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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
10さい:『序章』 破壊の足音を聞きながら
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11-25.滅びの夜(※リューク様視点)

今回はリューク様視点。

メイちゃん達の撤収後、何があったのか。




 赤々と燃え盛る村の、真ん中で。

 炎の熱気なんか感じていないみたいに悠然と佇む……きんいろの人。

 まばゆく輝く秀麗な顔には、妖艶な色を乗せた笑み。

 だけど眼差しだけはギラギラと、醜悪な感情を宿していた。

 まるで多種多様な毒を、一つの鍋で煮詰めたみたいに暗く、黒い、そんな眼差しで。

 

 ――その目は真っ直ぐに、俺を見ていた。



 視線に射すくめられて、俺の身体は指の一本も満足に動かなくなる。

 それでも気力を振り絞って、状況から見るに敵対しているらしい男に、剣を向けた。



 どうしてだろうか。

 その姿は、さっき森の中で出会った……俺だけが見ることの出来た、不思議なひとに似ている。

 なのにどうしてだろう。

 森での邂逅じゃ少しも感じなかった、俺の警戒心が否応なく高まるのを感じる。

 本当に同じひとなのか?

 姿は間違えようもない程に、よく似ていたけれど。

 浮かべる表情や存在感、その雰囲気、オーラっていうのか……姿は何から何まで似ている筈なのに、決定的なモノが何から何まで違っているように感じた。

 まるで性質の悪い騙し絵を見ている気分だ。

 そのナニかは、俺を騙そうとしている。そう感じたけれど。


 胸中で渦巻く違和感なんて、すぐにどうでも良くなった。


「ラムセス、リュークと子供達を連れて即刻逃げよ!」


 トーラス先生の、切羽詰まった叫びが耳を打つ。

 こんなに深刻な先生の怒鳴り声は初めてだった。先生は、いつだって穏やかな人だったから。

 

「この村をこんな有様にしたのはそこの男じゃわい……狙いは、リュークの身じゃ」

「確かか、それは」

「ああ、確かじゃとも。何しろ、本人の口から耳にしたのじゃからの」


 忌々しいと、そんな声が聞こえる。

 俺の身が、狙い?


 ……俺ひとりの為に、村に火を放ったって言うのか。


 村の人達は、俺の父さんや、母さん、姉さんは。

 燃え盛る村に戻って来てから、先生以外に人の姿を見ない。

 …………あ、いや、さっき赤マントの集団と謎の男がいたけど。……あれはなんだったんだろう。気のせいじゃないなら、赤マントの内、3人は村に滞在中の賞金稼ぎの子達だったような…………いや、本当にあれはなんだったんだろう……。

 思わず思考が逸れた。でも本当に、彼らは何だったんだろうか。

 彼らと、トーラス先生と、それから村に火を放ったらしいあの男。

 それ以外に人の姿は見えなかった。村に戻ってから、一度も。

 家々が焼けているのに、畑も、備蓄庫も。大切な生活の全てが燃えているのに。人の姿だけがない。

 無事なら、村から脱出しようとする人なり、炎を消そうとする人なり擦れ違ってもおかしくはないのに。

 ……いいや、擦れ違わないと、おかしい。

 俺達が村に戻ってきたのは、村が燃えだしてからそんなに経ってない筈だ。異変に気付いて即座に、走って戻って来たんだから。

 なのに誰にも会わないなんてあるか?

 もしも村の人が、自由に動けるなら……絶対に、どこかで誰かしら会う筈なのに。

 ひとりの影も見ないなんて、おかしい。

 その不自然さが、胸を打った。


 確証はない。

 何度も何度も、考えそうになる度、打ち消した。

 必死に皆は無事だって、大丈夫だって。

 ……絶対に、どこかに逃げている筈だって。

 そう、自分に言い聞かせていたけれど。

 だけど、否定しきれなくて。

 否定、出来なくなってきて。

 

 脳裏に『死』という言葉が浮かんだ。


 目の前の、あの男がそれをやったのか。

 俺を狙って、手を下したっていうのか。

 目の奥が、真っ赤に染まる。

 今までに感じた事のない強い激情が、胸の中でうねる。

 苦しい。辛い。耐え難い。

 暴れまわる憎悪と哀切が、俺の為にと背負う罪悪感に交じって……無性に、何でも良いから、何かを叫びたくなる。

 もしかすると、これが『殺意』っていうのかもしれない。


「リューク! リューク、おい、しっかりしろ!」

「落ち着いて、リューク……! 大丈夫、大丈夫だから……私が、側にいるから」


 真っ赤に染まる目の奥で、ギラリと光るナニかと出会った。

 吠え猛り、暴れ狂おうとする獣の様なナニか。

 理性と自制心、それと胸の奥をいつも満たしていた温かな何か……それらを鎖に、獣のようなナニかは縛りあげられていた。

 自由が欲しい、思いのままに暴れまわりたい。

 狂気を怯えて訴える獣の声を、俺は無感動に聞く。

 ああ、良いよ。暴れれば良いさ。

 胸を満たしていた温かな何かは、今夜失われた。失われてしまった。

 もう獣を戒める鎖はわずかしか残っていない。これなら、いつでも好きな時に引き千切ることが出来る。

 いつでも、俺の心が決まった時に。

 俺がそれを望めば、獣はすぐにでも自由を得て暴れ始めるだろう。

 

