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2-2.初めの一歩




「まず最初に言っとくが、生半可な覚悟で強くなれると思うなよ?

お前らがどんな理由で強くなりたいのかは知らねえが…覚悟しとけ。

何の覚悟もなく強くなれるってんなら、世の中猛者ばっかだ」


 修行を開始する前、ヴェニ君はそう言って私達を威圧したのでした。




   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 ヴェニ君は言います。


「先人の偉大な言葉を教えよう。ずばり、習うより慣れろ」

「出たよ、脳筋理論」


 きりっとしたお言葉に、ミーヤちゃんが物申す!

 呆れ眼のミーヤちゃんは、本気で嫌そうなお顔をしていました。


「ミヒャルト、のうきんってなんだ…?」

「脳みそ筋肉の略だよ、ペーちゃん。つまり考えるよりも動いちゃう人だよね!」

「つまり思考力低レベルの馬鹿ってことだよ、スペード」

「2人とも、相変わらずズバーッて言うよな。聞いてる限りは気持ち良いぜ」

「煩ぇな、チビッ子共め。要は強くなりゃ良いんだろ? 俺の動きをずっと目で追ってたせいか、お前ら動体視力だけはガキとは思えない上等なもん持ってんだから、思考力やら動きやらがそれについていけるようになったら大体は動けるようになるだろ。だから素直に身体能力上げときゃ間違いはねーよ」

「ヴェニ君さ、道場の子なんだからもうちょっと理論的な指導はできないの?」

「言っとくが、俺は別に道場の息子だからっつっても戦闘指導のプロとかじゃねーからな? むしろ6歳の頃を最後に道場には全く顔を出した記憶がねえ」

「え、でもヴェニ君って強いよね? メイ、前にヴェニ君が倒した熊と鹿担いで歩いてるとこみたよー」

「あ、俺も見た。ヴェニ君、(まさかり)片手に大猪引きずってるとこ」

「そういえば僕も見たかな。ヴェニ君、湖で大鷲と素手で決闘してたよね」

「お前ら一体どこで見てたんだ!?」


 見られてないと思ってたのかな?

 顔を引き攣らせたヴェニ君の言葉に、私達はそろってビシッと指さしました。

 完全に同じ場所、此処からでも見える大きな建物。

 このあたり一帯を睥睨する、時計台の屋根の辺りを。


「………おい?」

「この半年ねー、ヴェニ君に挑戦している時以外はあそこに上ってた」

「俺はあの屋根の天辺からヴェニ君を監視してた」

「僕もたまにお邪魔して、空から見下ろしてたかな」

「危険行為に励んでんじゃねーよ、この危ないチビッ子共が!」


 その後、危険なことはするんじゃないって懇々とお説教を喰らいました。

 ヴェニ君って本当に面倒見良いよね…。




「そんな訳で、俺は指導方法なんぞ知らん。俺が強いのは才能だ」

「言いきったよ、この人!」

「けど弟子にするからにはきっちり強くしてやるから覚悟しとけ?」

「具体的にはどんな感じ?」

「…要は俺と手合わせして遅れを取らずにやりあえるように鍛えてやりゃ良いんだろ。その程度、俺にかかればなんとかなる」


 そう、断言して。

 ヴェニ君にしごかれる、地獄の日々が始まりました。

 わー…やったね♪


 罠にはめ、捕獲する形で始まった師弟関係。

 結構強引だった自覚はあります。

 でもね、だけどね。

 その割に師匠としての振る舞いは、きっちりけじめのついた真っ当さで。

 私達のような子供も、ちゃんと弟子として指導しようというものでした。


 でもやっていることは基礎練と組手だけです。

 型? 技? 奥義?

