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3-4.初めての接近遭遇(*暴力表現あり)



 とぼとぼと、森を歩いて15分。

 私は、人生初の脅威に曝されつつありました。


「ヴぇ、ヴェニ君の嘘吐きーっ!!」


 原因は、アレです。

 現在、私の後ろを猛烈なスピードで追ってくるアレ。


 見た目は(いたち)…というかオコジョそっくり。

 白いふわっとした毛皮に、くりくりとつぶらな大きい瞳。

 ほわっと大きな尻尾。

 額から真っ直ぐに伸びた角と、両前足から伸びる鋭い鎌。

 加えて尻尾の先からシャキーン☆と生えた刃。

 そして乱射してくる真空刃。

 あ、あはは…全部華麗に見切って避けきっているメイちゃん素敵☆

 こんなところで、ヴェニ君との修行の成果が出たね☆

 

 ………って。


「うわぁんっ アレ、切裂き鼬じゃん!!」


 魔物です。

 アレは紛れもなく、魔物です。


 ゲームでの討伐適正Lv.12の魔物、切裂きイタチ。 

 パッと見、角や刃を無視すれば可愛いけど、その大きさは猪と同程度。

 人間の大人でも、一般人だったら容易く蹂躙されてしまう。

 そんな魔物が、何故よりにもよってこんな時に!


「魔物は出ないって言ったのにぃーっ!」


 正確には『滅多に出ない』と言っていたような気もしますが。

 何故、よりにもよって単独行動をしている時に魔物とファーストコンタクトを経験しなくてはならないのでしょうか。

 こんな初体験は、もうちょっと万全の態勢を整えてから経験したかったな!

 っつうか、危なくなったら助けるとか言っていた癖に!

 なのに、ヴェニ君が一向に助けに来てくれません。

 こ、これは…現在のメイの力量なら倒せる魔物だと判断されている…とか?


 とりあえず、メイ、パパが馬の獣人で良かったよ…。

 遺伝子は偉大です…!

 生まれ持った獣性は羊さんですが、パパから継いだものがない訳じゃない。

 特にこの脚力は、パパからもママからも良い物を継いでいます。

 即ち長距離走者も目じゃないスタミナと速度と、どんな足場の悪さも物ともしない偶蹄類の安定感…!

 例え相手が常識を容易く飛び越えてくる魔物でも、メイがまだまだ子供でも!

 この脚力があれば、そうそう足で負けることはありません。

 

 でも。


「う、うわぁぁんっ ぴったり一定の距離を保って付いてくるぅ…!!」


 ねえ、これって危機的状況じゃないのかな、ヴェニ君…!

 私はあわあわと只管(ひたすら)に逃げの一手。

 とりあえず、追いつかれたら終わりだと思う。

 だけど距離があっても、あの魔物が風魔法で真空刃を放ってくるので我武者羅に逃げることが出来ません。

 背後から迫ってくる気配を気にして、ジグザグに逃げたり木を盾にしながら逃げたりと必死です。

 それに比べて真っ直ぐに追いかければ良い魔物は余裕そのもので、気のせいか嗜虐的な笑みを浮かべているようにすら見えてきました。

 ………魔物は油断できる相手ではないし。 

 いつまでも背中を向けていられるような相手でもありません。

 ただでさえ、背後からの攻撃を避けるなんて不安を煽るばかり。

 おまけに風属性の魔法なので、基本的に無色透明…!

 正直、一撃も喰らわずに避けられているのは奇跡かも知れません。

 ヴェニ君との修行で鍛えられた動体視力と身体能力、反射神経の賜物です!

 でも、こ、このままでは殺られるのも時間の問題だよ…!

 そしてやっぱり、ヴェニ君の助けは来ない。

 えっとこれ、やっぱり1人で殺れって?

 

 習うより慣れろ。

 そんな方針で鍛えられてきましたが…

 この刹那、ヴェニ君のスパルタ指導に寒気を感じました。


「う、うぅっ 本当に危なくなったら助けてくれる! 信じてるよ、ヴェニ君…!」


 そうして私は。

 決めざるを得ない状況下で、生き延びる為に覚悟を決めたのです。


 この人生に生まれ変わって、僅か7年。

 決めるには早すぎる覚悟。

 そう、命を懸けて戦い、勝ち抜く覚悟を。


 後から思えば、これが。

 この時が、私が戦士としての人生を歩み始める第一歩でした。



 ………あれ?

 私が目指してるのって、ストーカーじゃなかったっけ?

 でも仕方ありません。

 …今は、ストーカーにも武力が要求される時代なようです。





 

 相も変わらず、ピタリと背後を追ってくる魔物。

 こうもぴったりこられては、埒も明かない。こちらが何かをする余裕もない。

 だからまずは、反撃の隙を見出さなくては。


 戦う覚悟。

 それを決めてからの僅かな時間…

 私はその間に、不思議と肝が据わるのを感じていて。

 さっきまでは頭の中が混乱に満ちていたはずなんですが。

 戦おうと心に決めた途端、不思議と心が凪いでいくのを感じました。


 覚悟って、凄いんだなぁ…

 心の持ちよう一つで、こんなに変わるとは思いませんでした。

 1度決めてしまえば、こんなにも心を静める効果があるなんて。


 冷静さの戻ってきた頭が、必死に考えを巡らせます。

 今ここに、代わりに考えてくれるミーヤちゃんはいない。

 そして代わりに特攻をかましてくれるペーちゃんもいない。

 だからメイが、自分でやるしかない…!

