4-7.オリエンテーリング3
スペード「ここ掘れわんわん!」
メイ「こ、こんなところに2年生が…っ!?」
結局あの後、2年生の2人目は呆気なく見つかりました。
策を弄する程もなかったようです。
というか、ペーちゃんってば勘鋭過ぎ。
他には誰も気付かなかったのに、ペーちゃんだけが「あそこが何か気になる」って言いだしたんですから。
それならじゃあ、試しに…くらいの感覚でペーちゃんの指さす先を探ったら、まさにそこにいたんですよ。2年生が。
………その2年生は全身に植物迷彩を施した上で、植物と一緒に土に半分以上埋まってる状態でした。
何もそこまでして隠れなくても…というか命かけてませんか、ねえ。
他にもペーちゃんが気になると言った場所をさり気無く窺って見ると、水中に隠れて竹筒で呼吸している先輩だとか、全身をペインティングして銅像に成りすました先輩だとかが見つかりました。
ねえ、なんでそんな本気で潜んでるの?
普通に現れたエレナちゃんの方がおかしいの?
先輩達は本格的に忍者でも目指しているんでしょうか。
色々疑問は付きませんが、7枚目の札が見つかったので良しとしておきます。
7枚目の札には、『世界』と書かれていました。
その後は職員寮で歌を歌ったり、星見の塔でタペストリーの間違い探しをしたり。中々順調なペースで札が集まってる気がするよ。
この調子なら、ご褒美にありつけるかも?
後は北館にいる3年生から札を強奪すれば…!
物騒な意気込みを力いっぱい豪語する私やペーちゃん。
ミーヤちゃんも同意を示してこくこく頷いているけれど。
他の皆は、私達に不安そうな眼を向けています。
「その、くれぐれも、程ほどにね…?」
「大丈夫、わかってるよ! ソラちゃん♪」
「ダメだ…心配すぎる」
頭を抱える、ソラちゃん。
だけどそんな彼女の不安を吹っ飛ばす出来事が、直後やってきました。
「――ちょっと、僕の兄弟を馬鹿にするのはやめてくれる!?」
聞き知った、だけど聞き慣れないほど尖った声が聞こえて私達は立ち止まった。
「ん、あれ?」
「ダイヤ…?」
生まれた時から側にある声、だからかな。
誰よりも早く反応したのは、ペーちゃんで。
ぴんっと三角の耳を立て、声の方へと鋭い目を狼少年が向けます。
「あいつがあんな声出すなんて、どうしたんだ…?」
声に滲むのは、困惑。
ペーちゃんの兄弟は本人曰く、馬鹿犬ばっかり、だそうだけど…
そんなわんこ兄弟の中で、三男に当たるダイヤ君はどっちかというと落ち着いた印象の男の子です。
そのダイヤ君が、憤慨した調子…一体、何があったんでしょう。
クラスの皆はダイヤ君に面識もないので、不思議そうな顔をしているけれど。
でも声の調子で、ただ事じゃないことをは察せられます。
オリエンテーリングの進捗状況が良好だったこともあって、誰かが文句を言うこともなく…私達は、声の方へと歩みを進める。
勿論、忍び足で。
………なんだろう。
ミーヤちゃんやペーちゃんって、やけに手馴れてるよね…?
こういう状況になると、時々幼馴染への不信感がうっすら湧き上がります。
まあ、今回は好都合なんで良いけど。
声が聞こえてきたのは、北館の脇…中庭の方。
等間隔に植えられた木や茂みの影を、ペーちゃんが先導します。
ペーちゃんが進む通りに行けば、大概の相手には見つからずに済みそう。
わあ、ペーちゃんってば本物の隠密みたい…
メイも将来の為に、負けていられない…!
私もペーちゃんの隣に進み出て、2人ですすす、と音源に向かって忍び足。
そうして見つけたのは、予想通りの子だったんだけど…
今は、オリエンテーリング中。
当然のように、ダイヤ君は1人じゃありませんでした。
あれは、ダイヤ君と同じコリアンダー組のお友達…?
ダイヤ君は、4人のお友達と一緒でした。
そしてその中の1人…ダイヤ君はどうやら、班のお友達と揉めてるみたい。
人間の、何だか穏やかで優しそうな物腰の子だけど…
でもダイヤ君と揉めるなんて、一体…?
「先刻聞こえてきた声の状況だと、あの子がダイヤの兄弟…スペード達を馬鹿にしたってことかな?」
「おお…ダイヤの奴。アイツに俺達を庇うような甲斐性があったとは」
獣人の子は保護者に口をすっぱく注意されて育つので、ちょっと賢い子なら意図的に人間の子と揉めたりしないように気をつけます。
ダイヤ君は落ち着いた子だから、アルイヌさんのお宅では1番そんな状況とは縁遠そうなんだけど…そんな彼が食って掛かるなら、余程のことです。
ミーヤちゃんの言う通り、ペーちゃん達を庇ったの?
