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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
10さい:『序章』 破壊の足音を聞きながら
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11-2.それぞれの進路




 私も、もう10歳で。

 前世の感覚を引きずっていたら、早過ぎるって驚くところだけど。

 教育課程修了、つまりは学校を卒業しました!


 この世界にしては珍しい、義務教育制度を導入しているアルジェント領アカペラの街。

 だけど義務なのは初級学校まで。

 そこから上の学校に進むのか、それとも仕事を始めるのか。

 それは個々人の判断に委ねられます。

 上の学校は「なんとなく」で進めるようなものでもないので、大多数の子は就職を目指すんだけどね!

 毎年、多くの子供が初級学校を出た後は奉公に出ます。


 そんな、中で。

 メイちゃんの同級生……セージ組のみんなは、ほぼ同じところに就職が決まりました。


 ロキシーちゃんとこです。


 より正確に言うと、これからロキシーちゃんが立ち上げる『(メイ)の商会』に、です。

 あっはははは……まだ存在すらしてない、これから発足する商会なのに、この一斉雇用。

 しかも皆、初級学校出たばっかのお子様なんだけど。

 自分達がこれから新しい商会を作っていく、って意気込みでみんな燃えてるけどね?

 それがロキシーちゃんの誘導の様に思えてならないのはなんでだろう。

 一応、名前だけだけど商会の(トップ)はメイちゃんってことになるらしく。

 実質商会を取り仕切るロキシーちゃん(裏番)は、私にわざわざ「それで構いませんね、メイファリナさん」と確認を取るだけは取られました。

 もう既に決定事項の、事後承諾。

 本当に頷くだけの簡単なお仕事だったけど。

 だけど本当に、それで良いのかなぁ……。


「ロキシーちゃん、本当にそれで大丈夫?」

「大丈夫よ、メイファリナさん。発足初期は如何に機密を守り、今後も厳守していく為の下地をどう作るのかが重要ですもの。それならばいっそ、最初から口の堅い事情通で固めてしまうのも有りでしょう。幸い、この卒業までの3年で皆さんの能力や口の堅さは確認済みですし」

「そりゃ、まあ……なんだかんだでロキシーちゃんの商談に組み込んだりして、今まで協力し合って来たもんねー……みんな」


 メイちゃんから、アイディアを絞り取って。

 それを洗練させる為に、クラスの皆で実際にテスターして。

 そうやって互いに団結してきた3年間。

 ……あれ? セージ組の団結力凄いとか思ってたけど、もしかしてその核ってロキシーちゃんの儲け話?

 中々実利に富んだ団結力だったりしちゃう???


 ロキシーちゃんがセージ組の雇用を一気に促進しちゃったので、本当にそれ以外の道を選んだ子は僅か。

 ウィリーなんてお家のお店があるのに、ちゃっかりロキシーちゃんが計画する商会で参謀じみたポジションを確保してるし。

 マナちゃんやソラちゃんも、何らかの形で関わっていくつもりみたい。

 ここまで来ると、もうセージ組の共同作業って感じなのかな。商会の運営って。

 商会とは別の道を選んだ子もいるけど、その代表格はドミ君かな。

 お勉強のできる子だなぁって思ってはいたんだけど。

 どうやらドミ君は、『天才』ってヤツだったみたいで。

 初級学校を出たら、上の学校に進むんだって!

 周囲にもそれを嘱望されていて、本人もお勉強が好きで。

 ドミ君の選んだ進路は、揺るぎない。

 ……ロキシーちゃんは、行けるところまで行った後は商会に来てくれないかなって呟いていたけど。

 そこはロキシーちゃんの、今後の交渉次第じゃないかな。


 クラスのみんながみんな、こんな感じで。

 大なり小なり、ロキシーちゃんの商談に関わっている。

 本来なら、学校を卒業したらそれぞれに進路が分かれて疎遠になっていったりするのかもしれないけど。

 ロキシーちゃんの功績で、同窓会とか企画する必要もないくらいに今後もみんなと顔を合わせることになりそう。


 メイちゃんも名前だけ商会(の、トップ)に組み込まれてるけど、私の場合は実質やってることは修行と賞金稼ぎの日々。

 だって求める未来(ストーキングライフ)は、もうすぐそこまで迫ってるんだから!

 今更手を抜くつもりもないし、少しでも鍛えなきゃ。


 だけど、不思議がひとつ。

 クラスのみんなは、大分ロキシーちゃんの商会に流れたのにね?

 幼馴染みの2人だけは、何故か今も一緒に賞金稼ぎをしてるっていう。


「ミヒャルトもスペードも、どっかに就職したりはしないの?」


 メリーさんの酒場で、賞金首の張り紙を吟味しながら。

 ふと不思議に思って、左右の2人に問いかける。

 2人は11歳。

 メイとあまり歳が変わらないせいか、身長差は昔からあまり変わらない。

 横を向けば、あまり差のない位置に2人の顔が見える。

 私の疑問にまず答えてくれたのは、ミヒャルトの方だった。


「今がこんな時代じゃなければ、どこかに……それこそ、アルジェント伯爵のとこに仕官でもしたかもしれない、けどね」

「こんな時代?」


 ミヒャルトは、頭が良い。

 謀略向きの思考回路をしてるけど、頭の出来が良いのは確か。

 加えてメイちゃんに付き合って小さい頃から鍛えているお陰か、身体能力に優れる獣人の中でも、同年代では突出してると思う。

 身体能力の高さだったら、スペードにも同じことが言えるけどね。


「こんな時代、だよ。メイちゃんだって知ってるよね、セムリヤ歴1,111年……予言された滅びの年は、もう5年後に迫ってるんだよ?」

「あ、うん。それはメイも良くわかってるけど」


 わかってるどころか、むしろ心待ちにしてるよ!

 だってその年こそ、ストーカー人生の本番。

 最もキラキラ輝いちゃってる、待ち望んだ未来だし。

 あと5年、あっと5年……!


「つまり、5年後には何があるかわからないってことだよね。何もなければ安定を求めて仕官するのも良いよ。だけど『破壊』だの『滅び』だのと予言されちゃ、ね……下手に仕官して、混乱真っ只中に突撃させられたら堪らない。それに予言の年を過ぎた時、仕官した先が滅亡せずに残ってる保証もないし」

「あ、うん。それは確かに……魔物が襲ってきて防衛だーとか、災害が起きて救援だーとか、それは確かに必要だけど」


 そういった事態に、ミヒャルトがわざわざ駆け付ける姿が想像出来ません。

 うん、人には向き不向きがあるよね……。


「仕官したは良いけど、5年後に無に帰したら甲斐がないよね。だから予言の年までは身体を鍛えつつ方々を見て状況を把握するのに努めようかなって思ってる。無事五体満足で予言の年を乗り切ることが出来たら、その時こそ仕官先を見つけるのも良いかもね。滅亡せずにちゃんと組織形態を保ったまま残っていて、先々まで生き残れそうなところっていう条件は付くけど」


 予言の年の混乱を乗り切った後は、きっと何処も人手不足だから。

 自分を最も買ってくれる、条件の良い仕官先も見つけやすそうだよね……と。

 そう呟くミヒャルトの顔は、なんか……うん、あくどい。

 11歳児の発想じゃないよ、ミヒャルト!


