4-9.オリエンテーリング5
校舎の北舘、4階。
すぐ上は屋上、空中庭園。
………という場所に、3年生の教室があります。
「あれ?」
さあ、乗り込もうか。
そんな時になって気付きました。
私の物騒の幼馴染の片方が、いつの間にか姿を消しています…。
「ミーヤちゃんは?」
「え、メイちゃん今まで気付かなかったの?」
「だって、メイ、先頭を走ってたし! 後ろは振り返らない主義なんだよ!?」
「メイちゃん、たまには振り返れってヴェニ君言ってたじゃん。前しか見ねーのも危ないって」
「そ、それよりミーヤちゃんは? ペーちゃん知ってる?」
とりあえずミーヤちゃんの相方(メイの認識だと2人セット)であるペーちゃんに尋ねてみると、ペーちゃんは何とも曖昧な笑みを浮かべました。
あるぇ? なんか、無駄に爽やかだよ…?
「ミヒャルトならちょっと…」
ちょっと?
んーと、トイレか何かかな…?
「ちょっと、暗躍して来るって」
って、おい。こら。まて。
「そんな『ちょっとそこまで』感覚で!?」
「暗躍するって、何する気だよ!」
「えー…っ 連体責任で私達まで怒られるようなことしてないでしょうね!?」
「おお…みんな食いつくな」
「さっきのあの洒落の通じなさそうな雰囲気見たら懸念が華厳の滝の如く立派に固まっちゃうわよ!!」
「落ち着いて、ソラちゃん! 狼狽える気持はわかるけど、迸る思いが暴走して意味わかんなくなってるよ!?」
「でも何となく言いたいことはわかるよね…」
もしやお縄につくようなことはしないでしょうが…
皆それぞれに不安と嫌な想像が広がってみるみたい。
すっごい、疑いの籠った目をしてるよ?
「一応、直接的な暴力行為と妨害工作はしないって言質とっといたけど」
「ペーちゃん偉い!!」
「やるね、犬っ子!」
「おいこらルイ、誰が犬っ子だ!?」
「あ、ごめん。狼だったっけ、そういえば」
「そう言えばも何も狼だっ! ったく。言っておくけどミヒャルトが暴力を振るわないって言質は取ってるけどな?」
「うん?」
「………迂遠な、婉曲的な妨害はしないって保証はないからな?」
「「「「「「「「……………」」」」」」」
あ、あはは………遠回しな、妨害。
ミーヤちゃんならそういうのもあっさり簡単にこなしそうな気がするのは、メイが穿ち過ぎなのかなー…
その時、私達は。
無言のまま、されど全員一致した一つの思いによって。
そう、これを蒸し返すのは危険だという本能の声に従って。
「さ、それじゃ次の課題に向かおうっか☆」
「うんっ☆」
揃って、ペーちゃんの言葉は聞かなかったことにしました。
だって深く考えるの、怖すぎたんだもん。
とんとん、とんとん、ととととととと、とととんとん
3年生の教室の、前。
いきなりドアを開けるのは失礼かなって思ったから、ね?
ドアの前にいたルイ君に、ノックをお願いしたよ。
そうしたら………うん。
なにそのリズミカルな連続ノック。むしろ連打。
「る、ルイ君…?」
「なぁに?」
「………ううん、何でもない」
真意を訪ねようとしたんだけど…
私の疑惑の目に、普通に真っ直ぐな目を向けられました。
えっと、もしかして、素?
ルイ君の家はこのノックが普通なのかな…?
あまりに普通の様子に、私がツッコミを入れるべきか否か逡巡して。
そうやって行動が遅れたから、先に行動に出た方々がいました。
「煩いっ! 何度も何度も叩いてんじゃねーよっ!!」
3年生です。
しかしこれはまた、なんともガラが悪い…。
私達が困惑する間も、ルイ君の手は素晴らしいリズム感で動いていたんだけど。
それを跳ね退ける様に、ばぁんっと扉が開きました。
わあ、こっちが扉の前に入るのに危ない!
でも内開きで良かったね、ルイ君!
………外開きだったら、ルイ君の形の良い鼻が陥没してたよ?
「ちっ…チビ共が調子のってんじゃねぇぞ?」
ドアを開けるにしても、イラッとしたにしても。
もうちょっとマシな対応はなかったものかと、見上げる私達。
つぶらな目玉は合計8個。
一斉に視線を向けられて、3年生がちょっとたじろぎました。
「な、なんだよ。見てんじゃねぇよ」
「見られたくないんなら、扉塞いでんじゃないわよ!」
ばしーん、と…痛そうな音が響きました。
前方、つまりは私達の方へと踏鞴を踏む3年生(男子)。
いきなりつんのめってきたんで、私達はぎょっとして左右に分かれました。
もしもっと勢いがついていたら、3年生(男子)は床と抱擁を交わすことになったでしょうに………ちょっと残念。
でも3年生(雄)は踏み止まりました。
その背後からひょこっと出て来たのは、茶色い獣耳のお姉さん。
彼女も3年生なのでしょう。
3年生(雄)の背中を蹴り飛ばして道を開けそうな雰囲気で、3年生(雄)を見下ています。わあ、露骨に蔑んだ瞳だ。
でも3年生(女子)は、くるりと首を巡らせると、私達には打って変わって優しい眼差しをくれました。
「ごめんなさいね、変なのが道を塞いで! 邪魔だったよね」
「うん」
「…って、スペード君!?」
「正直に言いすぎよスペード!」
こっくり頷いたペーちゃんに、仲間達から驚愕の眼差しが注がれて。
私はそんな事態も気にせずに、3年生(女子)の腕を引きました。
お子様秘奥義!
はにかみ笑顔と素直な眼差し(上目遣い)!!
