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3-7.まるで別人みたいに

第3章はここまで。

次話は1日あけて12/30に投稿します。




「メイちゃんは無事かい!? 後ついでに、愚息も!」


 そう言って、ドアを蹴り破る勢いで入ってきたのは体の大きな女の人。


「あれ、なんだい。私が一番最後か…」


 そう言って、室内にいる顔ぶれに目線を走らせていく。

 赤毛の狼獣人、ペーちゃんのママさん。

 しかしその第一声、酷くない?

 ほら、ペーちゃんが恨めしげな顔で見上げてるし。


「かーさん…俺、ついでなの?」

「なに言ってんだ。当然だろ?」

「当然なのかよ!」

「お前は男の子。メイちゃんは女の子だよ? 女の子の方を心配するのは当然ってもんさ」

「じ、実の息子は二の次ってはっきり言い放ったぞ、この母親…!」

「落ち着きなよ、スペード。クレシアさん、何もそこまで言ってないし」

「言ったも同然だけどな!」


 否定する言葉がないのか、残念そうな顔でペーちゃんの肩を叩くミーヤちゃん。

 私も慰めた方が良いかな?

 ペーちゃんはがっくりと肩を落として、深い溜息を吐いています。

 でも慣れた様子で、その母親さんは全く気に留めていません。


「それでどういう状況なのさ。子供らが魔物に遭遇したって聞いたんだけど?」

「ああ、今その話を聞くところだよ。二度手間になるからね。君達警備隊責任者の到着を待っていたんだ」

「そりゃ悪かったね。丁度市中巡回の途中でさ…」

「まさかクレシア、君が来るとは思っていなかったけど」

「自分の子供達のことだよ? 自分の目で確認したいと思うのは当然だろ。

アンタらだってそうだろうに」

「私達は一応、魔物についての報告があると聞いて来ているんだ。魔物の対策は、私やシュガーソルトの仕事だからね」

「つっても、アンタらじゃなく下っ端が報告聞きまとめといても良いんだろうに」

「ま、越権行為ギリギリだけどそこは勘弁してもらおう。何しろ、シュガーソルトがあの状態だし」


 つつつ、と。

 ママさん2人の視線がこちらに向くのを感じました。

 より正確に言うと、私をお膝の上に抱っこして離してくれない、パパに…。

 そこまで心配させたのかと申し訳もなくなるけどね、父。

 いま、職務中でしょ………しかも、家の外。


「ぱぱぁ、物凄く恥ずかしいよぉ。メイ、赤ちゃんじゃないよー」

「ごめんよ、メイちゃん。今はパパの為と思って抱っこさせて…!」


 父よ………男の威厳、まるでなしだよ。

 駄目男のオーラしか感じないよ、むしろ。


「シュガーソルトの奴、面白いことになってんな」

「相変わらず、オンオフの激しい奴だよ…」

「ネコネネ少佐、アルイヌ警備隊総長殿………あのひと誰ですっけ」

「何を言っているんだ、コルベスタ少尉。君も良く知っている、上司のシュガーソルト・バロメッツ大佐だろう?」

「あ、あーうー…げ、現実を認めたくない…! いつもの硬派でクールな、出来る男!って感じの大佐はどこに行っちゃったんですか!」

「その出来る男なら、今はきっと親馬鹿の陰に押し込められているだろうよ」

「現実をよく見たまえ、少尉。目に見える現実から目を逸らしているようでは、戦場では死ぬぞ。さあ、その目でしっかりと現実を直視するんだ」

「そこまで壮大な話じゃないですよ! あの大佐の親馬鹿はどうにかなんないんですか!? そりゃ、執務机の上にも家族の肖像とか飾っていて良いお父さんなんだなぁとは思ってましたけど…! アレはあんまりにも酷いですよ!?」

「ところでクレシア、君の御夫君は?」

「あれ、俺、無視された!?」

「あ? そりゃ私が抜けるのに副総長(ダンナ)まで抜ける訳にゃいかないだろ。パトリックには私が抜ける間の仕事を任せて(おしつけて)きた」

「更にスルーされた!」

「それはまた…それじゃあ、早く話を聞いてしまった方が良いだろう」

「そんじゃまあ、話を聞くとしようかい」

「しかも俺の言葉丸無視で話が進んでいくし…誰か、このやるせない気持ちを分かってくれる人はいないんですか!」


 ううん、ここにいるよ!

