3-3.滴る鮮血 (*流血・残酷表現あり)
今回は内容に流血・残酷表現があります。
殺生とか苦手な方はご注意ください。
ちびっ子たちが結構簡単に命を奪っているので、その辺が苦手な方は回避で!
獲物を求めて、森に入って10分。
特に狩りに手馴れた訳でもない、ちょっと護身術を習得している程度の私達。
狩りのコツも、武人の心得も会得している訳でもない私達。
………ヴェニ君の見通し、甘いよ。
そんなずぶの素人がいきなり森に分け入って、早々簡単に獲物を発見捕捉、確保なんて出来る訳がない。
私達3人は、それをこの10分で思い知りました。
まずもって、小動物の警戒心が馬鹿に出来ない。
此方が発見するより早く逃げられて、どうやって捕まえろと…。
私達は獣人なので普通の人間に比べると、気配は動物より。
でも私はともかく、狼獣人のペーちゃんや猫獣人のミーヤちゃんの気配は、小動物により警戒を抱かせるだけみたい。
気配を完全に消して森に同化出来るなら、ともかく。
まだまだ技量の足りない私達じゃ無理がある。
捕まえる以前に、近寄ることも出来ない。
だけどヴェニ君は私達の技量チェックだと言いました。
つまり、罠で捕まえちゃ駄目ってことだと思う。
どうしたものかなぁ…
「いっそ、メイ1人で狩りに行った方がマシかも…」
「メイちゃん!? そんなの、駄目だよ!」
「狼が出るかもしれないんだぞ、危険だろ!」
「あー…そうだった」
でもこのままじゃ、どうしようもないよね?
くりっと首を傾げて2人に問いかける眼差し。
自分達の気配が動物の逃走を促している自覚があるんだろうね。
気まずそうな2人は、だけど私を単独行動させるつもりなんて欠片もなさそう。
やがて、考え込んでいる風だったミーヤちゃんが、顔を上げました。
私達の中で1番判断力、思考力のあるミーヤちゃん。
以前ヴェニ君と鬼ごっこをしていた時の作戦立案も、ミーヤちゃんでした。
彼が何か考えていることに気付いて、ミーヤちゃんの顔をじっと窺います。
あの時もヴェニ君を捕まえることに成功しました。
ミーヤちゃんの作戦にはヴェニ君捕獲の実績がある。
だから信頼を持って、私達はミーヤちゃんの作戦を待ちました。
そのミーヤちゃんが、ようよう口を開いて言ったことは。
「ごめんね。けど、ここはメイちゃんに働いてもらってもいいかな」
まさかの、メイへの指名でした。
何となく私を危険から遠退けたがる節のあるミーヤちゃん。
そんな彼が、私を指名するなんて…
信頼してもらっているような、そんな気分で。
私は胸を弾ませながら、大きく頷いて受け入れました。
「めーぇ♪ めーえ♪」
スタッカートな歩調で、森を歩く私。
その姿は蒼い目以外、全身、曇りなくまっしろ。
「めーぇ♪」
私は今現在、誰の目からどう見ても 白 羊 以外の何者にも見えない姿で森の中を堂々と闊歩していました。
あ、遅ればせながら自己申告。
ミーヤちゃん達に続いて、私も【完全獣化】が出来るようになったんですよ。
これもヴェニ君の指導の賜物です!
獣人は人間と獣を混ぜたような姿で生れ落ちます。
獣性という因子を生まれつきに有した亜人。それが私達。
魔法に対する適正はないに等しいのですが、魔力が全くない訳じゃありません。
じゃあ、その魔力はどう活用するのか?
