11-14.少女たちの戦い勃発?
ミヒャルトの画期的過ぎる試みにより、気持ち悪い謎の半液状物質となり下がった魔物……の、多分遺骸。
……未だにぼこぼこと変な泡吹いていたり、時々肉片が隆起したり変形したりと動くので、本当に死んでいるのかは不確かだけど。
もう肉体の形を保つことすら出来ていないのは明らか。
こうなると、もう生きてるとは言い難いって考えには賛成する。
うん、死んではないかもしれなくっても、正常な生命活動は出来てないよね。
生きているとはいえない、魔物の末路。
ただの無力なゲル状物質と化していても、放置すればその肉片を何かの間違いでうっかり野生動物が口にしてしまうかもしれない。
そうなったらまた新たな魔物が生まれることになる。
なので。
「クリスちゃん、GO!」
「きゅ!」
クリスちゃんの浄化の炎で、『魔物だったもの』は全て燃やし尽くした。
クリスちゃんがいるとファイアブレスで一息だから、魔物の遺骸処理が前よりずっと楽に済みます。
前は、ねー……一々運んだり燃やしたり埋めたり、割と面倒だった。
処理する時間がなかったら放置するしかなくって、後々魔物が増える結果になったんじゃないかって、ちょっと胸が痛んだし。
それを思うと、この浄化の炎があるだけでもクリスちゃんを連れ歩く価値はあると思う。
「お疲れ様、クリスちゃん」
「きゅわー!」
でも、どうしよう。
どうしようかな、ボス狼倒しちゃったんだけど。
このことで、『ゲーム』と『現実』の間にどんな齟齬が生まれるか……考えるのが怖い。
一応、最悪の場合は案がないでもないんだけど……
私はチラリとスペードを見やり、どうしたものかと考えた。
序章、この森でリューク様達を待ち受ける中ボスは、巨大な狼。
そしてスペードの獣性強化した姿も、大きな狼さんな訳で。
どーしよっかなぁ。……と思いつつ、もう半分くらい気持ちは固まっていた。
「スペード、もし何かあったら……メイのお願い、きいてくれる?」
「おう、任せとけ☆ メイちゃんのお願いなら、なんだって聞いてやるぜ!」
「わあ、さっすがスペード! 頼りがい抜群だね☆ メイ、スペードみたいな優しい男の子が幼馴染で良かった~!」
「お、おう! でも別に、俺がメイちゃんのお願い聞くのは幼馴染だからって訳じゃなくて……」
「め? スペード、何か言った?」
「なんでもないさ……!」
持つべきものは柔軟性に富んだ幼馴染だよね、うん!
彼なら臨機応変にやれると信じてる。
さてさて、言質も取れちゃったし。
これからどうやって話を運ぼうかな――……と、メイが考え込んで計算を巡らせている時でした。
時機ってやつは、時に向こうからやって来るんだね。
そんなの……こういう時機は、全然望んじゃいなかったんだけど。
「あの、ねえメイちゃん……メイファリナ?」
「めえっ?」
強敵に(釈然としないながらも)勝って、メイも気が緩んでいたかもしれない。
だけど全く予想もしていなかった人から声を掛けられて、メイの身体は勝手に跳ねた。
だって、エステラちゃん。
貴女に声をかけられるとは思ってなかったんだもん。
今日初めて会ったって設定だけど、ずっと私には話しかけてこなかったじゃない……いや、私だけじゃなくて他の人にもあまり話しかけようとはしてなかったけど。
でも内気なエステラちゃんに、自発的に声をかけられるなんて思ってなかった。
しかも、名乗ってない筈の本名で。
師匠も幼馴染みの2人も。
私のことは『メイ』って呼んでいるはずなのに。
なのに、確信をもった少女の声が私に『メイファリナ』と呼びかける。
それってつまり――。
「あなた、メイファリナちゃんだよね。バロメッツさんのところの、都会のお孫さんの」
「め、めーっ? なぜバレた!」
「だってあなたのお顔、前に村に遊びに来た時……一緒に遊んだエリちゃんやエリちゃんのお母さんにそっくりだもん」
「めっ!?」
私は、ハッとして。
慌てて両手を自分の頬に添えました。
指先から感じる手触りは……ふわっともふっとした羊毛ではなく、すべっとした人肌で。
視界の端に、「未熟者」と呆れた声で呟くヴェニ君の顔が見えた。
Oh……なんてこったい。
今になって、気付いたよ。
鏡を見るまでもない。
今の私の顔は、何の細工もしていない本来のモノに戻っている。
戦闘に夢中になって、必死になっている間に……うっかり制御が途切れて、顔面を羊に変えていた『部分獣化』が切れていた。
集中が切れて、顔が勝手に戻るなんて。
部分獣化ひとつ、保たせられないなんて。
メイちゃん、本当に未熟者だあ……。
師匠はメイの歳の頃には、部分獣化よりもずっと難しい『獣性隠蔽』で人間のふりして、素知らぬ顔で一日中メイ達の相手をしてたのに。
こんな形でヴェニ君との格の違いを実感する。
でも意図的に体の一部を獣にし続けるのも難しいんだよ、と。
誰に向けるともなく、心の中で弁明を重ねてしまう。
そんな私の黄昏ブルーな気持ちには、気付くことなく。
どことなく必死な前のめり姿勢で、エステラちゃんが私に詰め寄った。
「貴方がメイファリナちゃんなら、ふ、2人きりで話したいことがあるの! その、リュークのことで……!」
エステラちゃんの瞳は不安そうに揺れていて。
それでも強い意志を込め、しっかりと私を見つめていた。
それは……アレですか?
