11-22.神の威厳を削ぐモノ
タイムリミットは、リューク様達が駆けつけて来る……いつとも知れない、その時まで。
それは1時間後かもしれないし、もしかしたら10分後かもしれない。
そんなスリル満点に差し迫った、望んでもなかった条件で。
相手は中ボス。『ゲーム』で度々リューク様達の前に現れては憎まれ役を演じてきた重要ポジションのイベントボス。
ノア様の思惑通りにリューク様達が動くように誘導し、最後にはノア様の為にリューク様と戦って命を落とした重要キャラ。
そもそもただの獣人の子供に過ぎないメイ達が何人束になっても、本来は戦いになるような相手じゃない。だって相手は、封印の影響が抜けてなくたって神様だ。
条件は考えるまでもなく悪くなるばかり。
救いは、弱体化状態だろうってことだけ。
それも、シナリオに変化が生じた今……『ゲーム』通りになっているとは、本当にそうだとは断定できないけど。
何しろこの中ボスが今この場にいるってだけで、設定狂ってるし。
弱体化状態にあるかどうか、そこからしてメイの知識と違っていてもおかしくはない。
――おかしくはない、ん、だけど。
「さあ、我が主に慈悲を乞い、祈りを捧げなさ………………あっ」
油断ならない存在の登場に固唾を呑んだ私達の視線を、注目を集めたまま。
トーラス先生へと1歩を踏み出した、ラベントゥーラさん(外見年齢27歳)。
その足元が、不意に。
目に見えて、横にずりゅっと滑った。
何だかまるで、そこにぬかるみでもあったみたいに。
ずべしゃっ
そして、予定にない登場を果たした中ボスさんは。
私達の見ている前で、盛大に顔面からいった。
滑って転んで、地面に打ち付け顔面強打。
そのまま顔を抑えて悶絶しているのはメイの目の錯覚かな……!
中位神ラベントゥーラ……過去、最高神ノア様に仕えた伝令の神。
司るモノを持たない下位から中位の神々は、位の高い神々に仕事を貰って司るモノのない寄る辺なさを補う。
その力の源は、与えられた仕事を如何に忠実に果たせるかの『確実性』とかなんとか……。
ノア様に忠誠を誓い、忠実に仕えたラベントゥーラ神は元は下位だったものを、その仕事ぶりと忠誠心で位を上げ、能力を高め、ノア様に信頼されるまでになった。
そんな来歴の中ボスさんに与えられた『弱体化』の呪い。
『ゲーム』ファンの間では通称、『ドジっ子の呪い』。
なんか完璧に仕事をこなす確実性を低めることで、神としての力も削ぐ……あるいは弱体化させられたが為に仕事をこなす為の確実性も削がれたのか……そこらへんよくわかんないけど、とにかく真剣になればなるほど、失敗が多くなる怖い呪いなんだってさ……!
その呪いのことを知っているからこそ、メイちゃんは断言します。
さっきあの神様がずっこけたのは、事故でも偶然でもなく……呪いのせいに違いないと!
……なんかこの勝負、勝てる気がしてきた!
「ヴェニ君、ミーヤちゃん、ペーちゃん!」
「メイちゃん!?」
「ここは加勢に行く場面、だよー!」
興奮して、呼び名が昔のに戻ってることにも、気付かずに。
私は槍を手に取り、鼓舞するように言い放つ。
そんな私にストップをかけたのは……
「ちょっと待って、メイちゃん!」
「め? ミーヤちゃ……ミヒャルト?」
「あの不審人物達から、なんか面倒そうなニオイがするんだよね。このまま対策の1つもせずに突撃するのは危険だよ」
「……面倒そうなニオイ、か。俺そんなの感じね……あ、同類の気配だからわかったのか、ミヒャルト」
「馬鹿犬は黙ってろ」
「馬鹿犬じゃねーよ! 陰険猫!」
「黙れ馬鹿犬。……あの不審者からは油断ならない気配がする。あと、何となくしつこそう」
「ミヒャルトも認める執念深さ、だと……!? やっぱ同類だろ」
「馬鹿犬は黙ってろ。とにかく、僕の第六感が顔を覚えられるのはまずいって言ってるから。……だから、メイちゃん」
危険を訴えてくるミヒャルト。
なんか、突撃しちゃ駄目って止められているのかと思ったんだけど。
思ったけどー……なんか違った。止められてはなかった。
だって、ミヒャルトが。
そっと私に、とあるブツを渡してきたから。
突撃するなら、これが必要でしょって。
「こんな物で対策になるかはわからないけど……とりあえず、これさえ装着しておけば顔を覚えられることはないよね」
「ミヒャルト、お前……なんでこんなもん持ってんだよ」
「え? 常備してんの……えっ? 常に持ち歩いてんの?」
「ヴェニ君もスペードも、いざという時に顔を見られない為の備えは必要だと思うよ?」
「そのいざってどんな時だよ!? どういう状況を想定すりゃ顔を隠す為の備えなんざ持ち歩く羽目になんだよ」
「色々。結構、あると思うけど……顔を隠す必要が出てくる時って。僕としては普段の印象を覆すような意外性のあるモノをお薦めするよ。印象がかけ離れれば、それだけ追及の手も特定の材料も減らせるからね。インパクトが強いものって、他の特徴を吹っ飛ばすし?」
「だからってこれはねーよ。確かにお前の印象とはかけ離れてっけどよ!」
あまりにもツッコミどころ満載な、『顔を隠す手段』。
そのビジュアルに、スペードはドン引きです。ヴェニ君もドン引いちゃってるよ。
メイちゃんは……自分がやるんじゃなきゃ、嫌いじゃないけど。
でも此処で渡されたってことは、私が被らなきゃいけないんだろうなぁ。被んないと駄目かなぁ。
このどこかの少数民族ちっくな、謎の仮面。
っていうかミヒャルト、こんな仮面何処で入手したの?
