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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
10さい:『序章』 破壊の足音を聞きながら
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11-28.侵食するメルヘン




 そこは、新緑の匂いがする場所でした。


 だけど。


何も見えない夜の闇。

 薄く棚引く雲が、月も星も覆い隠す。

 黒い影に沈んだ森が、不気味な葉擦れの音を立てる。


 嵐に覆われたように、強く激しい風が吹き荒れた。


 人の不安を煽るような風音だった。


 この世界(ユメ)のどこかに、リューク様がいる。

 非情な現実に、打ちのめされて。

 セムレイヤ様の言が確かなら、泣いている。


 さて、こんな世界で。

 リューク様は一体どこにいるのでしょうか。

 考えるより先に、私はざっくざくと歩み始めていました。

 こんなこれ見よがしに目の前に森が広がっているんだもの。

 探し人はこの中にいるに決まっています。

 森の何処にいるかまではわからないけど。

 いない時はいない時で、その時はセムレイヤ様にも捜索に力を貸してもらっちゃおう。


 私はカラ元気にちょっと陽気な様子を演出して。

 めぇ、めぇと鳴きながら森の植物を掻き分けてメイは進みました。足は蹄だけれど!

 真っ白い子羊メイちゃんが、カロン、カロロンと首に付けた小さなベルを鳴らしながら場違いに真っ黒い森を歩く。

 なんだか傍目に見ると絵本の一場面っぽい気がしなくもない。

 ……ホラー映画の生贄ポジションっぽくもあるけど!


 夢の世界はその人の精神世界。

 深層心理が絡んでくると、とても複雑化して迷路みたいになるとセムレイヤ様に注意を受けています。

 私の夢とは勝手が違う。メイちゃんみたいに夢を自分でコントロールして自由自在なんて人は滅多にいない。

 だから、リューク様の夢の世界で迷子にならないよーにって。

 その為に、セムレイヤ様は私の首に小さなベルを付けてくれました。

 他人の夢の中だから、やっぱり注意が必要で。万が一に迷い惑って抜け出せなくなった時は、この音を頼りにセムレイヤ様が回収してくれる手筈なんだけど。

 うん、なんかとっても家畜っぽい。カウベルってヤツを思い出すよ、セムレイヤ様!

 あまりに呑気で平和な音が、不気味な森の中に響きます。

 場違いだよ。思いっきり場違いだよ、この呑気なベルの音……全力で悪目立ちだよ! 周囲は他に誰もいないけど!

 こうなったらこの世界をメイちゃんがメルヘンに染めてやる……!

