幕間:魔物と賞金稼ぎ
その日、アカペラの街の領軍と警備隊では、全く同一の報告が寄せられた。
共同で行われた調査隊からの報告であれば、同一であって当然なのだが。
今回の件の責任者である、シュガーソルト・バロメッツ大佐。
彼の元には、調査隊に同行したルッツ・コルベスタ少尉が報告を上げていた。
重要な報告だとわかっているが故、大佐の執務室に緊張感が漂う。
「どうやら、魔物の異常発生は確定のようです」
「南の森一帯か…あの森は深い。奥の方まで調査するのは大変だっただろう」
「いえ、これもアルジェント領の為。隅々まで調査致しましたが、調査隊だけで手に負える数ではありません」
「増えた魔物は勢力を伸ばし、より弱い魔物は縄張りから押し出され…そこにもいずれ、新たな魔物がやってくる。見事に悪循環だな」
「この上は討伐隊の派遣が急務と思われますが…どう致しましょう」
「人里にいつ出てくるかが問題だな。街道を塞がれては流通に影響を及ぼすか…
……上には私の方から申請しておく。実際に出動を許可する委任状が出るまでに少し間が開くが、書類がそろったらすぐに出られるように準備をしておいてくれ」
「ハッ!」
「短期での解決を心がけ、時間を大事に使え。あと、人材もな」
「魔物の異常増殖に際した権限により、他部署から人員を引張ってくることが可能ですが…メンバーはどう致しましょう」
「めぼしい者のリストは既に作成してある。コルベスタ少尉のデスクに既に届けてあるので、そちらを参照してくれ」
「街の防衛に関しては警備隊との共同任務となるかと思いますが…」
「そちらには第3班を率いてネコネネ少佐が指揮を取ってくれる予定だ。協力要請の根回しは済んでいるので、ネコネネ少佐と細かい調整を行ってくれ」
「大佐はどうなさるんですか」
「………この上なく残念だが、責任者は後方で指揮を執るのが仕事だ。バックアップよりも前線で戦う方が性に合うんだがな」
「致し方ありませんね。何しろ大佐は十年前の大乱における『英雄』なんですから。これ以上大佐が求心力を得て自分達の立場を脅かさないか、上の方のお歴々は恐れていらっしゃるんですよ」
「別に出世は、私が望んだことではないんだがな…家族を養えるだけの給金がもらえれば良いんだ。責任が増えても面倒ばかりだろうに」
「でも偉くなれば残業は部下に任せ放題で早く帰れますよ」
「…………………本気で上を目指すか」
「ちょっ…大佐! 目がマジですよ!?」
「早く帰れれば、俺が子供達と遊べる時間が増えるじゃないか! 嫁ともいちゃつけるし!」
「少しは本音隠せよ! 大佐に憧れる若手多いんだから、幻滅させないで下さい」
実はルッツ君も実物の親馬鹿ぶりに遭遇して夢が破壊された口である。
以来、他の後輩達はせめて夢を見させてあげようと、大佐のイメージダウンに敏感になっていることに本人は気付いていない。
「しかし他の部署から人を借りても…南の森全面となるとちょっと人手が足りませんね。放っておいたら野生動物の口を借りて増殖しますし…あの広さの森を徹底的に掃除するとなったら………ちなみに、大佐?」
「なんだ、コルベスタ少尉」
「短期って、どのくらい短期を指していらっしゃいます?」
「1か月だ」
「人手足りません! 確実に…!! 何を無茶言ってるんですか!?」
「確かに手は足りないが、ないこともないだろう? 今回は子供が被害に遭いかけた。実際にあの森には民間人が狩りの為によく足を運ぶ。私の子供でなくても…他に、被害が出ないとも限らない。子供が行くような場所は早く安全にするべきだ」
「言っていることはまともでも、裏を疑ってしまうのは何故でしょうね…!」
「案ずるな。被害に遭いかけたのがメイちゃんじゃなくても、このくらいは示唆していたはずだ。少しばかり私情が混じっていることは否定しないが」
「そこははっきり否定してください。部下に示しがつかないじゃないですか」
「愛娘の心配をせずに地域の子供達の心配が出来る訳がない。まずは我が子を思いやり、我が子の為に働くことが他の子供にも利するというもの」
「うわぁ…清々しいくらいの親馬鹿だ! こんなに馬鹿だなんて思わなかった!」
「馬鹿と言うんじゃない。親を付けろ、親を」
「っていうか、娘さんを前にした本性見られてから自分に遠慮ありませんよね? ありませんよね!? 前はもっと装ってたのに!!」
「既に知られてしまった相手を前に隠しても意味がないじゃないか」
「開き直んないで下さいよ…!」
賑やかな騒ぎの中、『英雄』というなの幻想はガラガラと崩れゆく。
それでも上司が有能なことに変わりはないので、余計にやるせない。
「とにかく、ことは迅速に。私もそろそろ申請書を出しにいかねばならない」
