4-5.オリエンテーリング1
ご指摘がありましたので、オリエンテーション→オリエンテーリングに表記を変更いたします。
さて、さてさて!
とうとう1夜も明けまして、オリエンテーリング当日です!
動きやすい服装でとの注文通り、今日のメイちゃんは珍しくズボンですよー。
…とはいっても、キュロットだけど。
改めて服を確認してみたら、笑っちゃうくらいにスカートばっかり!
キュロットはスカートを母が急遽作り直してくれたモノです。
まあ、スカートの真ん中に鋏を入れて、縫い合わせただけだけど。
女の子に夢見ちゃってる母の手によって更に装飾が付け足され、むしろそっちの方に時間がかかってたくらいです。
「ねえねえクレアちゃん」
「あらなぁに、メイちゃん」
「クレアちゃんは3回目だよね。去年はどんなだった?」
「ん~…どんなだったかしら?」
「………クレア従姉さん、もしかして忘れた?」
「えっと、ちょっと待って? いま思い出すから~」
1年生3学級合同でのオリエンテーリング。
私達1年生はいま室内運動場…体育館のような場所に集められています。
先生方によるルール説明と諸注意の後、全員の一斉スタート(予定)です!
「ええと、ね~? 去年と一昨年は、学校のいろんな場所を回って、クイズに答えたりとか鬼ごっこしたりとか~」
「いろんな場所を回るってことは学校案内みたいな?」
「んーと…スタンプラリーみたいな感じ?」
「おお。ってことは何か集めないといけないのかなぁ」
「なんだかそうだったような、そうでなかったような…」
「え、どっち?」
どうしよう…経験者の筈なのに、クレアちゃんの答えに信憑性が感じられない。
ミーヤちゃんの従姉のクレアちゃん。
仲は悪くないみたいだけど、最近のミーヤちゃんはクレアちゃんに困り顔です。
理由は簡単。
クレアちゃんが超簡単な筈の進級テストに落ち続け、今年で1年生3回目だから。
賢いミーヤちゃんには信じられないことなんだろうけれど、留年したって言うのに欠片も焦らず呑気にぽやぽやしているクレアちゃんが信じ難いみたい。
実際に今年進級できるかどうかについて、クレアちゃん本人よりもミーヤちゃんが心配している気がするよ。
なんか、自分が傍についていて留年させるのは堪らなく嫌みたい。
というか学校側も、わざわざ兄弟を分けて入学させたりするようにお願いしている筈なのに、従兄弟同士を同じ教室にしている辺りに作為を感じます。
もしかしたら従兄弟同士は許容範囲で、普通に有り得るのかも知れないけれど…
先生側も、クレアちゃんに対して焦っているような印象を受けるんだよね…?
何となくだけど、学校側が年下の従弟であるミーヤちゃんとクレアちゃんを同じ教室にブチ込むことで、クレアちゃんに発破をかけて焦らせようと目論んでいるような気がします。
実際に進級させようと焦っているのは、どう見てもミーヤちゃんの方だけど。
「皆、静粛に!」
急に、遠くから声。
驚いてそちらを見ると、講壇が作られていました。
上に立っているのは隣のクラスのサリエ先生。
人間なのに実は蛇の獣人なんじゃないかと実しやかに囁かれている先生です。
うん、目つきが凄く憎々しげ!
教師の目じゃないヨ。
だけど悲しいかな、私は知っています。
………あの先生、1年生の学年主任なんだよ。
「今からオリエンテーリングの説明を開始する。まずは班ごとに用紙と校内地図が配られていると思うが――」
…って、油断してたら説明が始まっちゃいました!
展開早い! というかメイちゃん、話のテンポが速いと思うな!
もう少し、子供に合わせようよ…!
「班ごとの用紙ー? どれ?」
「これ?」
概ね10歳未満のお子様達も、わたわたと慌てて用紙を探します。
確かアレって、班長さんに渡されてた奴だよね?
私はソラちゃんに目を向けました。私達の班の班長は、ソラちゃんです。
「――オリエンテーリングのルールは簡単だ! 用紙にヒントが書かれているので該当個所へ行き…」
って、だから説明早いって…!!
まだ大多数の子は用紙を探してあたふたしてるのに!
壁際を見ると、私達の担任のミルフィー先生も情けない感じにへにょんと耳の部分から生えたヒレを垂れさせて、サリエ先生に訴えるような目を向けています。
「それぞれの場所には課題が用意してある。それをクリア出来なくても構わん。制限時間内により多くの場所を訪れ、課題に挑戦すること。そして最終チェックポイントである北舘の屋上、空中庭園にたどり着くことが本日の趣旨だ」
うわー………あの人、一息に説明終わらせる気だよ!