 そんなヤケクソ気味な気持ちで森の中を進むこと、暫し。


 なんか、聞こえた。


 それはどこかで聞いた覚えのある声。

 かなしくて、かなしくて。苦しさの滲んだ悲痛な泣き声。

 それは私の耳を引っ張り、心臓を掴む。

 気になって気になって、どうしても意識を傾けずにはいられない声でした。

 私はその声をよく聞こうと、声の発生源を探ろうと、足を止めて静寂の中。

 目を閉じて、耳を澄ましました。


「………………あっちからだ」


 昔、なんだかこれと同じようなことがあった気がします。

 そう、あの時(・・・)もどこかから誰かの『泣く声』が私の耳にまで届いたの。

 リューク様の、声が。


 そういえばリューク様は、自分だけが家族と血が繋がってないって。

 悲しいって夢の中で泣くような……そんな、繊細なところのあるひとで。

 でも。


 ――泣き虫はバイバイしたんじゃなかったの、『おにいちゃん』。


 あの時を彷彿とする辛そうな嘆きの声に、私は思わず胸中で……『リューク様』じゃなく、あの時に夢の中で出会った『おにいちゃん』に呟いていた。

 2人ともおんなじ人だって、ちゃんとわかっているのにね。


 やがて森の奥の奥、これ以上はないって程に奥まった場所で。

 もう木々の緑が濃いなんてレベルじゃなく、微かな光も生い茂る緑が遮って、何も見えなくなりそうな闇の中で。

 私は、淡く燐光を放つ自身を丸めて蹲り、1本の大木の根元で泣き伏す少年を見つけました。

 自分が光ってるなんて気付く様子もなく、自分から闇に(うず)まろうとしているように見える。

 そんな危うい、壊れてバラバラになってしまいそうな傷ついた姿。

 彼は、この不安定な世界の中で、確かに『特別』な存在でした。

 この(ユメ)の主なのだと、一目で知れるくらいに。


 まだ私の存在に気付かない。

 ううん、自分のことに手いっぱいで、周囲を見る余裕なんてなさそうなリューク様を、木陰から首だけ出して眺める私。

 さて、ターゲットは発見しました。

 セムレイヤ様の仰る通り、精神的にズタボロの様子で何もかもを拒絶したようにただただ泣き続けている。

 そんな彼を慰めろ、というのが今回の指令な訳ですが!

 …………あんなガチで絶望の涙を流すリューク様を、私にどう慰めろと。

 潔く、ここは『ゲーム』の登場人物な皆さんにお願いすべきだったんじゃないだろうか……そんな懸念が、胸中を過った。

 夢の世界で動くことに不慣れな人間は、他人の夢に移動するのもそこで行動するのも難しいって、慣れていないだけ迷う可能性が高くって危険だって、セムレイヤ様に言われていたけど。


 リューク様の前に出ていけずに二の足を踏んで、それでも見守っている内に心配が勝って。

 やがて私は、おずおずと……気が付いたら、足を踏み出していた。

 それから拒絶されたら嫌だなって思いながら。

 ここは夢の中、夢だから夢!って自分に言い訳しながら。

 私は鳴いた。


「 メェ 」


 我ながら、どこからどう聞いても羊の声だった。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 なんで。

 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。


 頭ががんがんする。

 同じ言葉ばかりが無限に繰り返される。


 こんなこと望んでなかった。

 誰も、望んでなかったのに。

 どうして。

 トーラス先生、みんな、どうして。


 諦めきれずに。

 だけど諦めなくっちゃいけなくて。

 俺は何度も、何度も失ってしまったひとの名前を呼んだ。

 それ以外に何もできない自分が憎かった。

 こうして泣くしかない、弱くて無力な子供の自分が。

 そしてこうなるに至った元凶……俺達の村を襲ったあの男も、この夜も、何もかもが。


 憎かった。

 悔しかった。

 ……辛くて、悲しかった。


 もっと色々教えてほしかった。

 もっとたくさん話がしたかった。

 ずっと一緒にいてくれると信じていた。


 だけどもう、いないんだ。

 みんなみんな、いなくなってしまったんだ。


 俺がこの村にいたせいで。

 あの男が、この村に来たせいで。

 

 俺が、あの男を呼んだのか。

 どうして俺を育ててくれた優しい人達が犠牲にならないといけないんだ。

 戻らない時の流れを、ただただ恨む。


「俺だけを殺せよ。どうして他の人が死ななくちゃいけないんだよ」


 胸も頭も、全身も。

 自分の何もかもが動きを鈍らせていく。

 それでも『心』が、体の中のどこにあるとも知れない場所が、無性に痛かった。


 もういっそ、このまま心を殺してしまおうか。

 そうすればもう、痛くはならない?

 楽になれる……?


 楽になんてなっちゃいけない筈なのに。

 悪いのは俺で、罰を受けないといけないのも俺なのに。

 あまりに痛すぎて、辛くて、苦しくて。

 この余計な痛みを訴える『心』を、潰して捨ててしまいたくてならなかった。


 ぎりぎり、手放すか抱きしめ続けるかで迷う。

 苦しさに苛まれる、そんな最中に。



「 メェ? 」


 

 近いところから、聞き覚えのある声がした。

 呑気で平和。そんな印象の柔らかい声が、予想していなかった至近距離から。

 意表を突かれて、驚いた。


 一瞬止まったのは、思考か息の根か。

 いや、息の枝葉くらいかな。根っこまではいかない。

 とりあえず、頭は真っ白に染まった。

 今の今までぐるぐると考えていたことも、渦巻いていた言葉も、全部止まって。

 あれ、今まで何考えてたっけって……大きな空白が生まれた。

 思ってもみない声だったし、そもそも聞こえてくる筈がないって頭の片隅で何故かそう思う。

 確かめたい気持ちで、動きの鈍い頭を上げた。

 そうしたら、手を伸ばせば届くくらいの距離に。



 真っ白い、毛の塊が。



 あ、ふわもこ。

 

