11-15.理解不能なイキモノ
今回は出だしから半分以上、エステラちゃん視点でお送り致します。
私の住んでいる村には、リュークっていう男の子がいる。
私にとっては誰よりも特別な、男の子。
この村じゃ他に類を見ないくらい格好良くって、他の子達もリュークのことを格好良いって言う。
だけど私にとって、リュークが特別なのは。
別に格好良いからじゃない。
だって、リュークは優しいから。
格好良い以上に、優しいから。
だから私は。
ちょっと言葉が足りなくて、拗ねるとぶっきらぼうになって。
だけどやっぱり、リュークは優しい。
態度が素っ気無いから、他の子達はリュークのことをクールとか言うけど。その言葉を言い訳に、遠巻きにしてるだけ。
私だけが、言葉にしないリュークの優しさを味わうの。
不器用なところも、わかりにくい優しさも好き。
お隣さんの家で、お母さん同士が親友で。
物心つく前から私はリュークが大好きで、いつもくっついていた。
そんな私だからこそ知ってる、リュークの隣にいる特権。
特別なんだよって、こっそり胸を張る。
……リュークに特別って言ってもらったことないけど。
村の他の子達とはどこか、違って。
なんだかリュークこそ『特別』って感じがする。
浮世離れしてるってやつなのかな?
他の子達とは違うってことだけ、なんとなくわかるの。
村で大人のお仕事を手伝うのが子供の仕事だけど。
リュークだけはちっちゃい頃から『修行』三昧。
それが甘んじて許されてるところとか、私達とは全然違う。
その異質さが目立って、他の子達はなおさらリュークに近づけない。みんな、引っ込み思案じゃないのに不思議だけど。
でもそのお陰で、リュークの隣にいられるのは私だけって感じがする。
私まで特別になったみたい。リュークの、特別に。
……本当はリュークの近くに他に誰もいないから、私にリュークの注ぎ場所が集中してるだけなんだろうけど。
話しかけて近寄って、邪険にされたら怖いから。
冷たい態度を取られたら、泣いちゃうかもしれないから。
そんな思い込みも手伝って、他の子達はちょっと距離を置いていて。
その分、懐近くにいる私は優越感。
……私に対するリュークの扱いが、『妹扱い』ってやつだとは気付いていたけど。
でも私の他に、近くに女の子はいないから。
これからの、自分の頑張り次第だと思った。
これから頑張って距離を詰めて、『妹』扱いから脱するんだって。
他にリュークの近くに誰もいないなら……近くにいる私こそ、リュークの特別になれる可能性があるはずだって。
自分を鼓舞して、リュークの優しさに甘えて。
いつも一緒に、一番近くに。
その隣で、リュークに大好きって言葉で態度で伝え続けた。
……リュークは親愛の意味での『好き』って思ってるみたいだけど。
でも、良いもん。めげないもん。
いつか絶対、リュークにも私のこと……好きってなってほしいから。
そう思って、私の毎日はリュークのことが中心で。
それはきっとこれからもずっと変わらない。
そう思ってた。
……思って、思いあがって。
自分に都合よく思いこんでた。
私は変わらない。
確かに、私は変わらなかったけど。
リュークの方が、リュークの心が、変わることを考えてなかった。
それも、私の望まない方向に変わる可能性を。
その名前、私の知らない誰かの名前を。
リュークの口から初めて聞いた時には、もう嫌な予感がして。
ポテトサラダの中に苦手なレーズンを見つけた時みたいな気持と一緒に、すごく深く、その名前は印象付いた。
――『めい』。
初めてその名前を聞いたのは、何年前だったかな。
4年前くらい?
