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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
10さい:『序章』 破壊の足音を聞きながら
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11-17.巨狼との遭遇

前回に引き続き、リューク様視点多目でお送りしております。



 多数の魔物を退け、森を走る内に。

 矛盾する感情だったけれど、焦りと並行して冷静さが戻りつつあった。

 エステラだって馬鹿じゃない。

 この森に面した村で生まれて、11年。

 小さな頃から繰り返し訪れた森のことは、エステラだってよく知っている。

 そう、俺と同じくらいに。

 だってエステラが森に来る時は、大概の場合、俺も一緒だったんだから。


「師匠、先生、アッシュ……この道の奥に、魔物が入れない安全地帯があるんだ」

「なんと、そのようなものが」

「あれか、あの祠! え、それじゃリュークが知ってるってことはエステラも……」

「ああ、知っている筈だ。今この森が危険だってことは、エステラだってわかってる。……きっと、あの祠のところにいる」


 俺は、確信を持って頷けた。

 エステラだったら、きっとあそこで助けを待っている。

 俺達が、迎えに来るのを。


 俺達は、エステラを探して更に森の奥へと足を踏み入れた。


 夜でわかり難いけれど、道は見失わない。

 ここを真っ直ぐ、道に沿って進んでいけば……きっと、そこに。


「――でっかい狼!?」


 魔物の親玉としか思えない、巨体。

 背には巨体に見合った大きさの翼が生え、ところどころには爬虫類とも魚類とも似付かない鱗。

 こちらをじっと見下してくる……知性の宿った獰猛な眼差し。

 先へは通さじと言外に告げるように、4つ足でしっかりと地を踏みしめて立ち塞がっている。


 見たこともない魔物が、そこにいた。


 真っ直ぐ道なりに進んできた俺達は、唖然としてしまう。

 エステラがいるだろう森の祠は、このすぐ先なのに。

 こんなところで魔物が道を塞いでいるなんて……!?

 

 今までに見たどんな魔物よりも手強そうな、その威容に。

 俺の武器を持つ手が、微かに震えた。



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 その時、自分を前に愕然とする少年達を、見下して。

 内心でがくがくぶるぶるラムセス師匠の眼光に震えながら、巨大な狼(←)は頭の中で自分に強く言い聞かせ続けていた。


『――通さない。此処は絶対通さない。通さないったら通さない!

だってメイちゃんが、俺に頼んでくれたんだし……!! 折角頼ってくれたのに、ここでお願い聞けなきゃ男が廃るぜ、俺!』


 女同士のお話合い(・・・・)があるから。

 その間は、何が何でも、何があっても。

 それが誰だろうとこの先には通さないでね❤――と。

 彼の可愛いあの子が言ったのだ。(←しつこい念押し付き)

 であれば、そのお願いに応えない訳にはいかない。

 何故ならそれが――どんな馬鹿なお願いだろうと、応えて尻尾を振って見せるのが、恋する男というヤツだからだ。(ただし尻尾がある狼獣人(スペード)に限る)