 そんな言葉は一欠片も見当たりません。

 やっていることは、朝から夕方までずっとずっと基礎練と組手でした。

 組手という名の、殴り合いでした。

 まさに習うより慣れろ、だよ…。


 ヴェニ君は私達に入念な柔軟体操をさせました。

 わあ、子供の指導にしては本格的なストレッチ体操…。

 万難を排して怪我を徹底的に避けようということかな。

 

「おーし、そんじゃ走り込みから行くぞ」

「「「えー…」」」

「文句言うなら帰れ?」

「あ、メイやるよ! やるやる! やるから帰んない!」

「メイちゃんがやるなら、僕もやる」

「仕方ないから俺もやってやるよ」

「何様だ、そこの犬猫。基礎体力のねぇお子様の癖して無駄に偉そうだな、おい」

「俺は犬じゃない!」

「犬科だよね」

「…!? ミヒャルトに裏切られた!」

「はは、ただの純然たる事実じゃない」

「………お前ら仲良いな」


 呆れ顔をしながらも、ヴェニ君もこの2人に次第に慣れてきたように感じます。

 うん、私ともね。


「おーし、それじゃ走り込み行くぞ。けど速さは重要じゃない。良いな? 早さは重要じゃないからな? だから爆走は――って、だから速度出すんじゃねーよ! 競争じゃないって言ってんだろうが! お前ら本当に無駄に足速過ぎだろう!? ペース保て、ペース!」


 馬獣人の血を引く私と、狼獣人のペーちゃん。

 一緒に走りだすと、ついかけっこのノリになってしまいます。

 最初から追いつけないと諦めたのか、付き合ってられないのかと思ったのか。

 ミーヤちゃんだけが素直に一定のペースで走り込みをする中。

 全力疾走を始めた私とペーちゃんは、師匠のヴェニ君に捕獲されるまで町中を延々デッドヒート状態で駆け回るのでした。


「お、おま、えら…っ いい加減にしろよ!?」

「この程度で息切れなんて不甲斐無いぜ、師匠」

「5歳も年上なのに追いつくのに時間かかり過ぎだよー、師匠」

「俺は瞬発力あっても、お前らみたいに継続的にトップスピードを出せるタイプじゃねーんだよ!!」

 