 大丈夫、きっとやれる。

 絶対に殺れる…!

 だってヴェニ君がまだ手を出さない。

 そこに師からの「メイならやれる」という無言の信頼を、確かに感じました。

 ヴェニ君が手を出さないってことは、やっぱりメイならやれるということ。

 私はギリギリの緊張感の中で己の冷静さが、集中力が途切れないように注意を払いながら…今一度、魔物の様子に気を払いました。

 大丈夫。

 あの魔物とは、(ゲームの中で)戦ったことがあります。

 だから、大体の能力はわかる…と思う。

 この世界が魔物のスペックまで、あのゲームに準拠しているのなら!


 切裂きイタチ(Lv.12)

  風属性獣系モンスター『カマイタチ』の上位種。

  Lv.4の風魔法(しんくうは)を使用し、接近戦では前足の鎌、尾の刃に注意。

  『溜める』行動に出ると角を槍に見立てて突進してくる。

  接近戦で勝負を進めるのであれば、『溜め』に注意。


 …つまり、息もつかせぬ短期決戦が鉄則。

 私は先程決めた覚悟をしっかりと胸に抱き、ナイフを握る手に力を込めました。

 打って出る隙を作る為に、意表をついてやらなくては!


 覚悟を決めた私は、更なる逃げを打つと見せかけて茂みに飛び込みました。

 だけど実際は、草叢の中を今までのように前方へ、ではなく横へと移動する。

 自分の俊敏さだけが頼りです。

 そうして魔物が私を負って茂みに飛び込もうとした寸前、私は横合いの茂みから飛び出しました。


「ぎゅぃっ!?」


 獣の鳴き声に、明確な驚きを感じます。

 風の魔法は、私がいると思ってでしょう。

 そう、獣の前方にある茂みへと放たれたばかり。

 そしてこの魔物は、魔法の連発が出来ない。

 先程からずっと逃げながら、それでも襲ってくる魔法を避け続けました。

 そのタイミングは、既に自分の身をもって把握済み。

 魔物に魔法を放つ余裕なんて、もう渡しません。

 私は魔法を使えないのでよくわかりませんが…

 この魔物のレベルなら、魔法を放つのに集中する必要があるはず。

 こちらがその集中を阻害してやれば、もうこの魔物は接近戦に応じるしかない。


「勝負…!」


 私は間髪入れず、ナイフで襲いかかりました。

 だけどやっぱり、相手は魔物。

 野生動物とはまた勝手が違っていて…

 魔物は野生動物よりも知能が高い。

 私の付け焼刃としか言えないナイフ捌きで、易々と倒されてはくれません。

 せめて息もつかせぬ猛攻を心がけることだけが、魔物の魔法を封じる。

 それだけの為に、私は決定打に欠ける攻撃を繰り返す。


 やっぱり、ヴェニ君を師匠にして良かった。

 この魔物…ヴェニ君よりもずっとずっと遅い!

 それに体捌きも、ヴェニ君の方がずっとずっとずっと洗練されていました。

 子供離れした師匠の動きに追い付こうと、2年もずっと頑張ってきたから。

 余裕と言えるほど、魔物を圧倒は出来ないけれど。

 でもその動きは、私の対応能力で対処可能です…!


 魔物の攻撃手段、溜める時間さえ与えなければ角はノーマークで構わない。

 魔法も集中できない状況下、警戒は最低で済む。

 だから後は、両前足と尻尾の刃…! 

 私の手が2本なのに対して、相手の3つの刃に対処するのは辛いかと思われましたけど、私には足がある。

 魔物の方は重い体を支える為に、短い後足で攻撃など出来そうにない。

 私は魔物を惑わせる様に、僅かな手数を駆使して立ち回りました。

 大きく振りかぶると胴ががら空きになって、切り裂かれてしまう。

 だから、なるべくコンパクトな動きで…っ


 魔物の大きな刃は、ナイフで受け止めても体を掠りそうで大変だけど。

 回避能力の高さが助けてくれる。

 魔物の右からの攻撃を避け、左からの攻撃をいなし、尻尾が来る前にナイフで魔物の前足を弾く。

 空いた胴にヴェニ君の墨付きの蹴りを叩きこむ…!


「…っ」


 ………一瞬、動物虐待をしているようで胸が痛みましたが。

 でもここでやらないと私が死ぬ…!


