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幕間:ヴェニ君と賞金稼ぎ

活動報告にも書きましたが、先日感想欄にて話の展開への違和感についてご指摘を賜りました。

その内容が小林としても納得のいく物だったので、一度投稿した話ではありますが幾らかの修正を加えて再投稿となります。

話の展開に大きな変更はありませんが、ところどころ色々と書き足しています。

 


 半ば以上強制的に、結局魔物の討伐までご一緒することになったヴェニ君。

 討伐隊結成から派遣までの僅かな期間も弟子達に詰め寄られ、武器の使い方だの組手だのと面倒を見ている内にあっという間に過ぎ去った。

 今は何故か、休み前よりも疲れている気がする。

 それでも悲しいかな、団体行動。

 向こうはヴェニ君の疲労が回復する時間など待ってはくれない。

 仕方がないのでヴェニ君は、用意した装備を鞄に詰めて集合場所に向かった。

 

 ヴェニ君は正式な軍人じゃない。

 アルジェント伯爵領では軍に入隊出来るのが15歳からときっちり決められている為、未だ12歳で参加するヴェニ君は一時的な軍属扱いすらもされず、民間からの協力者という枠に当て嵌めて考えられている。

 それは、一般からの討伐参加者…賞金稼ぎ達と同じくくりだった。


「よう、見てみろよ。可愛いのがいるぜ」

「おいおい、可愛いなんて言ってやるなよ。まあ可愛いけどな」

「あっはっはっはっは! 嬢ちゃん、ここは賞金稼ぎの掃き溜めだぜ?」

「あ?」


 いかつい男共の集団の中で、12歳の華奢な少年は目立つ。

 それも色白の、見るからに顔の良い子供だ。

 こんなところに混じっていなくても、大人の庇護でぬくぬくしていた方が似合う風体である。

 だから、当然の流れとして男達が揶揄めいた声をかける。

 なんでこんなのがいるんだ、と気にしながら。

 場違い感を隠せない少年に、にやにやと意地の悪い笑顔が向けられた。

 特に気を荒げはしなかったが、ヴェニ君は露骨に不愉快そうだ。

 荒くれ者の中に、その顔をみて「おや」と驚きを浮かべる者が何人かいた。

 以前、酒場へとお使いにきたヴェニ君を覚えていた者達だ。

 彼らは未だ少年のヴェニ君がこんなところにいることに首を傾げていたが…どうやら少年も作戦に参加するらしいと知ると、一様に難しい顔をする。

 その内の何人かは、顔を見合せて他の荒くれ者に混じってヴェニ君へと野次を飛ばし始めた。

 まるでそうするのが当然の義務だとでも言わんばかりに、自然に。

 からかう声は相変わらずかけられていたが、賞金首を狩って荒稼ぎしている男達の気配や威圧感は一般人には耐えがたいモノがある。

 だというのに顔色を悪くすることなく、むしろ平然と嫌な顔をしてみせる少年。

 この年頃の子供が持つ胆力ではない。

 気付いた一部の者達ははっと息を呑むと見直したような視線をヴェニ君に向けたりもするのだが…気付かない者の方が多いのは、彼らの目が曇っていたためか。

 絶好の玩具を見つけたとばかり、また毛色の違う鼠を追い出せとばかりに下品な声がゲラゲラとヴェニ君を笑う。

 むきになって相手をするような可愛げをヴェニ君が持ち合わせていなかったことは、きっと双方にとって幸運だった。

 大っぴらに揉め事を起こし、軍人の気を悪い意味で引いてしまったりしないだけの分別は気の荒い男共にもあるらしい。

 余計ないさかいを起こせば、誰にとっても嬉しくない事態となるだろう。

 それを避ける為だけに、気性の激しい者は最後の一歩を踏み止まり、思慮深い者は一歩引いて全体を俯瞰する。


 この時、ヴェニ君は気付いていなかったが、彼に注意を向ける賞金稼ぎの感情は大別して2つに分けられた。

