3-5.命を奪う覚悟(*流血・残酷表現あり)
全力での激突。
魔物の身体は鼬がベースといっても、刃や角を備えた身。
上手くやらないと、きっと私の方が全身をズタズタにされていた。
だから、体当たりは1つの賭けでもあったんだけど…
私は、どうやら賭けに勝ったようです。
天に愛されているんじゃないか…そんな風に自惚れはしないけど。
でも私はきっと、幸運だった。
崩れた姿勢で無理やり起き上がろうとした為、魔物の胸部は開かれていた。
私はナイフごと、その胸に飛び込んだような形で。
ナイフは狙い過たず、魔物の中心に突き立てられた。
胸の真ん中…普通の動物だったら、心臓がある辺り。
私の全力での体当たりは、きっと肋骨も割砕いたんじゃないかな。
胸に激突した私は、魔物の弾力ある身体をクッション代わりにしてほぼ無傷。
反動でころりと地面に転がって、でも死にたくないからさっと立ち上がる。
これで魔物が死んでなかったら…
手傷は負わせたことだし、今度こそ全力で逃げよう。
そう思いながら、魔物へと視線を注ぐ。
それは、私の目の前。
だけどその身体は、ぴくぴくと引き攣ったように痙攣して…
やがて、動かなくなった。
地面に転がった、魔物の身体。
白かった鼬の毛を、あかい赤い紅い液体が濡らしていく。
赤く染まる範囲はやがて地面にも及び、侵食していく。
ああ、魔物も血って赤いんだ…
命のやり取りという非日常にぼんやりした頭が、無感動にそんなことを思った。
「と、とにかく…疲れたぁ」
全身に及ぶ疲労感。
魔物の死、つまり直面していた生命の危機は立ち去った。
それを感じた途端、膝に力が入らなくなって…
私は身体の疲れに逆らえず、再度ころりと地面に転がった。
「結局、ヴェニ君ってば助けに入ってくれなかったなぁ…」
でもLv.12相当の魔物を殆ど怪我なしで倒せたんだ。
もしかして私、結構強くなってる?
ゲームでいうなら、Lv.10越してる?
いままでヴェニ君に鍛えてもらって、漠然と強くなってるんだろうとは思っていたけど……事実として受け止めても、今まで実感なんてなかった。
それがこうやって実績を出して…
今はじめて、修行の成果を本当の意味で実感できた気がする。
そんなことを、思いながら。
私はぼんやりと木々の隙間から見える蒼い空を見ていた。
この直後。
私がヴェニ君に大激怒することになろうとは…
そんなこと、欠片も想像していなかった、この一時。
そう、慌て急き立て、ヴェニ君がこんなことを叫びながら駆け込んで来る迄は。
「メイ! 無事か…っ!?」
………ちょっと色々、うん、遅いよヴェニ君。
全身で焦ったような、ヴェニ君の様子。
次いでその場の惨状を、目で確認して。
切裂き鼬の姿にぽかんと大口を開けてしまったヴェニ君に、私は心身ともに酷い消耗と呆れを感じて突っ伏してしまいました。
やっぱり、色々遅いよヴェニ君…。
何となく、察してはいました。
だってミーヤちゃんやペーちゃんの時は直ぐに現れたヴェニ君が、私の時は出てくるまでにタイムラグがあったんだもん…。
ヴェニ君、メイのこと見失ってたでしょ…?
じっとりとした目で睨む、私。
ヴェニ君は焦ったような顔で、心なしか視線を逸らしています。
そこに、
「メイちゃん!」
「メイちゃん、大丈夫!?」
更に事態をややこしくする幼馴染達がやって来ました。
彼らもまた、私の横に転がっている魔物(猪サイズ)を見て急停止。
愕然とした顔で、魔物に見入っています。
「ヴェニ君、魔物は出ないって言ったじゃん…」
「悪かった。悪かった、メイ」
「メイ、死ぬかと思ったよー…」
「………その割にゃ、平気っぽいが」
「もう! ヴェニ君、反省してよ! メイは怪我ないけど、このぱっくりスカート見て言うことないの?」
「本当、悪かった。でも良く倒せたな…この魔物、子供にゃ相手できねぇ強さ…」
「ヴェニ君っ!?」
……ヴェニ君もこの魔物のこと知ってたんですね。
ヴェニ君の不手際で、そんな魔物と戦う羽目になっちゃったんだよ?