「あ、それで足りない人手はどうしましょう」
「仕方ない。民間に協力を頼むとしよう」
「民間………賞金稼ぎ達から助っ人を募集しますか」
「それでどの程度集まるかは、不明だがな…」
「あいつ等、凄腕ほど働きは金次第ですからねぇ」
「念の為、伯爵様にもご相談した方が良いかもしれない」
くだらない口論に時間を裂きはしても、ただでさえ時間に忙殺されている身。
急務と言える仕事は山積みで、それを片付ける為には動かなければならない。
それぞれに、やることがある。
だからルッツ君は大佐の執務室を後にし、次の目的地へ向かった。
許される限界ギリギリの速度の、早足で真っ直ぐに進む。
森に湧いた魔物達を討伐する為。
部隊の派遣には、色々と煩雑な手続きが必要なのである。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「………なんで俺が、こんな使いっぱしり」
心底面倒臭そうな、嫌そうな顔で。
真っ白い髪を揺らし、ヴェニ君が歩いていた。
手元にあるのは暫く行動を共にしたルッツ君に渡された紙切れ1枚。
お使いに向かう先は、子供が行くには物騒極まりないところ。
アカペラの街でも名高い、1軒の酒場。
御年12歳の少年が行くような場所ではないのだが…
恐れ気も、躊躇いもなく。
少年は荒くれ者どもの集う酒場のドアを開けた。
「いらっしゃ………おい、ここはガキの来る場所じゃねえぞ」
「客じゃねーよ」
「チッ…客じゃねえガキが、何の用だ」
ヴェニ君を迎え入れたのは、いかつい顔の三白眼。
自信も腕っ節自慢と噂される、酒場の店主メリー・メリー。
隆々と盛り上がった筋肉は岩のようで、大きく立派な体格は熊のようだ。
あまりの強面に、大概の子供は恐怖を感じて泣き喚くだろう。
思わず相手を怯えさせるような、問答無用の雰囲気がある。
店主の厳つい顔に、ちょっと嫌な顔をしながら。
しかしヴェニ君は怯むことなく平気そうな顔でカウンターに近寄っていく。
あまりに平然とした様子に、店主が「おや」という顔をした。
そんな顔も、傍目には恐怖でしかないのだが。
「アカペラ領軍、魔物対策本部からの依頼を持ってきた」
そう言ったヴェニ君は、見るからに子供で。
軍とはとても接点などなさそうなのだが…
さりげなく完成された身のこなしに、店主はようよう気が付いて。
少し目を丸くして、ヴェニ君にポカンと見入っていた。
アカペラの街にいくつかある、酒場。
どんな国の、どんな町にも酒場は存在する。
だけどその役割は、ただ酒や軽食を提供するだけではない。
物騒な世界ならではの、重要な役割があった。
賞金稼ぎと街を繋ぐ接点、賞金をやりとりする窓口という役割が。
人の出入りが激しい故に、情報や人材が集まる酒場。
本来は公共の自警組織が情報の提供を求め、賞金首の人相描きなどが張り出されているだけだった。
だがやがて、人相描きから賞金首の情報を求める者達が現れる。
賞金首を狩ることで生計を立てる、ならず者。
俗に賞金稼ぎと呼ばれる者達である。
腕っ節自慢の彼ら。
しかし後ろ暗い事情がある者もいるようで、中には公的機関との関わりを敬遠する者達がいた。そんな彼らは賞金首を狩っても公共の機関に賞金を受け取りにいくことに二の足を踏んだ。
しかし、賞金は欲しい。
そんな思惑や、いくつもの利害が絡まり合って、いつしかただの酒類の提供場所だった酒場に変化が訪れる。
公共機関と賞金稼ぎを繋ぐ仲介施設としての側面を持つに至り、ますます賞金稼ぎ達の溜まり場と化していく。
賞金稼ぎと市民の交流場所となり、腕自慢を雇いたい者と雇用を得たい強者を繋ぐ場所となり…一種の雇用斡旋所のような形態まで有するようになる。
やがて賞金首を狩る以外にも一般からの一時雇用という形で収入を得ることが叶うようになると、賞金稼ぎ達も多少身奇麗に変化していく。
だが本来はまとまりのない腕自慢の集まりである。
そんな彼らを自然と纏める役割を酒場が負うようになったのは、自然な成り行きであったのかもしれない。
それがこの世界に置いて酒場という場所の持つ特殊性なのである。
そんな酒場に、何の因果かルッツ君のお使い(パシリ)で大規模な魔物討伐の参加者を募る為、募集情報の公示に来たヴェニ君。
だが酒場で12歳の少年のの姿というのは嫌でも目立つ。
主な利用客である賞金稼ぎ達の目に留まってしまうのも、仕方の無いことだ。
ここで顔を覚えられたことで、後々討伐作戦の折にヴェニ君は賞金稼ぎ達と交流を持つことになるのだが…
そのことが彼の、そしてメイちゃん達の運命に大きく影響することを、この時のヴェニ君は知る由もなかった。
ちなみに軍に入れるのは15歳から。