4-10.オリエンテーリング6
中々展開が進まない………話の進行が遅くてすみません。
チェックポイントだからと立ち寄った、3年生の教室で。
何故か『ヴェニ君の弟子』を指名する鹿の獣人お兄さん…。
名乗り出るの、躊躇っちゃうな。
なんだか物凄く…厄介事のニオイがするよ。
それは、こういうことでした。
「アルトヴェニスタの奴…っ先生の息子の癖に! 道場に顔も出さない奴のことを、なんでみんな気にかけるんだ。なんでガキの時からずっと通い詰めてる俺が、気を使わなきゃならねぇんだ!」
「ガキの頃って今のガキじゃない」
「うっせぇぞ、クリナム! 大体、先生も先生だ…なんであんな自分勝手好きにやってる奴のこと!」
つまり、アレですよね。
嫉妬ですか。
ヴェニ君パパの道場の、一門下生による嫉妬ですね?
これ、「自分の方がこんなに頑張ってるのに、あいつは…っ」っていう、典型的な妬み嫉みですよね。
あと頑張ってるのに実力が正当に評価されないって僻みも入ってる気がします。
わあ、ヴェニ君ったら逆恨みじゃん。
確かにヴェニ君は一見いい加減でふらふらしてて、無気力無関心に見えるけど。
でもあの性格といい、面倒見の良さといい、姿と実像はまるで別。
非行少年に見えて、纏わりつく押しかけ弟子の希望にちゃんと応えてきっちり真面目に計画練って鍛えてくれる。
根は真面目でしっかり者なのに、周囲にはこんな風に思われてるんですね。
確かにヴェニ君、家の道場の方には全然行かないからなぁ…
何か思うところや事情がありそうな雰囲気なのに。
なのに、口では素気なく「俺は強いから行く必要がない」なんて言っちゃうし。
その態度で悪い方に誤解されるのは仕方ないのかも知れません。
口ではそんなこと言っても、本気でそう思ったらそれなりに筋を通すと思うんだよね、本当のヴェニ君は。
何か事情があると思うんだけど…その台詞は流石に「何様」だよ、ヴェニ君。
そしてそのとばっちりが、私達にまで来た訳ですね。
しかも学校行事で無関係なクラスメイト巻き込むとか、超・災・難!
でも誤解する方も、素を見せてももらえないのに、表面以外で見て判断してくれなんて言われたって出来る筈がないし。
悲しいすれ違いと、誤解が原因ってやつですね。
うん、世の中には往々にしてよくあることなのでしょう。
………と、ここまでは私も同情的にいられました。
だってヴェニ君が本音はどうあれ、不真面目な態度なのは本当のことだし。
ふらふらしてるのも、道場から足を遠ざけてるのも本当のこと。
だけど強いのは事実だから、やっかまれても仕方ない。
そのくらいの、大らかな気持ちで鷹揚に見ることが出来ましたが。
「あんな修行もまともにしない奴より、俺の方が強いに決まってるのに…!!」
が、その一言だけは見過ごせません。
誰が、誰より強いって?
誰が、誰より弱いって…?
「先生への当てつけか何か知らんが、その辺のガキを弟子なんて言って修行ごっこなんて何様だ!? そんなお遊びする前にやることあるだろうに何考えてるんだ」
………これ、蹴っちゃ駄目かな。
パパ(馬)譲りのメイの足で、目に物見せてやっちゃうよ!
確かにヴェニ君は修行してないけど。
それでも強いことは確かで、私の見込んだ師匠で。
そう、私が師匠に選んだ人。
メイは、ヴェニ君の弟子。
それってつまり、ヴェニ君への侮辱は、ヴェニ君を師匠に選んだメイへの侮辱ってことでOKですよね…?
