2-7.猫さん家の朝
なんだかとんでもない夢を見てしまった気がします。
忘れましょう。
忘れましょう!
………3・2・1、はい! 忘れた!
……………現実逃避です。
無駄だってちゃんと分かってますよ、自分でも。
この、私が。
生まれ変わってなお、あのゲームに執着している、私が!
こんな予想外の邂逅を、忘れられるはずがないってわかっています。
………うー…辛いなぁ。
でもやっぱり忘れなくっちゃ。
だって、覚えていたら普段の生活がおぼつかなくなりそうだもの。
ふわふわと、浮かれてしまって。
今は浮かれるどころの段じゃ、ないっていうのに。
「――メイちゃん、起きたのかい?」
凛とした声がかかりました。
起きぬけに聞くと、ぎょっとします。
つい、きょろきょろ見回しても、目に入るのは私の頭を抱き込むようにして眠っているペーちゃんと、私の腰に腕を回して眠っているミーヤちゃんの2人だけ。
………昨夜、随分と心配かけたしなぁ。
遅くまで私に付き合ってくれた上に、物凄く心配をかけたからかな。
この、雁字搦めの様に2人に拘束された状況は………。
「おやおや…女性に対して、相応しい振る舞いではないね。我が息子ながら。全く………束縛の強い愛は万民受けしまいよ」
ひょい、と。
私の両脇に差し入れられた両腕に、持ち上げられました。
ペーちゃんやミーヤちゃんの腕から、引っ張り上げる形で。
「おはよう、メイちゃん」
「…おはよう、ミーヤちゃんのママ」
「ん、ふふ…一晩寝て落ち着いたのかな」
「………メイ、もう泣かないもん。ママはきっと大丈夫だもん」
「そうだね。だけど目元が腫れちゃって可哀想だ。冷やしてあげよう」
うっとりする様な蕩ける眼差しで微笑みかけてくる、ミーヤちゃんのママ。
………麗しき男装の美女にそんな笑顔向けられたら、照れちゃう。
いえ、今は大きなお腹にマタニティドレス姿なんですけれど。
ほら、普段の印象って中々消えないから…。
にしても、マタニティ姿が凄い違和感。
「さ、女を束縛するような愚息共は放っておいて、朝ご飯にしよう」
「メイ、お腹すいたぁ…」
「あれだけ泣けば、体力も消耗するさ。お腹もすくだろう。しかしメイちゃんは体力があるね。強い女性になれるよ」
「ほんと? メイ、強くなれるかなぁ?」
「ああ、勿論だとも。私が保証しよう」
「ミーヤちゃんママのお墨付きもらっちゃった!」
「ふふ…お墨付き、か。メイちゃんは難しい言葉を知ってるね?」
夜更かしが響いたのか、ミーヤちゃんとペーちゃんはまだ夢の中。
私が消えた後、何かを探すように手が彷徨ってましたけど…
それぞれ枕と毛布にメイの代わりを見出したようで、ぎゅぎゅぎゅっとお布団の上に大人しく転がっています。
昨日はメイが心配だったのか、誰もベッドを使いませんでした。
床の上に大きなマットを何枚か敷いて、皆で雑魚寝です。
中央に私を配し、両脇に男の子達。
更に私達3人を挟むようにして、ミーヤちゃんのご両親が寝ていた訳ですが……
ミーヤちゃんのご両親は既に起きだしていたようです。
夜更かし平気な大人だもんね!
メイの体は6歳なので、ちょっとの夜更かしも響くけど!
ミーヤちゃんのママは軍事行動に慣れているし、パパは夜更かし上等(偏見)の学者さんです。
猫さんだけど睡眠コントロール完璧な獣人奥さんの小脇に抱えられて、私は食卓へと連れ出されました。
「あ、シュシュ。メイちゃん起きたんだね」
「おはよー、ミーヤちゃんのパパ」
「おはよう、メイちゃん」
穏やかに微笑んで迎えてくれるのは、ミーヤちゃんのパパさん。
うだつの上がらなさそうな雰囲気でおっとりとした学者さん。
ミーヤちゃんと同じ髪質だけど、毛並みは真っ黒な猫獣人さんです。
ここの御夫妻は旦那さんが黒猫、奥さんが白猫さんの獣人なんですよね。
ちなみにミーヤちゃんは髪質は父親譲りだけど、その他は母親似です。
猫のママさんは前にも言いましたけど普段は男装の麗人であり、軍人で………
ぶっちゃけて言うと、アレです。
フランス革命を題材にした某名作少女マンガの主人公に似ています。
あの男装ヒロインの髪を銀色にして、猫耳と猫尻尾を生やして、全体的な線をほっそりさせれば完璧にミーヤちゃんママが再現できます。
初めてミーヤちゃんママの軍服姿を見た時は、神の降臨かと思いました。
お陰でミーヤちゃんのママに会う度に、某女だけの歌劇団を見に来たような気になります。
昔は特にファンとかじゃなかったんだけどなぁ…
身近に見ている内に、段々物凄くかっこいいモノを見ているような気分になって来て、今ではミーヤちゃんママを見る度に内心できゃーっと叫んでいます。
はっきり言いましょう、私はミーヤちゃんママのファンです。
それと同時に、言動の可愛いミーヤちゃんパパに和んだりもしているので、ここのご夫婦に会うと癒されます。
「メイちゃん、もう泣きやんだんだね。偉いね」
「わう。もっと褒めて、ミーヤちゃんパパ」
「えらいね、えらいねぇ」
………たまに、このパパさんは乙女じゃないかと思います。
言動が、言動が前世でお世話になった保育士のお姉さんを思い出す!