もしやThe catfightのお申し入れ……?
「い、良いよね? 一緒にお話し、してくれるよね!?」
「は、はい……」
思わず丁寧語になっちゃうよ。
語調は決して強制するものじゃないのに、なんだか『お話合い』を強要されている気がする。
だけど私に、どうしろって言うのエステラちゃんっ
ここなら誰も邪魔に来ない。
そう言ってエステラちゃんが私を連れてきたのは、ボス狼の亡骸を越えた森の奥……小さな祠が奥に鎮座する、森の中の小広場でした。
うん、皆まで言わずと知ってるよ……ここ、『ゲーム』で迷子になったエステラちゃんが蹲って泣いてた場所だよね。
『序章』でリューク様がセムレイヤ様(本物)と初めて邂逅する場所でもある。
更に更に言っちゃうと、『ゲーム』の終盤でも出てくる大事な場所だよね。ここ。
「あのね、ここはね――ほら、奥に竜神様の祠があるでしょう? あの祠があるからか、魔物が寄ってこないの。ここでなら、ゆっくりお話しできるから」
「あ、AHAHAHAHA……竜神様の祠、かー」
うん、その祠。
実は祀ってるの竜じゃなくって鳥だけどね!
まさかあの祠からセムレイヤ様がノア様を封じた異空間に繋がっているとは誰も思うまい。思わなかった結果……近隣の村民さん達はあの祠をセムレイヤ様を祀ったものだと誤認しちゃっているようです。
色々な意味で重要な場所に、今はメイとエステラちゃんの2人きり。
メイのことを大事にしてくれるスペードやミヒャルトがごねるかと思ったけど、意外なことに皆あっさりメイ達が『話し合い』に向かう背中を見送った。
そんなのとんでもないって、あの2人なら反対しそうな気がしたのにね。
同じことを思ったらしいヴェニ君が、2人に聞いた言葉で疑問は氷解しちゃったけど。
「女の戦いでしょ? 邪魔する方が野暮というか……女の喧嘩は邪魔するものじゃないって言われてるんだよね。母さんに」
「俺も母さんが、なー……ほら、うちの母、アマゾネスだからよ。ああいうのって止めに入んの気が咎めんだよな」
2人のママさん(女傑)の教育の賜物でした。
ああうん、そうだよね……どっちのママさんも戦うママさんだもんね。
『ママ友・戦場の会』って呼びたくなるくらい、血の匂いを纏った肉食系ママさん達の背中を見て育てば、そりゃ女の戦いに介入しようとは思えなくなるよねー……。
私と付き合いの長い3人は、むしろ女の戦い(物理)で身体能力を鑑みて私が負けることはなかろうと、そういう怪我的な心配は全くしていないようで。
あまり深く追求することなく、送り出された。
そうして頃合いは、折よく夕暮れ時。
思い返してみれば、エステラちゃんはリューク様に森の散策を断られ……半分腹いせも兼ねてだと、思うけど。
誰にも言わず、ただ私達についてくる形で森に入った。
私達と一緒だとは誰も知らないから……村の人達からしてみたら、エステラちゃんが1人で勝手に森に行ったように思えるんじゃないかな。
しかも散策しているにしては、もう既に数時間……1人で行動しているにしては、長い時間が経過している。
ん? これってもしかして……もしか、するのかな?
気付かない内に、私達は絶好の好機にいる。
それに気付けたことは、きっと僥倖ってやつだと思う。
あれ? これ条件そろってね?
……そう思っちゃったんだよねぇ。
エステラちゃんと話し合いを始める前、に。
私はちょっと待ってもらってUターン!
ダッシュでスペードに駆け寄り、その両手をぎゅっと握りました!
「スペード! スペード、お願い!」
「めっめめめめめメイちゃん!?」
「ちょっと――獣性強化した姿で見張っててほしいの!」
「……ん?」
あれ、なんで変な顔するの? スペード?
ついでにクリスちゃんに伝言を持たせて村へと飛ばせました。
最近、ちょっとずつ飛ぶ練習も進んで飛距離が伸びてるんだよね。
それに簡単な伝言くらいだったら相手はセムレイヤ様限定(何しろ竜語)で出来るようになってきました。
いきなりすぎるし、ぶっつけ本番だけど。
今、このタイミング……逃しちゃいけない気がする!
なんといってもボス狼は倒してしまいました。
その状態で時間を空けたら、『ゲーム』と状況の齟齬が大きくなってしまうかもしれないし。
やれる時に、やるべきだよね!




