10-7.新しい、おともだち???
本来、竜の卵は。
母親じゃなくって父親が抱卵するんだってさー。
「……タツノオトシゴ?」
『違います』
私の感想に対する竜神様の返答は速攻でした。
詳しく竜の卵事情を拝聴すると、抱卵ともまた違った感じで。
脆い我が子を守る為、竜は孵化まで卵を体内に隠しちゃうんだって。
神といえども、卵は無防備。
割れてしまってはどうにもなりません。
あまりに頼りない『卵』という形状に、圧倒的な存在である竜はおろおろしながらこの世で最も安全だと信頼できる場所……父親の体にぶち込むことを思いついたそうな。
確かに大事なものを安全な場所に隠して安心、って気持ちはわかるけど。
うん……最初に思いついた竜は心配で頭がどうかしてたんじゃないかなぁ。
竜の女性の大多数は強い男性……最低でも自分より強い相手にしかなびかないというのが竜の一般論。
求婚者が複数いた場合は、決闘で雌雄を決して最後に勝ち残った男が女性を勝ち取る、と。
わあ、力こそが全てってヤツかな?
恋愛の形はひと……種族それぞれだけど、要は竜の女性にとって『夫』に求める最大要素が『強さ』だと……。それはもう、洒落にならない強さを求めるらしく。
そうでもないと甘えられないとか、頼りにならないとか思っちゃうのかな?
メイちゃんは竜じゃないからわからないけど。
安全面に注意を要する『卵』は、母親にとっても最も安心できる安全地帯……
父親の体内でガッチリ守る。
これが竜にとっては夫婦間の不文律と化しているらしい。
やっぱりこれタツノオトシゴじゃ……?
『ですから、違います。タツノオトシゴは父親が子の全ての面倒を見ますが、竜は子育てを夫婦共同で行うのが鉄則です』
「いやそれ、子育て以外はタツノオトシゴと同じって認めたような……」
『違います』
……それってさ、その竜的一般論が適用されるんなら、だけどさ。
リューク様の卵時代、抱卵(?)していたのはセムレイヤ様ってことだよね?
神々で唯一健在な、セムレイヤ様。
卵だったリューク様が神々の戦乱を生き抜いたのは、そういう……?
「ってことはつまり、ノア様と殺しあった時もセムレイヤ様の体の中に……?」
『自分の心臓よりも手厚く守っていましたよ。体内で』
「いや、そこは自分の心臓も守ろー? セムレイヤ様が死んじゃったらリューク様も死んじゃってたんじゃ……」
『親の体内が最も安全だからこそ、体内で守っているだけです。竜の卵は温める必要がないので、私が死んでも卵さえ割れていなければリュークは生き延びることが出来ましたよ』
「セムレイヤ様、命かけ過ぎじゃない!?」
脳裏に、セムレイヤ様(竜型)の亡骸を突き破っておぎゃーと生まれるリューク様の図が浮かびました。うわ、ぐろ……。
セムレイヤ様が死んじゃってたとして、残された卵をノア様が見逃してくれる気がしないんだけど……どうなのかな。
でもそこまでして気にかける卵、かぁ……それは今でもこうして心配性になるのも仕方ない、のかな?
「あれ? でもさっき、この竜のひとお姉さんだって言ってなかったっけ?」
『ああ、男親が先に命を落とした場合、女親が同じように体内で守る役目を引き継ぎますから……』
「じゃあ、このおねーさんの旦那さんは先に戦死しちゃったんだね」
『ええ……』
さて、ここで問題です。
その懸念が既に思いついていながら、現実逃避の如くセムレイヤ様と私は、そっと1つの事実から目を背けていました。
だけど、いつまでも無視していられる筈もない。
うん、この竜の体内にあるって卵。
……どうなってるんだろ?
「さあ、予想してみよう! 予想その1『お母さんと一緒に石化して時間を止めてる』!」
『その場合、彼女を解放する時まで、むしろ卵の安全は保障されますが……』
「予想その2!『石化は免れたけど単純にまだ孵ってない』」
『既に孵化していないと、絶望的な時間が経過しているのですが』
「……予想その3!!『実は既に孵っていて、逞しく自活している!』」
『いくら地上の捜索を怠っていたとはいえ、生きた本物の竜が闊歩していれば、流石に私も察知していると思います』
「………………予想その4、『何らかの経緯を経てもう死んでる』」
『…………………………』
「う、うわぁあん! 否定してよぅセムレイヤ様―!」
め、メイちゃん、なんだかショッキングな事件に直面させられてない!?
物凄い量の冷汗が、ぶわっと一気に流れ出しました。
なんかもう、嫌な予想しか出来ません。
……考えがどの程度合っているのか、確認しないと。
同じことを考えたのか、セムレイヤ様が何だかキリッとした顔を上げて男らしく宣言なさいました。
『――今から、私が確認してきます』
「セムレイヤ様!」
『幼く、儚く消えようとも我が同胞。竜の長として、一族に連なる者の末を私は確認しなければなりません。それが長としての義務です』
セムレイヤ様は、御立派でした。
だけどメイちゃんは、なんだか怖くて「ついていくよ!」なんて一言が口に出来ない。
メイは臆病者の怖がりです。
自分が、情けなくなっちゃうけど。
私はセムレイヤ様の調査結果を待つしか出来ない。
完全に石と化した竜の、がっちりと閉じた口。
どうやったものかセムレイヤ様はちまっと小柄な仮の姿のまま、自分を遙かに超える大きさの竜の口を……
がぱっと、開きました。
え。どうやったの。
可動部なんてどこにもない、石とかして硬直する口を。
どうやったのか通り抜けられる程度に開かせ、セムレイヤ様はひょこひょこと、真っ暗な竜の口の奥深くへと姿を消していきました。
「…………めうぅ、不安だよぅ」
これでセムレイヤ様が帰って来る前に竜の口が「ガチンッ!」って閉じちゃったりだとか。
あるいは何らかの事故か何かでセムレイヤ様が出てこられなくなるだとか。
そんな事態が発生したら、メイじゃ完全に手に負えない。
だって、そもそも領分が違うんだもん。
ホラーな事件が起きたらどうしよう、なんて不安でドキドキしながら……私はセムレイヤ様が何でもないお顔で戻って来ることを期待していたんだけど。
うん、戻って来た。
ちゃんと五体満足、無事で戻ってきたよ?
ただし、1柱じゃなかったんだけど。
「せ、せ、せせせセみゅレイヤしