11-3.はじまりの村
前にも言ったかもしれないけど。
『ゲーム本編』が始まるよりも、数年前。
『リューク様』が予言の使徒として起つよりも前に、より全力で修行に励むようになる発端として……『ゲームの序章』が描かれます。
『リューク様』……『ゲーム主人公』が旅立った理由。
そもそもの冒険の発端にして、我武者羅に強くなった要因。
それが、『ゲームの序章』。
血の繋がらないリューク様を、我が子の如く育ててくれた家族を。
幼少期からずっと、その成長を見守ってくれた友達や知人を。
沢山の思い出が刻まれる、生まれ育った故郷を。
師匠1人と、幼馴染1人。
それだけを残して、他の全てをリューク様は失ってしまう。
それが、『ゲーム序章』の物語。
村が滅ぶ、なんてありきたりだけど……当事者の胸を、この上なく締め付ける。ありきたりなんて言葉じゃ、済まされないくらいに。
そんな『リューク様』にとっても『ゲーム』にとっても大きな事件が、これから起きちゃう訳ですが。
メイちゃんも、やっぱりこれから起きることを思うと胸が痛みます。
痛みます…………が。
『ゲームのファン』にして『ストーカー』たるメイちゃんの立場からは……やっぱり見守る以外の選択肢はありません!
リューク様の育つ村の場所が特定できていなかった頃は旅立ちイベントに駆け付けられると思っていなかったので諦めもついたよ?
だけど場所も時期も判明している上、発生条件の重要な要素をにぎにぎ出来ているとなれば……
胸の痛みがなんでしょう!
被害に遭われる方々には申し訳ないけど……到底、妨害なんて出来ません!
むしろ恙無くスムーズに進行できるよう、裏方だってやっちゃうよ!
……ってことで、そこは被害をなるべく『シナリオ』を破綻させない範囲で抑え込んでみせるので、それで罪悪感さんには勘弁してほしい次第です。人的被害なんて以ての外だよ!
建築物に被害がどれだけ出ようとも、密かな目標は死者0人!
だけどちょっとの怪我は大目に見てほしいかな!?
……『シナリオ破綻』の前科持ちとしては、結構心臓がばっくばくだけどね!
――という訳で。
「やって参りました! おじいちゃんの村!」
「メイ、お前……どこの誰に向けて宣言してんだ?」
「誰にでもなく、メイ自身に向けての決意表明ってやつだよ! ヴェニ君!」
「そ、そうか……」
本当は、メイ1人でこの村にはやって来るつもりだったんだけど。
……いや、正確にはメイとクリスちゃんだけで、かな?
クリスちゃんもそわそわと落ち着かなげに、メイの腕の中できょろきょろ村の景色を見回しています。
興奮したその様子は、『はじめての場所』に興味津々……って、いうより。
…………『竜神の息子』の気配を敏感に感じ取って気を取られているように見える。
だってクリスちゃんが露骨に気にしてるの、リューク様のお家がある方向だもん。
リューク様はクリスちゃん達ドラゴンの長の子供、つまりは王子様も同然なので、気になるのは当然だよね。
メイもクリスちゃんを置いていくのは忍びないし、一応はクリスちゃんも広く言えば関係者に入るような気がしたしで、連れてきたことに否やはない。
だけどなんで、ヴェニ君やスペード、ミヒャルトまで此処にいるんだろうね?
「此処が、メイちゃんのお祖父ちゃんの村、か……」
「つまりはシュガーさんの実家ってことだろ」
「そう思うと、予想以上に牧歌的な村だね」
「……みんな、メイのパパのこと何だと思ってるの?」
「「「親馬鹿」」」
「トリオで揃った! メイもそう思っちゃってるけど!」
ヴェニ君が、『巨狼』の目撃証言なんて見つけてきちゃうから……因縁を持つ私含めた『白獣』のみんなは、揃いも揃ってこの夏を一緒に過ごすこととなりました。
ずばり、バロメッツ牧場のある……お祖父ちゃんの村で。
なしてこうなった。
「それで、メイ? お前、宿はどうすんだ」
「め?」
「いや、今回は森の探索込みだからな。長丁場を予想して、最低でも一週間は宿暮らしを覚悟しとけっつったろ」
「ああ、そう言えば言ってたよね。大丈夫! 洗濯石鹸と洗濯板は持参したから! 着替えの少なさは洗濯して凌ぐよ!」
「誰もそういう心配はしてねぇ! そうじゃねーだろ。お前の爺さん家があんなら、お前そっちに寝泊まりすんじゃねーの?」
「えっと、もしかして3人も一緒に泊めろって相談かな?」
だったら残念だけど、メイはそもそもヴェニ君達と普通のお宿で寝泊まりする気だったんだけど……
『ゲーム主人公』との、接触の確率を低める為に。
顔を合せる危険性は、なるべく削いでおくべきだよね。
今後の……数年後に控える、ストーキング本番の為に!
