気迫に押されたのか、何も考えていないのか。ついつい狼男は答えていた。
「うさぎの丸焼き!」
「焼き加減は半生で!!」
素直なお答、大変よろしい。
しかし素直な愛嬌だけではどうにもならないことがあるのである。
ヴェニ君は傍目に爽やかな笑顔で1つ頷き、絶対的な口調で強く宣言した。
「…わかった俺の半径3m以内には絶対に近寄るな。近寄ったら●●を※※す」
「「ええ!?」」
それはまさしく、問答無用の宣言で。
そうしてその言葉通り、ヴェニ君は彼らが必要以上に近寄るのを絶対に許そうとはしなかったのである。
餌に釣られて、安易に引き受けてしまったのは自分達だが。
これは手に余る仕事を押し付けられたかもしれないと、狼兄弟の兄の方は顔を引き攣らせるのだった。
ヴェニ君 → あまり知られていないけれど実は兎の獣人。
なので狼兄弟とはあまり合わないようです。
スペードは平気なのにね!