上手く状況が読めないなー…
でも私達以上に読めてないのは、同じ班のお友達。
ソラちゃんが代表するように、私の袖を引いてきました。
「なに? あの子、スペードの兄弟なの?」
「うん! コリアンダー組のダイヤ君だよ。ペーちゃんの四つ子の弟君なの」
「よ、四つ子………子供の生まれ難い魔人なら有得ない家庭環境ね」
「他に双子の弟君も、ぺーちゃん家にいるよー」
「うわぁ子沢山…あ、でも四つ子なら1年生にもう2人もいるの?」
「ううん。四つ子のハート君とクローバー君は1つ上の学年にいるんだって。クラスが被らないように調整したみたい」
「へえ…で、状況を見るにその四つ子の誰かをあの男の子が馬鹿にして、ガイア君?が憤慨してるってとこ?」
「そ、ソラちゃん、ダイヤ君が大地の女神になってるよ……」
…っと、今はそれより彼らの状況の推移を見守らねば!
私達が状況を窺っているとは知らず、人間の男の子は調子に乗っているというか…気取った風に肩をすくめ、ダイヤ君を鼻で笑います。
わあ、感じ悪い!
「馬鹿にしたと思ったのは、君の考えだろう? 僕に主観を押し付けないでくれ。ただ僕は、純然たる事実を述べただけだよ」
「僕の兄弟を馬鹿犬と罵っていいのは、僕らだけだ」
「………君の方が余程、馬鹿にしていないか?」
「とにかく、謝罪してくれない? 兄弟を目の前で侮辱されて、気分が悪い」
「此方に非はないだろう? だから謝る必要を感じないね」
「…ロニー、僕が大人しくしている間に態度を改めた方が良いよ」
「おや、怖いね。君は話がわかると思っていたけど…やっぱり狂犬一家の一員か」
見ているだけでわかります。
物凄く、険悪でした。
ほら、他の班員さんも凄くおろおろしてるよ!
彼ら2人の対立に、3人の少年少女がおろおろしています。
「ははっ 狂犬一家だってよ!」
「若干名狼が混ざってるけど、概ね間違いないよね?」
…こちらはこちらで、物凄く悠長だし。
兄弟の1人が喧嘩しようとしているのに、ペーちゃんったら!
じとっとした目を向けると、ちょっとだけペーちゃんが慌てました。
「め、メイちゃん…っ! ほら、これは男の戦いって奴だから! 手出しは無粋だ」
「何も学校で喧嘩しなくてもいいと思うの」
「そうはいっても、喧嘩なんて当人同士の問題だろ?」
「あ、いや…そうは言い切れないみたいだけど」
「「「え?」」」
急に、私達の間に切り込んだ声。
頭上を見上げると、困った様子のカルタ君。
その指差す先を見れば………
「あ」
それに気付いて、私は目を見張りました。
「な、なんであの子が、アドルフ君に盗られた地図を持ってるのー!?」
「え、マジ?」
「うあ、本当だ…っ」
私が気付いた事実を口にすれば、他の子達も次々と声を上げます。
うん、間違いない。
あのロニーって呼ばれた子が持ってる紙、私達が盗られた地図だよ!
遠目にも、はっきりわかります。
だってふざけてウィリーとルイ君が書き込んだ落書きが、そのまま残ってるし!
地図が地味だとか、言って。
2人が張り切って書き込んだ模様。
薔薇とペイズリー………うん、2人の趣味がぶつかり合って趣味が悪い。
あんな独創的な装飾を施された地図なんて、うちの班の地図以外にないでしょ。
「これは黙っていられないというか…介入する口実を見つけたけどどうする?」
「勿論、決まってるよ…! あの子達のこと、止めないと!」
事実確認に意向を尋ねたソラちゃんの声には、真面目なドミ君が答えました。
うん、ドミ君ならそう言うと思ったよ!
入学式の日、ミーヤちゃんとロキシーちゃんを止めたのも、ドミ君だったから。
「級長様のご指示だ。行くぞ、ミヒャルト…!」
「足引っ張らないでよ、スペード」
そして、血の気の多い肉食獣2人が疾風迅雷、突っ込みました。
「………同じ肉食系の獣人でも、マナちゃんはこんなに大人しいのにね」
「あ、あの…ごめんね、メイちゃっ」
「いやいや、責めてる訳じゃないよ! むしろ、マナちゃんの良いところだよ!」
「そうよ、マナ…あいつらの真似だけは、しちゃダメよ」
そうして、私達も。
遅れないように2人について行ったんです。
最初に制止の声をあげたのは、ドミ君でした。
「君達、何やってるの!」
ドミ君も結構ブレない子です。
困り果てて眉尻が下がっていても、ちゃんと駄目なことは駄目って言えるもん。
ドミ君って、一本芯の通ったしっかり者だよね。
…それに心なしか、初めて出会った入学式の頃から比べて格段に強くなってきているような………主に、問題児(某猫・狼・熊獣人)を諌めたり叱ったりしている内に、成長しているような気がします。
………子供の成長は早いって、本当だね!
