4-1.ご入学おめでとうございます!
今回はほとんど学校についての説明。
ふわっふわとした気分で、おそらに浮かぶ。
今日も今日とて、ゆめのなか。
リューク様に以前お会いしてから、夢の中でゲームの回想を眺める回数が少し減った気がします。
その代わり、夢の中で処理できない日々の徒然とした感情に、きゅーって!
手足をばたばたさせながら、悶えたり反省したり。
そんな日が、少しずつ増えてきた気がするの。
もしかしてこうやって、ゆっくり徐々にゲームのことを思い出す日が減っていって…いつかは、全然思い出さなくなる日が来るのかな?
そんな来るとも思えない日を想像しながら、私は自分では気付けない。
ゲームの夢を見ることは、確かに減ったけど。
でもその代わり、違うものを見たり考えたりするようになった。
この、『現実』の。
この、『いま』の。
私の知らない、だけど同じ世界の何処かにいるはずの『お兄ちゃん』………
……あの日、夢の中で出会ったリューク様。
ゲームの中のキリリとしたお姿を思い浮かべる日も、確かにあるけれど。
でも『あの日』の悲痛な泣き声や、辛そうな顔。
だけど私を励ましてくれた、あたたかい手。
そんなものを思い出したり、考えたりする。
かと思えば、また夢の中で会ったりするんじゃないかとぼんやり考えて。
それで奇妙な焦りを感じる。
そんな日が、少しずつ増えていっていること。
総じて結局、ゲームの中の主人公か現実でのお兄ちゃん、どちらかのことを毎日夢の中で思い返していたんだけれど…
私は、この時点ではそんなことに思い至る素振りすらありませんでした。
今日もまた、ゆめのなか。
明日の入学式に思いを馳せて、期待と不安でどきどきする。
緊張とか不安とかを紛らわせる合間に、1度だけ夢で交流を持ったリューク様が此処にいたら、お祝いの言葉をくれたかな…なんて。
そんなことを、考えていたけれど。
・ ・ ・ ・ ・ ・
天気は快晴! 気候は温暖!
絶好の、お祝い日和!
今日は、メイ達の学校への入学式です。
「マリ、メイちゃんの準備は出来た?」
「ばっちりよ、あなた! 絶対に、今日の入学生の中じゃうちのメイちゃんがダントツで可愛いんだから!」
「それは当然だよ、マリ! だってうちのメイちゃんだからね!」
………両親の、親馬鹿発言はともかく。
今日は入学式。
前世での学校みたいな大掛かりな式典をする訳でもないみたいですが。
それでも記念すべき初日ということで、私は母の手によって派手過ぎない程度におめかしさせられていました。
悪目立ちしないかな、なんて思うけど。
でもどこのご家庭の子供も結構そんなもんらしいと耳にしました。
だから気にせず、私も子供なりのおめかしを楽しみます。
「ねぇたん、かぁいい!」
「…ねぇね、かぁいい…!」
「そーう? メイねぇたん可愛い?」
「「うん!」」
双子の弟妹に褒められて、調子に乗った私はくるりと鏡の前で回ってみました。
レースとフリルが愛らしい、白のブラウス。
くるみボタンのついた、ふわりとした桜色のワンピース。
模様の細かいレース飾りがついた、オペラピンクのリボン。
真っ白い髪の上の方だけ掬って作った2つのお団子に、服とお揃いのリボン。
今生の愛らしい容姿だからこそ映える、ふわふわした可愛さ全開の衣装です。
なんというか、両親の女の子に対する夢見ちゃってる具合がよくわかるよ。
私達が入学する学校。
その名前は、アカペラ第1初級学校。
アカペラの街に8校ある初級学校の1つです。
1クラス20~30人学級の3クラス制。
在校期間は最短で3年です。
上に中級、上級の学校もあるけど、街人に就学義務があるのは初級学校まで。
だけど読書き計算の基礎なんかの最低限必要な知識はここで学べます。
専門職に就くとかでない限り、上の学校に進学する人はそうそういないかな。
ただ普通に生きていくだけなら最終学歴:初級学校で十分。
ふふふ…この世界の教育事情の仄暗さに笑うしかありません。
前世で言うところの小学校卒みたいなものですよ。
まあ、義務教育があるだけ私達の街は他の土地よりずっとマシですけどね!
私達の住むアカペラの街は…というより、ご領主様のアルジェント伯爵様は領民の教育に力を入れています。
それというのも、まあ必要に迫られたからで。
アカペラの街は、大きな大きな湖に接して発展した街。
湖は東西にぶち抜く感じで、これまた大きな河に繋がっています。
その河は大陸屈指の水上交易路として活躍していて、アカペラの街は立地が丁度良かったこともあって大きな補給地点兼交易の場として機能を充実させました。
商業取引と、湖に設置された水門を通る船からの税収が街の主な収入源。
まあ、丁度いい場所にあったから大きな街として発展したんだよね。
そんな訳で、めざましい発展を遂げた私達の街。
私達の街には大陸各地から人種も所属も様々な、沢山の商人さんが訪れます。
いずれも経験豊富な、海千山千の大商人さん。
沢山の人が来て、街はとってもにぎわいました。
そして騙される街人が続出しました。
問題多発! 訴状続々!
ご領主様は頭を抱えました。私でも抱えます。
そこで状況を鑑みて、騙される住人を減らすために地道な教育が始まりました。
文字が読めないから契約書で騙され、計算ができないから数字で騙される。
そんな状況を打破すべく! それはもう、地道な教育だったそうです。
結果、識字率や計算ができる人の割合が上昇していくのに比例して文化と経済も発展したそうな。
棚からぼた餅な結果に、ご領主様は大喜び。
そこで調子に乗った数代前のご領主様は、領土内の発展を目的に領内の各地で教育制度の普及を進めたそうな。
ありがとう、数代前のご領主様!
