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3-2.ヴェニ君からのスパルタ修行

ヴェニ君のスパルタ発動。



 私達が連れ出されたのは、昼なお暗い闇の森………

 ………などでは、勿論なく。


 そこは適度に明るい、私達の住む街から南に行って直ぐの森でした。

 側を街道が通っていることもあって、それなりに明るい森です。

 きっと定期的に人の手が入っているのでしょう。

 森が街道を侵食して、道が森に飲み込まれないように。

 適度に枝を打ち払い、伸びてくる植物を刈り取る。

 そういう単純だけど体力の必要な作業を誰かがやっているんだと思います。

 私達の街は主に商業と湖での漁業で発展しているけど、樵がいない訳じゃない。

 森番もいたはずだし、そのあたりの人が何かしているんでしょう。


「よし、この辺で良いだろ」


 我らが師匠がそう言って足を止めたのは、森に入って10分位の場所。

 人の手が入った明るい森と、人を寄せ付けない森の深部の境目辺り。

 引率されてきた私達はヴェニ君に、それぞれナイフを一本ずつ渡されました。

 力のあるペーちゃんは大人が使うみたいな大振りナイフ。

 ミーヤちゃんは使うのに技量が要りそうな細身のナイフ。

 そして私はナイフというよりもむしろ山刀のようなナイフ。

 ………これ、ヴェニ君なりにそれぞれの適正を見た結果?


「この辺りは丁度、狩りの初心者用に適した区画だ。大型の危険な獣はいねーし、いるのは殆ど草食の小せぇのばっかだ」

「其処に連れて来たってことは、メインの獲物って小型の草食獣?」

「お前らに狩って来てもらう獣は、最低3匹と1頭」

「………頭って単位、大型の獣に使わないっけ」

「1人1匹、小型の獣を何でも良いから狩って来い。それから3人で協力して、中型から大型の獣を何でも良いから1頭」

「え、そんないきなり…!?」


 7歳、及び8歳の子供にいきなり何のレクチャーもなく獣を狩れと…

 ヴェニ君、いつものことだけど無茶振りだよ! 

 こんなときまで習うより慣れろは危ないよ!?

 これ、組手と違って生きてる獣の相手って…中型及び大型って。

 

「ヴェニ君、反撃されたらどうするのー!?」

「避けろ」


 ヴェニ君のお答えは、簡潔でした…。

 そんな簡単に言っていいことじゃ、ないよね?


「え、えっとでも…」

「びびってんじゃねーよ。この1年、お前らみっちり俺やお互いと組手やって来ただろ。あんだけの動きが出来んなら、少しは出来る様になってるはずだ。兎や狐相手に遅れは取らない自信を持ってもいいと思うぞ。まあ、野生動物は手強いがな」

「その手強い獣を相手に、何の事前準備もなく立ち向かえと…!」

「危なくなったら手助けくらいはしてやらぁ。まあ、こっちとしちゃその辺含めて頑張ってもらいてぇから、ギリギリまで手は出さねーけどな」

「えー…っ」

「不満そうに言ってんじゃねーよ、猪チビ」

「メイ、羊さんだもん…!」

「そうだよ、メイちゃんはこんなに可愛い羊さんなのに。師匠の目は曇ってるよ」

「…その可愛い羊さんが、お前ら3人の中じゃ誰より強烈な蹴りを放つ訳だが」

「それより師匠、質問なんだけど。僕達今まで、武器の扱いなんて指導受けてないよね? いきなりナイフを持たせて、何のレクチャーもしないつもりなの」

「お前、都合が悪くなったら話し逸らす癖どうにかしろよ…」

「良いから、ナイフはどうするのか答えてもらえる?」

「…別にいつもと少々勝手が変わるくらいだろ。お前らならちゃんと考えて使うだろうし、へまはしねーんじゃねぇの。大体ソレ、トドメ用くらいのつもりだしな」

「トドメ? 師匠ー、それじゃトドメ以外に使ったら駄目なのかよ?」

「っつうか、お前らにゃ体術指導しかしてねぇじゃん? まだ」

「自覚があるのに、武器渡すなよ…」

「だからさぁ、お前ら拳で野生動物にトドメさせんの? 兎ならまだしも、中型から大型の獣狩って来いって言ってるじゃん。大きい獣を素手で殴り殺すのは難しいだろ。だから殴る予定の位置に、拳の変わりにナイフを突き刺す! 以上だ」

