幕間:師匠捕獲
何だか、嫌な予感がする。
暫くぶりに悪寒のようなものを覚え、ヴェニ君はぶるりと背筋を震わせた。
この感覚には、覚えがあった。
遠くからの視線というのだろうか。
既視感からは逃れようもなく、ヴェニ君は油断なく周囲に目線を走らせる。
走らせた、のだが………
「ヴェニ君確保ぉーっ!」
「スペード、左足抑えて!」
「師ー匠っ つっかまーえたぁぁあああ!」
「のわぁぁぁぁあああああああ!?」
どうやらそれは、無駄だったようである。
アルトヴェニスタ・クレイドル(12)
本日彼は、彼に師事する3人のちみっ子によって捕獲された。
実に、1年数か月ぶりの捕獲劇である。
「………で、なんでお前らこんなことしたんだ?」
ヴェニ君の胡乱な視線が、メイちゃん達の頭頂部に突き刺さる。
一旦は確保されたものの、そこはそれ師匠の意地。
縄で縛りあげられる前に何とか拘束を脱し、今はいきなり師匠を襲撃した弟子たちに正座をさせていた。
そして反省を促す正座をしている上で、3人のちびっ子は小首を傾げる。
「えーと、ノリ?」
「勢いかな」
「勢いは大事だよな!」
「おう、つまり何も考えてねぇってことだな?」
「「「そうとも言う」」」
「こんな時ばっかり息ぴったり合わせんな!」
ああ、このノリ…
久しく調査隊に同行し、ヴェニ君は街を離れていた。
メイちゃん達が学校に入学して以来、弟子との触れ合いは久々である。
懐かしくも何故か虚しくなる空気に、ヴェニ君は怒る気力も失った。
「そんでお前ら、今日はどうした?」
「パパが、ヴェニ君が今日なら捕まるっていうからー」
「だったら捕まえとこうかって話になった」
「そんな八百屋の特売品みたいな理由で襲われたのか、俺?」
「あ、あ、ちゃんと理由もあるよ!」
「だったらそれを言ってみろ」
「あのねあのねヴェニ君っ! メイ達に武器を選んで欲しいの!」
「………はあ?」
学校で行われた、オリエンテーリング。
掴んだ特権。
校長の店で武器を選ぶことが出来るということ。
それらの説明を受けて、ヴェニ君は顔を引き攣らせた。
「あの学校、まだんなことやってたのかよ…」
「その反応を見ると、ヴェニ君達の時もやってたみてーだな」
「毎年やってるの!? 本当に太っ腹だね!」
「メイちゃん、それ校長に言っちゃ駄目だよ? 事実は時に人を傷つけるから」
「ミヒャルト…お前の物言いの方がよっぽど他人を傷つけるぜ」
「え、えっと! それで武器を選ぼうって話になったんだけど、どれが良いのか全然わかんないの!」
「あー…お前らに武器の使い方とか特に教えてねぇしな」
「普段メイ達の戦闘指導しているヴェニ君なら、メイ達の武器適正も何となくわかるでしょ? だからヴェニ君、師匠として戦士として、戦う人としての観点からアドバイスお願いします!」
「まあ、そりゃ良いけどよー…」
言われずとも、既にヴェニ君にはメイ達の師匠であるという自覚がある。
弟子の面倒を見ることについて、否やはない。
暫く自分の目のないところでちびっ子達に刃物を持たせることに不安はあるし、指導が遅れて変な癖でもつけやしないかと案じる気持もありはするが…メイ達は基本的に指示には素直に従う良い子だ。その辺りはむしろヴェニ君がちゃんと言い含めておけば、逆に良い方向に働く可能性もある。
むしろ今後に関わる案件なだけに、師匠として側についていた方が良いとヴェニ君も思ったのだが…
「行くのは良いけどよ、武器屋は玩具屋じゃねーんだ。校長んとこはなんでか玩具も置いてっけどな。でも玩具にするには危ないもんが多い。………武器屋に行くって言うんなら、まずはそのチビ共を家に帰してこい」
「え?」
「「あ」」
呆れ眼の、ヴェニ君。
その視線に促されるような形で振り向いた、メイ達の目に映ったモノは…
近くの木から、露骨に尻尾とお耳がぴょこぴょこ。
傍目に隠れているのは明らかなのに、気付いていないと思っているのだろうか。
体なんか、半分近くもはみ出してるのに。
「ゆ、ユウ君! エリちゃん!」
「うわ、ユフェイネ、コーネリア」
「なにやってんだー? お前ら」
「「「「!!」」」」
苦笑いのメイちゃん達。
そこにいたのは、バロメッツ家とネコネネ家の双子ちゃん。
メイちゃんとミヒャルト君の弟妹がそこにいた。
「あー…みつかっちゃったよぉ」
「ゆーくんがじょーずにかくれなかったから!」