「………ペーちゃん」
「おお、わかってら」
「だよね。なんだかんだ言って、ペーちゃんもミーヤちゃんも『師匠』のこと大好きでしょ」
「そんな風に言われるとなんか否定したくて堪らなくなるけど…まあ、今こうやって、怒れるくらいには」
「気持ちは同じだよね、ペーちゃん」
「こんなのが原因で今までになくメイちゃんと通じ合ってるのかと思うと、嬉しいような複雑なような」
「師への攻撃は弟子への攻撃。はりきって蹴り倒すよ。…血達磨になるまで」
「あれ、気のせいか…? 何か今、メイちゃんらしからぬニュアンスが混じってたような。流石に流血沙汰はヴェニ君に怒られるから止めような、メイちゃん」
「ペーちゃん」
「うん」
「メイ、怒ってるの」
「まあ俺も同じ気持ち。うん」
………メイは、羊さんの獣人だけど。
今この時はそんなこと関係なく。
多分、ペーちゃんと2人で肉食の獣みたいな獰猛な気分で。
とりあえず、鹿に一発入れてヴェニ君に詫び入れさせないと気が済みません。
だから名乗り出ましょう。
堂々と、何はばかることもなく。
ヴェニ君の弟子であることを誇る様に、高らかに。
「メイがお探しのヴェニ君の弟子だよ! 侮辱するのは怒るよ」
「俺もついでにヴェニ君の弟子だぜ。人の蔭口はいけませんって先生に習わなかったのかよ、アンタ」
「あ゛…? 先生に直接道場に誘われておきながら、身の程知らずに袖にしたってのはお前らか!」
「それがどーかしましたかー! メイはヴェニ君に師匠になってもらいたかったらそう選んだだけだもん! とやかく言われる筋合いないもん…!」
「誰に何をどう教わろうと俺らの勝手だろ! 他人事に口出しするとか、全然褒められたこっちゃねーぜ?」
最早、先輩と呼ぶ気は皆無。
本当、ペーちゃんの言う通りだよ。
人の悪口はいけませんって、私達のクラスのミルフィー先生なら気弱に怯えながらも、言うべきことはちゃんと言って、しっかり教えてくれるんですからね!
後でこのクラスの担任に苦情申し立てちゃおうっと!
「噂通り羊・犬・猫の組み合わせだな。猫は女みてぇなチビだって話だったが…」
「羊のメイちゃん、参上!」
「俺は犬じゃねえっ!!」
高確率で犬に間違われる狼、ペーちゃんはその瞬間、師匠への侮辱云々以外の理由で激昂しました。
でもペーちゃんは怒ると戦闘力上がるタイプだから、問題ありません!
私達は戦意上々、意気揚々と挑戦的に睨みつけます。
「ちょっと止めなさいよ…! 小さい下級生に何しようっての。アンタ馬鹿!?」
「誰が馬鹿だ! これは決着付けなきゃなんねえ重大事だ。引っ込んでろ!」
「ひ、引っ込んでろですってぇぇっ!!?」
大慌てで仲裁に割り込もうとしたのは、さっきの親切な先輩(女子)。
だけど鹿も先輩(女子)も頭に血が上っちゃってて、一瞬即発っぽい感じ。
これは駄目です!
私達の問題で、関係のない第三者に喧嘩を負わせる訳にはいきません!
何より、ここで2人の間で話が付いてしまったら…!
私達が、あの鹿を小突きまわせないじゃないですか!!
「おねえさん、庇ってくれてありがとう! でもね、メイがここは頑張らないと駄目なの…女の子でも、戦わないといけない時なの!」
「先輩、これはあの先輩と、俺らの問題っす。心配してもらえるのは嬉しいけど、ここは俺達に任せといてくれ!」
「なっ…そんなに小さいのに、何を言ってるの!?」
「小さくっても、獣人の端くれだ。俺は狼だぜ? 鹿なんて噛み砕いてやる」
「そんなことを言うけど、あの馬鹿は戦闘訓練を受けている馬鹿なのよ!? 危ないでしょ、危険でしょ!」
「偶蹄類の底意地見せるよー! ヴェニ君はメイのお師匠様で、尊敬する師匠のことだから侮辱は許さないの。メイがやるのー!」
「その意気だ、メイちゃん! 俺もやってやるぜ!」
戦意上場、意気も揚々!