 見た目の第一印象は、それだった。

 平和の使者みたいな呑気な生き物に見える。

 真っ白に染まった俺の思考回路と同じくらい、ただただ白い。

 首に巻かれた真っ赤なリボンと、リボンから下がるベルは似合っていて。

 どこからどう見ても、その姿は絵本に出てきそうな愛らしい子羊で。

 俺は困惑から子羊を凝視し続けた。

 なんだか見覚えがある。


「……めーちゃん?」

「メェ……」


 返事をするみたいに、子羊が鳴き返してくる。

 おずおずと最後の距離を詰めてきた子羊が、すりっと。

 泣き濡れた俺の頬に、擦り寄ってきた。

 まるで使えない前足の代わりに、自分の毛並みで俺の涙を拭うみたいに。


 こそばゆい。

 

 思うと同時、気が緩んだ。


「う、うぁああああああああああああああ……っ」

 

 みっともなく、身も世もなく泣いて。

 縋れるモノが欲しくて、欲しくて。

 まるでぬいぐるみを力いっぱい抱える幼児みたいに、目の前にある温もりを抱きしめた。

 羊のふかっとした毛に、顔を埋めて。

 俺はただただ全力で泣いた。

 他に何かを考える余裕もなく、ひたすらに泣くだけ泣いた。

 余計なことは何も頭に浮かばなかった。

 シンプルに泣くという行為だけに没頭する。

 もう小さい子じゃないのに、なんて羞恥心は涙が枯れた後に来れば良い。

 

 おかしいな。

 さっきまでも、同じくらい泣いていたのに。

 だけどなんだか……さっきほどの我慢できない苦しみはなくて。

 暗く、黒く、どろどろしたものはどこにもない。

 涙の種類は変っていた。

 複雑な憎悪から、純粋な悲しみに。


 俺の顔を覗きこんでくる青い目が、心配そうで。

 目線を伏せられると、ばさばさの白い睫毛が青い目に憂いの影を落とす。

 やわらかい温度ですり寄る体に、なんだか慰められているような気がして。

 子羊まで、俺と同じくらい悲しんでいるように見えた。

 そうだ、俺は悲しいんだ。

 悲しみだけに浸って良いんだ。


 闇の中に沈み込むよりも。

 今は真っ白くてやわらかくてふかふかした子羊の羊毛に沈んでいたい。


 泣き疲れて何もかもがどうでも良くなるまで。

 俺はおろおろする子羊を全力で抱きしめ続けた。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 誰かたすけて。


 不用意に接近したら、めっちゃ人肌恋しいとばかりにぎゅってされて離してもらえません! メイちゃんいま人じゃなくって羊だけども!

 え、え、えぇ!?

 ちょ、メイ、これどうしたら良いの!?

 リューク様にぎゅぅってされてるよ!? え、されて良いの!? されたまんまで大丈夫なの!?

 メイちゃんはいま、全力で混乱しておりました。

 うわぁ……セムレイヤ様は側についてるだけでも良いって言ってたけど、全身でくっつかれているこの状況どうすれば良いの!

 

 ……嫌な訳じゃないけど。

 メイちゃん、まだまだ子供だし。それにいま羊だし。

 抱きつかれたからってどうってことない……けど。

 それでも狼狽えるし、混乱するし戸惑うし。

 だからっていっても、ただならぬ様子のリューク様を無理やり引き剥がす気にもなれないし。

 え……これもしや、リューク様が目覚める気になるまで抱き枕コースですか…………?




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 森の中での朝。

 頑健なラムセスの体に守られて、3人の子供が泥の様に眠っていた。

 

 そんな中、目が覚めて少年は1人、ぽつりと呟く。


「……羊が好きなのかな、俺」


 メイちゃんが前世でやり込んだRPGの主人公、リューク。

 彼にゲーム設定にはない『羊好き』という属性が芽生えた瞬間だった。



→ リュークは『羊マニア』の称号を手に入れた!

 この後、羊グッズとか見つけると集めたくなるようになる。


犠牲になった人 = トーラス先生と村人たち → 全員生きてる。

実は誰も死んでいないことを、リューク様は知らない。


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