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2-3.父は説明が足りない



 ヴェニ君監督の元、修行を始めて3ヶ月くらい過ぎました。

 頭が冷静になってきたのか、最近気付いたんだけどさ………

 うん、組手の頻度が上がったけど、毎日やっていることがヴェニ君と鬼ごっこしていた頃とあまり大差ない気がするよ…。

 走って、走って、走って、とにかく体を動かして。

 ヴェニ君の動きを見切ろうと、目を鍛えて、目を鍛えて。

 そして組手、組手、組手………


 内容の密度は今の方がぐっと上だけど、さ…


 うん、やってること自体は前と変わんない。


 ………もしかして、私、正式に弟子入りする前から半ば修行つけてもらっているのと変わらない状態だったんじゃ……………


 まあ、ヴェニ君が身を入れだしたから質は上がってるけど…。

 こんな状態で、大丈夫かなぁ。


 これは、私が毎日そんな感じの小さい悩みにうだうだやっていた時のこと。

 ある晩、我が家に事件が発生したのです。



 私はすっかりぐっすり、夢の中。

 現実さんにバイバイして、いつも通りゲーム主人公の夢を見ていました。


「うぅん………むにゃむにゃ。りゅーくしゃまぁ…」


 呑気にゲーム主人公の名前を呼んじゃったり、して。

 良い感じに格好良いゲーム登場人物達が脳内でフィーバー状態でした。

 そうしたら、


「メイちゃん…っ!!」

「ふみゃっ!?」


 そうしたら、大慌てに息せき切って、父が私の部屋に飛び込んで来たのです。

 まさに泡を食ったような慌てよう。

 父、何事ですか…!?

 ただならぬ空気に、私も思わず飛び起きましたよ!


「ぱ、ぱぱー…?」

「メイちゃん、起きて!」

「ぱぱ、どーしちゃのー……?」


 起きぬけで、舌が上手く回りません。

 でも舌ったらずな喋り方でも、頭は緊急事態を察して覚醒していました。

 ただし、父の慌てぶりに触発されてかなりの混乱状態でしたが。


「メイちゃん! パパはこれからママに付添って病院に行ってくるから!」

「まっママ? パパ、パパ、ママがどう…っ」

「良いかい、メイちゃん!? ネコさん家に頼んであるから、メイちゃんはミーヤ君のお家でお留守番してるんだ。状況が落ち着いたら、すぐ迎えに行くから!!」

「ぱ、パパーっ!?」


 お、お願いですから説明ぷりーず…!


 しかし、残念なことにパパはどんな緊急事態なのか滅茶苦茶テンパっていまして……旋風(つむじかぜ)のような勢いでさっと私を抱き上げると、そのままダッシュ!

 気付いた時には私はお出かけセットと共にミーヤちゃん家に預けられてました。

 そうして私は、馬獣人の面目躍如とばかり流石の速度で走り去る父の姿を、ただただ茫然と見送るばかりで。

 は、はは、…もう背中も見えないよ。

 どんだけ慌ててたの、父。


 ついに最後まで、碌な説明はなく。

 しかし『ママ』『病院』『付添』という並べ立てると嫌な気しかしない不吉な単語の羅列に、私の小さな胸は破裂しそうです。


 ぱ、パパー!? 説明はー!?

 

 それからの十数時間、私は不安に怯える恐怖の時間を過ごす羽目になりました。




「めえぇ…めぇぇ……」

「メイちゃん、そんなに泣いたら目が溶けるよ」

「メイちゃんのママなら心配いらないさ。きっと元気で帰ってくるから」

「めぇぇ…」


 ミーヤちゃんのご両親が慰めてくれますが、私の目から涙が滂沱。

 うん、全然止まりません。

 不安で不安で心配で、寂しくて。

 ミーヤちゃんのご両親じゃなくて自分の両親に側にいてほしくて。

 止まらない涙を拭うこともせず、ぼたぼたと流れるに任せたまま。

 お気に入りのテディベア(リュー)に顔を埋めて泣いていました。

 あ、ちなみにテディベアの名前の由来はゲームの主人公(リューク)です。


 獣人は自慢じゃありませんが、体力と身体能力が他の種族に比べてずば抜けています。その恩恵は回復力にも及んでいて、骨折でもない限りちょっとやそっとの怪我ならすぐに治ってしまうほど。

 病気にもあまりかからないので、医者知らずの病院不要種族と揶揄されるくらいに、滅多な事じゃ病院になんて行きません。

 なのに、母は………母、一体どうしたんですか…っ

 今日……ううん、昨日までは、あんなに元気だったのに…!

