3-6.パパのおしごと
その後、獲物はみんなで仲良く引きずって帰りました。
血の臭いに他の獣まで来ない内にと、大急ぎ。
ヴェニ君も流石に魔物が出てきたとして、今はまだヴェニ君レベルからすれば足手纏いでしかないメイ達を庇いながら戦うのは嫌だったのでしょう。
それでも獲物は忘れずに大急ぎです。
「自分の獲物は自分で責任持てよーって、メイは無理か」
自分で持てと言われても、困り果てます。
眉尻を下げて見上げる私に、ヴェニ君も気付いたのでしょう。
だって私が撃破した魔物、猪くらいの大きさがあるんだもん。
「仕方ねぇな。ミヒャルト、お前の兎をメイに持たせてやれ。お前はスペードと一緒に、子鹿担当な。お前らにはちょっと大きいから、2人で持って丁度良いだろ」
「メイの魔物さんは?」
「仕方ないから、俺が担ぐ」
とは言っても、ヴェニ君だってまだまだ成長期に入ったばかりの12歳児。
こんな大きくて重量のありそうな獲物を担げるの…?
その心配は、全く杞憂だったと5分で悟りました。
全然、余裕そうです。
むしろめっちゃ軽々と担いでいます。
ヴェニ君…貴方の筋力は、とても12歳児のものじゃないよ。
さすがお師匠、そう讃えるべきかな。
このあたり、もしかしたらヴェニ君のずば抜けた強さに強化補正があるのかも。
この世界はゲームの世界。
自分達でレベルなんて見ることは出来ませんが…
それでもそういう『特殊な補正』がかかることを、私は知っています。
そしてヴェニ君は、確実に12歳児の平均レベルを超越しているはずです。
だって身のこなしが12歳じゃないもん。
いつしか自分達も人のことを言えなくなっていること。
そのことに気付かず、私は師匠の化け物っぷりに舌を巻いていました。
そうして戻ってきた、私達の街。
アルジェント伯爵領都【アカペラ】というのが、この街の名前。
ゲームでも中盤くらいに出てきた、大きな街です。
大きな湖を経済の基盤にしていますが、普通に陸路も開いている街。
湖を背に扇状に広がっていて、外に向かって3つの門がついています。
西から順に、一の門・二の門・三の門。
それぞれに警備隊と領軍が共同で管理している検問が設けられている訳で。
街の住民は出入り自由だけど、ちゃんと出入りを記録されている。
そんな所に、子供だけで魔物(Lv.12)の死体なんて持って来たらどうなるかな?
答え:大騒ぎになりました。
うん、初心者でも倒せる低レベルの魔物じゃないしね。
戦闘と関わりのない一般人だったら、大人でも危ない相手。
その死体を、お子ちゃま4人が持ってきたよ☆
…うん、騒ぎにならないはずがないよね。
「こ、これ…っ 切裂き鼬じゃないか!」
相手が子供だと見てにこにこ笑っていた、警備隊のお兄さん。
でも先頭に立っているヴェニ君が担いだ物体…
切裂き鼬の死体に気付いて、顔が真っ青になりました。
ふ、ふふふ…正しい反応ありがとう、お兄さん。
ここに来る迄にも、検問での順番待ちの人に色々と面白い反応を頂きました。
大丈夫かと声をかけてくれる、親切心溢れるナイスガイも中にはいたよ。
子供だけだと見て取って心配してくれたみたい。
やっぱり、お子様の外見ってお得ー。
「お、おい君達、これどうしたんだい…っ?」
「森にいたから狩った」
「もっと詳しく!」
子供だけで魔物がばんばん出るような危険区画に行くことは禁止されています。
その規則を破ったと思ったのでしょうか。
警備隊のお兄さんは厳しい顔で、ヴェニ君を叱りました。
「こんなに小さい子達を連れて…! お兄さんの君が、危ない真似につき合わせたら駄目だろう? いくら君が強いといっても…」
「ああ、もう、今回は何も咎められるようなことしてないって!」
ん? あれ?
「ヴェニ君、おしりあいー?」
「ああ、俺よく森に狩りに行くからな。ここの詰め所当番になってる警備隊のオッサンとは大体顔見知りだ」
「おっさ…!? おい、こら。俺はまだ27歳だ!」
「わあ、メイのパパより年上だー」
「ぐはっ…」
あ、お兄さ…おじさんが撃沈した。
若く見えたけど、両親より年上の人は『おじさん』認識で良いよね?
