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2-8.私のきょうだい



 私の父の、説明不足をこんなに恨んだことはありません。


「メイ、おねえちゃん?」

「そうだよ、お姉ちゃんだよ!」

「………えっと、ママがうんだの?」

「え、当り前じゃないか」

「え???」


 話がいまいち理解しきれない、脳内フリーズ状態の私。

 そして何故に私が首を傾げるのか、理解していない父。

 向かい合って首を傾げあう親子に待ったをかけたのは、猫さん家のパパさんことアシュレイさんでした。


「待って、シュガーさん。シュガーソルト。メイちゃんが話を理解していないよ」

「え?」

「まさかとは思うけど………ちゃんと、メイちゃんにママのお腹に赤ちゃんがいること説明したんだろうね?」

「………………………………………………あ゛」


 長いよ、父!

 思い出してよ、もっと早く!

 なんでそんなに間がいるの!?

 説明してないよね? ないよね、1回も!!


 ってことは、アレですよね!?

 昨夜のアレは、ママに陣痛が来たから病院に行ったってことですか!?

 道理で前日まで元気な筈ですよ!!

 というか、本当に説明くらいしてよ父ぃ!!


 …そう、言いつつも。

 ここ数か月、連日ずっと日中はヴェニ君に挑戦したり修業したりで出っぱなし。

 夜は夜で運動し疲れて早々とお休みぐうぐう………

 ……………説明するタイミング、逃したんだろうな。

 そのままうやむやになってしまったのかな。

 取り合えず説明していないことを忘れたのはわかりました。

 それでもやっぱり、説明は必要だったと思うんだ…。


「え、えう、えっと………でも、ママのおなかおっきくなかったよ?」


 ちらりとミーヤちゃんママのお腹を見ながら言うと、父はあっさり言いました。


「ママは見た目が分かり難い体質なんだよ。服を着たら全然気付かれないくらい」

「え、えぇ…? ママのおなか、大きくなかったよ?」

「いや、大きくはなってたんだけど…服を着たらやっぱり分からない程度のふくらみしかなかったからね。メイちゃんの時もそうだったんだよ?」


 あっさり言うけど、本当に何の説明を受けていない私は寝耳に水です。

 昨夜、あんなに大騒ぎしたのに………

 道理で、猫さん夫婦がやけに自信たっぷりに大丈夫だと断言する筈です。

 何しろ獣人のお産は、人間のお産よりずっと軽いらしいし。

 命を落とす人は滅多にいないそうだし、母は頑丈だし。

 というか、出産だと知っていたら私もあそこまで取り乱さなかったのに…!


 ………もう良いや。

 父の自業自得だもん。


「ふ、う、うぅ………うえぇぇえええええええええええええんっ めいだけ、めいだけ! なかまはずれにしたぁぁぁああああああああああああああああああ!!ん、んぅ…ぱ、ぱぱのばかぁぁぁ……っえぇぇぇぇぇええええええん…」


 泣いちゃえ。


「!? メイちゃん! ごめん!パパが悪かった! パパが悪かったから!」

「メイちゃん…昨夜あれだけ泣いて、まだ泣けるだけの体力を保有していたのか」

「メイちゃんは元気だね…。そして同情の余地ないよ、シュガーさん」


 全力で泣き喚きはじめた、私。

 その泣き声は前夜の比ではありませんでした。


 父が私の許しをもぎ取り、私が泣きやむのは………この、2時間後。

 メイちゃん、頑張った!

 根性入れて泣いたよー!

 ………父に反省させる、その為にね!


 ……………取り敢えず、散々迷惑をかけた猫さん一家には後で深く頭を下げておきました。

 そうしたら、


「シュガーソルトをシメておくだけだから、メイちゃんが気にすることないよ」


 爽やかな笑顔でそう言い放った、ママさんがとっても素敵すぎました。

 ただ、臨月ですから。

 臨月ですから!

 …くれぐれも、無茶はなさらないようにお願い致します。


「えうっひぐ、えうぅぅ…」

「メイちゃん、ごめん」

 

 そうして私はまだ若干しゃくりあげながらも、父に回収されまして。

 抱っこされて背中をぽんぽん。

 父、私を寝かしつける気ですか…?

 いえいえ、感情を宥めようとしているんですよね。

 ………そうですよね?



 それから私は、パパと一緒に病院へ向かうことになりました。

 後で猫さん一家と犬さん一家もお祝いに駆けつけると言ってくれたけど、その前に家族で団欒を、と。

 若干の気まずさを隠しながら、父が微笑みかけてくれます。


「それじゃあ、沢山心配かけたけど…ママに会いに行こうか」

「うん…っ」


 心配は杞憂だったとわかりましたが、それでも出産は大仕事だと聞きます。

 それに昨日の心配も僅かに胸に残っていて、ざわめくから。

 私はママに会いに行くという言葉に、一も二もなく頷きました。

 まま、ままーっ!

 メイ、会いに行くよー!


「師匠には今日の修行はお休みって伝えておくね」

「それじゃあメイちゃん、また後でな!」


 騒ぎを聞きつけて起きてきた2人も、寝ぼけ眼を擦りながら見送ってくれて。

 パパが準備したママの荷物を背負い込み、私を胸に抱っこして。

 いざ行かん、病院へ!