 貴方の気持ち、私なら分かるよ、コルベスタ少尉…!

 というか私としては、貴方が語るパパの姿の方に遠い目になっちゃうの!

 ねえ、それ誰!?

 メイ、生まれてから今の今まで、そんなパパの姿1度も見たことない…!

 出来ることなら、1度で良いのでそんな格好良い父を見てみたいものです。

 まあ、メイがメイである限り、不可能な気がするけどね…!!


「パパ、そろそろおろして。おはなし、するんでしょー?」

「うっ…まだ良いよ」

「だーめ。ヴェニ君、お話はじめよーよ」

「お、おー…けど俺としちゃ、身の安全の為にもお前にゃシュガーさんの膝にいてほしいんだけど」

「えっ………師匠に裏切られた!」

「すまん、許せ弟子。俺は自分の命が惜しい」

「うえーん、パパぁ」

「よしよし…それじゃ、話を聞かせてもらおうか」

「………ねえ、今の前振り要ったんですか? ねえ!?」

「煩いぞ、コルベスタ少尉。少し黙っていたまえ」

「な、納得いかない…!」

「それで子供達に詳しい事情を説明してもらいたいんだが?」

「それじゃ、引率の俺から説明させてもらうわ」


 そう言って、ヴェニ君が対面ソファーの真ん中に置かれていたテーブルへと身を乗り出します。

 その手には、この街周辺の地図。

 この詰所に保管してある地図を、前もって借りておいた分です。

 父達が駆けつけるまでの間、私達は今日の行動を振り返っていました。

 その時にも地図を使い、今日の行動や魔物との遭遇地点について確認済みです。

 ヴェニ君はこの場の全員によく見えるよう、テーブルの上に地図を開きました。


「俺達は今日、修行に南の森で狩りをしていた。地図でみるとこのあたりだ」


 ヴェニ君の指が、地図の上をなぞります。

 指示されたのは緑に塗られた範囲の、縁の辺り。

 森の外周部、街道から程近いところ。


「狩りや森に不慣れな、初心者用の界隈だな」

「街道からも近いし、危険は多くない地帯だろ」

「ああ。ここから狩りを始めて、最初にミヒャルトが兎を仕留めたのが、此処。

小さい川がすぐ裏に流れていた」

「ふんふん? ああ、ここの川には小さい動物が水を呑みに来るからね。獲物を探すには良いポイントだよ」

「ミヒャルト、自分の力で兎を仕留めたのか?」

「………でも、僕1人で仕留めた訳じゃないよ」

「そうか。それでも自分で仕留めたんだろう? 良くやった」

「母さん、今はいいから…」

「それでスペードが小鹿を仕留めたのが、此処。ミヒャルトの殺害現場からそう遠くない場所だな」

「ヴェニ君、その言い方は僕が殺されたみたいに聞こえるんだけど…」

「でもこうして地図上で見ると、結構狭い範囲を動いてたんだな。

俺達、もっと走り回ってた気がするけどよ」

「縮尺が違うんだよ、馬鹿犬」

「しゅくしゃく? しゃくしゃく?」

「………馬鹿犬」

「なっなんだよ、師匠! その物言いたげな眼差し!」

「いや、それじゃ説明を続けるけどな。ここに至るまで、狼や熊みてーな危険な動物との遭遇数はゼロ。目にした動物は至って平和な生き物ばっかりだ。魔物の気配も感じなかった」