「あ? お前、俺らと一緒の宿に泊まんの?」
「ほら、そっちの方が打ち合わせとかも時間無駄にしなくって丁度良いし! メイだけ拠点が別だったら、一々相談する時間とか作んないといけないでしょ? 門限とか作られたら活動時間が減っちゃうもん」
「なんか無駄に必死だな……別にお前が俺らと一緒に宿ってのも悪くねぇけど。でも爺さん家に挨拶くらいは必要だろ。引率代りに俺も挨拶しといた方が良いんじゃねーの」
「そ、そんな、ヴェニ君……俺まだ心の準備が出来てねぇぜ!?」
「待て。なんでてめぇに準備が必要なんだよ、スペード」
「はは、スペードは相変わらず馬鹿犬だね。改めて準備なんてする必要ないよ……僕はいつでも、メイちゃんのご家族にご挨拶する用意なら整えてあるから」
「それ一体何の挨拶だ、おい。ミヒャルト、意味違くね?」
「だってメイちゃんの祖父母なら、僕にとっても祖父母同然でしょう?」
「マジな声音で言いやがった……! お前、状況わきまえてるか?」
「俺だって! 前からずっと、それから今後もずっとメイちゃんとは仲良くしてくんだし……お、俺だって挨拶のひとつやふたつ!」
「お前も落ち着け、馬鹿犬」
「ヴェニ君ひでぇ!」
えっと、なんでかな?
何故か、幼馴染の2人が超乗り気でメイちゃんのお祖父ちゃん家に行く気満々っぽいんだけど……連れてく気ない、とか。
なんだか言い難いなぁ……。
メイがそう思って困っていると、隣に立っていたヴェニ君が深い溜息を吐きました。心なしか、呆れ顔だよ!
「……逆上せやがって。こいつらは連れてかねぇ方が良さそうだな」
「っ! それ、つまり……ヴェニ君だけがメイちゃんのお祖父ちゃん達に『ご挨拶』する……って、こと?」
「ヴェニ君、抜けがけ!?」
「変な意味に取るな、色惚けコンビ!! そもそも俺にゃそんなつもりこれっぽっちも存在しねぇよ! 猪突猛進な猪チビは端っから『対象外』だ!」
「口では何とでも言えるだろ!? ミヒャルトみてぇにな!」
「ちょっと待って、馬鹿犬。それどういう意味?」
「きゃいんっ!? し、尻尾握るのはやめっ」
……何だか、収拾がつかなくなってきたよ!
これは、早めに否定しておかないと大変なことになっちゃいそう。
だから仕方なく、メイちゃんは改めて3人に言いました。
メイちゃんは今回の滞在で、祖父母の家に立ち寄る気は一切ないと。
だって、リューク様に近づき過ぎるからね!
お祖父ちゃんの家は、リューク様のお家とお隣さん。
そして戦士として修業を積んでいるリューク様の勘は、一定距離以上に接近すると漏れなく私の気配を察知する……!
以前の滞在で、メイちゃんはそれを学習していました。
……前に数日、後をつけた経験から言うけど。
リューク様って思った以上に尾行の気配に敏感なんだもん。
あの時、辛うじて顔は見られずに済んだと思うけど……
今回は慎重を期す必要のある、本格的な見守り体制の第一歩!
万が一にも、メイの存在を気取られる訳にはいきません。
僅かな可能性も、残らず削り取っておかなくちゃ!