その答えの1つが、この姿。
人と獣を混ぜた姿が獣人の姿のベース。
魔力による身体の強化や操作補助が、その得意とするところ。
これはその応用です。
身体の内にある、獣の混ざった部分…獣性を、魔力によって支配し操作する。
それが出来るのは獣人の中でもある程度鍛えている人だけ。
獣性を完全に支配できるとなれば、更にその中でも一握り。
獣性をコントロールできるようになると、外見や能力にも幅が広がります。
獣人の特徴ともいえる、特殊能力。
中でも代表例として挙げられるのは、獣人であれば誰でも(理論上は)習得出来るとされている以下の4つ。
外見に混ざっている獣の割合をコントロール出来る【部分獣化】。
姿を完全なる獣に変じる、【完全獣化】。
逆に己の獣性を完全に封じ込めることで外見を人間に近づける【獣性隠蔽】。
獣人の最終奥義とも言える、肉体を強力な魔獣へと変じさせる【強化獣化】。
【完全獣化】までは、大人になれば大部分の獣人がマスターします。
でも【獣性隠蔽】は大人の中でも出来る人は稀で、【強化獣化】が出来る人は獣人の中でも伝説レベルだとか。
私の周りにも【強化獣化】が出来る人はいないし、見たことがある人もいない。
私達の年齢でコレが出来るのは、かなり早い方だけど、私やミーヤちゃん、ペーちゃんは【完全獣化】までマスター済みです。
この点に関しては、ヴェニ君に「お前ら才能あるよ」と言わしめた程ですよ。
そして今現在。
私はそんな完全獣化…子羊姿で森の中を闊歩している訳ですが。
何のために、どうして?
答えは簡単、 囮 です。
狼のペーちゃん、猫のミーヤちゃんとメイは違いますから。
見よ、この完全人畜無害な草食オーラ!
柔らかそうな身体に、頼りないおみ足!
この姿を警戒する獣も早々いないでしょう。
羊さんならきっと、兎さんも栗鼠さんも逃げたりなんてしないはず!
だからメイちゃんは、囮なんです。
めっちゃご機嫌♪な様子でかっぽかっぽ。
「めー」
「きゅ?」
案の定、無警戒な兎さんに子鹿さん。
くりり、と大きくつぶらな瞳で見上げてくるピーター(仮名)。
ひこひこと鼻をひくつかせながら、きょとんと首を傾げる仕草。
うん、お家に持って帰りたいレベル。
だけどごめんね…!
「めえっ」
「ごふ…っ」
メイの身体は、子羊さん。
当然ながら兎よりは巨大です。
警戒の足りない兎さんの元へ平和そうな顔ですすすっと近寄りまして。
互いのお鼻タッチして、顔を見合わせた直後。
私は兎さんの身体を巻き込んで大地に伏しました。
当然の如く、巻き込まれて下敷きになる兎さん。
ああ、メイのお腹の下からはみ出た後ろ足が、もがきにもがいています…。
「今だ…!」
「メイちゃん、ナイス!」
そして茂みから飛び出してくる、肉食獣2人…。
御免ね兎さん、メイは肉食獣の尖兵だったの。
私が先行する様子を茂みから窺っていた2人。
どうしたことか身を潜めるスキルは、私にもわからないくらい。
あんなにいつも一緒に遊んで修行してるのに、なんでメイには出来ないのに2人には出来るんだろう…。
将来的にメイの方こそが必要としている技術なのに。
先程3人でいた時の気配駄々漏れはなんだったんだろうと首を捻るレベルです。
………メイを先行させて後をつける状況下なら大丈夫だと、2人が自信満々に言い放った言葉が本当だったことはわかりました。
でもなんでそんな状況なら大丈夫なんて、太鼓判を押せるのかな?