可愛らしく無邪気にくりっと首を傾げて、おじさんを見上げます。
お子様秘儀、純真な眼差し…!
そしたら何故か、メイの後頭部にヴェニ君の手加減チョップ。
見上げたら、胡乱な眼差しで見返されました。
「おい。残酷な事実を突きつけてやんな。このオッサン、まだ独身なんだから」
「師匠、メイちゃんは事実しか言ってないよ」
「そうだぜ、師匠。そのオッサンが自爆しただけだろ」
「………まあ、良いや。それよりオッサン、魔物の発生地域のことで報告があるから、ちょいと上司呼んでくんね?」
「こ、このガキさらっと…どんな報告があるのか知らんが、そう簡単に上司なんぞ呼べるか! フォローもフォローになってないし!!」
「おい、私情挟むなや」
「一先ず、俺に何を言いたいのか言ってみろ。その後こっちで重要なことだと判断できたら上申してやっから」
「そう言いつつ、全然報告する気が窺えねーんだが…仕方ねーな。奥の手使うか」
「奥の手ー?」
んっと、ヴェニ君は何をするつもりなのかな?
こんな場面で、上の人相手に通用する切り札持ってるの?
…と、思ったら。
何故かヴェニ君は、私達チビッ子をずずいっと前に突き出しました。
「………何の真似だ?」
「まあ、聞けよオッサン。このちびっ子達は右から順に警備隊総長様のお子さんと、領軍上級仕官…『ひとり機動兵』の溺愛する愛娘と、その副官の長男殿だ。
さあ走れ、オッサン? このチビッ子共が魔物と遭遇したと知ったら…間違いなく、親が死に物狂いで駆けつけんぞ」
「おい待てコラ。さっき私情挟むなっつったの誰だ」
「良いから報告に走れや、オッサン。後で警備隊総長に特別なしごきを受けて地獄を見てみたいってんなら止めねーがな!」
「く…っ このガキ、人の足元見やがって!」
なんと!
どうやらヴェニ君の奥の手は、メイちゃん達だったようです。
私達の素性を知ったおじさんは、ヴェニ君に急かされて大急ぎで知らせに走ってしまいました。
その間にも私達は他の警備隊員さんや兵士さんに丁重なご案内を受けまして。
検問詰め所の中にご案内です。
あまりにも鮮やかな手際でソファを進められ、お茶とお菓子を与えられ…としたところで、私はようよう口を開きました。
「あれ? メイのパパってもしかして大物?」
「待て、チビ羊。お前そんなことも知らねーのか」
「あ、あう…面目ないの。でもメイ、パパのお仕事に興味なかったから」
「より酷い! お前の親父が可哀想になるから、それ本人に言うなよ!?」
「らじゃー」
そうして、ヴェニ君が説明してくれることには。
なんでもメイのパパは、このアルジェント伯爵領でも指折りの強さを持つ軍人さんなんだとか。
わーお、パパすげぇ。
更にはその強さを見込まれ、年々凶暴さと被害が増している領内の魔物に対する対策本部の責任者を任されているそうです。
パパ…まだ25歳なのに。
えっと、もしかして私の父は一種のチートなのでしょうか?
