11-18.石を投げれば百発百中☆
図らずも、不本意ながら。
何故かエステラちゃんと『お話合い』に至ったメイちゃんですが。
本当は顔も名前も覚えられちゃまずい相手です。
でもいっそ、こう思うんですよね。
顔や名前、性格その他を知られたとしても。
なんとか修正することが出来ない訳じゃない。
そう、相手に『こいつには深く関わらないようにしよう』と思わせたらメイちゃんの勝ちです!
向こうがそっと目を逸らし、知らないふり・見ないふりをしてくれる。
そんな関係に至れたら……メイちゃんのストーカー人生に支障は……あるかもしれないけど、そこまで大きくなくって済むよね!?
そう自分に必死に言い聞かせて、思いこもうとします。
だってだってそうでもしないと、メイちゃんの心がじりじり追い詰められちゃうからー!
何とか被害はエステラちゃん1人で済ませたいものです。
メイちゃんに気付いた人が増えれば増えるだけ、メイちゃんの人生の目標(※ストーカー)に問題が発生しちゃう。
だから今は、出来る限り最大の努力を以て……
エステラちゃんを、ドン引きさせようと思った。
その成果が、目の前の『うつろな眼差し』です。
エステラちゃん、頭を抱えちゃいましたよ!
やった、成功! だけどこの胸の痛みと無視できない虚しさは何だろう!?
試みは割と上手く行って、エステラちゃんのメイに対する距離が心身ともに開いて行って。
今まで関わったこともない深淵を覗いちゃった!とでも言わんばかりに両手で顔を覆ってしまったエステラちゃん。
今夜は他にも色々と大変なことが起きるので、このまま上手く行けば頭がパーンッとショートして、たぶん『忘れたい事案』に入るだろうメイちゃんの記憶なんかは吹っ飛んでくれる……かも!
ええ、他にもっと大変な事件が起きるので。
――ぎゃうぅぅうううううううっ
突如。
日の落ちた闇の中に、獣の悲鳴が響きました。
あ、スペードの声だー。(唐辛子被害)
声から察するに、足止め超頑張ってくれてるっぽい。
というか、いつの間にかリューク様達来てたんですね。
よくよくメイちゃんの獣耳を澄ましてみれば……確かに、戦闘っぽい音が聞こえないでもない。
「な、なに、今の雄叫び……!」
「エステラちゃん、メイと2人きりになったことに対して後悔でいっぱいみたいな貴女に朗報だよ☆」
「えっ」
「リューク様達が、エステラちゃんをお迎えに来てくれたよー」
「えっ!」
それつまり、そろそろメイも撤退の時間ってことだよね。
本当は、これから起こることは全部欠かさずつぶさに見守りたいんだけど……
残念ながら、メイにはやることがあるから。
ちょー……っと今後の仕込みの為に、速攻で村に戻らなきゃ駄目だから。
だから、そろそろお別れです。
「――ではでは、メイちゃんさらばなり~!」
「えっちょ……メイファリナちゃんばっかり言いたいこと言って、言い逃げしちゃうの!?」
「それじゃエステラちゃん、さっきのメイの言葉を踏まえて! 質問あるかな? ちゃんとお答えしちゃうよー」
「………………えっと、付き纏いは良くないよ?」
「重々承知だよ☆」
「…………………………」
わあ、エステラちゃんの目が死んだお魚さんみたいー……
今度こそ言いたいことは何もないようなので。
メイは、颯爽と森の木々に飛び込みました。
ついでに、スペードへも撤退の合図を出しておかないと!
そうして、合図の声を上げて。
私は草陰から、撤退するスペードの後ろ姿を見送って。
……と、同時に。
トーラス先生にも、合図を送らないと!
本来なら、エステラちゃん回収直前のこのタイミングで、トーラス先生かラムセス師匠が一時離脱する予定。
トドメを刺すに至らず、逃走したボス狼を追うって理由で。
…………ボス狼自体には、メイちゃん達(特にミヒャルト)がもうトドメ刺しちゃってるけど。
リューク様達を子供だけにしないよう、保護者兼引率の師匠キャラどっちかが一行から外れます。
ここでラムセス師匠にスペードの後を追われたりしたら、考えるまでもなくとってもとっても大変なことに!
うっかりトドメでも刺されようものなら、スペードがえらいことに! そしてラムセス師匠が犯罪者になっちゃう!