「以上じゃないよ、この物臭師匠…っ!!」

「ミヒャルト、抑えろよ。師匠の言うことわかりやすかったじゃん」

「その簡潔さが、何の説明にもなってないと…って、ああ、お前はソレで納得しちゃうんだね。この単細胞」

「さり気無く罵倒すんの止めろよ、神経質こにゃんこ」

「………」

「……………」


 すちゃ、と。

 気持ちのいい鞘走りの音をさせて同時にナイフを抜く2人。

 これもまたほぼ同時に、互いに向けてナイフを構えます。

 その姿は結構様になっていて、満更でもない感じ。


「って、お前らナニ初っ端から同士討ちしようとしてんだよっ!! 喧嘩すんのは止めねぇけど、武器は持ち出すんじゃねえ! 大事になるだろ。武器を与えた俺の責任になるだろ!?」

「師匠………最後のが本音だろ」

「本当に、この師匠は物臭師匠で困るなぁ」


 すかさず2人の頭に拳骨をお見舞いして引き離す手際も、この1年で慣れた物。

 この対応の早さに、今まで一緒に過ごした時間の密度が見えます。

 若干疲れたようにヴェニ君は溜息を吐きました。


「ヴェニ君、若いのにお疲れー?」

「誰のせいだ、おい」

「ミーヤちゃんとペーちゃん」

「………まあ、間違ってはねーな」


 肩を落としたヴェニ君は私の頭をぽんぽんと叩くと、弟子一同の不評を受けて簡単なナイフの使い方をレクチャーしてくれました。

 でもその後、直ぐに森に解き放とうってのは何か違う気がするの…。


「これはこの1年で、お前らがどんだけ技量を磨いたか見る意味も込めて、まあ実力確認みたいなものだと思って気軽に狩ってこい」

「気軽にって言うけどー…本当にこの辺り、怖い獣は出ないの?」

「……………まあ、狼くらいなら(たま)に」

「って、おい!」

「煩ぇな。代わりに魔物は滅多に出ねぇし。お前が一緒にいれば大丈夫だろ、狼獣人のスペード。ミヒャルト、メイ、良いな? 3人くっついて、あまり離れないようにしろよ。…まあ、スペードとミヒャルトにゃ言わなくても大丈夫そうだけどな」

「メイよりお兄さんだから?」

「………まあ、そういうことにしとけ。知らない方がお前は平和だ、メイ」

「何か腑に落ちない…」

「まあ、そもそも? この辺は俺が初狩りで狼に吠え立てられた因縁の地だからな…そりゃ狼くらい出るだろ」

「え、それって師匠のトラウマが生まれた思い出の場所ってこと?」

「おお、師匠。よくそんなところに自分から足を運べたな。今まで狼も、出来るだけ犬も遠ざけて生きてきたんじゃねーのか」

「煩い。そもそもお前らのせいだろうが」

「え、何が?」

「お前らが、俺を罠に嵌めただろうが! 1年以上前に! 俺だってお前らにしてやられて、省みる部分があったんだよ」

「じゃあそれって僕らのお陰だね?」

「恩着せがましく言ってんじゃねーよ。あんな苦手を放置していたせいでお前らなんぞにしてやられたのかと思ったら、情けなくてならねーんだよ。何の手も打たずに避けてたせいで、咄嗟にあんな下手を打ったのかと思ったらな」

「つまり、弱点を克服しないで放っといたことを反省したんだね? じゃあやっぱり、僕らのお陰でしょう?」

「さらっとすまし顔で悪ぶることもなく言いやがるな、ミヒャルト…」

「だってそのお陰で、師匠はより完璧になるべく努力を重ねてるんでしょう?

ほら、僕らのお陰でヴェニ君の為になってる」

「厚かましいんだよ、このこにゃんこが!」

「ふふ…弱点克服に努力していることは否定しないんだ?」

「……………」

「その様子を見るに、野生の狼と戦ったりしているんじゃない?」

「煩ぇな。そもそも狼っ子を弟子にした時点で、克服しなきゃなんねぇだろが」

「師匠のそういう律儀なところ、俺好きだぜ?」

「メイも好きー」

「妬ましいけど、僕も好きってことで。隙があったら寝首を掻きたいくらいには」

「それ殺意じゃねーか!!」

「ヴェニ君、そんなに叫んだら動物が逃げちゃうよー」

「ちっ…」


 叫びつかれたのか、、私の言葉に同感だったのか。

 忌々しそうに舌打ちをすると、ヴェニ君は疲れたように肩を落としました。

 それからしっし、と。

 それこそまるで動物を追っ払うみたいに手を振って、もういいと言うのです。


「もう良いから、行って来い。なんかドジ踏んだら助けてやっからよ」

「絶対だよー」

「メイちゃんが怪我したら、怒るからな」

「メイちゃんに怪我させたら、祟るからね」

「本当にやりそうで怖ぇな、おい…!」


 こうして、私達は3人仲良く。

 獲物の姿を求めて森を彷徨う事になったのです。

 うん、血に飢えた獣みたいでとっても物騒…。




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