これはもう、罰ゲームものです。
「だから、悪かったよ。目を離した俺の責任だ」
「むぅ…」
「お前に怪我がなくって良かったよ。頑張ったな、メイ」
「………頭なでなでされても、ごまかされないよー」
嘘です。
ちょっと、怒りが緩和されたのが自分でわかります。
だってヴェニ君、いつになく優しくいたわりに満ちた声と手つきなんだもの。
普段滅多に頭なんて撫でてくれない。
そのヴェニ君が、私の頭をよしよしと撫でてくれています。
…でもメイ、こんなので絆されるほどチョロくはないよ?
ヴェニ君が本当に申し訳ないと思っているのはわかった。
だからその気持ちは受け取るけど………
「とりあえずヴェニ君、メイのお洋服ダメにしたんだからメイのママからのお説教代わりにされてね?」
「ぐっ………マリさんの、説教」
「お洋服も弁償してほしいとこだけど、それで勘弁してあげる」
「ぐぅ…っ し、仕方ねぇか………」
よくぐうの音も出ないって言うけど、「ぐぅ」なんて声が漏れるところを見るとまだまだヴェニ君への対応も甘いのかな?
次にこんなことがあったら、女装くらいしてもらおう。
それで市中引き回しにするんだ…!
そんな決意を固めて、私はヴェニ君を勘弁してあげることにしました。
メイ、本当に命の危機を感じて怖かったんだからね…!
そのくらいで許す私に、感謝してほしいくらいです。
出ないと思われた魔物が、初心者用に推奨されている界隈に出没。
それも今まで確認されていたモノよりも、強い魔物が。
…本来ならこのあたりには、ゲームで言うところのLv.2~3くらいで倒せる魔物しか出ないそうです。
これも予言の年が近づいている影響かと、ヴェニ君は難しいお顔。
「とりあえず、領軍と警備隊に報告しねーとな。チビ共、引き上げるぞ」
「え…でも、共同課題が終わってないよ?」
ヴェニ君からのお達しは、1人でそれぞれ獲物を1匹。
中型ないし大型の獲物を、3人で協力して1頭。
…メイが倒した魔物は全然小さくないけれど、それでもようやっと1人1匹(頭)ずつ獲物を狩り終えた所です。
なのに、もう帰るの?
「このレベルの魔物が出るとなっちゃ、悠長に狩りなんぞしてられるか。今回はメイが頑張って何とかしたが、それでも他にいないとは限らねーだろ。1人ではぐれた時、何頭にも囲まれたらどうすんだよ」
「そうだよね。絶対にヴェニ君が助けに入れるとは限らないし!」
「ぅぐっ……ま、まあ、そういうこった」
「そうだよね! 絶対にヴェニ君が助けに入れるとは限らないし!!」
「………メイ、本当に済まなかった。だからそろそろ根に持つのを止めろ」
「ヴェニ君が悪いのにー」
「だから悪かったって何度も言ってんだろうが!」
「もう、仕方ないなぁ」
よく考えたら、「悪かった」って謝罪の言葉じゃないんですよね。
でも今、ヴェニ君が「済まなかった」って言ったから許しましょう。
あまりわだかまりを持ち越しても、気まずくなるだけだし。
「それじゃこれから撤収するけどよ。その前に…」
ヴェニ君が、私の倒した魔物の横にごろりと転がしたもの。
それはだらりと力なく四肢を伸ばした…死体。
ミーヤちゃんとペーちゃんが刈り取った、兎と子鹿。
横たえられたそれに、私達の視線が注がれます。
ただじっと獲物を見る私達に、ヴェニ君が厳しい顔を向けました。
「今回、お前らは生き物を殺すって経験をしたな」
「………」
「実際にやらねぇとわかんないことだけどよ。これで『命を奪う』ってことがどういうことか…少しはわかったんじゃねえか」
ヴェニ君が、そう言う。