私が7歳で、リュークが8歳くらいの時だったと思う。
いきなり森に動物を拾いに行くって言うから、ついていった時。
どうして?って聞いたら、リュークが言ったの。
『夢の中で不思議な女の子に、そうしたらって勧められた』
泣いて、弾んで、くるりと笑って。
何もかもが唐突なのに、心にスッと突撃してくる。
見ているだけで感情移入しちゃうくらいに、全力で人生を謳歌するような、一所懸命な子だったって。
『夢で会った』、そんな曖昧な存在。
現実にはいない子のはずなのに、語るリュークは妙に楽しそうで。
どうしてか、少し照れているようにも見えて。
どんな夢だったのか、詳しくは教えてもらえなかったけど。
何がそんなに、リュークの心の琴線に触れたんだろうって。
すごく、もやもやした。
その時から。
そう、その時から。
『めい』って名前は、忘れられない名前になった。
村には『めい』なんて子、いなかったから。
それも時間が経てば気にならなくなってきたけど。
けど、わかるから。
リュークがその名前をずっと覚えていること。
私とは違う意味で、忘れられないでいること。
それがわかる間は、本当に気にしないでいることなんて無理で。
胸の中のもやもやが、ちょっとずつ大きくなってくる。
このままじゃ嫌な子になっちゃいそうだなって。
『めい』なんて名前、忘れちゃえば良いのにって。
そう思っていたけど……
誰かの声で、その名前を聞いて。
私は、すごくどきってした。
1年と、数か月前。
この村に『めい』っていう名前の女の子がやってきた。
お引っ越しとかじゃなくって、少しの間の滞在だったけど。
だけど、リュークがわかりやすく反応するし。
私も、直感めいたものがあった。
ああ、あの子だ……って。
リュークの、忘れられない女の子。
その存在を気にしないでいられるなんて、無理で。
何よりリュークが自分から会いに行こうってするから。
……私にも、自分から会いに来てくれたことなんて、あんまりないのに。
用事がない、仲良くもない相手に自分から会いに行く。
そんなリュークのいつもと違う様子を、放って置けるはずなんてない。
胸の中のもやもやが、急激に大きくなる。
怖いな、こわい。
胸の中で呟きながら、私はリュークの袖を掴んでついていく。
どうしても……どうしても、間違っても2人きりで会わせたくなんてなかったし。
私も、『めい』って子が気になって仕方なくて。
どんな子なのか、この目で見て確かめようって思ったから。
そうしたら、『めい』は羊だった。
……うん、本当に本物の子羊みたい。
これが大人だったら、もしかしたら羊に化けた獣人さんかもって思うところだけど。
大人の話だと、『めい』は私より1歳年下の女の子。
そんな小さな子が、完全獣化なんて出来るはずないもんね。
私の考え過ぎだったのかな……。
だけどリュークは、何故か羊さんをチラチラ見て気にしていて。
そしてその日から、暫く。
なんだか様子がおかしくなった。
避けられてる訳じゃないのに、リュークに全然会えない毎日。
いつも、いつも。
『めい』が村にいた間、毎日。
いつ会いに行っても、いるはずのリュークはどこにもいなくって。
何故か村中を奔走しているようだって聞いた。
いつもと違った行動に、思い悩む様な横顔。
リュークに一体何が……
やっぱり、『めい』って名前は私にとって鬼門なんだと思う。
心の中は、もやもやが大きくなり過ぎて。
何に対してかもよくわからない不安と、心配でいっぱいで。
私はどうしたら良いのか、全然わからなくって。
いつかきっと、って思ってた。
リュークのお師匠様達が、いつかリュークは広い世界に冒険に行かないといけないって、言うから。
だったらそれについて行こう、どこまでもついて行けるようにって。
でもリュークみたいに、まっすぐ魔物に向かって行って、目の前で戦うなんて無理だから。
頑張って弓のお稽古をして、せめて足手まといにはならないよう……少しでも役に立てるようにって。