貴方のお陰で、メイちゃんは学校に通えます。
この世界は国で定められた教育制度何ぞいうものも、特になく。
都会にはいくつか学校があるそうだけど、国全体に普及している訳でもなく。
そんな最中、領内の教育に力を入れているアルジェント伯爵様は珍しい部類。
メイちゃん、この街に生まれて良かったー。
お陰で、最低限の基礎教養を取得することが出来ます。
王国全体でもアルジェント伯爵領出身というと少し知的なイメージで見られるくらいなので、かなりお得な出生地。
何しろ領民のほとんどが文字の読み書き計算ができるんですから。
これが出来る庶民、王国全体で見ると実は結構少なめ。
都市部はまだしも、農村部は全滅に近い勢いです。
あはは…この国の識字率、何%なのかは知りたくないなー…
私も今は日常的に使っているお陰で会話に困ることはありませんが…喋ることは出来ても、筆記の方はさっぱりなんですよね。
辛うじて何となく幼稚園児レベルくらいの読解力はあるんだけどね。
でも、書く方が完璧にさっぱりです。
何度か両親に文字を教えてほしいとお願いしたんですけど、学校で習うからと本当に基礎の範囲を出ない程度にしか教えてくれませんでした。
…お陰で絵本は読めますが、児童書は難しいレベルだよ。
ちなみに通う学校は住んでいる区画によって決まっていて、私とミーヤちゃん、ペーちゃんは当然のように同じ学校。
「…って、あれ?」
「どうしたんだ、メイちゃん」
「急に立ち止まると危ないよ?」
思い至って、私の足がぴたり。
目の前にはミーヤちゃん、ペーちゃんとそのご家族。
うちの両親と弟妹も一緒です。
それは良いんだけど…
「ミーヤちゃんとペーちゃんも同学年なの?」
「あれ、今更?」
「えっと、よくよく考えてみれば去年もずっとメイと一緒に過ごしてたよね。1日中。………考えなくても、学校に行く余地もなく」
あれ? なんで2人も同じ学年に…。
入学式に向かおうと、親子揃って家を出た私達。
そんな私達を、当然のように待っていたのは猫さんと犬さんのご一家で。
首を傾げる私に、両家のママさん達が笑った。
「ほら、うちの場合は上の子が四つ子だろ?」
そう言ったのは、ペーちゃんのママ。
「お役所の方からさぁ、兄弟で同クラスになるのはあまり歓迎できないから入学年をずらしてくれなんて言われちまってね」
「そういう訳で、俺がメイちゃんと同学年なのはちっともおかしくないぞ。ダイヤも同学年だしな」
「うん。僕たち、2人2人で入学年を分けたんだよね。僕とスペードが今年、ハートとクローバーは去年入学したから1学年先輩になるかな」
ペーちゃんのお隣でうんうんと頷くのは、ペーちゃんの四つ子の弟君の1人。
えっと、確かダイヤ君だったかな…。
ペーちゃんとは毎日遊ぶけど、なんでかペーちゃんの兄弟とは御縁が薄いので、今一つ自信が持てませんけど。
アカペラの初級学校は、前世の感覚で考えるとちょっと変わっています。
義務教育なのに、入学する年が明確に決まってはいないんです。
規定で決まっているのは、7~16歳の間に入学すること、それだけ。
家庭の事情は様々色々バラバラなので、無理に7歳に合わせる必要はないとご領主様も明言されています。
ただ卒業するのが後になると歳が上がって、就職に響きます。
しかも義務教育の癖に留年の可能性もあるというし…。
それを前提に考えて、なるべく早く卒業する為に早く入学した方がいいというのが、アカペラの街人の間では暗黙の了解と化しています。
前世みたいな厳しい就職戦争は起きませんが、準備とか経験とか、色々とこの世界にはこの世界になりに色々あるみたいだし。
人によっては、本当に早く仕事を始めたい人もいるみたいだし。
早く学校を卒業した方が、職業選択の幅も広がるしね。
――まあ、将来ストーカーになる私には関係ない話ですが!
でもまあ、そんな訳で。
大概のご家庭は子供が就学可能年齢7歳に達したらすぐ入学するのがほとんど。
特にミーヤちゃんのお宅はパパが学者さんだから、こういう教養的学問的なことには意欲的に取り組みそうなものだけど…
「僕の方はほら去年、母さんのお腹が大きかったから。入学するのはメイちゃんやスペードに合わせて、僕は母さんや家の手伝いをすることにしたんだよ。妹達が生まれて、本当に忙しくなったしね」
「そうなの、ミーヤちゃんママ?」
「ああ、そうだよメイちゃん。普段が普段なだけに、お腹が大きいと大変でね。ミヒャルトには済まないことをしたと思うが、ちょっと家の中のことを手伝ってもらっていたんだよ」
したり顔でミーヤちゃんの言葉を肯定し、頷くママさん。
そんなものなのかなー…?
一瞬、その目が鋭い光を放ってペーちゃんママを睨んだ気もするけど…
うん、メイの気のせいかな?
まさか将来メイちゃんをお嫁に欲しい両家のママさんが無言の牽制と妥協と協定の結果、息子達の入学年をメイに合わせたとか。
更に言うと息子達もそれに同調を示したとか。
そんなことは露とも思わぬ、私メイちゃん(7歳)でした…。