 もう、良い。

 今まで自分でも知らず知らずの内に封じていた獣に、そっと手を当てる。

 これまでは獣が暴れることなんて望んでいなかった。

 だけど望まなかった理由は、あたたかくて、優しくて、大好きだった村の人達を大事に思っていたから。

 宝物だった。

 それが失われたっていうんなら……もう、俺が獣を抑え込む必要は…………


「だから正気に戻れっつってんだろ、馬鹿リュークぅ!!」

「リューク、いっちゃ、やだ……!! 私を置いていかないでよぉ……っ」



 声が聞こえた。


 大事な大事な、『友達』の声。



 あとついでになんか頬に衝撃が来た。



 ああ、そっか。そうだったね。

 まだここに、俺の宝物が残っていた。

 家族、村の人、育った大切な村。

 その全部を失ってしまったってそう思ったけれど。

 俺はまだ全てを失ったわけじゃない。まだ俺には、『友達』がいる。


 目の前にいたのに、2人の姿は今の今まで見えていなかった。

 多分それは、わずかな時間。

 だけど見失っていたことは確かだから。

 ぼやけていた目の、焦点が重なる。

 俺の目に映るのは、幼馴染みのエステラとアッシュ。

 見失っていたことへの申し訳なさに、ハッと瞬いて俺は謝罪を口にした。


「ごめん、エステラ。ごめん、アッシュ。色々とショックだっただけなんだ。俺はもう、大丈夫だか、ら……?」


 ……あれ? そういえばなんでアッシュ左頬を押さえてるんだろ。良く見ると腫れてるけど。


「アッシュ!? その頬どうしたんだ! なんて酷い腫れ……一体誰に殴られたんだ!?」

「お前だよ、ボケぇぇえ!! 天然ちゃんか、お前はぁ! 確かに先に叩いたのは俺だけどよ、その反射で反撃する癖どうにかしろぉおおお! ぺちぺち叩いたくらいでマジ殴りされた俺が可哀想だわっ」