メイは偶に、2人が良くわかりません…。
協力するのは構わない。
だけど1人最低1匹は自分の手で仕留めろ。
それが、ヴェニ君に下された指令で。
その言葉通り、最初の兎さんは出足の早かったミーヤちゃんがメイのお腹の下から引きずり出し、そのままナイフで首を一掻きして仕留めました。
これで課題の動物、まずは1つ。
「あたたかい…」
腕から兎の血が伝って、滴り落ちていく。
命の証、赤い液体。
それが零れ落ちる様を、ミーヤちゃんはじっと見ています。
やがてもがいていた兎が、完全に動かなくなるまで。
「………血のにおい、落とさないとね」
そうしなければ鋭い野生動物に、より気取られやすくなる。
そう言ってミーヤちゃんは苦笑を溢しました。
「っつうか、血のにおいで狼が来るんじゃないか?」
「でも兎の血抜きしないと…」
「木から吊るしときゃ良いだろ」
「あ、師匠」
何処からか、かかる声。ヴェニ君の声です。
きょろりと見回した私達の側、木からしゅたっと飛び降りてきました。
わあ、全然気配に気付きませんでしたよ。忍者みたい。
「ミヒャルト、狩の成功おめでとさん」
「あ、うん」
「獲物は俺が預かっといてやる。この裏手に川があるから、血ぃ落としてこい」
「はーい、行って来ます」
「それじゃ、次はメイとスペードだな」
「え、と…なに、ヴェニ君」
呆れたような、物言いたげな視線を感じる…。
それはペーちゃんも同じなのか、2人揃って居心地の悪い思いがします。
「別にどんな手段で獲物を狩れとも言ってなかったけどよ…。さすがにアレは簡単すぎっだろ。戦闘技能、全然量れねーじゃねぇか。今回はミヒャルトの作戦力を見たってことにしといてやるけど、次はお前らこの方法使うなよ」
「「えー……」」
「良いから次に行く!」
「はぁい…」
「ちぇっわかったよ…」
私とペーちゃんの猪突猛進コンビは、がっくりと肩を落としました。
それからとぼとぼ、次の獲物を求めて離れます。
「さっきの方法が使えないとなると…こりゃ真面目にやらないとなぁ」
「ペーちゃん、ペーちゃんはメイより鼻が良いでしょ。兎さんとか狐さんとか鼬さんとか…場所わかんない?」
「ん…それじゃちょっと風下に行ってみるか」
それから私達は、ペーちゃんの狼じみた嗅覚をフル活用して獲物を探しました。
程なく見つけたのは、親からはぐれたバンビちゃん。
鹿はすばしっこいけど、好奇心の強いはしっこそうな顔をしています。
「今度は追いたて猟で捕まえようよ」
「追いたて…? ああ、どっちかが誘い込むのな」
「うん。メイの気配は草食オーラ全開だから、獲物の警戒も薄くなると思うよ。
だからメイが追いかける」
「追いかけるのは、狼の役目だろ。それよりメイちゃんが待ち伏せ役やってくんね? そっちの茂みにいてくれよ。そこまで追い立てるから」
「うーん…ペーちゃんがそう言うなら」
即座に役割を分担して、私は指定のポイントに潜みます。
ペーちゃんはそれを確認してから、風下側からゆっくりと丁度いい場所へと移動を開始しました。
そこは流石に狼の面目躍如という奴なのでしょうか。
さっきの作戦を通して、何か学ぶところがあったのかな?
最初に無計画状態で獣を追い掛け回した時の無鉄砲さはどこにもなく、今のペーちゃんは慎重な狼そのものでした。
そして、
「ガウゥッ」
それは、狼の声でした。
ただし発したのは、8歳の男の子です。
いきなり吠え立てられたバンビちゃんは、びくっと身を一瞬硬直させ…
慌てて身を翻そうとしたのですが、その時には既に手遅れでした。
茂みを渡って直近まで迫ったペーちゃんが、ナイフを手に襲い掛かったのです。
狼じみた、でも狼とは違う動きで。
ペーちゃんは子供の鹿さんの細い首に飛びつくと、ナイフを一閃させました。
そして、それでおしまいです。
噴出す、鮮血。
あたたかく、あかい噴水。
間近に、頭からそれを浴びて赤くなっていくスペード…。
青味を帯びた灰色メッシュの白い頭が、みるみる内に染まっていきます。
まっか。
まっかだ。
ぎらぎらと肉食の瞳が、浴びる血に僅かに顰められ、鋭く細められた。
でも。
でも、さ。
あのさ、ペーちゃん。
「ペーちゃん…」
「あ。メイちゃん悪ぃ…」
結果的にせっかくの作戦を丸無視してくれたペーちゃんは、私に気付いて物凄く申し訳なさそうな顔をしたけれど。
うん、その顔には騙されないからね…!