『それに女の戦いの邪魔をしたら、俺にどんなとばっちりが来るか……』


 その時、巨大な狼の記憶の中に。

 彗星のように鮮やかに閃いたもの。

 蘇ってきた、恐怖の思い出。

 それは……母(女傑(アマゾネス))に纏わる逸話のひとつ。

 かつて幼い彼が、まざまざと見せつけられたもの。


 余所から渡って来た賞金稼ぎの女が、警備隊と揉めたことがある。

 何が理由だったのかは知らない。

 だが大事に発展しかけ、最終的に彼の両親が出張ることとなった。


 その時、賞金稼ぎの女が。

 何をトチ狂ったのか、彼の父に一目惚れしちゃったという。


 そこからはもう、思い出したくもない。

 思いだそうとすると、耳が伏せて尻尾が丸まりそうになる。

 傍目にはそう見えないが、母は父にべた惚れだ。

 年季の入ったべた惚れだ。

 だから事態は賞金稼ぎの女と母の女の戦い(ガチバトル)に発展した。

 自動的に賞品にされちゃった父の意見は置いてきぼりだった。

 挙句、仲裁に入ろうとした父は……それはもう、女の戦いに干渉したらどんな酷い目に遭うのかという生きた教訓を子供達にまざまざと見せてくれちゃったのである。

 6人の兄弟は、両親の繰り広げる修羅場に身を寄せ合ってぶるぶると震えるしかなかった。耳は、全員ぺたんと寝ていた。尻尾は気が付いたら足の間にあった。

 それを思い出す度に、彼ら兄弟は強く思うのだ。


 女性同士の揉め事には、絶対に。

 何が何でも、干渉するまいと。


 邪魔をしたら、むしろ自分の方が 終 わ る 。


『だから、通せないんだ! 通しちゃいけないんだぞ、俺ぇ!』


 巨大な狼、改めスペードは、心の中で一所懸命に自分を励ましていた。

 自分より明らかに格上のラムセス師匠とトーラス先生の猛攻を、どう凌ごうかと途方にくれながら。

 それでも諦めず、へこたれず、逃げださず。

 鋭い眼光に耐えて立ちふさがり続ける彼は、中々の根性(ガッツ)の持ち主と言えるだろう。


 ちなみに彼の親友である白猫少年の方も母親(女傑(アマゾネス))絡みで似たような体験をしたことがあるらしく、この事案については同じ結論に至っているらしい。こういう点でも気が合う2人は、中々に良い相棒同士のようだ。



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 魔物は魔力を溜め込めば溜め込む程、巨体となる。

 そう教えてくれたのは、トーラス先生だ。

 あの言葉通りなら……この大きな狼は、間違いなく手強い相手。

 そして予想に違わず、狼は今まで戦ったどんな魔物よりも強かった。


「がるぁっ!!」


 ずっと同じ位置に留まる姿は、本当に通せんぼをしているみたいだ。

 いいや、『みたい』じゃない。

 この狼にどんなつもりがあるのかはわからない。

 だけど狼は、確実に俺達に対して『通せんぼ』をしていた。

 脇を抜けることすら許すまじと。

 狼はどこか必死にすら思える形相で、俺達の行く手を阻んだ。

 距離がある間は、向こうから襲ってはこない。

 だが近寄れば……その牙で、爪で、巨体で。

 速度の乗った攻撃が、俺達を吹き飛ばそうと襲ってくる。

 そこに明確な何らかの意思を感じたけれど、今はこの向こうへと急ぎたい俺達にとって、その『何らかの意思』を分析する時間はない。


「トーラス先生!」

「うむ、わかっておる!」


 魔法を使えるトーラス先生には、遠距離からの攻撃に専念してもらう。

 一定以上の距離を近付いてこないのなら、トーラス先生の魔法は大きな力になる。

 俺達の誰よりも後方から、一撃必殺を狙って俺にはまだ使えない高威力の呪文を紡ぎ始めた。

 威力が高い分、詠唱には時間がかかる。

 だけどあの狼は、俺達の知る魔物よりも頭が良かった。

 呪文の詠唱を、それと察したのか。

 トーラス先生が呪文を紡ぎだした途端、前に出て襲ってきた!


「アッシュ! もう少し下がるんだ!」

「何言ってやがる、このくらい……俺だって!」


 ああ、もう。

 なんで俺達、アッシュまで連れて来たんだろう!?

 村を出たあの時は混乱していたとしか言いようがない。

 混乱のどさくさで、ただのガキ大将に過ぎないアッシュまで連れて来てしまった。

 武器らしい武器を持たないアッシュを、本当にどうしてまた連れて来てしまったんだか……武器がないのに、そこそこ魔物と戦えているアッシュもおかしいんだけど。

 

「喰らえ、渾身の……右ストレート!!」


 あ、ただのパンチで狼の肉球弾いた。

 ……え? もしかしてアッシュって俺が思うより強かったり……する?


「……どうやら今までリュークとしのぎを削って来たことは伊達ではないらしい」

「ラムセス師匠、どういうこと……」

「我々が鍛えたリューク、そのリュークと喧嘩を繰り返してきたアッシュ……間接的に、アッシュもまた鍛えられていたのだろう」

「そんな馬鹿な。……いや、でも、確かに言われてみると、アッシュに負けたことはないけど……決闘したら、いつも割と良い戦いになっていたような」

「お前に追い付きたい一心だったのだろう。ああいう、努力を怠らない好敵手は大事にしなければな」

「アッシュ……お前は、そんなに俺を倒したかったのか」


 巨狼は自分の前足を子供1人に弾かれるとは思っていなかったのか。

 ちょっと硬直した後、不思議そうに自分の弾かれた前足を見下ろした。

 そして、やっぱり不思議そうに肉球をぺろりと舐める。


 瞬間。

 巨狼の全身の気がぶわりと逆立ち、頭から尻尾の方へと衝撃が走っていく様相がはっきりと見て取れた。

 これは、一体……。

 こちらまで疑問符たっぷりに狼を見てしまう。

 ただ1人、アッシュだけが得意げに自分の鼻を擦っていた。


「へっ……対、リューク様だったんだけどな」


 よく見ると、アッシュの両腕には肘の方から拳にかけて、鞣革の細帯が巻き付けられている。

 拳の防護用に、よく見る仕様だし……今まで気にしてなかったんだけど。

 ……アッシュ? その鞣革、一部変色しているのは気のせいか?