「え? 俺……?」

「きょとんとすんな。無意識だろうがなんだろうがてめぇがやったんだよ」

「う、うん……その、リューク? アッシュにごめんなさい、しよ。流石に反撃だってやりすぎだから……たぶん、今の十倍返しくらいだったから」

「ごめん、アッシュ……わざとじゃないんだ。身体が勝手に」

「わざとだったら泣くぞ、てめぇ。こんな時に茫然自失とか馬鹿じゃねーの? 気ぃしっかり持てよ、お前までどうにかなっちまったら……俺、どうすりゃ良いんだよ」


 ぐすり、ぐす……アッシュとエステラの、鼻をすする音が聞こえる。

 2人とも、泣いていた。いっぱいいっぱいで、切羽詰まっていて。

 ……俺のことなんて、心配しているどころじゃなかっただろうに。

 自分達だって自分のことで手一杯なのに

 なのに俺の様子がおかしくなったって、こんな緊張に満ちた場面でも、すぐに気付いてくれて。

 そうして、頼まれずとも俺を気にかけて……引き止めてくれた。

 自分のことを二の次にして。

 この状況は俺のせいかって、責めても良いのに。責めて、当然なのに。

 どうして2人とも、恨み事のひとつも言わないんだ。


 視界の隅で、ラムセス師匠の背中が躍る。

 俺を置いて、逃げても良いのに。

 俺が茫然と突っ立ったまま、動けずにいたから。

 俺を置いて逃げるなんて考えもしなかったって、そんな風に。

 いつの間にか師匠は、村を燃やした謎の男と剣で打ち合っていた。

 一瞬、俺も加勢しなくちゃと思ったけれど……すぐに、無理だと悟った。

 師匠と謎の男の戦いは、あまりに激しくて。

 俺じゃ加勢しようにも実力が足りないと突き付けられる。


 ラムセス師匠の剣は『豪剣』だ。

 幅広で、肉厚。師匠の大ぶりの剣は巻藁を易々と一刀で両断する。

 弾力性のある皮と、硬い筋肉、頑丈な骨。それは動物や魔物だって時に真っ二つにしてしまうほど。

 その剣を受けて、謎の男は全てを素手で弾く。

 ……あれは人間か? 見た目は人に見える。だけどとてもそうは思えなかった。

 刃を生身の腕で受けて、傷ひとつ負わない人間なんているものか。

 俺を狙って現れたという、あの男。

 浮世離れした空気で、人間離れした雰囲気を纏っていたけれど……こうなるといよいよもって只者とは思えない。


「面妖な業を……貴様、いにしえの魔神に連なる眷属の生き残りか……!」

「今、なんと言うた。口の利き方を知らぬ、無礼な獣が……そなた、図が高いぞ」


 気に食わないと、男が鼻を鳴らす。

 魔神……千年前に起きたという神々の戦争の時、魔術の神ノアの陣営に与した神々を、そう呼ぶことがあるとトーラス先生に聞いたことがある。

 神々は竜神セムレイヤ様を残して全てが滅んだと聞くけれど……あの男は魔神にゆかりのある存在なんだろうか。少なくともラムセス師匠は、そう考えているようだけど。


「トーラス、用意は整ったか!」

「うむ、我が全てを込めた最高の出来じゃ……ラムセス、子供らを抱えてすぐにこの場を離れよ!」


「「「えっ」」」


 いつの間に……いや、たぶん、俺が忘我していた間に何だろうけど。

 俺の知らない間に、師匠と先生の間じゃ何かしらの取り決めが成されていたらしい。

 何を相談したのか、どんな結論に至ったのか……俺は、俺達は、次の瞬間には身を以て知ることになった。


「急げ、巻き込まれるぞ!」

「師匠!?」

「ちょ、待……っ離せよ! 何するんだ!」

「きゃああ!」


 俺と、エステラと、アッシュ。

 『子供ら』という言葉で指されるのは、この場では俺達3人だけ。

 トーラス先生の言葉を受けて剣戟を中断させ、ラムセス師匠は戦いの場から離脱した。

 俺達3人を、問答無用に抱え上げて。

 一路真っ直ぐに、村の外……森へと向かって。

 全速力で走るラムセス師匠は、決して足を止めなかった。


 逃げる。逃げていく。

 いくら斬りかかろうとダメージを負わない、ひとの姿をした化け物。

 だけど化け物が腕を振るうと、ラムセス師匠の足下が弾け、風が逆巻いては肌を鋭く切り裂いていく。

 謎の男の決して余裕を失わない姿は、まだ全然本気じゃないことを示していた。

 敵わない。

 何をしても、剣では倒せない。

 相手の攻撃は易々と通るというのに。

 剣を合わせている間に、今のままでは倒すなんて不可能とラムセス師匠は判断を下したのか。

 相手は村を襲い、火を放った犯罪者なのに。みんなの仇なのに。

 なのに、倒せないのか。

 一打も通せず、ただただ逃げていくしかないのか。


「トーラスせんせぇぇええええええっ!!」


 だけど1人だけ。

 全力で逃げようっていうこの場で、1人だけ。

 戦いの場で足を止めたまま、俺達の背中を見送ろうとしている人がいた。

 俺の魔法の師匠、トーラス先生。

 いつもの好々爺然とした、穏やかな顔で。

 トーラス先生は凄い速度で遠ざかっていく俺達に微笑み、優しげに目を細めた。

 ゆるく、手を振って。

 次の間には別人のように鋭く双眸を吊り上げ、厳しい顔で謎の男を睨みつける。

 いつの間にかその足下には、トーラス先生を中心に……見たこともないほど巨大な魔法陣が広がっていた。

 謎の男は俺達のことを追おうという素振りを見せたけれど……魔法陣が広がるのを見て、怪訝そうな顔をトーラス先生に向けた。

 奇妙な表情に、どんな意味があるのかはわからない。だけど見たこともない魔法陣は、あの男の足を止めさせるだけのナニかが込められていた。

 淡く赤く光る、どこか温かいのにぞくりと寒気を覚える魔法陣。

 光に覆われたその下に、隠しようのない禍々しさと不吉さが潜んでいる。

 アレは、駄目だ。

 使っちゃ駄目だ。

 本能的に、危険だと感じた。

 何がどう危険なのかは、うまく言えないんだけど。

 でも、あの只中に……トーラス先生がいる。それだけは見過ごしちゃいけないと、強く感じた。


 ああ、なのに。

 なのに……俺には何もできない。

 体がちっとも動かないんだ。

 今になって恐怖が蘇ったみたいに、あるいはあの魔法がもたらす結果を恐れるみたいに。

 全身が震えて、力が入らなかった。

 俺の身体は強くラムセス師匠に抱きすくめられ……走り去る師匠の肩に担がれたまま、ただ見開いた目で見つめ続けるしか出来なかった。


 どこか耳の奥でアッシュとエステラの、悲痛な叫び声が聞こえた。




村の人 → トーラス先生の掘った避難壕(村長宅の地下)にて避難中。

次回は、ストーカー同盟の新メンバーが……


 中々話が進まなくって申し訳ありません。

 ちょっともだもだしています。どんな展開にしようか大まかな方針は決まっているのですが……土壇場で、あまりキャラ達が動いてくれずに苦心しております。

 もっとさくさく行きたいんですけどね……!

 まあ、小林が余計なネタを入れ過ぎているせいでもあるのですけど。

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