周囲を見てみると、話を理解している人より理解していない人の方が圧倒的に多そう…。あんなんで、よくサリエ先生ってば教師になったもんだ。
「なお全課題をクリアした者は総合タイムが公表され、成績優秀者には校長から褒美が用意されている。数にして15人分しか用意されていないが、早い者から自由に選んで良いとのことだ。これも学校行事なので積極的に参加するように! 以上」
……………ご褒美、ですと?
ざわ、っと。
どよ、っと。
お話を聞いていた1年生全員が浮き足立ちました。
会場の空気は、にわかにざわめき立って。
急遽突きつけられた、タイムトライアルへの推薦状。
………校長先生は、確か高名な鍛冶職人で。
そして今は何が起こるか、何に襲われるかわからない災厄の時代一歩手前。
護身用武器の重要性、必需性は子供でも分かっています。
何しろお遊戯みたいな体育の授業しかなかったはずの初級学校で、10年くらい前からセムリヤ歴1,111年に備えて護身術の授業も必須科目として扱われるようになったくらいですから。
そして、もう1つ。
例え武器の重要性を理解していないお子様でも食いつく情報があります。
校長先生って、確かカラクリおもちゃも作ってるんだよ。
場は、少々騒がしく。
熱狂とまではいかないけれど確かな熱気に包まれました。
お、おおう…みんなが本気になった!
凄まじい勢いで、競争率は高まり始め。
皆のやる気が最高潮と言うところで…
「それではオリエンテーリングを開始する!」
サリエ先生の号礼とともに、室内運動場の出入り口が一斉に解放されたのです!
「きゃーっ」
それはさながら、ヌーの大移動の如き勢いで。
うっかり人波に流されてはぐれかけながら。
私達もしっかりと互いに頷き合い、室内運動場を飛び出しました!
でも一斉に走り出しても、中々うまくいかない。
私達は学校に入学して、まだ精々1週間で。
オリエンテーリングのチェックポイントは、用紙にヒントしか書かれていない。
室内運動場を出たところの所々で生徒達は立ち止まり、頭を突き付け合わせている図が見られました。
私達も、その仲間入りです。
「えーと…クレアちゃん、これってどこかわかる?」
そして私達には、他の班にはない優位性がありました。
クレアちゃんです。
1年生が3回目…つまり丸2年この学校に通っていたクレアちゃんは他の子よりも校内の場所を把握しているはず。
でも1人に考えさせるほど鬼じゃないので、私達も考えます。
全員で、広げた課題用紙に目を落としました。
そして沈黙。
「「「「「……………」」」」」
「………なにこれ」
思わず、眉間に皺が寄っちゃったよ!
ヒント1
『今日は灯火のない夜のダンスパーティ☆
みんなキラキラ、いつもより輝いてるの
私を誘ってくれたあなた、早く迎えにきてね?
今日は月光はお休みだから、お星様と2人きりでデートなの❤
あなたの光に、私の目はクギ付けよ』
「なにこれ、ポエム?」
「あら~これは校長先生が書いたヒントね」
「「「「!?」」」」
ひゅっと、息を呑む音。
驚くおめめ。
私達は全員で、問題発言を繰り出したクレアちゃんを凝視します。
「こ、こうちょうせんせ…?」
「え…この頭の痛い女の子みたいなポエムが?」
「毎年ヒントはね、1年生の先生達と校長先生が頭を捻り合ってご用意するのよ? 校長先生は毎年こういう詩風のヒントを書くみたいなの~」
「「「えー…」」」
思わず、私とウィリーと、ソラちゃんがユニゾン。
ドミ君は頭痛を堪えるみたいな顔で頭を押さえています。
「校長先生、意外な趣味だぜ…」
「別に56歳壮年男性の趣味趣向に興味はないね。スペード、ちょっと学校地図広げて。マーキングするから」
「え、まーきんぐ…」
「馬鹿な勘違いはしなくて良いから。チェックポイントに印をつけていくんだよ」
「ああ、成程…って、ミヒャルト? お前あのポエムでどこかわかったのかよ」
「どこって、くどいくらいに主張してたじゃない。やっぱり低年齢層のお子様向けにわかりやすくしたんだろうね」
「その低年齢層のお子様の台詞じゃねーぞ…」
え、ミーヤちゃん、あのポエムでわかるの…?
私達は恐る恐るとミーヤちゃんを取り囲みます。
渡された地図には学校の見取り図が描いてあるけれど、なんでかな?