「え、ええと……じゃ、スペードも? スペードもミヒャルトと同意見なの?」

「俺の場合はなー……別に、ミヒャルトみてぇにぐちゃぐちゃ細かいこと考えてる訳じゃないけど」

「スペード、僕に喧嘩売ってる?」

「売ってねぇよ! ああ、えっと、就職のことな?」

「うん、スペードが進学するとは元から思ってないよ」

「メイちゃん酷ぇ。けど、まあそうだよな。俺の場合は母ちゃんから警備隊に入れって勧誘も来たけどよ。断った」

「え。スペード、ママさんのお誘い断っちゃったの!?」

「おう。ミヒャルトじゃねーけど、先々何があるかわかんないじゃん? 特に5年後な。俺もまだまだメイちゃん達と一緒にいたいし」

「軽い口調で言ってるけど、本音は後ろの方だよね」

「そんなサラッとした主張で、スペードの母さんが黙った訳? 中身のない主張は問答無用で切り捨てるタイプだと思ってたけど」

「スペードのママ、女傑(アマゾネス)だもんね」

「予言の年を乗り切ること第一に考えたい、どんな危険があるかわかんないからメイちゃん達の側についていたいっつったら母ちゃんの拳も引っ込んだぜ」


『こんな時代だし、それも仕方がないのかねぇ……。良いよ、好きにしな。その代わり、絶対にメイちゃんを守ってやるんだよ! あんたは、男なんだからね。惚れた女くらいは守ってやるもんさ』

 ――スペードの記憶の中、彼の母はそう言ってニヒルに笑った。

 じゃあ母ちゃんはとーさんに守ってもらってんのかよ、と。

 うっかりそう口にしたスペードの背中には、母の手形が3日ほど赤い痕跡を残すことになったそうな。


「手が出るのがまず前提って、相変わらずバイオレンスな家庭環境だよね……これが胆っ玉母さんってやつなのかな」

「狼(犬)一家は序列重視の実力主義だかんな」

「絶対、実力主義ってそういう意味じゃないよ」


 スペードの主張も、ミヒャルトの主張も、根っこのところは同じ。

 つまりは何が起こるかわからない、5年後の予言の年まではメイちゃんと一緒にふらふらしているつもりってことだよね。

 一応、その間は賞金稼ぎで経験を積んだり、勘を養ったりするってことで。

 うん、危険なお仕事に本腰を入れることは、反対する人もいそうだけど。

 何もしないでふらふらしているよりはマシだと思う。

 これもフリーターって言うのかな?

 

 メイちゃんの脳裏で、賞金稼ぎ=フリーターの図式が成立しました。

 この世界じゃ、フリーターも随分と蛮勇を誇る職業の様です。

 稼ぐ手段がなくて、とりあえず困ったら賞金稼ぎ。

 この世から犯罪が消えない限り、彼らが食いつめることはありません。


「お、メイちゃんメイちゃん! こいつなんてどうだ」

「ええと何々……『37のイチゴ農園を襲撃した【イチゴ狩りのジョニー】、アルジェント領北西部にて目撃情報あり』。どうしよう、異名が可愛すぎて全然怖く感じない!」

「メイちゃん、そんな木端盗賊よりこっちが良いんじゃない?」

「え? こっちは……『6年前に世を騒がせた結婚詐欺クラブ【テンプテーション・紅】の残党狩り』? 決行日、明日って書いてあるよ? 面白そうだけどこれは見送った方が良いんじゃないかな」

「明日でも、この程度の犯罪者なら何とかなるよ」

「ミヒャルト、油断は悪い結果にしかならないよ?」


 賞金首の人相描きを、あれでもないこれでもないと吟味中。

 そんな、私達のところに。


「おい、てめぇら。ちょっと顔かせ」


 まるで因縁をつけるかのような、難しいお顔で。

 ヴェニ君が私達に声をかけました。

 無造作な声音の奥に、不機嫌の色がある。

 どうしたんだろ?

 酒場の主で、賞金稼ぎが欲しい情報を管理しているメリーさん。

 言わばこの辺一帯の賞金稼ぎにとって顔役ともいえる、メリーさん。

 そんな酒場の店主に、何故かヴェニ君は酒場の奥へと呼び出され。

 そこで何やら、難しいお話をしてたみたいなんだけど……

 お話、いつの間にか終わったのかな?