「当然だろうね。この辺は人の往来とも近い。人間に見つかったら討伐されると分かっていて、獲物が豊富な森の奥から危険な生き物は出てこない…本来なら」

「ここで俺は1度、少し離れる程度なら危険はないと判断したんだが…まあ、不測の事態ってのはどんな時にでも起こるもんだ。それでもそれほど外した判断だったとは思ってねえよ」

「ああ、確かにそう判断しても無理はない。このあたりは本当に、すぐ木々を抜ければ街道に出る。余程でなければ危険はないと思うだろう。………森の奥に迷い込まなければね」

「その辺は俺も気をつけてたさ。けど、それとは別で予想外のことが起きた訳だ」

「………それが、魔物かい?」

「そういうこった」


 悪びれることなくヴェニ君はそう言って、頷きを落とす。

 実際に普段は安全な場所だってミーヤちゃんママやペーちゃんママが頷くところを見ると本当に安全な場所だったんだと思う。

 今までは。


「今回の魔物は、ここに出たんだ」


 そう言ってヴェニ君が指さしたのは、森の外周程近く。

 十分に街道に近く、今までなら魔物が出ない場所。



 これは一体、なんて事態なんだろう?

 何かの異常の前触れ?

 ただの偶然?

 何かの予兆なのかも、何かの結果なのかもあやふや曖昧で。

 だけど異常が起きることに、皆の脳裏によぎるモノがある。

 でも出来事として起こったからには、警戒しないといけないんだろう。


 ――セムリヤ歴1,111年。

 世界の滅びが予言された、ゲーム本編の時代。

 あらゆる異常が、予言の成就に向かっている。

 その時代が来るまで、あと8年しかない。

 予言の訪れを、誰もが内心で警戒し、怖がっている。

 明らかな異常はその予兆にしか思えなくて、尚更ひとの不安を煽りたてる。

 そのわかりやすい、発露。

 誰もの心を恐怖で引っ掻きたてる事態。

 

 魔物が出るって、そういうこと。


 1頭でも放っておくと、大変なことになる。

 それがいると分かっている場所なら警戒もするし、近寄らないって選択も出来るけど…いるとは思っていない、本来ならいない筈の場所にいるってなったら…

 それがどんなに怖いことか、私でもわかるよ。

 大変なことになっちゃう。

 油断して森に入った一般の人が、餌食になるかも…


 1頭いたんだから、他にもいるかもしれない。

 でももしかしたら、メイが倒したあの個体だけだったのかもしれない。

 それすらわからないから、調査の必要に迫られる。


「………出たのは、切裂き鼬だったね」

「証拠品なら、詰所の表に置いてただろ」

「見たよ。ちゃんとね。見て、血の気が引いたんだ…うちの娘は無事だろうかと」

「…凄い剣幕だったもんな。シュガーさん」

「ああ。ところであの魔物…致命傷の傷口があまり見事とは言えない状態だったが…トドメを刺したのは、ヴェニ君かい?」

「それ、わかっていて聞いてんだろ。メイだよ。遭遇したのも始末したのもな」


 にこり。

 父が笑みました。

 そして笑い返すヴェニ君の口元は、微かに引き攣っていました。


 次の瞬間。


「せぃ…っ」


 ち、父の右ストレートがヴェニ君に!

 そりゃもう手加減の欠片もなく、25歳男性が12歳男児に襲い掛かってますよ!

 …でもそこは我らが師匠、ぬるくない。


「…っ!」


 見事に顔面パンチを受け止めたヴェニ君。

 だけどいつもなら…格下の私達の攻撃なら、簡単に振り払ってしまうのに。

 今は、父とヴェニ君の力が拮抗しています。

 笑顔で。

 そしてヴェニ君の笑顔は、やっぱり引き攣っていました。

 …心なしか、顔も青い。


 こ、こわいよ…。

 こわいよ、父!

 っていうか貴方、本当に強かったんですね!

 ただの親馬鹿じゃなかった…!!


