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2-5.2つの光




 気付いたら、ふわっとどこか知らないところに浮かんでいました。

 

 目を回した、お兄ちゃんと一緒に。


 ………どうやら落下の最中でも、私はお兄ちゃんの腕を離さなかったようです。

 凄いな、私の握力と執念。

 あんな洗濯機の中並の錐揉み落下状態でも離さないなんて!

 落下しているのか、浮上しているのか、勢いが強すぎるフリーフォール状態でいまいちよくわかりませんでしたけどね!

 

 でも、ここはどこだろう…

 宙に浮いているなんて有得ない事態を見るに、まだ夢の……な、か…?


 ひくり。


 意識していないまま、喉が鳴る。

 他は目に入らないくらいの強さで、凝視してしまう。


「ま、ま……?」


 まま、………ママだ!

 

 見知らぬどこか。

 でもそこがどこか、一瞬で理解しました。

 思い当たってみると、成程と頷ける内装。

 質素だけど清潔感のある部屋には、部屋の半分を埋めるベッド。

 枕の近くに椅子が一脚、後は小さめのチェストがあるだけ。

 カーテンで仕切ることのできるベッドの上には、身を横たえたママが。

 椅子には、ママを心配そうに見つめるパパが。


 ああ、ここは、病院だ。

 そして、ママがいる! パパも、一緒に!


「まま、ママーっ」


 どうにか近づきたくて、大きく身動ぎ。

 浮かんだままに、もだもだと藻掻く。


「お、おわぁっ?」


 腕を掴んだままだったから大きく引っ張られ、お兄ちゃんが目を覚ましました。

 ううん、ここは夢の中だから『目を覚ます』ってのはちょっとおかしいけれど。

 辺りをきょろきょろと見回して、宙に浮かんだ自分に気付いて。

 お兄ちゃんはぎょっとした顔で驚いていましたけど、私の顔を見ると何かに気付いた顔をして、途端に大人しくなりました。


「あ、あうぅぅぅ…お、おにぃちゃん、ママが! ママがっ!」

「待って、落ち着こう! じたばたしても酔うだけだって」

「ううぅぅぅぅぅ……」

「ほら、暴れても全然身動きできてないから。地に足つけないと無理だって」

「でも、だって、ママが!」

「いや、あの………落ち着け?」

「えうっ?」


 相も変わらずジタバタしていたら、お兄ちゃんに抱え込まれた!

 羽交い絞めよりはマシな扱いだけど…

 ………まるで馬を宥めるようにぽんぽんされています。

 め、メイちゃん馬じゃなくって羊なんだけどなーっ?

 続いて、これもまた宥めるような声音で囁きかけられました。


「ほら、落ち着いてよく見てみよう」

「え?」


 お兄ちゃんがそっと指差すので、私もつられて再びママに目を向けるけれど…


 ………あれ? けっこう元気だ。


 改めて冷静に見てみると、そこには深刻そうな空気なんて微塵もありません。

 いや、パパだけなんだか切羽詰った感じはするけれど。

 え、え? えー…?

 食い入るように見るけれど、ママはやっぱり元気そうでした。


 声は聞こえない。

 だけど穏やかな頬笑みを浮かべて、パパに何か声をかけているのはわかります。

 そんなママを心配そうに、パパがそっと寄り添ってママの腰を擦っています。

 ………こし?

 パパが物凄く心配そうに、やっぱりママの腰を擦っている。

 もしかしてママ、病院に運び込まれたってぎっくり腰か何か…?

 え、でも、獣人が………?

 とりあえず、深刻そうな空気は本当にどこにもありません。

 えっと………あれだけ騒いで、何なんですが。


「良かったな、お母さん大丈夫そうで」

「う、うん…」


 心底安堵した、と。

 お兄ちゃんの優しく慈愛深い眼差しが、とっても胸に刺さりました。

 お、大騒ぎしてごめんなさい……っ

 欠片も責められていませんが、なんだか物凄く申し訳なくなりました。

 というか、恥。恥かしい………っ

 迷惑と心配をかけた自覚があるだけに、本当に物凄く。


 しょぼーん、と。

 落ち込んで悄然と肩を落とす私。

 でも母の大丈夫そうな姿を見て、ほっと安心していました。

 これが夢の延長で、私のただの妄想かも知れませんけれど。

 それでも夢とはいえ、母の無事な姿を見てすっと心が落ち着くのを感じます。

 あれだけ大騒ぎして、なんだけれど。

 気休め以上の効果が、『見て確認する』という行為にあったみたい。

 これが本当の光景かは、わかりません。

 だけどなんでか、信じられました。

 あの光景の通りに、母はきっと大丈夫だと。




 安堵して、それに気を取られて。

 私は全く気付きませんでした。

 お兄ちゃんが、私の目には映らないモノを目にしていたこと。


 私には、見えなかったんです。

 母の腹部にまとわりつく、2つの光が。

 

