番外:夢のあとで
朝、目が覚めたとき。
昨夜までのわだかまりや悩み、悲しみ…
心の中を占めて、渦を巻いていた辛い気持ち。
それがみんなとはいわないけれど…それでも、自分でも分かるくらいに。
なんだか、すっきりしているような気がした。
なんでだろう?
昨日の夜は柄にもなく、涙で枕を濡らすくらいだったのに…。
どうしてだろう。
そう考えて、咄嗟に頭に思い浮かんだのは…
白い、羊耳の。
俺よりもずっと小さくて華奢な女の子の、顔。
夢の中に出てきた、女の子。
――メイ
そう名乗った、不思議な女の子のことで。
ただの夢のはずなのにやけにはっきり思い出せる。
その笑顔に、俺は朝っぱらから狼狽えて固まった。
耳の奥で、声がよみがえる。
血が繋がっていなければ家族じゃないのかと訊いてきた、不思議そうな声が。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「おはよう、父さん、母さん」
いつもの…毎日と同じように心がけて声をかければ、固まる両親。
驚愕の顔から放たれる、強い眼差しが突き刺さる。
「あ、ああ…おはよう」
「け、け、今朝は随分はやいのねっ?」
「うん、目が覚めたから」
「そ、そうか…」
「今すぐ朝ごはんを用意するから、待っていて。いい? 待っていてね」
鼓動を5拍分くらいの時間をかけて硬直を解いた2人は、慌しい。
真実を明かしたのは2人の方だけれど、一夜明けたら俺より2人の方が動揺してる。
多分、俺がこんなに早く平気そうな顔で起きてくるとは思ってなかったんだろうな…
「おはよー…って、あら。リューク、もう起きてきたの」
「あ、おはよう姉ちゃん」
俺と違って、この家の本当の子供。
実は血が繋がっていないと、昨日知ったばかりの姉。
だけど姉ちゃんの方は前から俺のことを養子だって知ってたんじゃないかな。
4歳の年の差があるんだから、そう考えた方が自然だと思う。
それでも今まで、1度だって思ったことはない。
姉ちゃんが俺のことを弟として扱っているのは確かで。
家族として、両親に注ぐのと同じくらいの情をくれていて。
1度だって、血の繋がりを疑ったことはなかったのに。
じっと恨めしい気持ちの篭った目線で見上げると、姉ちゃんは呆れて笑う。
「何よ、あんた。血の繋がりだけが家族のすべてだとでも思ってたの? 世の中には血なんて繋がっていなくても家族って関係は沢山あるし。血が繋がっていないからって家族じゃなくなるわけないじゃない」
当然でしょ、と胸を張る姉ちゃん。
ああ、確かにそうかな。
血が全部じゃない…だから、血が繋がってなくたって家族になれる。
そう、姉ちゃんの前に言ってくれた子の顔が束の間、思い出された。
あれは夢だと、急いで首を振って記憶を振り払うけれど。
そんな俺を、姉ちゃんが不審そうに見ていた。
「………なによ。元気じゃない。昨日のまま今日もうじうじいじいじ後ろ向きに自分の殻に閉じこもっているようだったら、ラムセスさんに頼んで余計なことを考える余力がなくなるまで厳しくしごいてもらおうと思ってたのに」
「……………わー…」
悩むの止めて良かった。
部屋に閉じこもってなくて良かった。
本当、良かった。
ずっと前から俺に剣術を教えてくれている、師匠。
『ラムセス師匠』は基本的に手加減知らずの苛烈そのもの。
魔法を教えてくれる『トーラス先生』を飴だとすれば、確実に鞭の方だ。
ラムセス師匠のしごきとなったら…
冗談抜きに、本気で思考凍結するくらいにボロボロにされる。
それが簡単に想像できたから、俺の顔は勝手に引き攣っていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
朝食の席で、お願いしてみた。
「ねえ、何か動物を…ペットを飼っちゃダメかな?」
「え?」