「人の娘を危険にさらしたんだから、大人しく殴られないか?」

「手加減まるでゼロじゃねーか…っ こんなもん易々喰らって堪るか!」

「…仕方ない。それじゃあ償いを1つしてもらうことで、チャラにしてあげよう」

「あ? つぐない?」


 その言葉を合図に父は拳を収め、いつもは余裕のヴェニ君が冷汗を拭います。

 胡乱な眼差しを父に注ぎながらも、拒絶の言葉は吐けないようです。

 どうもヴェニ君に突きつけられた選択肢は一択の模様…。


「魔物が出たという地点、此処は街に近すぎる。もしも他にもいるのなら、掃討しないといけない」

「まさか、それに参加しろって?」

「ああ。だがその前に、調査隊を派遣する。それで一定数以上の個体が確認出来たら討伐隊を出すことになるだろう。ヴェニ君は実際に魔物が出没した地点をその目で確かめている。同行し、必要があれば案内役になってもらおう」

「それ、償い1つって言ってるけど、調査から討伐まで参加しろってことだよな? かなり拘束期間長くねーか」

「魔物の討伐協力、全体で1つの償いだ。何、年内には終わるだろうし、君の戦闘能力なら支障はないだろう?」

「く…っ」

「クレシア、わかっているな?」

「ああ、勿論。安全が確証されるまで、厳戒態勢だろ? 街の外周に沿って警戒の要員を出しとくよ」

「シュシュ、お前もわかっていると思うが」

「こちらも大丈夫だ。至急、調査隊のメンバーを選抜する。シュガーソルト、お前はさっさと調査隊の派遣申請をしてくれ」

「勿論だ。そうだな、申請が通るのに数日はかからないだろう。実際に派遣するのは来週になると思うが…ヴェニ君、来週の中頃は予定を開けておくように」

「………わかったよ」


 誰これ。


 ………父が、父が怖い!

 ヴェニ君を! あの飄々としたヴェニ君を手玉に取ってる…! 

 というか、コレ誰ですか!?

 さっきの一連の流れから、何か雰囲気がいつもと全然違うんですけど!!

 な、なんか、なんかいきなり空気が鋭敏になりましたよ!?

 もう別人でしょ、これ!

 このシュッとしてスッとした鋭い空気の軍人さん、本当に誰ですか!?


「ぱ、ぱぱ…?」

「ッ! あ、めい、ちゃん?」

「ふっう、え、ぱ、ぱぱぁ…?」

「えっと、あれ、お、驚かせた? メイちゃん? パパだよ?」

「う、う、こ、こわいよぉ……っ」

「! め、めいちゃん!?」

「うわぁぁああん! ぱぱこわいぃ…!」

「め、メイちゃん! ほ、ほら! ほら、いつものパパだよ! 怖くないよ!?」

「わぁぁあああんっ パパのばかー!」←暴言


 ………メイ、訂正します。

 さっきかっこいいパパを見てみたいとか言いましたけど…

 メイの知ってる普段のパパとあまりに違い過ぎて、心臓に悪いです。

 しかも、普段がでれっでれなだけに無表情がこわい…。

 確かに傍目にはこっちの方が格段にかっこいいと思うけど…

 こんな別人みたいなパパなら、いいです。

 知ってる姿とかけ離れ過ぎてて、気持ちが受け入れられない。

 メイ、かっこいいパパなんて見られなくって良いです。

 もう、もうお家に帰りたいよぅ…普段のパパが良ぃ……(泣)