各施設名が書いてないんだよねー…意図的?
そんな中で、ミーヤちゃんの指は迷うことなく地図の右上端をチェックします。
そこには円筒形の、塔が示されている。
私達の疑問を込めて殺到する視線なんて意にも止めず、ミーヤちゃんの手はさらさらと滑らかに動きました。
「クレア従姉さん、この塔の名前は覚えてるよね?」
「もちろん! 素敵なお名前よね、『星見の塔』なんてロマンチック…あら?」
「………わーお、あからさま」
「それじゃあ、この調子でさくさくマーキングしようか。全部終わったら、端から順番に回って行こう」
「ミーヤちゃんったら流石に計画的ね」
「…ミーヤちゃんって呼ばないでくれる? ソランナ」
「いいじゃない。メイちゃんはよくって私は駄目なの?」
「駄目」
「はっきり言うわね…」
「心が狭いね、ミヒャルト。メイちゃんが特別なのかもしれないけれど、レディにそうすげなくするものではないよ? それにそのあだ名も女の子みたいで似合っているんだから、呼んだって構わないんじゃないかい?」
「………ルイ、ご自慢のその気障ったらしい顔面潰してあげようか?」
「爽やか笑顔で空恐ろしいな、君は!」
………あ、あうぅぅぅ…
折角の班行動。
なのになのに、ミーヤちゃんの社交性とか協調性が低すぎる…。
人見知りか何なのかわかんないけど、あの他人への毒はどうにかならないかな?
緩和する切欠にならないかと思ったから、班もわざわざ分けたのに…。
いやまあ、1番の理由はウィリーが可哀想だったからだけど。
「それじゃ他のヒントもさくさく読んでくれない? どうせ他も大したことないヒントだろうし、地図に書き込んでいくから」
………そして毒を吐いても、全く気にしたそぶりもない。
こんなミーヤちゃんで、クラスに溶け込めるようになるのかな…?
疑問に思いながら、不安と心配を抱えながら。
それでもチェックポイントの詳細を書き込んだ地図が完成しようかと言う時になって、事件は起こりました。
というか、起こされました。
いや、さっきから視線を感じてはいたよ?
いたんだけど…てっきりわからないことを聞きたいけど聞けない、シャイボーイか何かだと思ってた。
でも、違ったみたい。
さあチェックは終わった、後は移動するだけと。
その段になって、彼らは動いた…!
「…っ!?」
びゅば………っと。
風が動いた。
驚きに目を見張り、上空へと向けられる視線。
地図を手に広げていたドミ君の手から、電光石火に奪い取っていた盗人。
私達の遥か上空には、クラスメイトで鳥の獣人であるダニー君がいました。
えっと、これは成果泥棒?
咄嗟の反応も出来ず、空の上という手の届かなさに対応に戸惑う私達。
そんな私達に、遠くから罵倒する声が聞こえてきました。
「へっへーんだ! 俺らの為に、御苦労さまぁ!」
「この地図は俺らが貰って行くぜ! 有効に使ってやるよ!」
「へんっ! せいぜい地図なしでひぃひい言いながら歩き回るんだな!」
お、おおう…なんという。
物凄く凄まじい小物臭というか、チンピラ臭というか。
ううん、雑魚の臭いがしました。
そこにいたのは、クラスメイトの男子達。
熊の獣人のアドルフ君は、古き良き昭和のガキ大将を連想させてくれます。
その手下の男の子達も凄まじい小物臭です。
…そう言えばダニー君もアドルフ君の舎弟だっけ。
他人が効率的にやってるところを目敏く見つけて、真似するでもなく。
敢えて美味しいところだけ強奪という手段で掻っ攫う。
何ですか、アンタ達。
物凄くやられ役っぽい。
「それじゃあこの地図は頂いていくぜ!」
「あばよ!」
私達の追い付けない遠方で待機していたアドルフ君達は、背中を見せて一目散に逃げて行きます。
それを追うダニー君は、1度も此方を見下さずに空の上。
呆気に取られていた私達も、その行動を見てはっと我に帰りました。
「ま、待て…!」
「スペード!」
だけど、駆けだそうとしたペーちゃんを何故かミーヤちゃんが止める。
「なんだよ! 離せ、ミヒャルト!」
「追わなくて良い」
「なんでだ!? 今ならまだ追いつける…!」
「いや、だから追う必要はないよ」
「……………なんで?」
「あの地図、偽物だから」
「………………………は?」
「だから、あの地図には嘘の情報しか記載してないんだよ」
「え、マジで?」
「マジだよ、マジ」
ポカン、と。
間抜け面で呆けるペーちゃん。
だけど私も同じ気持ちです。
フェイク? なにソレどういうこと?
