4-11.オリエンテーリング7
思いがけず、オリエンテーリング編が長引いております………
次回かその次位で、決着をつけたいところ。
急遽決まった、『鹿に目の物見せてやろう』タイムの始まりです!
鹿と鹿の取り巻き、計三名。
ええ、存分に目に物見せてやろうじゃないですか…!
「気を付けて、あいつら『戦闘技術』の授業を受けるくらいの実力者よ。アレで」
「戦闘技術?」
「…ああ、1年生だったらまだ知らないわね。物騒な昨今の事情を鑑みて、近年導入された授業なの。1年生と2年生の時にそれぞれ予備講座のAとBを受けて、一定以上の成績に達した子だけが3年生で受けられる授業よ」
「受けられなかった子達は、戦闘技能を身につけられなくっても良いの?」
「そういう子達は戦うより生延びることを優先した『護身延命術』の授業を受けることになってるの。これ、必修なのよ?」
ちなみに出会ってからずっと親切にしてくれてる熊獣人の先輩(女子)も、『戦闘技術』講座の受講者だそうです。うん、だと思った。
戦闘の素質ありと学校側からみなされるような男の子達が、自分よりいくつも年下の子(女の子含む)を相手にハンデありとはいってもこの事態。
わあ、大人げなーい。
余程ヴェニ君に対して腹に据えかねてたのかな?
聞く限り、逆恨みにしか思えないんだけどなぁ…。
「取り敢えず、私とペーちゃんは確定として他に誰か行く?」
「え、これって先輩とメイちゃん達の個人的因縁とかそんな話じゃなかったの?」
「でも班ごと巻き込んだ話に発展しちまったし、俺とメイちゃんだけでそれを背負うのはみんな不安じゃね?」
「うんうん! それにこっちは何人でもいいってお姉さんたちが確約してくれたし、そのアドバンテージはがっちり有効活用したいよね?」
「………ふわふわして可愛い外見に反して、バロメッツさんって結構強かだよね」
「それにあの先輩が欝憤ぶつけたい相手は、この場にいないメイ達のお師匠さんだもん。そもそもが代理戦争みたいなものだよ?」
ドミ君は何だか心苦しそうですが、一度決めたモノを覆しはしません。
私はそっとドミ君から視線を逸らし、他の班員に目を向けました。
「えっとー…取り敢えず最年長者ってことで、カルタ君どうする?」
「僕も喧嘩は止めた方がいいと思うし、あの鹿の子達もどうかと思うんだけど…」
「大丈夫! メイ達だって修行は積んでるもん。綺麗に畳んじゃうから!」
「呉々も無理は駄目だよ、メイちゃん。ごめんね、僕は参加できないんだ」
「何言ってるのよ、そんな大きな図体して。ちっさい女の子がやり遂げようってんだから加勢くらいしなさいよ」
「ソラちゃん、無理言っちゃ駄目だよ。カルタ君だって都合もあるし、相手は腕っ節自慢なんだもん」
「でもカルタさんの方がどう見ても年上なのに…」
「その、申し訳ないんだけど僕、職人の見習いで…。だから、その、武器を使うんだったらまだしも、素手でとなるとちょっと」
「あらあら~、職人の卵なの? カルタさんて手先が器用なのねぇ」
「見習いとして仕事を分けてもらってる身分なのに、手を怪我でもしたら…」
「ほら、ソラちゃん。カルタ君にも理由があるのに無理強いしちゃ駄目だよ」
「……………わかったわ。ごめんね、カルタさん」
「ううん。僕こそ女の子に危険なことさせて何も出来ないなんて、腰抜けにも程があるよね………自分の保身を優先するなんて、でも、ああ…」
「カルタ、そんな苦悩すんなよ! メイちゃんには俺が付いてるから大丈夫だって! カルタの分まで…いや、むしろカルタ以上ってくらい奮闘するから! カルタはいらないから気にすんな!」
「………年下の子にそこまで言われるのもアレだよね」
「ペーちゃん…無神経と言うか、空気読もう?」
「えっ?」
きょとんとするペーちゃん。
もう、本能で生きてるタイプはこれだから!
勘は良いんだから、もっと空気読もうよ…。
カルタ君は無言で落ち込んじゃって、どんよりと重たい空気。
気まずい空気を紛らわすように、こほんと咳払いで注目を集めたのはドミ君。
「…結局、向こうから提示される『課題』って形になっちゃったから避けては通れないんだよね。この中で腕に自慢があるっていう子、バロメッツさんとアルイヌ君以外でいる?」
「そういうドミ君は?」
「僕、もやしだから」
「わー…言い切った、こいつ。じゃ、ウィリーどうよ?」
「えー…子供同士の揉め事も口八丁で逃げまくってた僕に荒事なんて……」
「本能と感覚で生きる子供世界でそれが出来たんなら、そっちの方が凄いと思う」
さて、確認してみたけど、参加者は皆無かな…?