メイちゃん、アカペラの街でこんな仮面売ってるとこ見たことない。
「仮面は1つしかないから、メイちゃん使って」
「え、やっぱりメイがこれ使うの決定!?」
「他は……急場しのぎだけどこれを塗って人相を誤魔化す」
「ミヒャルトさん? これは……?」
「良いからつべこべ言わずに濡れ、馬鹿犬」
ミヒャルトが鞄から取り出したのは、なんだかねっとりした半固形状の……いや、泥? 薄く伸ばした粘土?
白っぽいペースト状のそれを、ミヒャルトは問答無用でスペードの顔にぐいぐいと……うん、思いっきり塗りたくってる。
なんかそれっぽい線で、隈取りみたいな模様を描く手は手慣れていた。
ああ、うん、確かに凄いインパクト。
これ素顔と比べると差が凄くって、確かに印象重ならないかも。
……けど変な隈取りのせいでますますどこかの謎の民族っぽいことに。
ヴェニ君はミヒャルトに塗られるスペードを見て、自分でやった方がマシだと思ったのか。なんか自主的にぬりぬりしてたけど。
「ヴェニ君、塗り方が甘い。そんなんじゃすぐに個人特定されちゃうよ」
ミヒャルトは容赦なかった。
うん……こんな目に遭うくらいなら、メイちゃん仮面で良いよ!
師匠を相手でも構わず、ミヒャルトの泥塗れの指がぐいぐいと塗っていきます。
ああ、しかも白い粘土だけじゃなくって何か赤いのまで出てきた……!
仕上げに体型隠しだとかで、赤い布を全身に巻き付けられて……怪人赤マントみたいだね。
あ、なんか前世の記憶が刺激される!
なんかこんなの前世の『TV』で見たことある!
でもなんだっけこれ! なんだったっけ!
なんだか思い出せそうで思い出せない記憶に、もどかしい思いが募るんだけど……どうしても、思い出せなくって。
うぅ……思わず唸りながらも、今はそんな時じゃなかったから。
ミヒャルトに渡された仮面を付けて、体型隠しに赤い布を巻きつけて。
わあ立派な『不審者』だ☆
傍から見ると、メイもどっかの謎の部族って感じのビジュアルに違いない。
うん、なんだこれ……。
ああ、これが黒歴史って言うのかな……?
傍目にはどう考えてもメイたちの方が怪しいよう。不審者だよ。
微妙な気持ちになりながら、気勢を削がれても突撃しなくっちゃいけないから。
メイは、改めて槍をぐぐっと強く握った。
セムレイヤ様の一部を素材にした槍……ってあれ? もしかしてこの槍、使っちゃまずい?
……。
…………。
……うん、メイはなんにも気付かなかったよ!
今更この槍抜きで戦えって言われたら敵前逃亡するしかない。
どうかどうかあのドジっ子の呪いに苛まれる神様が、そして何よりノア様の幻影がこの槍の中に何が入ってるか気付きませんよーに!!
そんな一か八かの思いを抱えて。
メイちゃん(というか謎の赤い集団)は茂みから飛び出しました。
目指すは一路……ラヴェントゥーラ神!
「てやぁぁあああああっ」
「!? え、伏兵ですか!」
驚き目を丸くした中ボスが、此方を視認する。
伝令を主な任務としてきた神様といえども、その実力は下界の民に過ぎない私達とは比較にもならない。
その手にレターセットを握っているとしても。
レターセットが、この神様の武器だとしても。
手紙一通に負ける下界の民でも、ここは根性の見せ時だよ!