 何か悪い病気にでもかかったんでしょうかっ?

 ああ、そう言えば何カ月か前、しばらく体調が悪そうにしていたことがありました……母は大丈夫だと言っていましたが………

 も、もしかして、何か性質の悪い病気にかかっていて、それが悪化とか…!?


 嫌です。


 不安で、不安で、悪い想像が止まりません…! 


 嫌です!


 もしも母がし、死ぬ、なんてことになったら…


 嫌です…!!



「め、めぇぇええ…」


 もう私の口からは泣き声…というか、羊の鳴き声しか出てきません。

 ………獣人って、混乱すると動物の鳴き声が口から出るんだー…

 微妙に冷静な頭の一部分は、それでもやっぱり混乱の影響を受けているのかどうでも良いことに気を取られていました。


「し、シュシュ…メイちゃん、全然泣きやまないよ」

「困ったな。このままじゃ小さいメイちゃんの体力が…」


 ああ、ミーヤちゃんのご両親にも心配をかけている。

 ミーヤちゃんママは特に今、大事な時で心配なんてかけたくないのに。

 でも涙が出ちゃう。

 女の子だもん、仕方ないよね…。

 メイ、ちっさいし……。


 おなかに赤ちゃんがいるという、ミーヤちゃんママ。

 臨月が近いらしく大きなお腹で、それでも私を気遣ってつきっきり状態です。

 いや、奥さん…私に構わず体を休めて下さい。後生です。

 理性はそう思うけれど、感情面はそれどころじゃありません。

 頭の中に確かにミーヤちゃんママを気遣う部分があるのに、荒れ狂う心は自分のことでいっぱいいっぱい。

 正直に申しまして、他人に構っていられません。


「めぇぇぇ…」


 ママ、ママ、本当に死んじゃったりしないよねぇ…っ


 泣きやまない上に、最近体力が付いてきたからか中々寝落ちしない私に、猫獣人さん夫婦は困ってしまった様子で。

 誰もが途方に暮れたような空間の中、騒ぎに気付いて起きだしてきたミーヤちゃんも、泣いている私を自分の家に見つけて吃驚です。

 目を丸くして仰天した後、慌てて私に駆け寄ってきます。


「め、メイちゃん! どうしたの…!?

………あれ? メイちゃんがいるのに、お、おじさんとおばさんは?」

「あ、ばか」


 しまった、と。

 ミーヤちゃんママが呟きますが、それどころではありません。

 ミーヤちゃんの口から私の両親を示唆する言葉が出てきたからです。

 聞いた瞬間、既に決壊している涙のダムが更なる爆撃を受けて大破しました。


  ミヒャルトの せいしんこうげき !

  メイはこころに 50 の ダメージをうけた!

  メイの涙腺が 崩 壊 した!


「め、めえぇぇぇぇっ」

「更に泣いた!? え、なんで!? ぼ、僕、何かまずいこと言った…っ?」

「言ったんだよ、ミヒャルト…」


 混迷を極める現場に、疲労に塗れたネコさん夫妻の引き攣った声が落ちました。


 


 それから間を置かずして、今度はペーちゃんがやって来ました。

 え、なんで?

 時刻は丑三つ時、お子様ならおやすみぐっすりの時間です。


「ミヒャルト、メイちゃんが大変だって…!?」

「そうなんだ、スペード。見てわかると思うけど!」

「お、おおう………めっちゃ泣いとる」


  ミヒャルトは なかま を よんだ!

  スペードが あらわれた!

  ミヒャルトとスペードは様子をうかがっている!


 どうやらペーちゃんは、ミーヤちゃんが呼び寄せたようです。

 1人で来る訳はないし、その後ろにはペーちゃんパパがいます。

 どうやら親御さんの許諾はあるようだけど、どんどん大事に……


「僕達だけじゃ手に負えないんだよ…いつもにこにこしてるメイちゃんが、こんなに泣くなんて初めてだ。よっぽど辛いんだろうね…」

「メイちゃん、あまり泣かないもんな。でもどうして…あれ、そういえば?