 興味関心という意味では同じでも付随する感情は大きく違う。

 片方はわかりやすく、ヴェニ君を侮り、嘲り、あわよくば玩具の様に遊んでから身の程をわからせてやろうなどと考える、野蛮な男達。

 彼らが自分自身の身の程を知っていたのなら、決してヴェニ君に絡もうなどとは考えなかった筈だ。

 しかしそれを考えるほどに彼我の実力差を理解できていなかったため…ヴェニ君の姿を見た当初から、彼らは少年の周囲を蠅のように煩く飛び回った。

 幸運なのはヴェニ君自身が、煩わしく思いながらも彼らのことをそれこそ蠅のように思っていたことだ。

 ぶんぶんと飛び回り、煩く、煩わしい。

 煩わしいが、わざわざ自分が熱くなってまで積極的に追い払う必要性も感じてはいなかった。

 それこそ、実力と身の程をヴェニ君自身がわかっていたのだろう。

 自分の害には成り得ない…それを知っていたからこそ、自分の手を煩わせてまで苦労をする必要が感じられなかった。

 煩くても、無視すれば良い話だからである。


 一方、ヴェニ君自身は気付いていなかったが、彼にそんな蠅野郎どもとは別種の感情を向ける者達もいた。

 今回の作戦に参加する賞金稼ぎ達の、それは大多数を占める。

 それを示すように、彼らには共通して特徴と考え方の重なる傾向があったのだが…それはヴェニ君にとって遠い立場であり、身近にあっても縁遠いモノ。

 自分の周囲で思い当たるものはあっても、自分に向けられるモノとしては考えもしない感情。

 寄せられる多くの視線に、無意識に居心地の悪さを感じる。

 だが、それだけ。

 様子を窺い、こちらの出方を見極めようとする視線は感じるが…

 彼らが何を思い、何を考えているのか。

 残念ながらヴェニ君がそれに自分で気づくことは出来ないだろう。

 少なくとも、彼が子供の内は。

 それらの視線は決して敵対するものではない。

 それすらもヴェニ君は気付くことなく。

 寄せられる意味の読めない視線そのものにも、気付けることなく。

 蠅野郎共の向ける、ある意味煩い視線と野次がヴェニ君の周囲を覆っていたためだろう。

 それに阻まれる形となり、ヴェニ君は他の意味が込められた視線そのものには一切気付けないでいた。


 ヴェニ君にそれぞれの視線を注ぐ、賞金稼ぎ達。

 彼らは知らない。

 Lv.差的にステータス全面で圧倒的に上回るのが儚い色合いの少年の方だということを。

 喧嘩になった時、確実に勝利をもぎ取るのが真っ白な少年の方だということを。

 そしてそうなった場合、ぼこぼこにされた上で今回の雇用主に当たる軍人達に白い目を向けられ、懲罰を与えられるという踏んだり蹴ったりな目に遭うのが、賞金稼ぎの男達の方であろうことを。

 知らないことは、幸いである。


 ヴェニ君は自身の外見が侮られることを知っていたので、淡々と男達の嗤い声を受け流して相手にもしない。

 それがヴェニ君をからかいたい男達の不満となっても気にしない。

 平然とした顔で、係の軍人が今回の作戦について説明するのを聞いている。

 ただ…


「あ゛? ふざけんなよ肉達磨が、ああ゛?」

「お? 嬢ちゃんが怒ったぜ、なあおい」

「あっはっは怒った顔も可愛いじゃねーかよ嬢ちゃんよぉ」


 自分に支給される筈の、配給物資を横取りされた時だけは別だ。


 それをやったのは、最初にヴェニ君へと卑しい声をかけ、あわよくば玩具にして反応を楽しめないかと思った男達とは別口だった。

 しかし傍目に、似たようなことをしているようにしか見えない。

 わざわざヴェニ君の周囲に纏わりつき、下劣な性根を曝していた男共を追い払ってまでやっていることが、まるで幼稚な嫌がらせのようにしか見えない。それも仕方がないのかもしれないが。