ああ、そっか。
やっぱりこれはヴェニ君なりの、教えの一つ。
これもまた『習うより慣れろ』って方針に沿った鍛錬。
「命のやり取りなんて、お前らチビッ子にゃ実感も付かないだろうけどな。けど、武術を磨くってことは『こういうこと』に深く関わる。そこはわかるな?」
「…命のやり取りをする気がなくても、殺す気がなくても?」
「それでも、いざという時に『戦う力』を持ってるってのは違うもんだ。自分を過信しても碌なことになりゃしねーがな。お前らなら面白半分に武力を使ったりはしねぇだろうよ。けど選択を迫られる時が来ないとも限らない。その時に、お前らは『イキモノ』を殺せるか? 『人』を殺せるか?」
「………ひとを? えっと、でも」
「そんな時が来ないとも限らないだろ」
ヴェニ君は、厳しい。
修行もスパルタだけど、甘やかしてくれる時もある。
だけどこういう時。
覚悟とか、心持とか、思考とか。
そういう、心構えに影響するようなことでは絶対に甘やかしたりなんてしない。
これ以上ないくらいに厳しい顔で、甘えを許さない。
ヴェニ君は今、こう言ってるんだ。
これからも戦う術を学ぶつもりなら、今この場で覚悟を決めろって。
いつかの将来、自分の信念の為に。
もしくは譲れない何かの為に。
他に道もなく、戦う術を選んだ時。
逃げるな、甘えるな。
自分で決めたことを押し通し、自分を害するものを跳ね除けて。
そして必要なら………『ひと』を殺す覚悟も決めろ、って。
………これが、ヴェニ君に師事するってこと。
それが、強くなるってこと。
でもさ、待ってヴェニ君。
いくら強くなりたいって言っても…メイ、戦闘職に付くなんて言ったかなぁ?
…でも、冒険は確実にすることになるのかな?
だってゲーム主人公の追っかけするってそう言うことだよね。
だったら…やっぱり危険の多い旅の中。
自分の命と身体を守る為に、時として戦う必要もあるのかも…。
思い悩む、私の横で。
頭を悩ませる私を見てミーヤちゃんとペーちゃんが頷いていた。
それが何に対する納得なのか、全然わかんなかったけどさ。
「それでどうだよ、お前ら。覚悟は決められそうか? 過ぎたる武力は災いっつうし、ここで決められないようなら覚悟はその程度。今後、今以上の指導はしねぇ」
「あ、大丈夫、大丈夫。元より覚悟の上。既にその辺できてっから」
「へえ?」
指導を受ける私達3人の中で、最初に覚悟を表明したのはペーちゃんでした。
でもなんか、その口調が軽い…。
「俺の母さん、ヴェニ君に負けない…つうか、ヴェニ君よりスパルタだからさ…」
「僕も母さんにその辺の心得は叩き込まれたよ。強くなるって決めた時点で」
「お、お前らの母さん、な………ああ、うん」
8歳のチビッ子2人の言葉に、ヴェニ君の顔が引き攣ります。
あのママさん'sはヴェニ君も知っている様子で、その顔には納得の色。
「………うん、あのアマゾネス達なら無理もねえや。そんじゃメイ、お前は?」
「め、メイもばっちりだよー! こうして自分の身を守る為に、戦う覚悟も決まってるもん! ついさっき実践したし!」
「ああ、お前さんは実戦の中で覚悟決めちゃった訳か…」
ちらり、と。
ヴェニ君の視線が魔物の死体へ一瞬流れました。
「けどな、今回は自分を守る為っていう受身の戦いだった。いわば仕方ねぇから戦った状態だ。でも状況が変わったら覚悟も変わる。言っとくが、魔物や獣と、人との戦いは違うぞ?」
「ヴェニ君の教え、簡単に戦いを吹っかける戦闘狂を育てようとしてるみたい…」
「あ゛?」