「み、ミーヤちゃん…?」
「さっきからずっと、物陰からこっちの様子を見てるのはわかってたしね。視線の種類が粘っこかったし、質問ならすぐに聞けばいい話だし」
「う、うん…」
「なのに様子を窺って何か狙ってるみたいだったから。この場合、一番狙われ易いのは何かって考えたら理由は明白でしょ」
「おおぅ…それで、地図? でも偽物なんてどうやって?」
「…僕らのところは、2班合同で動いてる。地図と用紙は各班に1つ。だったら地図がもう1枚あるじゃない」
「…っ! あんた、あたし達の班の地図、勝手に使ったの!?」
「お陰で穏便に追い払えたでしょ。ハイエナと、ついでにハイエナ予備軍をね」
「…え?」
「地図を狙ってたのは、アドルフの馬鹿熊だけじゃないってこと。そこを馬鹿熊があんなにわかりやすく目立つ方法で地図の奪取なんてやってくれたから万々歳。お陰で標的は僕らから逸れてアドルフに移ったし」
「ご愁傷様だな、アドルフ。奴もミヒャルトに手を出さなきゃ、ここまで厳しい道を走る羽目にゃならなかっただろうに…」
「ミーヤちゃん、相変わらず用意周到ー………」
「正直、怖いくらいだぜ。だけど流石、ミヒャルトだ」
「うん、ミーヤちゃんはこうでなきゃって気がするよ…」
「やだな、2人とも。そんなに褒められたら照れちゃうよ」
「うん、実は全く褒めてないけどな」
「でもミーヤちゃん、偽物の地図なんてすぐにばれないかなぁ」
「大丈夫だよ、メイちゃん! 記載しといた情報も1/3は本物だから。残りは嘘だけどね! 上手く騙されてくれればかなり僕らの有利にことを運べるよ」
「あ、あんたって…っ メイちゃん、こんな腹黒猫のこと、なんであっさり受け入れられるの!?」
「ソラちゃん…言いたいことは何となくわかるけど、ミーヤちゃんには言っても無駄だと思うよー…」
「そうやってメイちゃん達が諦めて放置するから、どんどん悪くなるの!」
「無駄だよ、ソラちゃん! アレはいくら諌めても、ミーヤちゃんの性根は治りっこないって! メイはもうそういうものだと諦めた!」
「諦めるの早すぎよ!?」
あ、あうぅぅぅ…
危機迫る顔のソラちゃんに、がくがくと揺さぶられて。
スタート前から、なんだか気が遠くなりそうになりました。
でも、何はともあれこれでスタート!
ミーヤちゃんのお陰で、出発する前からライバルを蹴落とせちゃったし。
このアドバンテージがふいになる前に、大急ぎで出発です!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……………ねえ、スペード」
「な、なんだよ」
「なんか僕、散々なこと言われてない?」
「………そう思うんだったら、もうちょっと腹の黒いとこ隠して生きろよ」
「失礼だね。僕のお腹は全然黒くないよ。だってお腹に隠してないんだから!」
「正直だけど酷過ぎる…! 全然褒められないぞ、それ!?」
「別にスペードに褒められなくっても良いんだけどね? しょうがないな。少しはまともに頑張るかなぁ。そうしたらメイちゃんもきっと見直してくれるよね?」
「あー…うん、普段が酷いから真面目に頑張ったら見直してもらえるんじゃね?」
「………スペード、世にはギャップ萌ってやつがあるらしいよ」
「ぎゃっぷ? 燃えんの?」
「意味はよくわかんないけど、ソフィア伯母さんが言ってた。普段しっかりしない人が真面目にやると、ドキッとするんだって」
「そっか………頑張れよ。メイちゃんは譲らないけど」
「うん。頑張るよ、僕。メイちゃんは渡さないから」
………例によって、例の如く。
なんだか今日もミーヤちゃんとペーちゃんがひそひそ内緒話をしています。
本当、2人とも仲が良いよね…。
いっつも私のことだけ仲間外れにして!
良いもん、良いもん!
2人が仲間に入れてくれないんなら、私の方だって2人が間にはいれこめない仲の良いお友達を作るんだから!
「ソラちゃん、マナちゃん、頑張ろうね!」
「うん、メイちゃん…っ」
「こういうゲームは私も好きよ。任せて!」
私達は3人仲良く、おててを繋いで。
第1のチェックポイントを目指し、後ろを振り返らずに走りだすのでした。
ミーヤちゃん黒っ…!