思ったよりも凄そうな話を聞かされて、私は唖然としてしまいました。
家の中では、ただの親馬鹿なのに…。
「何で俺が当人の娘に説明してやんなきゃなんねーの?」
「他人から聞く親の姿も新鮮なものだよー。鮮度が命!」
「卵か魚の話かよ。っつか、お前さぁ…強くなりたかったんなら、親父さんに鍛えてもらえば良かったんじゃねーの?」
「っ! それは盲点だったよ…でもさ、ヴェニ君」
「あん?」
「パパ、メイが強くなるの嫌そうなんだけど…それでも鍛えてくれたかなぁ?」
「……………ああ、無理だな」
1年、修行を見てくれた身です。
その間に父の娘溺愛ぶりをよく目にしていたので、察しがついたのでしょう。
ヴェニ君は諦めたような、私を哀れむような目をして頭を撫でてくれました。
正直、同情されている気がして全く嬉しくない…。
それから、暫く待ってからのことです。
詰め所のお外が、何か騒がしい…。
ぱからっぱからっ…そんな、どこかで聞いた音が………
「メイちゃん、無事ー…っ!?」
あ、あれパパの蹄の音だった。
どばぁんっと。
物凄い音を立てて、扉がぶち破られました。
そこから現れたのは、まさに馬………
獣人のパパが変じた、見事な黒馬がそこにいました。
こうして見ると、前世の競馬中継で見たサラブレッドより格好良いよ、パパ。
ここが、室内じゃなかったら。
「バロメッツ大佐ぁぁっ なに室内に馬のまま突撃かましてんですか!!」
「遅いぞ、コルベスタ少尉!」
「は、申し訳…って誤魔化さないで下さい! ここは敵地じゃないんですよ!?」
「大丈夫だ、コルベスタ少尉。私が側についている」
「…って、ネコネネ少佐も大佐の背に乗りっぱなしじゃないですか!!」
「うむ。夫には内緒にしていてくれたまえ」
「キリッとした顔で何言っちゃってるんですか、この親馬鹿コンビ! アンタ等、本当にバロメッツ大佐とネコネネ少佐ですか!?」
「それ以外の何に見えるというんだ」
「親馬鹿にしか見えないですよ! 本当、いつもの冷静沈着で出来るオーラ全開の大佐と少佐は何処に行っちゃったんすか!!」
そして良く見ると、父の背にミーヤちゃんママが乗っています。
おお、見事な人馬一体…そりゃ意思の疎通が出来るから当然だよ。
今はきっと、気持ちも1つだろうしね…。
そう、子供が心配だっていう、親として焦る気持ちが。
親馬鹿コンビ。
付き添いなのか、何なのか。
2人についてきたらしい青年軍人さんの血を吐くような叫びに、全てが集約されている気がします…。
しかし冷静沈着?
出来るオーラ全開?
それって一体、誰のことだろ…?
まさか我が家の溺愛親馬鹿のことじゃないよね? ね?
さて、この状況…娘として、放っておいたらマズイ、よね。
正直この混迷をもたらした元凶を相手にするのは気が進まないけど。
でも隣で、ヴェニ君が困ったように肘で突っついてきます。
そしてミーヤちゃんは苦笑いしか出てこないようでした。
仕方ない。
「ぱぱー」
「「!!」」
私が両手を伸ばしながら呼びかけると、すかさず返る反応!
親馬鹿コンビはぐりっと此方に振り向きました。
瞬間、父が此方に向かってこようとして急停止!
流石に馬のまま愛娘に飛びつく訳にはいかないと思ったのでしょう。
瞬く間に人の姿を取り戻し、私に両手を差し伸べてきました。
「メイちゃん…っ!」
「パパ、こわかったぁ」
「怪我はないかい? メイちゃんに何かあったらと思うと、パパは! パパは…!」
「ぱぱぁ、メイちゃんは大丈夫な子なのよ。パパの子だもん。丈夫丈夫!」
空気を読んで、父の胸にひしっとしがみ付く私。
うん、怖かった。
父の親馬鹿ぶりが今まで以上に世間様に露呈されるのかと。
また、間近に迫る馬の巨体に押し潰されるのかと。
端的に言うと、貴方が怖いわ…父。
「その様子だと…どうやら本当に大丈夫そうだな。ミヒャルト、お前も怪我は?」
「大丈夫だよ、母さん。僕もスペードも、勿論メイちゃんも怪我なんてないから」
「そうか。今日は狩りに行くと聞いてはいたが…」
いきなり縮小した父の背から振り落とされる形になった猫ママさんも全く動じることなく、猫の身軽さでくるりん着地!
そのまま心配そうながらも目線で子供達の安全チェックに余念がありません。
しかしママさん、産休空けたばっかじゃなかったっけ。
もう職場復帰したとは聞いてましたが…まさか領軍の詰め所からここまで、暴れ馬に乗って来たんですか…?
「ヴェニ君、いつも子供の監督を君だけに任せておいてなんだが、今日は軽率というものではなかったのかな?」
「ネコネネさん…俺も、今日はこんなつもりじゃなかった。危険区画には絶対に足を踏み入れないし、それなら大丈夫だと思ったんすけど…」
「…ん? その物言いだと、危険区画には足を運ばなかったと言うつもりか?」
「その通りっすよ」
「だが現にこうして証拠もある。魔物に遭遇したんだろう…?」
「だから、今日はそのことで報告したいことがあったんだ」
そう言って疲れたように肩をすくめるヴェニ君。
その表情は、いつになく苦々しげに見えました。