11-26.ストーカー同盟の新しい仲間(スパイ枠)
勢いで捕獲した、中ボスのラベントゥーラさん。
ヴェニ君はこのまま然るべき場所にぶち込むって言うけど……
なんか将来的に監獄側に相応の被害を出しつつ脱獄されちゃう未来が見えるんだけど、本当にこのまま突き出して大丈夫なのかな?
そんな、首を傾げるメイちゃんです。
まあ、だったら突き出さずにどうするって話なんだけどね! 少なくともメイちゃん達の手に負えないことは確かだけど。
だけど物事は往々にして、よくわからない方向に転がるものなんだよね――と。
メイはこの後、それを実感しました。
「きゅー!」
「……あ。く、クリスちゃん!? ちょ、今ここに来ちゃ……!」
今までセムレイヤ様と行動していた筈のクリスちゃんが、私の所に帰って来ちゃいました……。
いや、そもそもノア様の近くを脱した後、合流する心づもりはあったんだけど。
でもね、クリスちゃん。
メイちゃん達はただ今不測の事態に遭遇中ーー!!
そんな言ってないからわからないよね、という此方側の都合お構いなしに。
空をパタパタ飛んでくる子竜がいっぴき。
「な……っ竜の子、だと!?」
そして案の定、ラベントゥーラさんに目撃されちゃいました。
うわーお、どうしよ。
セムレイヤ様以外の竜が生存していることをノア様に密告されるのは、とてもマズイ。物っ凄くマズイ。
ノア様が余計な警戒を高めちゃうと、物語が大きく変わる危機に直面しちゃうよ。
だからって仮にも神様相手に誤魔化すのも難しそう……まさか「あれは竜じゃなくって始祖鳥です!」なんて言っても、神殿の壁画くらいでしか竜を見たことのない下界の人々ならともかく、竜の生態に詳しい本物の神様相手に通用しないだろーし。
……やっばいなぁ、どうしよ!?
まさか手を打とうにも口封z……口止めも敵対関係にある神様相手に通じるとは思えないし。
このままじゃシナリオに差し障っちゃうよ。…………クリスちゃんを目撃されたまま中ボスを放流するのと、シナリオから中ボスの存在が消えるのと、どっちが『ゲーム』の『ストーリー』に影響少なく済むだろ……?
半ば本気で危険思想まっしぐらな検討を、頭の片隅でぎゅんぎゅん回す。
どうしたもんかと頭を抱えたくなった、メイの耳に。
だけど信じられない台詞が飛び込んできたのは、クリスちゃんを目撃された3秒後。
「まさか……! 『ゲーム』にはあんな竜いなかったはずなのに!」
……。
…………。
……なんですと?
なんだか今、ものすご~っく、聞き捨てならない言葉を聞いた気が!
メイは額に片手をやって、首をふるふると横にゆる~く振りながら。
ラベントゥーラ神の肩をぽんと叩いて言いました。
「ちょっと、メイとお話しよっか」
「は?」
とりあえず一先ずは真偽のほどを確認、それがいちばん大事だよね!
有無を言わさずお話合いを要求する、メイの頭の上で。
肩車するように乗っかったクリスちゃんが、「きゅいっ」と鳴いた。
そんな愛らしいクリスちゃんの顔を凝視したまま、ドジっ子中ボスさんは警戒と緊張の混じった小さな声で喋る。
「……私に、何を聞こうというのですか」
「うん、まずは『前世のお名前から聞いてみようかな』!」
「ちょっ!? え、はぁあ!?」
どんなことも、先制攻撃ってのはそれなりに有効だと思う。インパクトが大きいほど、主導権はこっちのもの。
そう思ったメイちゃんは、咄嗟に『前世の言語』を使って話しかけていました。
うん、記憶に知識はあっても使い慣れてないから、めっちゃぎこちなくなったけどね。
だけど、どうやら『前世の言語』は抜群の効き目を発揮したようで。
先手必勝! ペース引っ掻き回しまくって余裕なんてあげないんだから!