漲る好戦的な気持ちで、私達の目はきっと爛々と輝いています。
そんな私達の様子に、先輩(女子)は困ったよう。
呆れたようにしながらも、緩く苦笑を浮かべていました。
「………もう、仕方ないわね。この子たち、収まりそうにないじゃないの…馬鹿のせいで! 黙って見ているのは癪だけど、そこまで言われてどうしろって言うの」
「おねえさん…!」
「その代り…そこの鹿!」
「お前まで俺を鹿呼ばわりか!」
「師匠を馬鹿にされたら許せないって、こんな小さな子達が健気なやる気見せてるのよ! 粗雑にしたら許さないわ」
「んだよ、どうしろって言うんだ」
「私達の出す課題、ちょっとしたゲームの予定だったけど…こうなったら仕方ないわ。ルール変更よ!」
「へ?」
苦々しく吐き捨てた先輩(女子)は、本当はこんなことは認められないけど、と。
そう前置いて変更されたルールなるものを提案してくれました。
「貴方達のくだらない因縁が、このまま引き下がれないっていうんだから。これが私からの最大の譲歩よ。アンタの方が年上で、戦闘訓練受けてる期間も年数長いんだから小さい子相手にハンデは当然よね」
「……………チッ 仕方ねえな。わかった、俺もそこまで大人気なくねえよ」
「やったね、ペーちゃん。言質確保!」
「その言葉あとあと後悔させたったろうぜ、メイちゃん!」
「ぐぅ…このチビどもムカつく!」
こうして、急遽変更されたルール。
私達仕様の特別ルールで、今回の課題となるようです。
私達の側は、人数は何人でも構わない。
私達の合同班からの代表者が、鹿と鹿の取り巻き3人を撃破(殺さない程度に)したら、それで課題クリアにしてくれるそうです!
何人でも構わないって部分が、明らかな理不尽臭を漂わせるね!
更に鹿は他の先輩(主に女子)方にも口々に非難され、武器なし・急所狙いなし・左腕は使わない・所定の立ち位置から動かない等を明言して確約させられていました。破ったら即鹿の敗北になる決まりで!
先輩(女子)、有難うございます…!
容赦のない口撃による援護射撃に大感謝!
やっぱり、女の子は味方につけるに限ります。
理不尽な状況下に何故かそれが正しいかのように追い込む手腕、流石です。
一方的に話が進む中、置いてきぼりの皆は、物凄くポカンとしたけどね!
「………え゛? 何この展開」
ウィリーが代表するように、戸惑いのお声。
私の仲間達も、3年生のモブと化した人達も。
皆一様に、状況に置いてきぼりで困惑しています。
でもね、皆、許してね。
女には自分の名誉を守るため、時には闘わなくてはならない時があるんだよ!
「…猫は名乗らねーのかよ。はんっ これじゃ師匠の教育もたかが知れるぜ」
「この人、一々ヴェニ君を貶さないとお話出来ないのかな」
「いや待てメイちゃん。この鹿、誰を指して猫なんて…」
「「……………」」
「あ、わ、う…わ、わた、しっ?」
鹿の視線を辿ると、そこにいたのはマナちゃん1人。
内気なマナちゃんは強く睨み据えられて、びくびく震えて今にも泣きそう…。
し、鹿ぁぁぁああああああっ!!
誰と、一体なんてものを間違えてるの!?
あんなに図太くて腹が黒くて、辛辣な猫と!
大型肉食獣の獣人なのに子鼠みたいなマナちゃんを!
一体何をどうして間違えられるの!?
マナちゃんは、豹の獣人です。
毛皮の斑紋模様とか、微妙に猫さんとはちょっと違うと思うんだけど。
もしかして、耳と尻尾の形で判断された?
マナちゃんは正真正銘の女の子なのに…っ
あんな、『男の娘もどき』とは全然違うのに!!
私は無念を抱えて、励ますようにじっとマナちゃんを見ました。
隣でマナちゃんを庇うように立つ、ソラちゃんの顔も自然と目に入ります。
マナちゃんを支えるソラちゃんは、その瞬間確かに目線を合わせてきて…
――『殺れ』
ぴょこっと立てた親指を、次の瞬間には地面へ向けて…
私に向って、GOサインを下してきました。
わあ…生まれ変わってから初めて見たけど、あのジェスチャーってこっちでも通用するんだ………。なんて無駄に凶悪なものが踏襲された世界!
ソラちゃんったら過激!
だけど、うん、ミーヤちゃんと間違えるなんて女の子に失礼極まりないもんね!
ソラちゃんが怒っても仕方ない! 仕方ないったら、仕方ない…!
勝気で可愛いお友達の、にっこり笑顔。
可憐なはずのそれに、何故か冷や汗が止まらない。
覚悟を決めろ、鹿。
貴方はやっちゃいけないことを…侮辱しちゃいけない人を貶しちゃったの!
これから報復…目に物見せてやりますよー!
2年に渡って、ヴェニ君に鍛えられたこの身体。
この、戦闘能力。
未だ未熟ではあるけれど、学校の皆にそれを披露する時が来たようです。