マナちゃんは元から喧嘩なんて野蛮なことは性格的に向かないだろうし、ソラちゃんは勝気でもやっぱり女の子だし、ルイ君は見るからに優男…
「ふ…っ とうとう僕の真価を見せる時が来たようだね」
…って、おお?
ルイ君が髪を掻きあげながら、何か言い始めましたよ?
華奢な美少年なので傍目にはとても可愛らしいんだけど、同じ目線で見ると何かイラッとしますね!
「お? なんかルイの奴が調子に乗った発言始めたぞ」
「あの格好つけた言い回し、なんなのかしらね」
「みんな…残念だけど、ルイ君のあの言い回しは『素』だよ」
互いに肩を寄せ合い、ひそひそ話す班員達。
不審な目で見ちゃうのは、メイだけじゃなかったみたい。
うん、私の目、正常だね。
「ルイ君、もしかして腕っ節に自信あるの? そんなひょろいのに」
「ひょ、ひょろ…メイちゃん、僕の身体が細いのは魔人の種族特性なんだ。それを『ひょろい』は酷いんじゃない?」
「あう…種族的なものなら仕方ないよね、ルイ君、ごめんね。メイ、謝る」
「女性の落ち込んでいる姿は見ていて胸が痛むね。顔を上げて、メイちゃん。悪いと思うのなら、そんな顔より笑顔を見せて?」
どうしよう、メイ…ルイ君の将来がすっっっごく心配。
こんな小さい内から、この口の回りよう…
しかも特定の1人に、って訳じゃなくって女性全般に一貫してこんな態度を取っている、ある意味平等な精神を発揮しちゃってることも知っています。
将来、ジゴロか結婚詐欺師かヒモになっちゃわないか、すっごく心配だよ…。
「心配してもらって嬉しいけど、僕らも『神託の年』を目前に控えた世代だからね。両親が心配して、剣術を習わせてくれてるんだ。例え素手でも同世代の子には負けないよ」
「あれ、剣なの? 魔法は?」
「メイちゃんは…獣人だから知らないのかな? 魔法ってのは危険な力だから。大人の目の届かないところで乱用しないよう、魔人の子供は10歳くらいまで魔力を封じられて育つんだよ?」
「え、マジで?」
ペーちゃんと2人、初めて知る情報におおっとなります。
聞いてみるとソラちゃんもそうだということで、魔人の子達が耳につけたピアスは魔力の制御装置なんだとか。
「ええと、それじゃあルイ君も参戦ってことで…3対3、だね」
「取り敢えず鹿に即効特攻かけっか」
「僕はどうしよう?」
「ルイ君は…あの腰巾着っぽい取り巻きの牽制できる?」
「流石に1人で上級生2人はきついかな…」
「んー………それじゃ、あのオマケどもから手にかけちまうか?」
「まあ臨機応変に、ひとまずやってみよう! メイちゃんは鹿の上半身を狙うー」
「じゃ、俺は下半身な」
「それじゃー…僕は背中でも狙おうか」
「手の空いてる時に、巾着の足止めな」
「その方針でGO!」
言いながら、私は自分の足に手をかけて。
足音を忍ばせる必要なんて見当たらなかったから、するりするりと足を覆っていた自作の『蹄カバー』を脱ぎ捨てて。
ペーちゃんは、ばさりと厚手の上着を脱ぎ捨てました。
準備が出来ました。
そう言うと、熊のお姉さん(下級生贔屓)が審判に立って…
「それでは………はじめ!」
合図に合わせて、走りだす。
前傾姿勢からの弾丸のような突撃に、鹿がにやりと口端を上げる。
「考えなしに突撃か、馬鹿め…!」
「そんな訳ないでしょ!」
律儀に答えながら私は、先行していたペーちゃんの背中を蹴って大ジャンプ!
ヴェニ君に鍛えられた身軽さは、十分に武器になるから。
私は体を丸めて、猫のようにくるりと一回転。
こういうのはミーヤちゃんが得意だけど、私だって中々のものだよ。
予想もしていなかったのか、あんぐりと口を開ける3年生に得意げに笑って。
私は反応の遅れた鹿の頭上を飛び越えると、そのまま足から着地!
姿勢の美しさよりも、体の安定感を大事にして…
着地の瞬間、撓めていた右足に強く力を込めて踏み切った。
全力の踏み込みが、私の身体に速度を乗せる。
そのまま鹿に突撃を…かますと見せかけ、直前にフェイントを入れて真の標的へと狙いをずらす!
急に背後に回った私に、咄嗟に気を取られていた鹿。
素早く私に対応しようとした鹿の動きは、無意識に私に集中していたからこそ、騙されて反応できない。
直前の方向転換は、私の身体を鹿の左へ。
鹿の隣にいた取り巻きは、鹿に比べると断然反応速度が鈍くって。
背後に回った私に、まだ追いついてもいない。
その無防備な背中に私が前蹴りを放った瞬間、私に踏切り板代りにされながらも転ばずに前へと進んでいたペーちゃんの体当たりが…鹿の胴体へ!