 …うゅ。罰にデコピン食らっちゃった。

 でもペーちゃんは拳骨でした。


「…ったく。お前ら本当にチビとは思えない機動力だな! 機動力とかガキにゃ無用の長物だろ。特にメイ! お前、本当は猪の獣人なんじゃないだろうな」

「師匠ったら失礼! メイはママ似の羊さんだもん!」

「じゃあその猪突猛進なところ直せ! 無謀な突進を繰り返す奴ってのはなぁ、現実には一番実戦で死にやすい奴なんだよ!」

「はーい! でも師匠、メイはまだ小さいからもうちょっと細やかにー」

「甘えんな、チビ。俺はお前のお母さんじゃねえ」

「メイのママも、ヴェニ君じゃないのよ? メイのママはふわふわでやわらかくってぬくぬくなの!」

「感覚的な印象しかないのか!?」


 ヴェニ君の本気の制裁付きで走り込みが終わったら、場所は元の森林公園。

 奥まったところはあまり人の来ない穴場状態。

 お陰で、ある程度のスペースが確保できます。

 それはもう、どれだけ邪魔の入らない空間なのかは1年に及ぶ私とヴェニ君の攻防戦で保証済みです。

 …言い方を変えれば、私とヴェニ君が日々攻防戦を繰り広げた結果、巻き添えを恐れて人が寄り付かなくなったとも言えます。


「これからの修行は容赦しねえ。後々後悔しねぇように覚悟決めとけ」


 そして始まる日々は、文字通り。

 『習うより慣れろ』の日々が幕を開けようとしている…。

 それを感じ取り、私達はごくりと息を呑み下しました。




 柔軟に、走り込み。

 たっぷり体を温めて、基礎体力や身体能力上昇を願う運動の後は、いきなり組手をするようにヴェニ君が言いました。

 そんなこといきなり言われても。


「お前ら、動体視力だけは同じ年頃のチビ共に比べて異常に発達してるからな」

「そう言えば、どーたいしりょくってなんだ? 包帯?」

「…なんで首傾げてんのがスペードだけなんだよ。言われてみりゃまだ6歳7歳のガキが言われてすんなり納得してんのおかしいよな」

「気にしないで良いよ。スペードはそれこそ習うより慣れる方が早いだろうし。

体で納得させてあげれば理解するよ」

「ミヒャルト酷ぇ!」


 つんとそっぽを向くミーヤちゃんに、きゃんきゃん吠えるペーちゃん。

 まさしく子猫と子犬の喧嘩を見ているような気分になります。

 ヴェニ君はそんな2人の遣り取りに嫌そうな顔をして、話を進めました。


「後は情報を視認する速度に判断能力と身体能力を近づけろ。それで大体は対応できるだろ。俺の動作を観察(・・)し続けた甲斐があって良かったな?」


 この日から、私達は組手、組手の毎日です。

 まずは最初に、それぞれがヴェニ君と1対1で組手を行います。

 その間、暇な2人は観稽古を命じられて放置。

 ヴェニ君がとっても器用なことが発覚しました。

 それぞれ組手を行う相手の実力よりちょっと上くらいの強さに調節して、動作の良し悪しを指導しながら最終的に叩きのめしてくれます。

 その後は総当たり戦で再度組手。

 ヴェニ君は勿論手加減してくれるけど、それ以外のミーヤちゃんやペーちゃんと戦う時は私も本気の本気。

 1年間ヴェニ君にいなされ続けて、私の動きもかなり良くなっていたみたい。

 以前とは比べ物にならない動きで、ペーちゃんやミーヤちゃんを転がします。

 そうすると他の2人も負けん気が強いようで、「メイちゃんに負けてばかりいられない…!」と奮闘するようになりました。

 この2人が本気を出すと、凄いんです。

 私の方が一歩リードしていたはずなのに、気付けば背後に迫っている感じ。

 私を本気で追い抜かそうとしてくるから、私だって気を緩められません。

 そうしてどんどん、総当たり戦は白熱してヒートアップ状態。

 終わる頃には、3人そろって疲労困憊。

 その状態から、シメにまたヴェニ君との組手………


 全部終わる頃には、私達は地面に直接寝っ転がるようにして死屍累々状態。

 もう、手も指も動かせないよ…。

 

「なんだ、だらしねーなぁ、お前ら」


 そうしたら、ヴェニ君が意地悪く笑う訳です。

 でもその横には、なんだか見たことのあるようなモノが…


 アレです。

 前世で、TV時代劇で見たアレ。


 某、子連●狼がお子さんを運ぶのに使っていた…乳母車。


 アレと寸分違わぬブツが、そこにありました。

 なんだなんだと、這いつくばったまま見上げる私達。

 そんな私達を、ヴェニ君はひょいひょいっと乳母車に放り込んで…

 大きめに作られた乳母車は、私達が投げ込まれても余裕のスペース。

 ………こんな物を準備していたあたり、ヴェニ君はこの結果を予測していたとしか思えないんですけど。

 乳母車にいきなり放り込まれて、目を丸くする私達。

 ぱちくりとヴェニ君を見上げる私達に、ヴェニ君のからからという笑い声。

 そのまま順番にぐりぐりと私達の頭を撫でると、ヴェニ君は乳母車を押して移動し始めました。


 気付いてみれば、もうお日様が真っ赤です。

 赤く色づいて、大きく見えます。

 ああ、もう夕方なんですね…。

 熱中していて、気付かなかったよ。


「お前ら、家は近所同士だったよな? バロメッツさん家まで連れてきゃ良いか」

「メイ達は仲良しだから、メイの家に運んで大丈夫だよー。師匠、ありがとー」

「ありがとう、師匠」

「うん、ありがとー」


 口々にお礼を言う、私達。

 正直、こんなに膝が震えているのは初めてだよ。

 この状態でお家に帰りつける自信がなかったので、正直助かった…。

 それはミーヤちゃん達もきっと同じだよね?

 なんでかヴェニ君に対してはとっても負けん気の強い2人も、素直にお礼を言っているあたり本当に助かったと思っていそうです。


「この程度で足腰立たねぇなんて情けねーな。これからきっちり鍛えてやるから楽しみにしとけ?」


 そう言って笑うヴェニ君は、どことなく楽しそうでした。


 こうして始まった、私達の脳みそ筋肉な日々。

 でもこんな指導計画なにソレな修行で、本当に強くなれるのかなぁ…?



 そんな不安を口にしたら、ヴェニ君が獰猛に目を光らせました。


「お前がどんな理由で強くなりてぇなんて言い出したのかは知らねぇが…生半可な理由や、半端な覚悟じゃ乗り越えられない現実ってもんをたっぷり教えてやらぁ。本当に強くなれるかどうかはお前ら次第なんだってことを覚えておけよ?」


 そう言って笑うヴェニ君は、碌でもない顔をしていたよ………。

 何を企んでるのかなぁ、ヴェニ君。





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