 私の蹄の足は、中々に強烈な威力を発揮してくれました。

 魔物の手足が衝撃に硬直し、前のめり姿勢でぶるぶると震えている。

 この隙にナイフを突き立てようと、渾身の力を込めて振り…


 ………力が入り過ぎていることに、気付きませんでした。

 それに、魔物の皮が一般的な動物よりも硬いことも知らないで。

 技術があり、上手く力加減を調節できれば斬ることもできたでしょう。

 もしくはそれこそ渾身の力を込めて、斬撃ではなく突きを選んでいれば…

 だけど私はそのどちらも選ばず、技術のない斬撃を選択して…


 結果、ナイフが弾き飛ばされました。


「やば!」


 私は絶好の機会と逸り、結果として魔物に機会を譲ってしまったのです。


「ぎゅぎゅっぎゅ…っ」


 魔物の嘲笑が聞こえた気がしました。

 このまま殺されるのかと、絶望が手招きをする。

 私が獲物を失ったことに気付いたのでしょう。

 未だ震えながら、魔物は私を強く見据えます。

 その頭が二度、三度と振られて…


 ………!


 その動作に、私は見覚えがありました。

 『ゲーム』での見覚え、が。

 ………角を使った、魔物の突進攻撃の準備動作。


 こんな至近距離でそんなものを喰らったら、死んでしまう。

 だったら素手での攻撃なり、退避なりすれば良かったのに。

 だけど私は武器を失うという事態に、自覚できる程に動揺して。

 体が竦んでいました。

 魔物の突進を見守るような体勢で。


 ああ、このまま死んじゃうのかな。

 パパ、ママ…ユウ君もエリちゃんも、泣いちゃうかな。

 

 それは………想像するだけで、むかつきました。


 魔物に、無力で馬鹿な自分に。

 そして全然助けに入らない、ヴェニ君に。

 おい、ヴェニ君…アンタ「もしもの時は助ける」ってのはどうなったんだ。


 怒りのボルテージは、一瞬で鰻昇り。

 何より私は、こんなところで死ぬ訳にはいきません。


 だって私には、やりたいことがあるんです。

 何を置いてもやりたいんです。

 その為に毎日毎日、その日1日を頑張っているといっても過言じゃない。

 自分で言うのもなんですが、まだ幼いのに凄く努力してると思う。

 それを、その努力を全部不意にされるなんて…堪ったもんじゃありません。

 私の修行の、主目的。


 ――ゲーム登場人物達のアレやコレやを生で観る前に!

 ストーカーになる前に!

 死んで、堪るかぁぁあああああああっ!!


 多分その時の私は、『死の覚悟』という極限状態の中でちょっとおかしくなっていました。平たく言うなら、生存本能の発露?

 死んで堪るかという心の叫びを体現するように、極限まで追い込まれた私は無意識に最後の足掻きに出ていた。


 本当に、感謝すべきは獣人の身体能力。

 少し鍛えただけでも体力と身体能力は飛躍的に上がる身体。

 死の絶望(ストーカーの道途絶)を突きつけられた私は、自分でも信じられないような行動に出ていた訳です。

 竦んでいたはずの体は、勝手に動きました。


 私を串刺しにすべく、突進してきた魔物。

 真っ直ぐ付きだされた、頭部の角。

 私の体は横に逸れて避けながらも、しっかりと魔物の角を掴み…

 高速で動く角に手を出したせいで多少の怪我をしたけど、全然気にならない。

 横をすり抜ける時、魔物の刃がスカートを掠る。

 布地の破り裂ける音がしたけれど、今はそんなこと気にならない。

 そして私は、首がぐきっとなりそうな魔物の尻を、前のめりになるよう蹴り飛ばしていました。

 無茶な体勢。角にかかる過負荷。


 ぱきん、と軽い音を立てて。

 魔物の角は、根元から折れた。


 前へ前へと突進しているところに、前へ行くよう蹴りを受けて。

 魔物の体は角を折り取られながらも、ずざざ…っと音を立てて前方へと地面を擦りながら突っ込んでいく。

 私はその隙に角を投げ捨て、先ほど弾かれたナイフを拾う。

 今度こそ、失敗はしない。

 私自身の命の為に。




 地面を削り、滑り、開いた距離。

 崩れた体勢のまま顔を上げた魔物は、私の姿を見たでしょう。

 真っ直ぐに魔物へと向かう、私の姿を。

 しっかりと腰に引き寄せて構え、安定して前を向くナイフ。

 脇目を振らず、魔物にだけ向かう獣人の身体。

 今の無防備な魔物であれば、体当たりだけでもダメージは大きい。




 今まで多くの血を啜り、命を刈り取ってきただろう魔物。

 血肉を啜って魔力を取り込み、大きな力を得ようとする本能が魔物にはある。

 生きているというだけで、今までその本能に従って『狩り』を行ってきたはず。

 そして魔物は基本的に、動物よりも魔力の高いイキモノ…

 ………幻獣や、人種族しか襲わない。

 魔力を求め、惨殺を繰り返す。

 生きる為ではなく、強い力を得るために人を襲う魔のイキモノ。


 その魔なるイキモノが、今悟る。

 今度は、自分の番だと。


「ぎゃひんっ」


 ――そうして、獣の絶命の声がした。



 生温かくて硬い、手応えと一緒に。





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