 ……ううん、まだ、終わってはいないみたい。

 くいっと親指で、ヴェニ君達が「こっちに来い」と示した先には、いかつい顔の店主。

 メリーさんが武骨な両の腕を組み、私達のことを待っているみたいでした。

 これは一体、何事かな? 

 呼び出される心当たりが全然なくて、メイちゃんは首を傾げました。

 文句はないから、言うことは聞くけど……

 そして困惑する私達に、ヴェニ君が言いました。


「お前ら……アルジェント伯爵様の強制依頼、覚えてっか?」


 その口調は、いつになく深刻で。

 一体どうしたのかと、私達の背筋を緊張が走り抜ける。

 慎重に、考えながら。

 私達も茶化すことなくヴェニ君に答えないと、だね。


「そりゃ、忘れたりしないけど」

「だね。あの時はスペードが巨大化したり、スペードが翼生やしたり、スペードが魔物になりそうになったり、スペードが入院したり……色々大変だったし」

「主に俺だけが大変だったみてぇな言い方!?」

「スペード、茶々入れしない」

「な、納得いかねー……」

「でもヴェニ君、それがどうしたの? あれから2年経つけど、なんで今になってその話を……」

「神妙に、よく聞け」


 ヴェニ君が、言います。


「あの時の馬鹿でかい狼……奴がまだ、生きてんだとよ」

「「「!!」」」


 8歳の時、私達は自分の実力を超える魔物を相手に、ギリギリの苦戦を強いられました。

 あの時だって、何が出来たとは……ハッキリ言えない。

 私達はただひたすら、追いすがる狼に蹴りを入れながら。

 ひたすら、ひたすら、逃げ続けただけで。

 一矢報いた、と言える程の大ダメージを与えられた気はしない。

 最後まで、だって逃げることしか出来なかった。


「でっけぇ狼型魔物の目撃証言が出た。特徴が、俺達のつけた傷と一致すんだよ。十中八九、アイツだろうぜ」


 その後、討伐隊が組まれて、狼達の駆逐作戦が決行されたって聞くけど。

 あのボス狼は、退治出来ていなかった?


「上を目指すって時に、障害残したままじゃ(わだかま)りが残るからな。……雪辱戦に行くぞ、チビ共」


 厳然と放たれたヴェニ君のお言葉は。

 私達を牽引する監督役……というよりも、私達を困難に突き落としながらもしごいて、磨いて、叩き上げて。

 より上を目指せるように鍛えようとする、『師匠』としてのものだった。


「今のお前達なら、そして今の俺なら。あの時よりはちったぁマシな戦いが出来るだろうさ」

「それ、は……それで、良いんだけど。ヴェニ君。あの狼はどこに出たの?」

 

 もうすぐ、夏。

 私にはやりたいこと(ストーカー)があって、目標がある。

 雪辱戦に否やはないけど、否やはないんだけど……!

 そちらに大きく時間を取られたら、私は、『序章』に間に合わないかも知れない。

 それだけが大きな懸念となって、私の心に圧し掛かる。

 不安いっぱいに、私はヴェニ君に聞いたんだけど。


「……え?」


 ヴェニ君が告げた、1つの名前は。

 狼の目撃証言が出たという、場所の。

 最寄りの拠点候補地……村の、名前は。

 どこかで、なんだか聞いたような名前をしていました。

 具体的に言うと、パパの口からなんか聞いたことがあるよ?


 それもその筈、その村の名前は。

 今の私にとって、何より重要な村の名前。

 私は内心で、叫びました。


 ――それ、リューク様の村の名前じゃないですかぁぁあああああっ!


 祖父の家があることより何よりも、私にとってはまず『リューク様の』村なんだなぁっと。

 改めて心の中における、リューク様の比重の大きさを自覚しました。


 村の名前なんかに素直に驚いている時点で。

 私は全く気付いていませんでした。

 もっと重要なことが、この会話の中に隠れていたのに。


 私達が遭遇した狼は、何だったのか?

 その答えを、私はもうすぐ知ることになる。




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