電光石火に仲間へと襲撃を受け、動揺に右側にいた取り巻きの肩が揺れた。
その隙にすかさず、ルイ君が蹴りを放つ。
………でもね、体重の軽い子供の攻撃って軽いんだよ。
人間とは筋力に差のある獣人と違って、ルイ君は特に細身の魔人の子。
その攻撃は、やっぱり足止めにしかならないんだろうけれど…
ルイ君も、そのことはわかってたみたい。
「くそっ すばしっこいな此奴…!!」
「ははっ だって僕だって必死だからね…!」
一撃で倒す火力がなかったらどうする?
そんなの、考えるまでもなくわかりきったことだよね。
昔の人は良いことを言いました。
石の上にも三年…また、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる!
軽い体を活かした、フットワーク。
剣術を習っているという言葉は伊達じゃなかった!
優雅な身のこなしが特色に挙げられる魔人だからこその、軽やかなステップは年下と舐めて猪突猛進気味な先輩を鮮やかに翻弄しています。
これは…私達も負けていられません!
私は体格の随分と違う、立ちはだかるような目の前の取り巻きA…先輩を見て、決めました。
いつまでもペーちゃんに美味しいとこ(鹿)を独り占めさせる訳にはいきません。
ぼやぼやしていたら、ペーちゃんに美味しいところ全部食べられちゃう。
鹿と狼だけに!
「いっくよー!」
「…!!」
掛け声とともに、気合いも充分!
私は右に左にと相手を惑わしながら、狙う一点…取り巻きAの首を目がけて飛びかかりました。
この攻撃は、速度が命…!
「あ、あれは…っ」
みんなの、息を呑む音。
それから何だか妙に説明臭いペーちゃんの声が聞こえました。
「師匠に禁じ手扱いにされた、幻の『首砕き』!?」
ちなみにスイング式です。
持つべきものは前世の男友達ですね…見物していて良かった兄弟喧嘩。
もちろん、このファンタジー色全開な世界に、プロレスなんてないけど。
似たようなものはあっても、見世物色の強い格闘技なんてものもなく。
あるのは実用一点張り、確実に命を獲りに行くようなモノが主体です。
だから私のやらかした技は、皆にとって初見のはず!
前世の私もプロレス鑑賞の趣味はなかったし、技なんてあまり知りません。
だけどこの技は、見た時の衝撃が強かったんだと思う。
生まれ変わっても、バッチリ覚えていたくらいだもん。
今のこの運動神経抜群☆な獣人の身体なら再現できるかな~と。
そんな出来心が過ぎったのは、今から半年前。
ものは試しと、ヴェニ君との組手の中で再現やらかしました。
………結果、ヴェニ君に技名ごと封じられました。
今回は使っちゃったけどね!
でもうろ覚えの記憶でも意外に再現できるものです。
これは私の身体能力が優れていた以上に、前世の眼裏に焼き付いた映像の記憶がちゃんとしていたお陰だと思う。
うん、顔も名前も思い出せない前世の友達に大感謝!
あの記憶は今、こうしてメイの血肉になって活用されてるよ…!
そうして相手にとっては初見であり、得体の知れない謎の技は…速度を限界まで上げて挑んだお陰か、見事に極まり。
取り巻きAは、マット…じゃない、教室の床に沈みました。
これまもう、カウントも必要ないよね。
だって、目を回してるもん。
…というか、これ以上やったら確実に極悪人です。
倒れた相手から目を上げて、教室の中にくるりと視線を走らせて。
私を見る皆の顔が、ポカンと大口開けて固まっています。
…何人かは青褪めてますね。体調が悪いのかな?
「おねーさん! このひと、どうしよー?」
「…っえ、あ、あー………続行不可能とみなします! ちょっと誰か、保健室に連れて行ってあげて」
「あ、じゃあ俺が!!」
「………え?」
手を挙げたのは、何故かルイ君の相手をしていた取り巻き・Bでした。
あれ、試合は良いのー?
ルイ君も「え?」という顔で困惑しています。
でも取り巻きBは妙に焦った様子で、自分が連れていくと言い張っていて。
誰かが止める前に行動!とばかり、引き留める声を上げる間もなく、倒れ伏した取り巻きAを抱えて教室から飛び出して行きました。
「「「「「……………」」」」」
後に取り残されたのは、呆気に取られた私達だけ。
鹿も止めるタイミングを見つけられなかったのか、顔を引き攣らせていました。
こうして、取り巻き2人が脱落しました。
残りは鹿、ただひとり。
追い討ちをかけろとばかりに私達は、三方から鹿に向き直った。
鹿、鹿、貴方にも男の意地というものがあるでしょう。
ただでギブアップなんてするはずがない。
だったら戦意を確実に喪失するまで、戦うのみです。
私は決意を込めて、足にはそれ以上の力を込めました。
何故か鹿が青褪めているように見えた、そんな教室の中。
メイちゃんはプロレスにあまり詳しくないのですが。
どうやら前世の学校の友達に、過激な兄弟喧嘩をかます男の子がいた模様。