メイちゃんは相手が動揺してまともに反応出来ずにいる間に、混乱狙いで畳みかけました。
人間、慌てた時とか狼狽えた時とかに本音ってポロリしちゃうよね☆
「『ちなみに中ボスのおにーさんはゲームのヒロイン誰派? 』」
「えふぁ、ふ、はぃ? え、え……えっその言語は!?」
「『私はリューク様が幸せなら誰でもって思うんだけど、敢えて選ぶんなら幼馴染で共有する思い出の多いエステラちゃん推しかな! でもツンデレ魔女っ子も惜しいよね』」
「……っそこは『手厚い後方支援で主人公達の旅を健気に支え続けた非戦闘員! 王女こそが王道だし!』…………ハッ私はなにを!?」
「わーお、あっさり引っ掛かったー」
この世界に酷似した『ゲーム』はマルチエンディング。
イベントの合間に旅の仲間と友情や恋愛絡みのサブシナリオを進めることが出来た。
まあ『主人公』は自分の使命に真摯なキャラだったから、今はそれどころじゃないって言って露骨な恋愛シーンはなかったけど。じわじわ心の交流を深めて、エンディングで結ばれる的な?
それでもヒロインが複数いれば、やっぱり派閥が生まれるもので。
そっか、中ボスさんの『中の人』はお姫様推しなんだね。
どうやら胸の奥底に沈む熱いオタク魂の叫びを抑えきれなかった模様。
叫んだ後で愕然として、ポカンと呆けた顔をして。
「まさか、貴女も……『転生者なんですか』!?」
茫然と呟いたラベントゥラ神の言葉に、私はこっくりひとつ頷いた。
まさかこんなところに転生者がいようとは。
この世界に生まれ変わってから、10年……生まれて初めて見る、自分以外の転生者だった。
それが敵側の中ボスさんだとは思いもしなかったんだけどね?
あまりに衝撃が強かったのか、中ボスさんは茫然自失の態。
ここから更に揺さぶりをかければ、メイにとって有益な情報をポロリしてくれないものだろうか。
そう思って、僅かに口を開きかけた瞬間。
後方……燃え盛る炎と、倒壊した家屋に阻まれた向こう。メイ達が先程撤退してきた方向で。
爆音と共に巨大な光の柱が天へと延びた。
驚きと共に、目を焼く光に硬直する私達。
視線は逸らせなくて、視界は完全に役立たずと化した。
「何が起きたんだ!?」
「これは……っ」
動揺し、警戒を高める仲間達の声が聞こえる。
だけど聞こえた声は、私の耳を素通りしていく。
だって私の頭の中は、とある言葉で埋め尽くされていたから。
埋め尽くして、氾濫して、口から溢れた。
「そんな! 『序章』のメインイベント見逃した……!?」
『序章』の山場といったら、やっぱり。
ラスボスの影である偽セムレイヤ様との戦闘、そしてその最中に発動するイベント……小さな頃からリューク様を温かく見守り、導いて育ててきた師匠キャラとの死別イベントですよ!
特にどっちの師匠キャラが死ぬかによって変わる、最後の贈る言葉的な台詞が秀逸で……前世の私、号泣必至だった名イベントだよ!? 死を覚悟した師匠キャラの弟子への慈愛と厳しさが滲んでいて、温かな悲哀が……悲哀が!
ややこしい条件付けをクリアすれば、『ゲーム』のシナリオが大分進んだところで実は生き延びていた設定で再登場することもあるけど。
それでもこのイベントは、リューク様の子供時代との決別、そして強くなること、使命を全うすることを自分の意思で覚悟する、重要な成長イベントでもある訳で。
見たかった。
すっごくすっごくすっごぉ~っく!!
見たかったんだよぅ……!!!
それを、こんなところで。
たかが前世の記憶持ちっていう共通点が見つかったくらいだけの中ボスにかまけている間に。
「見逃した! 見逃しちゃったよぅ……!!」
「えっと、まず気にするとこってそれ……?」
地面に膝をつき、拳を地へと打ちつける。
本気で悔しがる気配を察したのか、視界が真っ白に染まる中でラベントゥーラ神の引き気味の声がした。
この場で私の気持ちがわかるのは同じ前世持ちの彼くらいだと思うんだけど……私の気持ちがわからないっていうの!? 裏切り者!
「あの、それより此処にいたら巻き込まれるんで逃げさせていただきたいんですけど!?」
「……ハッ」
そっちはそっちで若干取り乱した様子の、ラベントゥーラ神の声に正気が返ってきました。おかえり私の正気。
そしてお帰りになるなり私の正気はすぐに働いてくれて。
視界を潰されながらも、気付く。
――あっれなんだかこの光、徐々に大きく強く…………って、やっべ!
