11-7.尋問の夜
「――で? お前、何やらかしちまいやがったんだ?」
夜の、お宿にて。
私はヴェニ君による尋問会に絶賛強制参加中です。
うん、いや、気持ちはわかるよ?
うん……そうだよね。師匠のヴェニ君には監督責任があるんだね。
うんうん、もうわかったから……お小言、耳にキテるから。
詳しい事情を聞く前から、ヴェニ君の眼差しは氷点下一歩手前、呆れ成分ブレンド風味。
ヴェニ君がいつの間にか精神攻撃を覚えちゃったみたいで、メイの心にぐっさぐさナニかが刺さって来るよ……。
「ヴェニ君……信頼って言葉、知ってる?」
「知ってるが、俺の弟子共に限っちゃ適用されねぇ言葉だな。ああ、悪さや事態を悪化させる点についてだけは信頼置いてやってんぜ? 駄目な方向でな」
「うちの師匠様めっちゃ手厳しい!」
私が今いるのは、4人と1匹で取った宿の部屋。
……の、中央。床。
更に言うと正座待機中です。
口と頭はヴェニ君への応答に忙しく働いてる真っ最中だけどね!
そして尋問官と化したヴェニ君はメイの正面。
部屋の端にあった椅子をわざわざ移動させて、座っています。
足を組んで、座っています。
ついでに言うと目も据わっていました。
なんか目は据わってるのに、口元には温い笑みが刻まれてて凄く怖い。
そんな顔で見下ろしてこないで、ヴェニ君!
ちなみに幼馴染達はメイの背後にあるベッドに座っています。
メイからは見えない位置から、時々鋭いツッコミや追及を加えてくるよ!
主尋問官は、ヴェニ君。2人はその補助って感じかな?
クリスちゃんは傍聴席……じゃない、ベッド代わりにしている籠の中で既にすやすや夢の中です。正直、凄まじく羨ましい。
健やかな寝息が、今日ばかりはちょっぴり憎く思えちゃうよ。
「おうこら、猪チビ。聞いてやがんのか、おい」
「め、めぅ~……」
「そろそろてめぇが何やらかしたのか、観念して吐いちまったらどうだ。あ?」
「めー……」
「てめぇ、さっきからめーめー鳴いてんじゃねぇよ。お前は羊か!」
「ヴぇ、ヴェニ君ヴェニ君、なんて衝撃的な! メイちゃんは羊さんだよ、忘れちゃった!?」
「……羊の分際でめーめー鳴いてんじゃねえ!!」
「羊じゃなかったら何にめーめー鳴けと!? 羊さんがめーめー鳴く以外にどう鳴けっていうの!」
だけどそろそろ、ヴェニ君の言う通り。
観念すべき時が近付いてきたようです……。
正直に全てを打ち明けない限り、きっとヴェニ君は許してくれない。
数年に及ぶ師弟関係は伊達じゃありません。
一緒に過ごした時間で、互いに相手の色々な顔を見てきた。
言葉にせずとも、ヴェニ君から引く気は皆無って主張を感じます。
そして私がヴェニ君の様子から色々察せるように、ヴェニ君はヴェニ君でメイが正直に証言しているのかどうか判別出来ちゃうんだろうな……。
嘘は、最初から吐くだけ無駄です。
……だったら正直に言うしかないんだけど。
私も頑固な方だと思うから、根競べに負ける気はしてなかった。
だけど。
…………足が、痺れました。
正座のダメージが、地味とは言い難くなってきたよ……?
正直、今すぐ立ち上がれと言われたら悶絶して床を転がるしかない。
ここは、白状しないと許してもらえない。
つまり、現状を維持すればしただけ、メイの足が死にます。
このままじゃ、壊死しちゃう!?
だから、腹をくくるしかない。そんな気がしてきた。
大丈夫、相手に嘘は通用しなくとも、正直に言うしかなくっても。
……何も、全部を言う必要はないってことで。
肝心の部分とか、言ったらまずい部分は黙秘を通せば良い。
今、ヴェニ君が主題として挙げてるのは、たった1つ。
ズバリ、私がリューク様に何をしちゃったのか。
それを聞き出してから、ヴェニ君達も対応を決めるらしい。
だったら、話は簡単。多分。
前世云々とか、RPGゲーム云々とか。
そういう頭のおかしい電波な発言を交えずとも、結論を出すことは可能です。
去年何をしたのか、客観的事実を述べれば良いだけなんだから。
裏の事情なんて、お口にチャックで解決です。
……ちょっと、メイの(社会的な)生命に関わるだけで。
もう言っちゃおう。言っちゃおうぜ。
ほら、足が痙攣も出来なくなりそうだから。
このままじゃ許してもらえないんだから。
大丈夫、相手は気心の知れたヴェニ君。
メイがどれだけ頭のおかしいことを言っても、どん引きはしても疑ったり見捨てたりはしないでいてくれるはず。多分。
だってヴェニ君は、なんだかんだでとっても面倒見良いんだから。
足に血が回らなさ過ぎて、のた打ち回るメイちゃんは。
きっと極限過ぎて頭にも血が回ってなかったんだと思う。
じゃあ、だったらメイちゃんの血はどこに行っちゃったんだよって話だけど。
思考能力が低下していたのは明らかで。
オブラートに包もう、とか。
ぼかしちゃおう、とか。
言えないことは言わなきゃ良いとか。
色々ぐるぐる考えていたけれど。
いざ白状しようとなったら。
メイの口が、つるりと滑りました。
ちょっと、こう……割とショッキングな方面で。
メイちゃんが、リューク様に何をやらかしちゃったのか?
そんなの1つに決まってるよ!
「割と本気のストーキングやりました! ちょっと数日がけで!」
ヴェニ君の何度目かの尋問に、メイちゃんは今までの往生際の悪さは何だと言いたくなるくらいに。
すぱっと潔く言い切ったのでした。
そんな、メイちゃんに対して。
ヴェニ君は一瞬身体の上半身から力を失い、椅子の背もたれにがんっと頭を打ち付けた後。
両手で顔を覆い、深くふか~く息を吐き出しました。
いつもちょっぴり垂れ気味なヴェニ君のウサ耳が、いつになく力を失ってだらんっと垂れ落ちております。常になく垂れ垂れです。
それから暫く、微動だにしないなぁとメイちゃんが見上げていたら。
「この………………ど阿呆!!」
いきなり顔を上げて、溜め付きでメイを罵って来ました。
メイを見るヴェニ君の眼差しは、何とも言い難いモノだったけど。
うん、見捨てられてないことだけは確かだよ!
「なんだっつの、おい。俺の弟子にゃストーカーしかいねぇのかよ。おいぃ……」
「め? ストーカー……しか???」
「……なんでもねぇ。気にすんな」
「め……?」
深刻そうな顔で、魂まで抜け落ちそうな溜息と共にヴェニ君が不思議なことを言いました。
ストーカーしかってどういうことだろう。
なんかまるで、その言い方だとスペードとミヒャルトもストーカーって言ってるみたいだよ?
首を傾げつつ、生まれた時から親しくしている2人の素行を思い出してみるけど……うぅん、心当たりはないなぁ。
ヴェニ君は、メイの知らない2人の何かを知ってるのかな?
ああ、それとも。
もしかして、ヴェニ君に師匠になってもらう為に、捕獲した際の一連のアレコレを言ってるのかもしれない。
確かにあの時は長期に及んでずっと監視していたし、ストーカーっぽかったと言えなくもないかも。
でも4年も前のことなのに、ヴェニ君はまだ根に持ってるのかなぁ。
この尋問会により、ヴェニ君のリューク様に対する認識は『被害者』で固まりました。
やったね! ヴェニ君達を納得させられたよ☆
ヴェニ君は今後、リューク様に優しくなるんじゃないかな。
主に、負い目効果で。
うん、不肖の弟子が申し訳ないって保護者の感覚で。
まだメイの正体は露見していない……はず!
だからヴェニ君が気を遣わなくても大丈夫な気がするんだけどね。
でもそういう油断が後々トラップになることもあるから、気をつけるに越したことはないかも。
ヴェニ君は『ストーカー』という言葉のインパクトをそれなりに重く受け止めたみたいで、リューク様には配慮が必要と考えた様子。
うん、メイちゃんとは会わせない方向で。
だってメイちゃん、加害者だもんね!
だから狼討伐に参加したそうだったリューク様には、改めて同道をお断りしようという空気が発生しました。
なんかメイちゃんのやらかしたことが心の傷か何かになっている可能性を考慮して、刺激しない方が良いと思ったみたい。
メイもその意見に大・賛・成だよ!
そう言ったら加害者の分際ではしゃぐなって、脳天に拳骨くらいました。
物凄く痛い……。
メイちゃんの、自業自得なんだけど。
「っつう訳で、夜が明ける前にこっそり行くぞ。森」
「でもヴェニ君、トーラス先生はリューク様のお師匠さんだから、朝のお勤めが……」
「んなの、森で合流すりゃ良いだろ」
「えー……でも、リューク様がこっそりついて来たら?」
「あの爺さん、見たとこ割と手練だろ。体捌きは大したことねーけど、魔法使いなら魔法使いなりの方法でガキの1人くらい撒くのは簡単なんじゃねえの?」
「それも……そう、なのかな?」
トーラス先生とは、時間差で合流。
そう話が纏まりかけた時に、異議が出ました。
「ちょっと待って」
声を上げたのは、ミヒャルト。
……あれ? なんか目がいつもよりツリ目になってない?