お祖父ちゃんの家に行って、リューク様とはち合わせたりとか……または、お祖父ちゃんの口から、メイの滞在が伝わったりとか。
そんな可能性がある限り、お祖父ちゃんのお宅訪問はナシです!
……と、それが本音な訳だけど。
勿論、それをそのまま口には出来ないよね?
オブラートに、そっと柔らかく包み込まないと。
「ヴェニ君、今回のメイは『一端の賞金稼ぎ』として来てるつもりなの。だから……肉親の情に左右されるような、甘い行動を取るつもりはないよ。キリッ☆」
「……で、本音は?」
「…………お祖父ちゃんのお隣さん家に、男の子がいるんだけどねー……? 前にこの村に来た時、その子に盛大にやらかしちゃったから、ちょっと顔を合せる可能性のある行動は取り辛いなぁ……って」
ヴェニ君の冷めた目に促されて、隠せそうな気がしなかった。
というか、物理的に促された。
一体何時の間に、ヴェニ君の手が伸びたのか。
その伸びた手が、メイの顔面鷲掴みにしちゃってたのか。
真正面の、目の前で展開されたはずなのにね? おかしいよね?
眼前だった筈なのに、いつの間に顔面ホールドされたのか、全くわからなかったよ……。
言外に、正直に申告しないとアイアンなクローが実行されるぞ、と、脅されている気がする……。
だから、だから……オブラートには包んだけど、当たり障りのない範囲で自白させられました。
実際、前に来た時。
メイはリューク様に色々やらかしちゃってます。
興味本位でやったと、取られても仕方ないけど。
頑なに顔を見せない避けっぷりを披露しながら、リューク様にとっては謎の執拗さで以て連日のつけ回し。
更には捕獲されそうになって気が動転していたとはいえ、罪のないリューク様を川(浅瀬)に突き落としてダッシュで逃げてるし。
……うん、考えるまでもなく、これだけでも立派に顔を合わせづらくなってておかしくないよね!
充分、『気まずさ』ってヤツが堆積している気がしました。
王子様に会ってみたいだろうクリスちゃんには、ごめんねだけど。
やっぱり今回も、リューク様には顔を合わせられそうもない。
あくまでメイの行動原理は「リューク様達と親しくなって冒険に参加したい」……とかではなく、「リューク様達を人知れずストーキングし、冒険を見守りたい」だし。
今もばたばた腕の中で落ち着きのないクリスちゃんには諦めてもらおう。
「…………あのメイが、自分で「やらかした」って言う程の粗相かよ」
「何をやったのか、中々に興味深いね」
「メイちゃんの可愛さなら、何をやってたとしても問題なしだろ」
「馬鹿犬、てめぇは後で説教な?」
「なんで!?」
メイが決意を新たにしていると、何故かヴェニ君が生温かい眼差しを注いできました。
何やら深く頷いて、納得してくれたのかな。
「そういうことなら、その『男の子』に詫びの一つも入れにいかねぇといけないんじゃねーか?」
「!?」
無理! 無理です!
メイに対して保護者目線で詫び入れを検討し始める、ヴェニ君。
彼の気を変えるのに、随分と私は消耗する羽目になりました。
それでも完全に諦めてくれた気がしないので、いざとなったらヴェニ君ガリバー化計画を検討しておく必要がありそうです。
初日からこんな様子で、ちゃんと計画通りに物事を遂行することができるのかなぁ……
この調子だと、メイちゃんだけが会わない、で済ませられそうな気がしない。
何はともあれ、リューク様とは接触注意! だよ!!
この日、私達は村で唯一の宿『金鶏亭』に腰を落ち着けました。
ミヒャルトとスペードは部屋を分けようとか言ってたけど……どうせ一緒にお泊まりするなら、賑やかで楽しい方が良い。
男女で分けるとか、メイちゃんだけ仲間外れじゃないですか。クリスちゃんもいるけど。
でもでも仲間外れは反対だよ!
男の子達がわやわや楽しそうにしてるのに、メイちゃんは隔離なんて淋しいでしょ!
4人(+1匹)で1つの部屋を取って、それぞれが寝床を定めて。
そこで、ハッとしました。
しまった!
これじゃこっそり「1人で抜け出す」ことが出来ない……!
……なんだか、メイちゃん墓穴を掘った気がする。