「おっまえ、そういうことが出来るならさっさとやれよな…」
「あ、ヴェニ君」
再度の、声。
また木の上から、今度はミーヤちゃんの首根っこを掴んだヴェニ君が降り立ちました。
その顔は、なんでしょう。
ペーちゃんに凄く呆れた目線を注いでいます。
「あーあ、ミヒャルトより酷い有様だな、おい」
「がるるるる…っ」
「唸るな、駄犬」
「犬じゃねーよ!」
「とりあえず、お前は水浴び決定な。しっかり血を落として来い」
「え…っ」
ヴェニ君がびしっと指差したのは、さっきと同じ川の方角。
そちらを指し示されて、ペーちゃんが戸惑い顔でヴェニ君を見上げます。
「えっと、でもメイちゃんが…」
「お前、自分の分はもう仕留めたじゃねーか」
「えー…でもさ、ほら、まだ共同課題が残ってるし!」
「だから、それまでに血を綺麗に落として来いよ?」
ヴェニ君、有無を言わせずの迫力です。
こんな時は逆らっても無駄だと、1年の修行ですっかり身に染みて覚えさせられた私達。元より、自分より強い相手に逆らいがたいものを感じるのでしょうか。
しょんぼり、と。
ペーちゃんは尻尾を力なく垂らして頷きました。
「わかったよ…メイちゃん、なるべく急いで戻るから!」
「うん、いってらっしゃい」
「! いって来ます!」
「しっかり血を落として来いよ。臭いから」
「煩いな、わかってるよ! ヴェニ君のばーか!」
「駄犬にゃ言われたくねー」
ヴェニ君のせせら笑う声を、後にして。
足の速いペーちゃんはあっという間に見えなくなりました。
そうして残された私達。
相変わらず、何故か首根っこを掴まれたままのミーヤちゃんが顔を上げます。
「それじゃ、今度は僕がメイちゃんの手助けを…」
「待て。お前はこっちな」
「えー…」
くいっとヴェニ君が指差した方には、ペーちゃんが仕留めたバンビちゃん。
空虚な瞳が物悲しい。
「アレの血抜きと後処理。勿論、手伝うよな?」
「そんなもの、スペードにやらせれば…」
「手伝うよな?」
「………」
「 手 伝 う よ な ? 」
「…わかったよ」
「それじゃ、ミヒャルトは俺の手伝い。メイはさっさと獲物を狩って来い!」
「え、でも狼が出るんじゃ…」
「探ってみたけど、今日は気配がしねぇし大丈夫じゃねーの?」
「そんないい加減だよー」
「良いから、行け。様子見てたけどよ、ミヒャルトとスペードがいたら2人が手ぇ出して何にも出来てねーじゃん。邪魔する奴は抑えとくから、自力で狩ってこい」
「わあ、無茶ぶりー…」
「煩ぇな。強くなりたかったら1人で兎の1羽くらい手早く狩れるようになれ」
「はーい…」
こうして、私は1人になりました。
や、多分物陰からヴェニ君が見守ってはいるんだろうけどね。
でも、私1人で何の獣が捕まるだろう?
最初は3人だったのに、今ではメイ1人です。
なんとなく、とぼとぼした気分で私は更なる獲物を求めて歩き出しました。
待ち受ける獣が、せめて凶暴じゃなければ良いなぁと。
ただ、そんな願いを思いながら。