草食動物の可愛さ、今こそ炸裂ー!
「こんにちは、おねえさん。道を開けてくれてありがとー」
「やだ、この子! なんか可愛い!」
見たところ、先輩(女)は13、4歳程に見えます。
これだけ年齢差があれば、7歳児なんてぬいぐるみと変わりありません…!
私の本能が告げています。
この教室の3年生達を攻略する為…彼女を、3年生女子を味方に付けろと!
大体いつの世も、なんだかんだで手綱を握っているのは女の子だし!
私は先輩(女子)から見えないように、そっとソラちゃんやルイ君に軽く肘を触れさせて合図を送りました。
多分、この2人なら私の思惑もわかってくれる…!
未だ出会って、1週間。
しかし短時間とはいえ共に行動する内に、私の胸には彼らへの信頼が芽生えつつありました。
――互いのキャラが掴めてきたとも言います。
ソラちゃんはちょっと気が強いけど、頭が良いので状況をよく読んでいます。
周囲の情報から、するべきことをしっかり把握できるタイプじゃないかな。
ルイ君は格好つけだけど、その分、他人に見える自分に拘りがあるタイプです。
他人受けの良い仕草を計算してやれるのは才能だと思う。
そして私の信頼は、見事に応えられました。
「おねえさん、野蛮なお兄さんの顔が鬼みたいで…僕たち、こわかったぁ」
「おねえさんが助けてくれなかったら、私達…!」
「助けてくれてありがとう、おねえさん!」
「あ、ありが、と、です…っ」
そして空気の読める、ノリのよいウィリーとソラちゃんに促されたマナちゃんも私達の輪に加わりました。
揃って先輩(女子)を取り囲み、笑顔でぎゅぎゅっと手を握ったり上目遣いに見つめたり。さりげなく男の先輩に怯えたふりを交えるのも忘れません。
いや、マナちゃんは本気で怯えているみたいだけど。
7、8歳児の集団に、親しげに周囲を取り囲まれて。
先輩(女子)の身体が、わなっと震えました。
「もう大丈夫よっ あの馬鹿は私が後でしっかりとっちめとくからね…!!」
そう言った、彼女の目はキラキラしていました。
うん、おちたな。
「さ、私達の教室にいらっしゃい! 3年生はオリエンテーションのチェックポイントの1つよ。ばっちり合格させてあげちゃうんだから」
「ほんと、おねえさん!」
「わあ、ありがとう!」
あざとい仲間達のお陰で、最後の課題は楽勝の予感…!
………だと、思ったんだけどなぁ。
世の中、そうことが簡単に運ぶことばっかりじゃないみたい。
私達が入った3年生の教室に、鹿がいたんです。
超絶生意気そうな、鹿が。
見ただけで、わかりました。
その鹿が、この3年生のクラスのリーダー格だって。
学級委員とかそんなんじゃない、『リーダー』です。
「なんだ、そんなチビ共が最初の1組…って、人数多いな」
「この子たち、2班合同で動いてるんですって! みんなちっちゃくて可愛いわよねーっ!! 1人、私よりも年上だけど………」
「す、すみません」
カルタ君、君が謝る必要はないと思うんだ…
ひょろりと背の高いカルタ君は、やっぱり1年生としては珍しいお年頃。
入ってきたカルタ君の姿に、3年生達がちょっとぎょっとしました。
慌ててその目線が、私達の姿…身につけたリボンを確認しようと走ります。
私達は、全員お揃いのリボンをつけています。
趣味でも、仲良しの証でもないんだけどね?
ああ、でもある意味では仲良しの証なのかな…?
前にも言いましたけど、1年生から3年生までの合計9クラスには、それぞれに担当教師に割り振られたマークが付けられます。
うちの学校は教師にハーブ(?)の印を割り振るから、私達のクラスはセージ組。
そして生徒には所属クラスのマークが入れられたリボンが配られます。
それが先にいった、お揃いのリボン。
絶対につけなくちゃいけないって訳じゃないけど、在学期間中はなるべく身につけておくように推奨されています。その方がいざ子供が問題を起こしたり、騒動に巻き込まれた時に所属や身元確認がしやすいからかな?
私達の街は貿易の街なので、時々偶に揉め事や酷い事件も起こります。それに生徒が巻き込まれた時の為の保険ってところでしょう。
治安は保たれていても、問題が発生しないって訳じゃないから。
いざという時に備えるのは、前世の国より物騒度の高い此方じゃ普通のことです。だから推奨でも、普段からリボンを身につけている生徒は結構多い感じ。
だけど例外もあります。
今日のオリエンテーリングみたいな、団体行動の時。
生徒が入り乱れて行動して、管理が難しい時。
こんな時はリボンの着用が義務になるんですよね。
だから絶対につけないといけない、と。
そんな訳で、皆でお揃いのリボンを着用中です。
私は髪の毛のお団子に、ソラちゃんだったら頭部のカチューシャにと、女の子は髪の毛につける子が結構多い。
ミーヤちゃんは首元に巻いてたし、ペーちゃんは手首につけています。
一見1年生に見えないカルタ君も、腰のベルトに付けてるみたい。
「確かに1年だな…ってか、セージ組の奴らか」
カルタ君をじろじろ眺めて学年の確認をしていた鹿(獣人)は、何故だか私達がセージ組なのがご不満な様子。
眉間に皺をよせて、なんだか忌々しそう…
まだ私達、何もしてないのに。
えっと、どうしたんだろう…?
何か因縁でもあるのかな?
そう思って、私は首を傾げるけれど。
無情にも、鹿が言い放ちました。
「おい、この中に『アルトヴェ二スタの弟子』いるか」
………わあ、ご指名ですか?
……………どうやら因縁があるのは、私達だったようです。