『ラヴェントゥーラ、嬲れ。ただし誰だろうと殺めてはならぬ。半殺しにせよ』
「――御意」
『殺めるのであれば……あの蛇の息子の目前でなくては、の。精々息子に見当違いの憎悪を向けられて苦しむが良いわ……』
――ノア様めっちゃ性格悪い! わかってたけど!
どうやらノア様のセムレイヤ様に対する怨み辛みのお陰で、即死する心配だけは無いみたい。
それが良かったのか悪かったのかは、今夜が終わるまでわからないけど。
わざと注意を集めるつもりで、私が声を上げる。
大ぶりに、派手に動いて視線を招く。
その隙に回り込むのは、足自慢のスペードとミヒャルト。
それぞれに別の方角から駆け抜ける。
だけどラヴェントぅーラ神も存在にいち早く気付いていたらしい。
手の中の便箋が鋭く空気を裂いた。
まるでカッターナイフのような鋭さで、便箋はミヒャルトとスペードの爪先に突き刺さる。
危うく靴ごと地面に縫い止められかけて、2人は危険を察知してか即座に身を翻した。
アレって紙切れのはずだよね?
見事に地面に刺さっとる……。
未だに硬度を保っているのか、ぴんと地面に突き立っているよ!
体勢を立て直すべく、私達は1度トーラス先生の位置まで下がる。
「トーラス先生、加勢に来たよー!」
「教祖様……え、教祖様!? そのお姿は一体……」
「そこは触れないでほしいかな! あと教祖は止めよう!?」
「何故に此方においでなのかは存じませぬが……ここは危険ですじゃ! 早う避難して下されっ」
「そんな訳にはいかねぇな。あんな危険人物放置して、背中からばっさり殺られでもすりゃ目も当てられねえ」
「ああ、そういうこと。いきなりヴェニ君が介入するとか言うし、変な義侠心でも目覚めたのかと思った」
「馬っ鹿野郎。あんなヤバそうな相手、理由もなしに突っかかっていけるかよ」
「見たとこ、無差別に攻撃してるもんな。あの不審者。逃げる端から攻撃するような危険人物なら、確かに俺らも見逃してはもらえなさそうだ」
「そういうことだな」
メイに続いて駆けだしてきたヴェニ君、ミヒャルト、スペード。
メイとトーラス先生を入れて、5人。
数はこっちが有利でも、勝てる気はしない。
……でも、頑張れば撃退くらいは出来る、かもしれない!
倒せずとも中ボスだけでも追っ払えれば、メイの荷が下りる。
やり方を工夫すれば、だけど。
メイは、頑張って記憶を漁る。
短い時間しかないけど、あんなに大好きで繰り返した『ゲーム』のこと。
中ボスの弱点だって、頑張れば思い出せる……!
確かラヴェントゥーラ神は、神々の戦争の割と早い段階で封印されている。
呪いをかけた上で封印したのは、地属性の竜神。
だからあの神様は、大地の上だとドジっ子率が割高に……うん、確か封印と呪いが完全に解けるまでは地属性攻撃で結構HP削れた気がする。
『ゲーム』の中盤以降、完全復活を遂げると逆に地属性に抵抗力がついて効かなくなるんだけど。
でも今なら。
まだまだ十分に呪われてるっぽい、今なら!
「トーラス先生!」
「むむ、なんじゃ」
「地属性、大きな魔法はまだ撃てる?」
「……獅子奮迅Gは残り3本。なんとかやれそうじゃが」
獅子奮迅GってMP回復薬じゃなかった筈なんだけどな。
おっかしいなぁ~……けど、効果があるなら今はそれで良い。
「じゃあ、メイちゃん達が暫くあの不審者の相手をするから……タイミングを見計らって、特大のをお願い! もう最終奥義ってくらい大きいのを!」
「また無茶を……」
「なんだよ、羊ちび。なんか策でもあんのか」
「策って程じゃないけど、ヴェニ君」
私は中ボスを。
中ボスだけを見て、これ以外にないと断言しました。
それは自分への決意表明みたいなもので。
勇気を奮い立たせる為の言葉。
「――あの不審者、 埋 め ま す 」
やっぱり証拠隠滅って、埋めるか燃やすか水に沈めるかの基本3択だよね。
この村の土の味、たっぷり味あわせちゃうんだから!
マサイの戦士とか敵対したらなけなしの勝ち目が灰燼と帰すのでこんな感じになりました。