 明晰夢とか見られるけど、霊感の類はさっぱりな私。

 常人には見えない白と黒の2つの光は、楽しげにさざめいて踊る。

 母の周りを追いかけっこでもするように、くるくると回る。

 やがて私とお兄ちゃんに気付いた光から、きゃらきゃらと楽しそうな幼児の笑い声が聞こえたそうだけれど………


 やっぱり、私はそれには気付けませんでした。

 ただ、お兄ちゃんだけ。

 お兄ちゃん1人が、それに目を止め、耳を澄まし、気付いていて…。

 私の身体を抱え込んだまま、私の頭の上に乗ったお兄ちゃんの頭。

 頭上にあったので、私はさっぱり気付かなかったけれど。

 2つの光に目を止めたお兄ちゃんは眩しげに瞳を細め、次いで笑みを浮かべて。

 何より微笑ましげな顔で、私のことを見下ろして。

 楽しそうに、私の白い耳を引っ張りました。


 ぴる…っ

 引っ張られて、反射的に耳が跳ねます。


「お兄ちゃん?」

「ん?」

「なんだか、楽しそう。どうしたの?」

「ん…何でもない。それよりそろそろ帰ろう。君も、母さんの無事な姿を見て安心したみたいだし」

「あ、………うん!」


 でもどうやって帰るのかな?、と。

 その疑問が湧き上がるよりも早く。

 私が頷いた瞬間でした。

 私とお兄ちゃんの周りが、前触れなく銀色の光に包まれたのです。

 また、銀色の光でした。

 さっきの、足下から溢れて噴き出した、あの光と同じ。

 私とお兄ちゃんはいきなりの光に目が眩み、咄嗟に固く目を閉じました。


 銀の光は、私達が目を閉じたらすぐに収まって…

 怖々と目を開けてみるまでの時間は、きっと10秒くらい。

 その、短い時間で。


 目を開けたら、そこはもう木漏れ日の射す緑の森でした。

 お兄ちゃんの、夢の世界の。


 一瞬で戻ってきた状況に、私とお兄ちゃんは顔を見合せてポカンとして。

 望んだ通りの状況になっていること、何だかんだで願いが叶っていること。

 そのことに気づくと、なんだか力が抜けてしまって。

 私とお兄ちゃんは2人、足腰の力が抜けてしまったから。

 脱力するに任せてずるずると地面の上に腰を落として足を投げ出して。

 2人そろってすっかり地面の上で伸びてしまいました。


「なんだか疲れた…」

「………俺も」


 ここ1年はずっと、ゲームの内容を回想する夢ばかり。

 自然と『頑張る誰かを傍観する私』という仕様で。

 私自身が何かをしたりする夢は、久しぶりで。

 こんなに疲れる夢も久しぶりだなぁと。

 なんだかおかしくなってしまいました。


「ふふふ………っふ、う、ううぅ、う、う、うえぇぇぇぇええええええ…っ」

「え、あれっ?」

「うあぁぁぁああああああ…んっ」

「わ、笑いだしたと思ったら………どうして泣くんだっ?」

「あ、あ、あん、安心、してぇ………ふえぇぇええええっ」

 

 ………おかしくなって、笑いが口をついて出た筈だったのですが。

 気が緩んだ、のかな。

 もう泣く理由なんて、何もない筈なのに。


 ママが、元気だった。

 大丈夫そうな姿が見えた。

 そのことに、安心して。

 今度は、嬉しくて。

 

 泣いたらお兄ちゃんに迷惑をかけると、わかっていました。

 わかって、いたけれど………


 中々治まらない涙に、止まらない嗚咽。

 お兄ちゃんはそんな私の隣で、途方に暮れたような顔。

 ただ背中を撫でてくれる、お兄ちゃんの手が温かでした。


 気まずいのか、戸惑っているのか。

 言葉はなかったけれど。

 近くにいてくれる。

 背中を撫でてくれる。

 そのことで落ち着ける気持ちもあるんだなぁと。

 泣き喚く口とは裏腹に、私の気持ちは徐々に静かに落ち着きつつありました。

 それでも、泣きやむのには時間が必要だったけど。







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