「そういうこーねぃあも! ぜったいみえてた!」
「あ、あぅ…ユウ、ユウ、けんか、めー」
わたわたと慌てながら、語るに落ちたとコミカルな動きで存在を露見させるちびっ子達。
まだまだ赤ちゃんの年齢だが、成長の早い獣人らしく既にいっぱしの行動力を持っているらしい。
「あ、あれー? まだまだちっこいから、4人とも子供だけでの外出はめってママが言ってたよねー?」
「ねぇたん」
「ねぇね…っ」
声をかけられたら観念したのか、しゅんと耳と尾を垂らさせて。
メイの弟妹はてててっと姉に駆け寄り、そのスカートにしがみついた。
上目遣いに見上げてくる大きなパッチリおめめが、うるるっと潤んでいる。
「ねぇね、きのーもそのきのーも、あしょんでくれなかった…」
「がっこー、ない? きょうはあそべりゅ?」
「う…っ 2人がめちゃめちゃ寂しがってる!」
「ああ…最近ほとんど毎日学校で、遊ぶ時間なかったしなー」
「前はいつも半日くらい相手してたからね」
「俺達の後をついてきたのか?」
首を傾げるメイ達。
呆れ眼のヴェニ君は、小さな石を手に取って投げた。
それは明後日の方向に向かって行ったかと思われたが…。
「あたっ」
「きゃんっ」
連続して、2回の悲鳴が聞こえた。
流石、ヴェニ君。
どうやら連続ヒットを繰り出したようだ。
木陰からよろよろと頭を押さえて出て来たのは、これまたどこかで見たことのある2人組。
………それは、スペードの弟君。
双子のジャックとエースが頭を抱えて蹲っていた。
「………お前ら、何やってんの?」
実の兄の眼差しが、実に冷たい。
気まずげに目線を逸らすジャックと、顔の引き攣った曖昧な笑みを浮かべるエース。共に5歳。
どうやら双子は双子同士と、ちびっ子4人の引率をしていたらしい。
引率といいつつ兄や姉の後を追跡していたのだから、本当に引率をやる気があったのかは不明だが。
おまけに4人が見つかっても出てこずに隠れたままだったことから、あわよくば4人の世話をメイ達に押し付け、自分達は隠れたまま逃走するつもりだったのではないかと疑われる。
兄達にじとっとした目で見られて、犬と狼の双子はますます気まずげに目を逸らした。
なんとも表情豊かな弟さんの出現に、これまたヴェニ君は溜息をつく。
「とっとと帰らせろ」
指でくいっと指示を下すヴェニ君に、逆らう者はいなかった。
だだをこねる1歳児の集団を速やかに回収し、5歳の双子はすたこらさっさと遁走するのだった。
「………武器より先に、弟妹のご機嫌窺い用の玩具でも買っといた方が良いんじゃねーの?」
「「「……………」」」
がっくりと項垂れたメイちゃん達は、結局自分達のお小遣いからご機嫌取りに何か買うことになったのだった。
その後はこれといった妨害もなく。
一行は平和に校長先生の武器屋にやってきた。
校長先生の武器屋だが、お店を管理しているのは校長先生じゃない。
校長先生は鍛冶仕事と教育の現場に忙しく、お店の方は別の人が取り仕切っていた。
老境に至った退役軍人ウォルター。
かつて、メイちゃんが一度は師匠にどうかと検討した老戦士である。
今ではすっかり、穏やかな好々爺然とした様子なのだが…
「武器を見せろだって? 主らにはまだ早いわい」
「「えー…」」
「話が違うよね、詐欺?」
「待て、抑えろミヒャルト」
「これってクレーム付けて良いんじゃね?」
「お前も抑えろ、スペード!」
「引率は大変だね、ヴェニ君」
「同情するならどっちか引き受けろや、おい」
「え、やだ…」
「こいつ言い切りやがった!」
武器屋のウォルターさんを宥めすかし、事情を説明し。
何とか納得してもらって武器を見せてもらうまでに30分。
そこから武器選びに2時間。
全てが終わる頃にはヴェニ君はぐったりしており、心底疲れた声音で呟いた。
「ぜんぜん…全っ然、骨休みにもならんかった………」
明日からまた、今度は討伐部隊への随行という形で準備だ何だと忙しくなるというのに。
ヴェニ君の見たてに従い、メイは棍を。
ミヒャルトは細剣2本を。
スペードは大振りのナイフを1本手に入れたのだが。
未だに手馴染まない武器を手に、戸惑うちびっ子達。
大した運動はしていない筈なのにすっかり疲れ果てたヴェニ君は、それでも弟子たちの為に簡単な使い方までしっかりレクチャーしてくれたのだった。