そうやってがむしゃらに、何かに打ち込んでいないと不安に潰されそうな気がしていた。
だけど、とうとう。
『不安』の源が、私を潰しに来たんだって思った。
目の前には、真っ白な1人の女の子。
髪の毛はふわふわで、とろけるコットンキャンディみたいで。
私とあまり歳は変わらない筈なのに、足はすんなり伸びていて。
……私と、全然違っていて。
リュークみたいに、魔物に真っ直ぐ向かって行って、目の前で戦う。
詐欺だ、って思った。
酷い、って思った。
動物のふりして、羊の皮の下にこんな目を引く姿を隠してたんだ。
肌も髪も睫毛も真っ白な中、青い目が空を映してキラキラしていた。
目で追えないくらいの速さで、くるくると魔物の間を怖がりもせず駆け回れる。
……ずるいって思った。
私がなりたかった女の子の姿をして、こんなひょいって現れるなんて。
こんな風に鮮やかに目立つ姿で、リュークの前に現れようだなんて。
………………すごく、ずるい。
酷い。
つらい。
……かなしい。
リュークの隣は私のなのに、私の特等席なのに。
とっちゃやだ。
そう思ったら、もう我慢なんて無理で。
何を言おう、何を話そうって。
何も考えつかなくて、自分でもわからないまま。
どうしたいかなんて、自分の中に見つける余裕もなくて。
でも今を逃したら駄目だって思ったから。
まだ『めい』とリュークが会っていない、今の内に。
2人が会っちゃうよりも前に!
私が、『めい』とお話ししようって。
どういうつもりなのか、その気持ちを聞こうって。
お腹の中は緊張でぐるぐる痛くなってきたけど。
意を決して、『めい』の手を引っ張った。
私の話を聞いてほしい。
そして『めい』の気持ちを聞かせてほしい。
ねえ、教えて。
『めい』、あなたは――……リュークが、すきなの?
覚悟したつもりで、心が痛いのに耐えきれなくて。
目をぎゅっとつぶった私に、返ってきたのは予想外の言葉で。
緊張で強張った身体に、一瞬の空白。
えっ?と目を見開いた私に、『めい』の言葉が降り注ぐ。
……なんか、理解できないんだけど。
『めい』は………………その、リュークの行動をつぶさに観察したい、ん、だって。
…………物陰から。絶対に気付かれない場所から。
それじゃあストーカーじゃない、って。
思わず言ってしまった私に、『めい』の言葉は。
「そうだよ! ストーカーだよ!!」
即肯定された!?
まって。
ちょっと、あたまがおいつか……だめ、だめだめ待って待って。
えっとなんでそんな意気揚々と、誇らしげに宣言しちゃうの。
なんですごく嬉しそうなの。目、キラキラさせてるの。
私がおかしいのかな……そんなに元気に明るく宣言しちゃうような言葉だったっけ? あ、あれぇ???
この日、私は悟りたくなかったけど1つ悟りました。
『メイファリナ・バロメッツ』……『めい』は、どうやら私とは相容れない……理解不能な、思考回路の異なる生物だったみたいです。
え、私、こんな子を相手に何をどうすれば良いの?????
→ エステラ は こんらん している!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
ちょっと、ぴったり条件合致する状況に気付いちゃって。
思わずエステラちゃんそっちのけで浮かれはしゃいで暴走しちゃいましたが。
その皺寄せというかー……代償は、我が身を以て返すことになりそうです。
だってエステラちゃんが、頬を膨らませている。
わかりやすく、ほっぺ膨らませてメイを睨んでいます。
その目は、涙目でした。
おう、わかりやすく拗ねてらっしゃる……。
エステラちゃんの拗ねた様子が、地元の弟妹と重なりました。
だから思わず、無意識で。
対等な立場として『話し合い』を求めて来ただろうエステラちゃんの神経を、より逆撫でするような対応を取っちゃったんです。
「エステラちゃん、かわいー!」
「!?」
「ねねね、ね、撫でて良い!?」
「!!?」
あれ、なんか距離とられた……。
いま、メイ、めっちゃエステラちゃんの頭を撫でまくりたい気分なのに!