「ペットって…いきなりどうしたの」
昨夜あんなことがあったのに、その翌日にこんな話題を切り出したら確かに唐突に思えるだろう。
だけど俺の中では繋がっているし、単なる思い付きって訳でもない。
今朝に見た夢は、なんだか不思議な夢で色々と考えさせられたけど…その中でも、印象に一際強く残った言葉があったから。
自分だったらどうするのか、と。
そう問いかけてきた幼い声が。
でも、考えてもわからなかった。
わからなかったから、やってみようって思ったんだ。
疑似体験ってわけじゃないけど、自分の身に置き換えてみようって。
だから、なるべく手のかかる動物が良いなと思いながら。
「父さんと母さんは、ここまで俺を育ててくれた。それって凄く大変だったと思うし、親子の絆は血に宿る物だけじゃないってことも何となく………だけど、俺には全部ちゃんと分かったって言えないから。だから、自分で試してみたいんだ。何かを自分の手だけで、一から育てて…それで、全部がわかるなんて全然思ってないけど」
ああ、言葉が滑って上手く言えない…っ
理由を説明しようとすればするほど、言い訳みたいになる。
ああ、難しく言おうとしなくても良いのに。
もっと簡潔に言えれば良いのに。
そう、一言で。
「つまり、リュークも何かを育てることで血縁以外の家族の形ってヤツを確信したいってこと?」
「! そう、そうだよ」
「そうか、成程…」
しばらく考え込んだ後で父さんが言ったのは、「良いよ」という一言。
「それでリュークが納得できるっていうんなら、やってみるが良い」
「ただし、あまり大きくてお世話の出来ない動物はだめだからね?」
母さんも相次いで許容するような言葉を溢し、俺はほっと安堵した。
2人が良いって言ってくれたから、俺は心底安堵する。
やりたいことが出来るって安心と。
我儘を聞いてもらえた安心で。
「それじゃあ早速、今日森に何かいないか見に行ってみる」
「気をつけてな、リューク」
「最近は魔物が活性化しているっていうし、心配かけないでちょうだいね」
「うん、わかった!」
さてと、今日は森でペット探しだ。
なるべく子供代わりってことで、愛着の持てる生き物が見つかれば良いけど。
「あ、ちょっとリューク」
「ん?」
「森に行く前に、バロメッツさんのお宅に行ってもらえない? 畑をいつから預かれば良いですかって、聞いて来てほしいのよ」
「畑…? バロメッツさん、どうかしたの?」
「あら、言ってなかった?」
「なにも聞いてないけど」
「それじゃあ今言うけど、アカペラの都に住んでるバロメッツさんとこの長男夫婦がおめでたなんですって。そろそろ生まれそうだから様子を見に行ってくるそうよ。1ヶ月くらいは滞在する予定らしいから、その間の畑の世話を頼まれたのよ」
「へえ、おめでた。だったら長く留守にするのも仕方ないよな。元気に生まれると良いね、お孫さん」
「そうね。近頃は魔物が街道近くにまで出るって言うし、ラムセスさんが送り届けて下さるそうよ」
「え、師匠も留守にするの!?」
「その様子じゃ…聞いていなかったのね」
「………師匠に確認してみる」
バロメッツさんのお子さんが、おめでた…。
なんていうかタイムリーな話題とでも言うべきかな。
まだ朝だけど、もう何度目かもわからない。
俺はまた夢のことを思い出して、ちょっと笑ってしまう。
それにしてもいつも思うことだけど。
なんでバロメッツさん家、馬の獣人一家なのに『バロメッツ』なんだろ。
改めて考えると奇妙な組合わせに、俺は首を傾げながら家を出る。
「都、か…」
こんな小さな村とは比べ物にもならない、遥かな外の世界。
狭い村だって悪くはないけど…
「いつか、俺も行けると良いな」
ううん、行こう。
いつかきっと行ってみせる。
俺は小さく決意を固めて、バロメッツさんの家を目指し歩きだした。