だから、ここではトーラス先生の方に離脱してもらわなくっちゃいけない。
それに。
ここで離脱した方の師が……序章で死ぬ役を担うことになるから。
襲撃を受けて、炎に包まれた村の中。
リューク様達が駆け付けるのに先んじて、敵の攻撃を食い止めようと身体を張った。
皆が駆け付けた時には、1人で奮闘していた代償に……もう、ぼろぼろで。
最後の力を振り絞って、愛弟子達を逃がす為に。
いのちを、投げ出す。
……まあ、そんなことをさせるつもりはないけど!
でも、序章で死を選ぶのはトーラス先生の方じゃないといけない。
だってそれが、全員が生きた状態で大団円エンドを迎える為の隠し条件なんだから。
完全に『ゲーム』と一緒には出来なくても、可能な限りの要素をなぞるのがセムレイヤ様と決めた方針だから。
トーラス先生との打ち合わせは不完全だけど……こっちの指示通りに動いてもらわないと、余計に筋書きが狂っちゃう!
ただでさえ、もう色々と細かく狂ってきてるのに! ←自分の功績
軌道修正!
軌道修正するよー!
内心でそう叫びながら、私は手ごろな石を拾う。
いきなりだったから、どんな合図とか全然決めてなかったけど。
こっちの伝えたいことが伝われば、それで良いよね!
えっと……簡単なのは、トーラス先生の足下に石を投げ転がす、とかかな。こっちからのアプローチに気付いてもらえれば、何かしらの手の打ちようはあるよね!
そうと決まれば、早速だよ!
私は大きく振り被ってー……全力で、投げた。
握りこぶし大の、石を。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
ぼぐぅっ
何か、異音が聞こえた。
こう……重い一撃が入った時、みたいな。
なんだか鈍い音が。
驚いて音の発信源に顔を向けると、そこには何故か腰を折ったトーラス先生が……。
何があったんだ……何があったのか、わからなかったけれど、何かがあったことだけは確信が持てた。
トーラス先生は、何かに耐えるような顔をしている。
どうしよう、なんだか大丈夫じゃなさそうだ。
「と、トーラス先生? 何があったんですか!」
「なんでもない……なんでもないんじゃよ、リュークっ」
「そんなぶるぶる震えた膝で何言ってんだよ、爺さん!」
駆け寄って、その顔色を確かめる。
……トーラス先生の顔は、脂汗が浮いていた。
どう見ても、大丈夫じゃなさそうだ。
「く……っもしかして、敵か!?」
「いや、だが危険な気配は……」
ラムセス先生も戸惑った様子で、周囲を見回すけれど。
それを、トーラス先生が手で制した。
「本当に何でもないんじゃ……ちっと、な? 転がっておった石を誤って踏んでしもうてのう。バランスを崩して、しもうた、だ、だけじゃ……」
「お、おい! トーラスの爺さん、目が虚ろだぞ!?」
「無理をするな、トーラス!!」
トーラス先生は、何故か頑なに何でもないって言うんだ。
だけど、どうしても何でもない風には見えない。
挙句、さっき逃走した狼を単独で追う、なんて言いだしたんだけど……
今のトーラス先生を見ていると、それはとても承服できそうにない。
それはラムセス師匠も同じだった。
「今のトーラスが追う? 自殺行為にも程がある!」
「そうだよ、先生。あの狼は、確かに見過ごせない。俺達が手負い(?)にしてしまったのもそうだ。……だけど、追うべきは今じゃない」
「素直に養生しとけよ、爺さん。そんなんじゃ魔物に逆に食われちまう!」
「……ぬしら、歯に衣着せんのう」
俺と、師匠の説得を受けて、やがてはトーラス先生も自分の不調を素直に認めるしかなくなった。
「すまんの、皆の衆。わしがついていけるのも此処までの様じゃ……わしは一足早く、村に戻るとするかの」
「先生、付き添いは……」
「要らん、そこまででもないわい。それよりぬしら、早くエステラ嬢ちゃんの元に行って安心させてやらんか」
「………………はい」
エステラはエステラで、放っておけないけど。
ラムセス師匠という頼りがいのある大人がいることだし、この場の全員で迎えに行く必要もなさそうな気がした。
だけどアッシュは何が何でも自分が迎えに行くんだと意気込んでいるし、俺にも何故か絶対に来いなんて言う。
俺がいなかったら、エステラががっかりするかもしれないって。
……それに今のトーラス先生は、不調だ。
未熟な俺が一緒に居ても、逆に十全とはいかない調子のトーラス先生にとっては足手まといになるかもしれない。
ラムセス師匠にそう言われて、俺は1人で村に戻るトーラス先生を見送った。
……だけど、本当に。
あの熟練の魔法使いであるトーラス先生の身に、何が……?