この時、私は気付いていなかったんです。
私は『ゲーム』の……『ゲームキャラ』達のことが、みんな大好きで。
自分でも気付いてなかったけど、『メインキャラ』でしかも『ヒロイン』の1人であるエステラちゃんを目の前にして。
それも、こんな至近距離で目の前にして。
言葉を交わして、触れ合える距離で。
そのことに、知らず知らずにはしゃいでいたことを。
この時の私は、テンションMAXでした。
いきなり親しくもない相手に、過剰な好意に裏打ちされた友好ムードを向けられて。
エステラちゃんがたじたじになっちゃっていたのに。
それでもエステラちゃんは、流石メインキャラ。
不屈の精神、強かった!
自分の意気が挫けそうになっても、なんとかすぐに立て直して。
目減りした気力を強引に掻き立て、メイに強い口調をぶつけてきました。
「め、メイファリナちゃん、は……リュークのこと、すっ好きなの!?」
内気なエステラちゃんとは思えないくらい、率直な言葉。
だけどそれはその分、必死だったということ。
必死に、リューク様を好きだという気持ちがエステラちゃんを突き動かす。
なんでメイに対して、それで焦ってるのか良くわからないけど。
でも真剣に向かって来られているのに、嘘は良くない。
それに偽りを口にするのは、私のリューク様に対する信仰心が許さない!
そのことだけは辛うじてわかるので、メイは正直に答えるしかありません。気持ちに対して真摯に接しないのは失礼だもんね!
でも熱いパッションが溢れすぎてドン引きされないよう、なるべくさりげなさを装ってお答えしました。
「え、好きだよ」
その言葉は、自分でも思ったよりずっとさらっと出てきました。
偽りのない気持ちだからでしょう。
勝手に、繰り返し念を押すように好意が口から零れ出る。
「うん、好き。大好きだよ」
むしろ崇拝してます!
そしてそれは、リューク様に対してだけじゃなくって。
胸をどきどきと熱くして、のめり込んだ前世の記憶。
魂に焼きついちゃった、あの感動と情熱。
リューク様、大好き。いちばん好き。
だけど好きなのは、リューク様だけじゃなくって。
トーラス先生も、ラムセス師匠も、アッシュ君も。
未だこの世界でお目にかかっていない、他の色んな人達も。
そして大好きなのは、貴女もそうなんだよ、エステラちゃん。
その気持ちを全部言葉に込めて、私は結局、熱く叫んだ!
「エステラちゃんのこともだいすきです!」
「ふ、ふぇっ!?」
「あ、でもメイがこんなんじゃエステラちゃん心配だよね! けどけどだけど安心して! メイはリューク様の事大好きだけど、大好きだけど……こっそりひっそりでもじっくり遠くの物陰からつぶさに観察していたい感じだから! 知らぬ間に日常の裏側に紛れこんでガン見していたい感じだからー!」
「そ、それじゃあストーカーだよ!?」
「そうだよストーカーだよ!!」
「!?!?!?」
押せ。押せ。押しきれ。
今生では女の戦いなんて未経験だけど……前世の記憶っぽい何かが、胸の内から熱く腕を振り上げて叫んでくる。
こういう勝負は――勢いのままに押し切ったもん勝ちだと!
「獣人メイちゃん、10歳! ストーカー目指してまっす!」
私は我ながら素敵な満面の笑みで……ぐっと親指立てて主張しました。
その瞬間。
エステラちゃんの目から、なんかハイライト消えた気がする。
わーお見事な死んだお魚さんの目ー……
→ エステラはメイを「理解不能な人種」に分類した
メイちゃん、力強く断言。
エステラちゃんはリューク様中心に生きる恋愛脳なので、自分の見聞きした情報を無意識に恋愛要素極振りで判断してしまう癖があります(無意識)。