 その後、パパはメイを泣かせたことを女性陣に散々咎められ、さっさと詰所から追い出されました。

 愛娘に泣かれた事実が堪えたのでしょう。

 その背中は、しょんぼり肩が下がっちゃってました…。



「っつう、訳でだ」

「うぅ、なに、ヴぇにくん」

「…お前、いい加減に泣きやめよ」

「だって、だって、びっくりした」

「チッ 仕方ねぇな」


 仕方ないと言いつつ、ハンカチで涙を拭ってくれる辺りにメイ達の世話を焼くのに慣れてしまった感があります。


「それで、だ。さっき聞いた通り、来週から忙しいから、俺」

「あ、それは大丈夫だよ、ヴェニ君。僕らも忙しくなるから」

「あ?」

「やだな、忘れた? 来週」

「…待て、ミヒャルト。そういや師匠に伝え忘れてなかったか?」

「………あー…」

「おい、なんだよ」

「あーっとな、師匠。俺ら、来週さ、入学式なんだよ」

「……………入学?」

「そう、初級学校の」

「お前ら、もうそんな年か…?」

「月日が経つのは早いものなんだよ、ヴェニ君」

「ああ、それでなに? 修業やめるって?」

「誰もそんなこと言ってないもん!!」

「あ、メイが復活した」

「来週から、学校がはじまるの。だから修行の時間がちょっと短くなるかもーって話。学校が終わった後で、また稽古をつけてほしいの」

「…なんだ、やめねぇのか」

「今日、修行止めないって覚悟決めたばっかじゃん!」

「ああ、それもそうか…」

「そんな訳で、来週から僕らも忙しいんだよ」

「新生活が落ち着くまでにゃ、ヴェニ君の忙しいのも終わってんじゃね?」

「つまり、そういうことか?」

「そういうこと。来週は僕らも忙しい、ヴェニ君も忙しい。両方忙しくって丁度良いんじゃない?」

「そういうことな。そんじゃ、俺の身辺が落ち着いたらこっちから連絡すっから」

「ヴェニ君、日にち誤魔化そうとしても無駄だからね! メイ、パパにちゃんと聞いておくから!」

「チッ…だめか」


 

 と、まあ、そんな訳で。

 来週から、今までの生活ペースに大きな変化。


 メイ達の新生活。

 学校が、はじまります。




【小話:魔物を食べちゃだめなわけ。】


 詰所から解放された後、私達はそれぞれが捕まえてきた獲物を囲んでいました。

 ミーヤちゃんのうさぎさん。

 ペーちゃんのバンビちゃん。

 そしていつの間に捕まえたのか、ヴェニ君の雉さん。

 それから私がうっかり遭遇して仕留めた、切裂き鼬。

 ミーヤちゃんとペーちゃんにはヴェニ君から獲物の肉を持ち帰るようにお達しがあり、今はヴェニ君が処理をしてくれているところです。

 するすると、綺麗に毛皮を剥いでいくところは見事なもの。

 そして何故か、私にはヴェニ君の仕留めた雉さんが3羽渡されました。

 あれ、なんで?

 きょとんと首を傾げる私。

 ヴェニ君はそんなの気にすることもなく、毛皮を剥ぐのに集中しています。

 なんか綺麗に剥ぎたいんだって。売るのかな?


「ヴェニ君、ヴェニ君」

「あー? なんだよ」

「魔物の肉って美味しいのかな?」


 とりあえず私の獲物にGOサインが出なかったので、聞いてみました。


「……………」


 ヴェニ君から、何とも言えない沈黙が返って来ました!


「………お前、間違っても食うなよ?」

「え、なんで?」


 きょとんと首を傾げる私。

 でもそう言えば、ゲームでも魔物の肉は食べなかったかな?

 毛皮とか牙とか爪とか骨とかのアイテムはドロップするのに、肉だけはなかったような………作中には回復アイテムの一種として料理作成の要素もあって、道具屋さんで食材なんかを買っていた記憶があります。

 あと森に出て珍しい食材を入手してくるクエストもあったような…

 でも、魔物の肉を料理した覚えはない。

 えっと、なんでだろう。

 首を傾げていると、ヴェニ君が溜息交じりに呆れの視線をくれました。


「…魔物の肉ってのはな、俺達には毒なんだよ」

「毒? 毒抜き出来ないくらいの毒?」

「阿呆。毒ってのは正確には比喩でな? 人でも動物でも、魔物の肉を食った奴は漏れなく発狂するんだよ」

「マジで!? え、なにそれすっごくこわい…」

「おまけに肉を口にした奴は発狂した後、どんどん肉体が変容していく」

「なにそれ怖っ! え、それでどうなるの…?」

「1年から長くて10年の時間で…最終的に、食った魔物と同じ魔物になるな」

「!!?」

「だからこそ魔性の生き物、『魔物』ってな。これからもこんなことがあるかもしれないから言っておくが、魔物を仕留めたら可能な限り絶対に死体を持ち帰るか完全に始末して灰にするのが全国共通のルールだから忘れるなよ? 絶対に守れ」