俺達の不意を、完全に突いて。
百戦錬磨のトーラス先生に手傷を負わせるような強敵が森に潜んでいるんだろうか。
それはさっきの巨大な狼の置き土産的なナニかだったのかもしれないし、もしかすると全く別の新手がどこかから俺達の様子を窺っている、ということかもしれない。
色々な可能性があるし、それを常に心配しておくべきだ。
もうすぐエステラがいる可能性の高い、祠に到着する。
あそこは一定範囲内に魔物が入ってこれない場所ではあるけれど……まだ、帰り道だってある。
油断せずに行こう。
俺は、自分に強くそう言い聞かせた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
……どーも、やらかしちゃったメイちゃんです。
やばい、どうしよう。
おろおろとメイちゃんが狼狽えてしまうのもおかしくないよね?
おかしくないって言って下さい。
だって、居直りなんて出来ない……!
わざとじゃない!
わざとじゃなかったんだよぅ!
まさか、投石した一撃が……トーラス先生にアタック☆しちゃうなんて!
投げた石が勢いよく先生の腰に命中する光景が目に焼き付いて離れない……!
メイちゃんったら御老体になんて無体を!?
良いとこに入った瞬間を視認しちゃったその時から、私は木陰からひたすらトーラス先生に向って謝罪を込めた土下座の真っ最中。
多分きっと、今の私の顔は真っ青だよ。
だ、大丈夫かな、トーラス先生……
お腰の骨、粉砕されちゃったりとか……してない、よねぇ!?
もしもそうなっていた場合、メイはどう謝ったら良いんだろう。
ううん、それより。
この後に控える『現段階では絶対に倒せないボスキャラ』との遭遇戦を、負傷したトーラス先生に切り抜けろなんて、どう言えば良いの!? 乗り越えるのは最初っから難易度高い事案なのに、更に難易度上げちゃってどうするの、メイちゃん!
今夜の内に襲撃はあると想定している段階で。
この短時間で、どうやってトーラス先生を回復させろと……
「きゅ!」
『派手にやりましたね、メイファリナ……流石にあれはやり過ぎなのでは』
「はっ いつの間にかセムレイヤ様とクリスちゃん!!」
いつの間にか、私の隣に。
土下座した私に寄り添うようにして身を伏せる、竜神様と竜の子がおりました。
私はクリスちゃんの顔を見て、カッと目を見開きます。
竜の子供で、様々な技能の片鱗を現段階で既に発露させている、クリスちゃん。
回復技能も取得済み。
――やった、これで何とか……! な、なる、かなぁ!?
私はぐいっとクリスちゃんを抱っこして、セムレイヤ様にしゅびっときびきび敬礼を送りました。
「それじゃメイはクリスちゃん連れて村に向かうね! 襲撃に備えて準備進めとくね!」
『はい、わかりました。しっかり、頑張って下さいね』
「セムレイヤ様も、健闘を祈るよ! リューク様との遭遇イベント、取り乱さないように、理性を大事に!」
『大丈夫です、この日の為に今まで何年もシミュレーションを重ねてきました……親馬鹿は、控えてみせます!』
「血を吐く覚悟で!」
『ええ、メイファリナも!』
私とセムレイヤ様は、ここから本格的に別行動で作戦を……今夜のイベントを乗り越える為の、計画を進めることになります。
まあ、私がセムレイヤ様と行動を共にしていたことなんて、夢の中でのリューク様鑑賞会くらいなんだけど。
それでも、今夜はお互いに役目があるから。
失敗はしないように。
ちゃんと、リューク様が幸せになる為の道筋を付けられるように。
この世界が救われる、その運命が闇に消えてしまわないように。
そして『ゲーム』で繰り広げられた、あの素敵なイベントの数々に至る流れを万が一にも潰しちゃわないように!!
さあ、暗躍開始だよ……!
まずは、トーラス先生と合流して……何はともあれ、石をぶつけちゃってごめんなさいって謝らないと、だよね。
御老体は大切に!