 どんなに嗤われても相手にせず、平然と男達を無視していたヴェニ君。

 それが面白くない男達はヴェニ君の反応を望んで怒らせることに腐心したが、ヴェニ君は一向に相手にしなかった。

 それもあって、周囲の賞金稼ぎ達は一様に反応のないヴェニ君のことをすっかり侮っていたのだろう。

 侮る気がなかったとしても、それこそ無意識に。

 少年の実力を見誤り、今こうして誤った手段に出てしまう者すらいるくらいなのだから。

 言い返す気力も反抗する実力もない子供なら、脅せばすぐに泣き帰るだろうと…愚かにもそう考えた。

 軍の人員召集に弾かれることなく、彼が此処にいることの意味も考えずに。

 何をやってでも出ていかせたい一部の男達は、胆力の座ったヴェニ君の様子に目を曇らせて暴走しようとしていた。



 前回の偵察任務。

 それに随行して、森を駆け巡った期間は半月ほど。

 短くはないが、長くもない期間。

 しかしその間ヴェニ君は、人の手の入らぬ森中を駆け巡り、行く先々で少なからぬ魔物の相手をしていた。

 時間は短くとも、行動のハードさは短期修行に山籠でもしていたようなものだ。

 お陰でヴェニ君のハードな半月間に、鰻登りになったモノがある。

 その成長率には、それこそ賞金稼ぎも目を見張るだろう。


 結果として、賞金稼ぎの皆さんには残念なお知らせがあります。



  ヴェニ君の現在Lv. 4 8



 メイちゃん達と狩りに行った時に比べて、6もLv.が上がっていた。

 そして今回、討伐隊に参加した賞金稼ぎのLv.は平均で35、6が良いところ。

 1番強い者でもLv.40ほどだ。

 さて、問題だ。

 そのような集団、しかも烏合の衆で。

 果たしてヴェニ君を相手に勝ち目はあるのだろうか…?


 結果として、なかったらしい。


 配給物資を奪うのは、冗談では済まない。

 何故ならその中には、参加者1人1人が今回の作戦を生き抜くのに重要だと思われる物資が準備されているからだ。

 もしかすると命綱になるかもしれない、地図やコンパス。

 水袋に携帯食料や応急手当の為の僅かな薬や包帯。

 それ以外にも必要な物しか入っていない。

 そういった、個人の命を守る為の配慮。

 それを奪い取るということが、何を意味するのか。

 普段から命を張っている賞金稼ぎに、それがわからない筈はなかろうに。

 

 これが物の道理に疎い幼子の仕業なら、ヴェニ君はそこまで怒らなかった。

 そういう相手だったら拳骨を一発くれてやった上で言い諭せば、ちゃんと理解するからである。

 だが理解している上で、悪ふざけの延長の様に洒落にならないことをする相手には………そんな馬鹿に容赦するような寛容さなど、ヴェニ君は持ち合わせていないのである。

 例え相手に、どのような理屈や思惑があろうとも。

 愚か者には鉄槌を。

 それもまたヴェニ君にとっては当然であり、物の道理そのものなのだ。



 白い髪の下で、鋭く目立つ赤い瞳がギラリと物騒な光を放つ。

 ざわり、と。

 ヴェニ君の髪の毛が揺れた。


 それはまさに、『目にもとまらぬ速さ』だった。

 元々、ヴェニ君の瞬発力は高い。

 瞬きをさせるほどの間も与えずに、ヴェニ君の足が動いていた。

 

 ヴェニ君をからかっていた愚か者は沢山いたが、こうしてヴェニ君がまともに相手にするような反応を見せたのは初めてだった。

 配給物資をヴェニ君から取り上げようとした男共は、4人。

 男達の下卑た笑みが消え去る前に、風が吹いた気がした。

 にやにやと周囲で手を出すこともなく見守っていた男達も、そんな気がしたと思うばかり。

 その瞬間に目の前の光景が変わっていたことで、異変を知る。

 