何か怒るようなことがあったのかな。
きょとんと首を傾げる私に、ちょっとだけ微笑みを……目の笑っていない微笑みを、向けた後。
それはそれはうっとりするような笑顔で、ミヒャルトは予想外のことを言い出しました。
「あのリュークって男と、トーラス先生達は毎日早朝から修行をしているんだよね? 僕もそこに顔を出したいなって思ってるんだけど」
「あ、俺も同じく! ちょっとどんなことしてんのか、とか。リュークって奴の技量とか、あとメイちゃんのことどう思ってんのかとか気になる! ヴェニ君、俺らも参加しに行っちゃ駄目か?」
「はあ!?」
いきなり何を言いだすのか、と。
ヴェニ君が目を剥きました。
「偶には目先を変えるのも刺激になると思うよ、ヴェニ君。リュークって馬の骨に武術を仕込んでいるのは、凄腕の戦士だって話だし……こんな機会早々ないでしょう?」
「そりゃ俺の指導に対して婉曲に文句でも付けてんのか、ああ゛?」
「そんなつもりはないよ。ただいつも同じ相手と同じ修行を繰り返していても、見えないモノがあるんじゃないかと思っただけだし。時には外部刺激も成長に必要なことだと思わない?」
「お前なぁ……俺がお前らをいきなり他所に突撃させると思ってんのか? 何か裏がある気配しかしねぇ……ナニ企んでやがる」
「企むだなんて。ヴェニ君ってば、僕達に対する信用なさ過ぎだよね。修行だよ? 修行に行くんだよ? それ以外に、何をするって言うのさ」
「観稽古も大事だって言ってたのはヴェニ君じゃん。参加させてもらえなくっても、見てるだけで勉強になるだろ。それも駄目なのか?」
「尤もらしいこと言ってやがるけどな……俺にはお前らが相手に迷惑かける未来しか予想出来ねぇよ」
「なんだったらヴェニ君も一緒に行こうぜ。心配だったら、近くで監督しとけば良いんじゃねえの? 今後の参考になるのは確かなんだし、折角の機会は活かそうぜ」
「そうそう。メイちゃんはお留守番になるけど……良い機会だし、メイちゃんに対してあの馬の骨がどう考えているのか……どうせだから聞いてみても良いんじゃない?」
「…………あー……メイの馬鹿に対する意識調査、は、確かに必要か? 今後のメイとの距離を測るにも、相手の心の傷について測っておいた方が良いのか……?」
なんでいきなり、ミヒャルトやスペードがそんなことを言い出したのか、わかんない。
わからないんだけど……いつの間にか、ヴェニ君も乗り気で。
同時に、ちょっとメイちゃんの胸がときめきました。
メイちゃん1人が、お留守番。
それってつまり……遠くから観察しても、上手く気配を殺せさえすれば仲間達に見咎められずにリューク様の成長を見られるってことですよね!?
一年前から、どのくらい成長したのか……
うわ、見たい! 見たいよ!
……ヴェニ君達の実力を思うと、気取られずに観察するのは大変だけど。
それも観稽古の為だったと言えば、何とか誤魔化せそうな気もする。
何にせよ、ストーキング活動の為にはメイ1人でお留守番って状況を作り出すのが最適……!
そこまで考えて、内心ではしゃいで。
そして、少し正気に戻る。
でもでもだけど、と。
リューク様に、想定外の余計なちょっかいをかけても良いのかな……? 今更だけど。
それにヴェニ君は元々、『ゲーム』では仲間になる隠しキャラ。
そんな特異な人物を、『ゲームストーリー』の始まっていないこの時点で必要以上に接触させること……
今まで考える必要もなくって。
全然想定もせず、少しも考えなかった。
少しどころじゃない不安と、懸念が胸に広がる。
えっと、この状況。
メイちゃんの欲望的には1人でお留守番→観察活動って状況が1番美味しいんだけど。
でも本当に、そんな状況を作っちゃっても良いのかな……?
誰か、相談できる相手が欲しい。
誰か、この不安を分かち合って、吐き出せる相手が欲しいな、と。
先読み不可能な未来のアレコレに、口に出せない悩みの多さに。
だけど積極的に仲間を止めることも出来ず、私は困り果ててしまいました。
本当に、相談できる相手が欲し…………って、あれ?
そういえば、最近。
セムレイヤ様とお話ししてないかも。
ううん、お話しだけじゃない。
そもそもメイの夢に遊びに来てもいないし。
この村に着いてからも、話しかけに来ないな……と。
私が『ゲーム』の話が出来るのは、セムレイヤ様だけ。
それと同じく、同胞を全て失ったセムレイヤ様にとって、現状会話が出来る相手は私だけ。
なのに、話したいことはいっぱいある筈なのに。
セムレイヤ様が、私に会いに来ない……?
今この時になって、私は。
1番違和感を覚えなきゃいけない筈の事態に気付いた。
セムレイヤ様、一体どうしたの?
どうして会いに来ないの、と。
これ、もっと早く気付いておかなきゃいけない変事でした。
村の空を飛んでいる姿は見たので、無事でいるみたい。
だったら尚更、どうして接触がないのか気になるところ。
村に来てからはメイの仲間達がずっと一緒にいるので、接触できなかったのかもしれないけど……もしも何かあったのなら、早急にお話を聞くべきです。
これは、確かめないといけません。
話しかけてこないなら、メイから話しかけるしかないよね。
是非とも、メイが1人だけになれる機会に。
……メイの、1人でのお留守番が本格決定した瞬間でした。
あ、勿論クリスちゃんも一緒ですけどね。
次回、メイちゃんとうとうリューク様のお部屋に初侵入(犯罪)。
そしてモンスター(ペアレンツ)に敗北したあの武人が再登場します。