「えーと、それって放置しておくと悪いことが起きるの?」

「おお、起きるぞ。起きる起きる。人は魔物がヤバいって知ってるし、どこの集落にも必ず知ってる奴がいるから食おうなんて馬鹿は食い止める。けど野生動物はどうだ? 森に、放置された獣の死骸があったら」

「………もしかして、食べちゃう?」

「まあな。そんでもって理由は解明されてねーが、魔物は絶対に魔物を襲わないし、食わない。だから被害に遭うのは知識のねえ馬鹿か野生の獣ばっかりだ。でも肉を食ったら際限なく増えるんだぞ? 魔物になった動物から被害も広がる。だから魔物の死骸は放置せず、きちんと処理する。鉄則だ、覚えたな?」

「うわー………もしかして幾ら討伐しても魔物が減らないのって、そのせい? 同じような魔物が同じ地域に集中しているのも?」


 それって1つの屍骸を貪った複数の獣が、同じ魔物に変容するってことですよね。

 ってことは1つ屍骸を回収し損ねると、その肉の分だけ被害が拡散して…


「はは。良かったな、メイ? 試しに食ってみる前に、きちんと人に話を聞く頭があって。お陰で馬鹿にならずに済んだぞ、お前」

「う、うわぁ…っ ぞわってした! 物凄くぞわってしたぁ!」

「鼬にならないで済んで良かったなぁ、メイ? これからも羊でいたかったら、間違っても魔物なんて食うんじゃねーぞ。例え餓死しそうになってもな」

「い、いえっさー…! 肝に銘じます!」

「師匠、魔物の肉の危険性は分かったけど持ち帰ってどう処理すれば良いの? 放置していて烏とかが啄んだらまずいよね?」

「やっぱ燃やすんじゃね?」

「あー、魔物の処理な。肉は魔物の研究機関何かが買い取ってくれたりもするけど、な。魔除けの呪具にする方が手軽だ。魔術師のとこなんかに持っていくと引き取ってくれるぞ。良い値段になるしな」

「ああ、売るんだ…」

「需要の高い護符やお守り、呪いの道具に使えるってんで喜んで金を出してくれっぞ」

「………売った後のことを考えると、評判の良い良心的な魔術師に売った方が良さそうだね」


 魔物の肉に警戒の眼差しを送りながら雑談すること暫し。

 ようやく毛皮を綺麗に剥ぎ取り終わったヴェニ君は充足感に満ちた笑顔で宣言しました。


「そんじゃこの皮は一時俺が預かっておく。鞣革職人のとこにもってったり色々処理しなきゃなんねーから返却は今度な」

「あれ、師匠? その皮で何かするのか?」

「はは…それはまたのお楽しみだ。ちょっと料金がかかるから、メイの魔物も貰ってくぞ。資金の足しになんだろ」

「あ、あれぇ!? ヴェニ君、メイなんのお土産もないよ!?」

「だから雉やっただろうが。どうせ食えねぇんだ。肉の代わりにそれ持ち帰んな」

「はぁい…」


 食べられないならママに渡して家計の足しにして貰おうと思ってたのにな。

 だけどこれはこれで、夕御飯の材料になるし。

 私はヴェニ君の言葉を受け入れて、雉を持って帰ることにしたのでした。

 まあ、うちはお肉よりお野菜の方をよく食べるし、これでも充分過ぎるよね?

 そんなことを考えながら、私達は家路についたのでした。



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