「こんなところで喧嘩なんて…先生呼んできても良いんだよ!」
「君は…セージ組の級長かな?」
いきなりの介入に、ロニー君とやらは怪訝な顔。
その脇を擦り抜けて、ペーちゃんがダイヤ君に駆け寄りました。
自然な動作で、その首根っこを掴みます。
「ほら、ダイヤ。お前も何があったか知んねーけど、他の奴らが怯えてんだろ。こんなとこで唸るな」
「がるるるる……………余計なお世話だよ、スペード。なんでここにいるのさ」
「なんでって、オリエンテーリング中だろ。通りがかりもするっての」
「………」
「ほら、ただの人間に怪我させたなんてなったら、母さんが黙ってねーぞ」
「母さんにばらしたら、僕もスペードの隠し事ばらすから」
「兄貴を脅迫すんなよっ」
「そっちの兄弟は勝手にじゃれてれば良いけど」
ペーちゃんがダイヤ君を諌めてるのを横目に、ミーヤちゃんが前へ出ました。
白猫ちゃん、1歩前へ!
自然と向かい合うような形になって、何故かロニー君が息を呑みます。
彼の目は、ミーヤちゃんに釘付けでした。
…でもちょっと、熱心すぎないかな。その眼差し。
ミーヤちゃんの方は気にすることなく、冷たささえ感じる声音で。
「勘違いとは思えないんだけど、君の手にある地図…僕らのだと思うんだけど?」
敢えて疑惑を込めた眼差しでロニー君を見ながら、ミーヤちゃんが広げた物。
それは、私達の手元に残されたもう1枚の地図。
そこに広がっている模様は、ロニー君の手にある地図と同じ落書き模様。
薔薇と、ペイズリー(やっぱり趣味が悪い)。
彼らに対して、にっこりと。
初めてミーヤちゃんが笑む顔を向けられて。
…ロニー君の後ろにいる3人、他の班員が顔を強張らせました。
明らかな、動揺。
それを見て取れば、何となく察するものがあります。
あまり良い方法で手に入れた物ではなさそうですね。
まあ元々、アドルフ君自身があまり褒められない手段で奪っていった物だし。
多分、因果応報。
我がクラスの昭和の臭い漂うガキ大将(予備軍)様は手痛い目に遭ったようです。
それを察しているのは私だけじゃない。
ミーヤちゃんが獲物を前にした猫さながら、内心で舌なめずりしてそう…。
「これってどういうこと? その地図、どうやって手に入れたのかな」
にこやかにそう言いながらも、目が笑ってないよ、ミーヤちゃん!
だけど、ロニー君は…穏やかなダイヤ君を憤慨させるだけあって、この程度の揺さぶりじゃびくともしない様子を見せました。
心底嘆かわしいと、彼はそんな様子で。
「そう、これは君達の地図なんだね。実は僕らは、この地図を預かっていたんだ」
「…預かってた?」
「ああ。実はこの地図を持っていたのは、セージ組の獣人の子達でね」
「熊の獣人と鳥の獣人、それから鼠の獣人と人間2人」
「そう、その組合せだった。彼らが持っていたんだ。だけど誰かから奪った地図だと吹聴していたのでね。そんな不正は見過ごせないだろう? だから僕らが没収…預からせてもらっていたんだ」
「ふぅん………だったら、その辺にいる教師にでも預ければ済む話だよね。なんでわざわざ他クラスの、君達が預かるわけ?」
「そんなことを先生方に報告して、余計な手を煩わせることもないだろう? 今日はただでさえオリエンテーリングという行事で、忙しくしておられるのに。ここは一旦僕らが預かって、頃合を見計らって報告しようと思っていたんだよ」
「へえ、白々しいね。それなら鞄にでもしまっておけば良いのに。剥き出しで持っていたって事は、その地図の恩恵に少なからず与ってたってことじゃないの」
「没収したばかりだったんだ。それに彼らがどれだけ不公平なことをしていたのか確認する必要があると思ってね」
「それを君が確認する必要はないよね。はっきり言って」
ぶ、ブリザードが…っ!
ブリザードが、吹き荒れるー…!(心象風景)
状況の推移から始まった、冷静な口調の淡々とした口論。
口論…? えっと、これ、口論なんだよね…?
表面上はにこやかな顔で、穏やかさすら感じるのに。
…なのに、この寒々しさは何なんでしょうか。
先程の、ダイヤ君とロニー君の口喧嘩。
それよりも静かな今の2人の様子に…
何故か、凄まじく肝の冷えていくような感覚を味わいます。
そしてそれは、きっと。
そう感じてるの、私だけじゃないよね…?
思わず確認した、周囲。
ミーヤちゃんとロニー君を取り巻く全員が、やっぱり似たような表情を面に浮かべていました…。