「ん、うんっと…それこそ習うより慣れろだよ、ヴェニ君。メイも目的を果たす為なら障害を跳ね飛ばす覚悟、持ってるよ!」
「そんな曖昧であやふやな覚悟でどうにかなる程、武の道は甘くねーぞ?」
「人と戦う想像は上手く付かないけど…これから折り合いつけて、誰が相手でも戦えるメイになる! だからこれからもご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします!」
「………お前、どこでそんな言い回し覚えてくんの?」
前世です。
…とは言える訳がないので、曖昧に笑って誤魔化しました。
「まあ、良い。お前らの覚悟の程ってやつは一応量れた。まだまだお前らもチビちゃんだからな。当座はこれで良いだろ」
そう言って溜息を吐くと、ヴェニ君曰くチビちゃんである私達に言います。
「そんじゃ、そろそろ本格的に撤収すんぞ」
「あ、ちょっと待って!」
「あ?」
でも、それにストップをかける私。
怪訝そうな顔をしているヴェニ君を置き去りに、私はミーヤちゃんとペーちゃんに頷きかけました。
2人も察してくれたようで、うんと頷いてくれます。
ヴェニ君は殺生の覚悟、命を奪う重み。
そういったものを私達に実感させたかったんだと思うけど…
うん、今更?
「それでは――」
私達はヴェニ君が3体並べておいた獲物の周囲を取り囲んでしゃがみこみ、両手をパンと打ち鳴らす強さで合わせました。
本当は、拍手打っちゃいけないんだけど。
でもこっちの世界には神道なんてないし細かいこと気にしなくても良いよね。
目を強く閉じて、心の底から悼む気持ちと感謝を込めて…
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい有難うございます!」
「お肉は美味しくいただかせてもらうんで成仏してつかーさい!」
「この死は決して無駄にしないから、自然の摂理に基づいて!!」
三者三様、私達の為に命を落としてくれた獲物さん達に感謝のお祈り!
そんな私達を、ヴェニ君が呆気にとられた顔で見ていた。
「お、お前ら…なにしてんの?」
「「「感謝のおいのりー」」」
「は?」
「んっとさ、ヴェニ君に師事する前から…うちの母さん’s発案でさ、3家族ぐるみで結構頻繁に『狩り即バーベキュー大会』やってんだよ」
「か、狩り即バーベキュー…」
「うん。紛れもなく僕らの母さんらしい企画でしょ」
「さすがアマゾネス…っつうか、主にスペードん家の企画だろ」
「まあ、その通りだけど…そんな訳でちっさい頃から、身近な女傑共の狩りの現場をよく見せ付けられててさ…」
「………獣を饗される、こっちが申し訳なくなるくらいの蹂躙っぷりなんだよね」
「ああ、なんか想像付くわ…」
「ちょっと申し訳なさ過ぎて、捧げられた命に感謝してお祈りしようって…」
「メイが発案したのー…うん、命を頂いている自覚は、ばっちりだよ」
だって、現場を散々見せられたもん。
命を失った獣達の、空虚な瞳がとっても物悲しい。
だけどそうやって得た糧で、メイちゃん達はすくすくと育っています。
………うん、そんな環境で、自覚するなって方が無茶だよね。
まさに、『命を頂く』弱肉強食の掟を肌身に感じて育てられました。
恐るべし、肉食ママさん'sの強制食育…
…あれ、これって食育に分類していいのかな。道徳教育? ん?
首を傾げるメイ。
遠い目で互いの母の暴君ぶりに思いを馳せるミーヤちゃんとペーちゃん。
我らがお師匠様は、そんな家庭環境に恐れを生しているようでした。