なあ、ミヒャルト、メイちゃん家のおじさんとおばさんは?」

「あ、ばか」


  スペードの せいしんこうげき!

  メイは 80 のダメージをうけた!

  メイの涙腺が 爆 発 した!


「め、め、めぇえええええええええぇぇぇぇえええええええ………っ」


「め、メイちゃーんっ!?」


 禁句、発令。

 先程の光景を再現したような一幕が、繰り広げられることとなりました。

 幼馴染みって、行動やら何やらも似るんでしょうか…。




 気がついたらいつも一緒にいる、私達3人。

 本当にいつも一緒にいるから、物凄く私達って気が合うんだと思います。

 いつもの毎日に少しでも近づけることで、私の不安を取り除こうというのがミーヤちゃん一家の考えのよう。

 そしてその作戦は、ちょっとだけ功を奏しました。

 私は涙が止まらないながらも、いつも3人一緒の幼馴染に囲まれて、多分ちょっと安心したんです。

 涙が止まらないながらも、少し気が緩んで、うとうとして…

 

 私は気付かない内に、テディベア(リュー)を抱きしめたまま。

 左右をミーヤちゃんとペーちゃんに固められて、鉄壁の布陣!

 3人、ふかふかのお布団で慰めあうように身を寄せ合って…

 疲れ果てたまま、私は夢の中に沈み込んでいきました………。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 夢の中を、ふわふわと漂います。

 今だけは、不安も何も忘れたくって。

 胸の潰れるような心配を、忘れたくって。

 だからふわふわ漂います。

 夢の間に間を、飛び越えるように。


 今日だけは、夢も見ずに深く眠りたい。

 現実の不安も恐怖も、全部忘れたいから。

 

 いつもだったら見たい夢を手繰り寄せる時間。

 私は全ての夢を黒く塗り潰して、深く眠りに落ちようとしたんだけど……


 ………その時、『それ』が聞こえてきたんです。






『――う、く…っぐす、ひぃ…っく、う、うぅ…』




 なにか、聞こえました。

 

 白く靄のかかった、青い雲のむこうから。

 あお、あか、むらさき…

 いろんな色の雲が綿飴みたいに漂って、とても可愛らしい空間。

 お空には金平糖みたいなお星様がちかちか。


 なのに、こんなに可愛くて幸せそうな空間なのに。


 どこからともなく聞こえてくる声は、なんだかとっても辛そう。

 だれか、ないてるの…?


 きこえてきた声は、私とおんなじ、子供の声。

 さっきまで現実の中で私も泣いていたからでしょうか?

 なんだか放っておけないし、とても気になりました。

 本当は私も、それどころじゃないんだけど………


 私は、夢のない深い眠りに落ちようと思っていました。

 泥のように眠って、一時の安息に現実を忘れようと。


 だけど。


 ここは時間の経過なんて関係ない、ゆめのせかいだもの。

 ちょっとくらい、よそに跳び跳ねても問題ない、よね…?

 現実を忘れて眠り耽る前に、ちょっと様子を見に行こうと思ったんです。

 それは、なんとなく。

 寄り道みたいな、感覚で。

 気が、引かれたから。



 私は声の聞こえてくる方角に向って、大きくジャンプしました。

 見よ、偶蹄類の底力…!


 ぴょんとジャンプした私の体は、私でも驚くくらいにおおきく、大きく弾んで………まるでトランポリンみたいにぽわぽわしている雲にぶつかり、更に大きく跳ね飛ばされました。


 ――ひゃぁあああああっ


 もう、吃驚。

 吃驚ですよーっ!


 そうして跳ね飛ばされて、飛んで飛んで、大きく空に弧を描いて。

 

 やがてふわりふわりと、体は大きくあおられて。

 ゆっくり、ゆっくりと下降していきます。

 まるでパラシュートみたいにゆったりと。


 とん、と。


 勢い柔らかく、優しくふわり。

 近づく地面に、両足をそろえて着地を決めます。

 転ばずに、佇んで。

 そこが何処なのか、わからなかったけれど。

 推測するのは、難しいことではありませんでした。





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