 男達の目に追えないヴェニ君の跳び蹴りが、男の顎を強く揺らした。

 少年の目標は、あくまでも配給物資。

 それを高らかに掲げてヴェニ君を煽る男が、第一の標的だ。

 それに至る為の邪魔となるモノは、全て障害でしかない。

 最短距離を行く邪魔モノは、全て排除するのみ。

 顎に強烈な一撃を喰らった男は、姿勢を崩したまま蹴りの勢いで身を崩す。

 倒れるまでの僅かな間に、ヴェニ君は男の太腿・腹・肩を足場に跳んだ。

 足がかりとした部位を、きっちりと強く踏み付けながら跳び越す。

 荷物を持った男の背後にいる奴は、まだ良い。

 倒れ行く男の横合いにいる奴の、右腕が邪魔だ。

 空中から滑り落ちる様にして、ヴェニ君は次なる男の頭を踏みつけた。

 ついでとばかり顔面に、しっかりと足跡が付くようにして。

 高度を保ったまま飛び越せば、もう目標は目の前だ。

 未だ何が起きているのか把握していないらしい、哀れな目標。

 高く掲げられたその腕を、刈り取る様にして蹴り飛ばした。

 腕から飛んだ、ヴェニ君の荷物。

 それが遠くへ飛んでいく前に掴み取り、悠々と着地する。

 種族適正上、ヴェニ君の跳躍力は他を圧倒する。

 男達の背面へと大きく距離を開けて着地したヴェニ君。

 背後に残されたのは蹲る2人の男と、腕を押さえて呻く男。

 そうして今でも何が起きたのかが理解できず、狼狽える男1人。

 周囲で、全体を見ていた者ですら何が起こったのかわからなかった。

 わからせなかったという一事に、少年と賞金稼ぎ達の大きく開いた差が如実なものとして示されている。

 命を賭け、腕を賭け、剣一本で生きてきた男達。

 だからこそ、理解せざるを得なかった。

 彼我の実力差による、身の程というものを…。


 相手と自分の実力差、つまりは身の程。

 それを理解できずに、毎年多くの者達が亡くなっていく。

 篩にかけられ、身の程を弁えない弱者は蹴落とされていく。

 この場にいるのは、ある程度の経験をこなした熟練者の入口に立つ者ばかり。

 それが理解の及ばぬ事態であろうとも、身の処し方を弁えた者達だった。


 ヴェニ君の計り知れない実力。

 その一端に触れた者達は、それ以降ヴェニ君に対して余計なちょっかいを出したりしなかった。

 それどころか、必要以上に近寄ろうともしない。

 少年とも思えぬ実力を有した、測り知れない相手。

 自分達には『理解できない』という、畏怖の眼差し。

 触らぬ神に祟りなし…その言葉は、命をかけて戦う男達に強く浸透している。

 集団の中で少年の細い体は孤立しているようにしか見えなかった。

 だが少年本人は、息がし易くなったと単純に考えていた。


 脅威を前に弧でいることの危険。

 集団であるからこその、団結力の強み。

 非常事態において、僅かな足並みの違いが招く悲劇。

 そういった、熟練者ほど身に染みて知っている戦場の習いなど、まるで知らないそのままに。


 Lv.が高い、ステータスが強い。

 単純に、1人でも強い。

 ただそれだけ。


 ヴェニ君はただ、それだけの子供で。

 戦場における暗黙の了解も、狩り場における約束も。

 経験として知るべきモノを何も知らない、経験面では素人同然だったのだが…。



 そのことが招く危険も、苦難も。

 これから訪れるそれらを察することも出来ず、ただ孤立して1人。

 わかっていないからこそ。

 孤立した状況に、未だヴェニ君は安穏としていた。

 それを危惧する者が、他にいることも知らずに。








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