師匠キャラはそれぞれ足止めに残った方が、命がけの大技をかますのが『イベント』の流れ。
トーラス先生は魔法使い。
ぶっ放される大技は、当然ながら魔法な訳で。
光の柱が次第に大きくなっている気がするのは、気のせいですか!?
ううん、そんなことないよね。
「ヴェニ君ヴェニ君ヴェニくーん!!」
「っどうした!」
「それからペーちゃんミーヤちゃぁぁああん!!」
「どうしたメイちゃん、俺はこっちだぜ!?」
「何が起きてるかわかんないのに迂闊に騒ぐのは危険じゃ……」
「それどころじゃないよぅっ退避! 緊急退避!」
「……あ゛?」
「光! だんだん大きくなってるでしょ!? 村にいたら巻き込まれちゃう! から! 大至急、村の外の森まで退避ぃぃ――――!!」
たぶん、きっと。
獣人の野生の勘が働いたんだろうね。
私が危険を示唆するなり、だった。
皆の反応が素晴らしいこと素晴らしいこと……即、ダッシュだった。
視界が全然働かない、光に呑まれつつある障害物だらけの壊れていく村の中。
それでも誰1人躓くことなく、速度を緩めることなく、走る足音が重なる。皆、流石だなぁ……。
これも野生の勘の成せる業、なのかな。
私達は誰も置いてきぼりになることなく、危険を察知するなり森に走って飛び込むことに成功した。
そしてラベントゥーラ神は置いてきぼりになった。
私達自身、危なかったんだから仕方ないよね!
ぐるぐる簀巻状態で縛られて、碌に歩けもしない敵方の人間を構ってる暇がないのは仕方がないと思うの!
……遠くから悲鳴が聞こえた気がしたけど、気のせいだと思う。うん、きっと気のせい!
閃光。
爆発する光。
降り注ぐ流星雨みたいな煌めきの欠片。
膨れ上がる光は私達の予想を超えて強くて、大きくて、激しくて。
全身が、ううん、森全体が光に脅かされてぐらぐらと煮え滾った釜の熱湯みたいに揺さぶられる。
空が、大地が、歪んでいく気がした。
目も開けられないし、目を開けても光が強いばかりで何にも見えなかったけど。
そういう感覚が、自分の身体にまで及ぶ。
ショックが強過ぎたんだと思う。
私達は獣人で、魔法を使う適性がなければ魔法への耐性も低い。
そこにこんな強過ぎる大魔法に巻き込まれて……影響されるなっていう方が無茶な話。
心身ともに、大きく揺さぶられた。
立っていられないほど、意識を保っていられない程に。
全身を苛む圧力に耐え切れず、私は気を失った。
皆はどうなったんだろう、リューク様達は無事かなって……ぼやける意識の片隅でただそんなことを呟きながら。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
…………。
………………。
………………。
………………。
…………………………
『メイファリナ、メイファリナ!』
「う、うぅ……メイちゃんの名を呼ぶのは誰~……」
『 大丈夫ですか……? 私です、セムレイヤです』
「セムレイヤ様!?」
がばっと飛び起き、1秒。
メイちゃんのお顔を覗きこんでいた神様とめいちゃんがごっつんこしました。
「額が、額が……っ」
『メイファリナ、大丈夫ですか!? 額は割れていませんか?』
「割れてはない! 割れてないけど痛い!」
『……安堵しました。頑丈ですね、メイファリナ』
「え、えぇ……? そこで安堵しちゃうの?」
普段は志を同じくする正に同志!って意識だから、ついつい忘れちゃってたんですけど。
相手は神様です。しかも千年前の戦争に勝って最高神になっちゃったような武闘派の。
思いっきりガツンと額で接触しても、メイ如きの攻撃力で最高神の防御力を突破できる筈もありませんでした。
逆にメイちゃんへのダメージを全力で心配されて……っていうか本当に痛むだけなんだけど、よく私の額割れなかったね!?
「……あれ? ここは」
額を擦りながら、辺りをくるりと見回した。
ミヒャルトとか、スペードとか、ヴェニ君とか。
事情を知らない皆の前で、こんな堂々とセムレイヤ様が話しかけてくる訳がないもの。
……最近、隠し通すのも難しくなってきた気がするけど、まだまだイケる! まだ隠し通すよ、頑張って!
とにかく、まだ事情を隠せているのにセムレイヤ様がメイの努力をぶち壊す筈がないから。
だから、3人が側にいた筈なのに……って。
自分がどんな環境に置かれているのかわからなくって見回した。
お空には、クジラの形をした綿菓子みたいな甘い色の雲が浮かんでいて。
空の色自体はピンクだった。
カップケーキの上に散らしたカラースプレーみたいなお星様がピカピカと……
……キ☆とラ★の世界だ! すっごくサ○リオっぽい!