 ………そう言えばメイ、病院行くの初めてかもしれない。

 此方の世界には定期健診なんて、ないし。

 獣人って子供でも頑丈なんだなぁとしみじみ思いました。


「ママー!!」

「メイちゃん!」


 到着したのは、家から歩いて15分くらいそこそこの大きな病院でした。

 愛らしい兎獣人のナースに案内されて、辿り着いた先は個室です。

 そこには疲労の極致みたいな様子で、ぐったりした様子のママがいました。

 ………こんなにぐったりしたママ、初めて見るかも。

 でも私に気付くなり、満面の笑顔で腕を差し伸べてくれました。

 昨日からずっとママ、ママと泣いていた私もつい感極まってしまって…

 一般的に考えて、まだママは安静にしておくべき状態だと、理性では分かっていたんですが。いかんせん、6歳児に理性的な行動など求めるだけ無駄なのですよ。

 私はもう荒ぶる感情の前に全面降伏、土下座状態。

 パパに腕から下ろしてもらい、ててっと駆け出してママの胸に飛びつきました。


「ママ、ママー!」


 あったかくってぬくぬくでやわやわの、ふんわりママー!


「ままぁ…っ まぁまー…っ!」

「まあ、メイちゃんったら甘えん坊さんね。メイちゃんの方が赤ちゃんみたいよ」


 そう言って、ぎゅうぎゅう抱きしめてくれる、母。


 ………これはリアルにGカップかな。

 記憶に覚えている胸より、育ってる…。

 ああ、本当にママは子供を産んだんだなぁ…と。

 なんだか変なところで納得しながら、感情のままママの胸に縋りつきました。


「あらあら…沢山泣いたの、メイちゃん。おめめが真っ赤よ?」

「ごめん、マリ…俺がヘマした」

「あなた?」

「その………メイに、説明全然してなくって」

「まあ…………………そういえば、私も話していなかったような?」


 だから、遅いよ2人とも! ちょっと悠長過ぎません!?

 子供に説明! これ大事!

 特に家族間の重大事なら、ちゃんと話し合って下さいよー!


「めぇぇぇ…」


 あ、また悲しくなってきた。


「あらあら、泣かないでメイちゃん。心配たっくさんさせちゃったわね」

「ままぁ…」

「ほら、メイちゃんお姉ちゃんになったのよ? 新しい家族が生まれたんだからメイちゃんも喜びましょう? 良いことがあったのに泣いているのはおかしいわ」


 私の涙をごしごしと拭いとると、ママはにこーっとお日様みたいに笑いました。

 これは…問答無用の時の母です。

 場の空気を読んだのか、タイミングを狙っていたのか。

 父がすかさず畳みかけてきます。


「ほら、メイちゃん。メイちゃんのきょうだいだ」


 父の腕には、ふんわりしたおくるみが抱えられていました。

 それも、2つ。

 ………え、なんで2つ?


 吃驚して目を丸くする私に見えるように、父が寄せてきた腕の中。

 そこにはすぴすぴと深く眠っている様子の、小さな小さな…


「弟のユウ君と、妹のエリちゃんだよ」


 私の新しい家族は、なんと双子でした。






 この日、思いがけない事件の日。

 あんなに大騒ぎしちゃったことが、とても恥ずかしいけれど。

 でも、とっても嬉しいことが起きた日。

 私に新しい家族が…兄弟が、できました。


 双子の小さな赤ちゃん。

 獣人の赤ちゃんは小さいと聞いていましたけど、本当に小さい…。

 私が赤ちゃんだった時は、自分自身が小さいからどのくらい小さいのか実感が持てなかったけれど。

 こうして少し大きくなって、自分の目で見ると本当に小さいと思います。

 

 6歳の私の、両掌に乗っちゃうくらいに小さくて、軽い。

 こんなにも軽いのに、でも重くて。

 いのちというものがこんなに軽くて良いのでしょうか。

 精神にかかる重みは………

 落としたら最後という精神的重圧はこんなにかかってくるけれど。

 あまりにも軽過ぎて、命という実感が薄れそう。


「みゅあ…」

「な、鳴いたっ!」

「鳴いたってメイちゃん………動物じゃないのよ?」

「で、でも動いたよ! 声が出るよ…!」

「赤ちゃんなんだから、動きもしますし泣きもするわよ?」


 ………うあーうあーうわーっ!! 

 ほ、本当に赤ちゃんだ!

 本当に生きて、活きた、うわぁ!

 もう、言葉にならない。


 動く姿に、泣く姿。

 あまりに自分と違う姿に、同じ生き物だという実感が薄いけど。

 でも一緒に接して、過ごして。

 そうする内にきっと、兄弟の実感とか、命の本当の重みとか。

 そういうものが感じられるようになっていくのかな…。


 言葉にならない、胸のうちの嵐。

 それを巻き起こした赤ちゃん達は、私の感情など知らない感じで。

 ただただこっくりと、出産の疲労が赤ちゃんにもあるのかな?

 私の恐る恐るとした抱き方にも文句を言うことなく、すぴすぴ。

 ゆっくりと深く、眠っているようでした。




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