 

「獣除け用の特殊薬剤(主原料:唐辛子)をたっぷり塗っといてやったんだよ。激辛に苦しみな!」


 アッシュ、そんな物で俺を殴る気だったのか……?

 顔面を殴られた場合は言うに及ばず、擦過傷なんかに打撃ごと塗り込まれでもしたら…………


「アッシュ……お前は、そんなに俺を倒したかったのか」


 今度からアッシュと殴り合いをする時には気をつけよう。

 間違っても、一撃も喰らってしまわないように。

 俺は、しっかり忘れないように心に刻んだ。



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 からい。つらい。

 漢字にするとどっちも辛い。

 でも複合技でこられると……つれぇぇえええええっ!!

 舐めた舌は言うに及ばず、鼻までツンと来たー!?

 敏感な器官に、刺激物はマジ勘弁……。

 これが人型の時は、まだマシなんだけどな。

 今は『獣性強化』……獣の特性マシマシ状態で、唐辛子は止めろ。止めてください、マジで。


 心の中で泣きながら、それでも時間稼ぎに集中する。

 退く訳にはいかない。

 だって、まだメイちゃんから合図がねーし……!

 …………って、おっとー?

 背に庇った、道の先。

 メイちゃん達が『お話合い』をしている、森の奥。

 そっから、声が聞こえた。


 ――「めぇえぇえええええええっ」


 これは……メイちゃんの羊声だ!

 やった、撤退の合図だよなこれ!

 確かメイちゃん、羊の声が聞こえたら逃げて良いっつってたはず!

 これ以上、ここで立ち塞がる必要はもうねえ。

 だから俺は身を翻し、しゅぱっと光の速度目指して退避した。


 リューク達?

 あー……なんか唖然と俺の背中見送ってたぜ?

 けどもう知るか!

 俺は役目を果たした。

 後はもう知らん、とっとと逃げるに限る!

 だってラムセスのおっさん、敵として相対したら眼光マジ怖ぇし!!



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 何があの狼にそうさせたのかは、わからない。

 だけど何故か。

 理由はわからないけれど、何故か。

 

 あの巨大な狼が逃げ出した。


 いったい、何故?

 追い払うにしても、決定打になるようなものはなかった。

 それともまさか、アッシュの獣除け特殊薬剤(主原料:唐辛子)が余程……その、効いたのか?

 拍子抜けして、唖然としてしまう。

 肩透かしと言っても良い。

 こんなに呆気なく、あの大きな狼を退けられるとは誰も思っていなかった。

 ただ、トーラス先生がほっとしたように呪文の詠唱を止めて。

 それでようやっと戦闘が中断されたんだって思い至ったくらいだ。

 釈然としない……。

 なんだか、物凄く、この戦いの結果に納得がいかなかった。


 だけど首を捻って狼の消えた先を見つめていたのは、俺とラムセス師匠だけだったらしい。


「おい、リューク! 何ぼさっとしてんだよ。エステラ、この先にいるかもしれねーんだろ!? 狼はもう追っ払ったんだ。あいつのことは後回しにして、エステラ探しに行くぞ!」

「あ、ああ……」


 そっか、そうだよな。

 狼のことはやっぱり気になるけど……エステラを後回しにする訳にはいかない。

 この先に、きっといるはず。……いると思う。

 怖い思いをしているかもしれない。

 森の道をあんな大きな狼が塞いでいたら、怖くない筈がないか。

 今はエステラのことを迎えに行ってやろう。

 もう怖くないよって、教えてやらないとな。


 そうして俺達は、エステラを連れ帰る為に。

 森の奥……祠のある広場まで、足を進めた。

 そこに、いいや……これから先に。

 まさか、あんな事態が待ち受けているなんて、欠片も思うことはなく。

 


 後から、何度も思い返した。

 この夜……何か、違う行動を取っていたら。

 起きた惨劇の結末を、どれか一つでも変えることは出来たんだろうかと。

 仮定を幾つ並べ立てても意味はないと。

 この夜失ったあの人が、俺に何度も教えてくれたのだけど。




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