「あ、夢だな」って思った。
『此処は貴女の夢の中です、メイファリナ。今、現実世界の貴女はショックが強過ぎて気を失っている』
「うん、わかるわかる知ってる。ここ、どう見てもメイちゃんの夢だよね」
だけど現実世界の私は気絶中か……
あんな大きい魔法が炸裂した直後だし、村のあった所に魔物は……逆に寄ってきそうだな。零落した神々は、力を取り戻したいという本能に突き動かされて行動する。大きな力が爆発した場所なんて、魔力の残滓求めてわんさか寄ってきそう。
そんなただ中で、気絶……メイちゃんの本体は無事かしら!?
「せ、せ、セムレイヤ様! メイちゃん早く起きないと!」
『待って下さい、実は夢の世界で頼みたいことが……貴女にしか、頼めないことがあるのです』
「でもメイの本体が存亡の危機だよ!?」
『トーラスの魔法で、貴女とスペード・アルイヌ、ミヒャルト・ネコネネの3名は気を失いました。ですが辛うじてアルトヴェニスタ・クレイドルはギリギリ意識を保つことに成功しています。現在、心身のショック状態が治まるのを待ってアルトヴェニスタが貴女方3名を抱え、移動中です。……心も肉体も強靭な子です、貴女の師匠を信じなさい、メイファリナ』
「ヴェニ君……メイちゃん達が一溜りもなかった中で意識保って、3人抱えて離脱とか。ヴェニ君、強ぇっ!」
だけど言われて納得。
流石はヴェニ君、流石は『ゲーム』の隠しキャラ……メイの思った以上に強靭過ぎるよ! まだ15歳なのに。
でもヴェニ君ならそれもアリなよーな気がしました。
うん、私達の師匠ならやってくれるよね!
『そういう訳ですから、落ち着いて下さい。慌てることはありません』
「うん、教えてくれて有難う、セムレイヤ様………………ところでさ?」
『はい?』
うん、なんかね。
セムレイヤ様に焦ることはないって言われて、実際に落ち着いたよ?
落ち着いたんだけど……そうしたら、今度は別のことが気になって……ううん、気になったというか、気付いた。
ちょ――っと無視し辛いモノが、そこにいるなぁって。
「セムレイヤ様、なんでそこに、中ボスさんがいるの?」
うん、いる。どこからどう見ても、いる。
セムレイヤ様の斜め後ろに、気まずそうな顔で視線を逸らす愁眉な美青年が……!
いい加減、額に刺さった硝子瓶どうにかしたら良いのに。
本当に、なんで此処にいるんですか?
『私があの爆発の中で回収、その後、説得に成功しました』
「説得って?」
『――改めてご紹介します、メイファリナ。この者は天界中位の伝令神ラべントゥーラ、我らが新たな同志となる者です』
「ほわっ!? え、なになに、何がどうしてそうなった!?」
『勿論、この『同盟』はメイファリナあってこその物。貴女の裁可なく本決まりになる訳ではありませんが……メイファリナの気持ちが許せるのであれば、新たな同志として迎え入れることを認めてはくれませんか?』
「いや、うん、気持ちは嬉しいんだけどまず説明プリーズ!!」
何かメイちゃんの知らないところで、地味に事態が動きつつある。そんな気がする。
同盟ってアレだよね! リューク様の見守り同盟のことだよね!?
そんな所に入って良いの、中位神様! ……最高神が加入している時点で細かいことを言うのもアレなんだけれど!
っていうかラベントゥーラ様って敵方じゃなかったっけ!?
ちなみにメイちゃんが見たがっていた師匠との死別イベントはトーラス先生に死ぬ気がなかったため簡略化されました。
特にメイちゃんが気にしていた、死を覚悟した師匠キャラから弟子であるリュークに向けた最後のお言葉的な物はまるっと削がれました。
最初っからトーラス先生が生き延びることを見越して、メイちゃん達が準備手伝ってたから……!
一番重要な部分が自分のせいで消滅していたことを知らずに済んだのは、メイちゃんにとってむしろ良かったんじゃないでしょうか。
師匠キャラの遺言めいた最後の言葉がなかったせいで、リューク様にわだかまりが残りましたけどね!