「ねえシュシュ、朝ご飯を作ってくれるのは嬉しいんだけど…このお肉、メイちゃんは食べられるかな? これ、マトンでしょ?」
「あ…しまったな、つい。メイちゃんに配慮すべきなのにうっかりしてしまった」
「急いでサラダと野菜スープを作ろう。せめてそれくらいは必要だよね?」
「メイちゃん、それで良いか? 待てるかな?」
「ごめんね、メイちゃん。急いで食べられる物を作るから」
そして猫さん一家は朝からお肉なんですね、わかります。
わーお、肉食一家………朝食はサラダとフルーツな私の家とは大違いです。
ですが、ここは猫さんの家。
食べさせてもらう身で、文句は言いません。
「メイ、羊肉でも大丈夫だよー」
「「えっ!?」」
御夫妻に、びっくりされてしまいました。
そのことに、逆にメイも驚きなんですけどー…
メイとメイのママは、羊の獣人です。
更に言うと、パパは馬の獣人。
なので違う種族の人には野菜しか食べないと勘違いされることが多いんですが………獣の性質を持っていても、獣人のベースは人間です。
なのでどの獣人種も、お肉や野菜など動物の習性に左右されずに摂取出来るんです。好き嫌いへの影響は、別として。
子供の頃は獣性に引きずられて、かなりはっきりと好き嫌いも出ますが…
バランスよく食べないと体調を崩すのは獣人も同じなので、大概の家では肉も野菜も万遍なく食べられるように躾けます。
獣性が違うとは言っても、猫さん達も獣人一家。
そのことは理解されているだろうと思っていたんですが…
「いや、そういうことじゃなくてな…メイちゃん」
「その………共食いみたいな気にならないのかな、って」
「……………おお、なるほど!」
………普通は、そういう発想に至るものなんでしょうか。
でも全然別種のイキモノだって、獣人でも割り切って生活してるのにね。
この間なんて、父が馬刺し食べてるの発見したし。
あの時は目撃して微妙………あ、こういうことか。
私は、猫さん夫婦の感じたことを理解しました。
「んーと、ね。メイ、好き嫌いないよ(セロリ以外)!」
「それじゃあマトンでも大丈夫かな…食べてみる?」
「うん!」
ネコネネさん家の朝ごはんは、朝っぱらからジンギスカンでした。
これはこれで、たまには良いかな、と。
そう思いながら、薄切りマトンを口に運んでいた時。
疾風が、駆け抜けました。
どばぁぁぁあああああんっ
凄い音と勢いで、開いた扉。
反動で戻りかける扉を、外側から押し入ってきた肉体が弾き飛ばして。
和やかに朝ごはんのジンギスカンを突いていた私達3人は、動きを止めました。
流石、軍人。
ミーヤちゃんママが一瞬で変事を悟り、臨戦態勢に移りますが…
……奥さん、妊婦ですよ。身重の体で無茶は止めて下さい。
マタニティ軍人を、慌てた様子で旦那さんが羽交い絞めにします。
そうする間にも、朝の光が逆光となって分り辛かった闖入者が室内に侵入…
………って、アレ!
「パパ!?」
「メイちゃん…!」
そこにいたのは、黒髪の怜悧な青年。
我が父、シュガーソルト・バロメッツ。
ってか父、こんな朝っぱらからどうしたんですか!?
母に付き添ってるんじゃなかったんですかー!?
………あと、いくら勝手知ったる他人の家でも、何の窺いもなしにいきなり乱入しちゃ駄目だと思います。
でもそんな、私達の動揺と硬直などお構いなしで。
周囲が完全に目に入ってない、我が父。
妙に興奮した様子で、黒馬が叫びました!
それは、歓喜の叫びで。
「メイちゃん、産まれたよ!!」
――え、なにが?
意味不明の叫びに「!?」となるのは、何故か私だけで。
私の左右で、猫さん夫婦ががたっと椅子から立ち上がりました。
さっきまでも緊迫していましたけど、その顔は驚きと喜び。
父の無礼を咎める気は吹っ飛んだようで、喜色満面に父に駆け寄ります。
「そう、か…! そうか、産まれたか!」
「やったね、シュガーさん! それで状態は!?」
「母子ともに、健康で…っ メイちゃん、喜んで!」
「え、なにを?」
思わず、素で返しました。
でも喜びが弾けんばかりに溢れる父は、興奮一色で気付かなかったようで。
喜び一杯の顔で、こう言ったのです。
「赤ちゃんが生まれたんだよ! メイちゃんは今日からお姉ちゃんだ!」
――What?
とりあえず、感情が言葉になりませんでした。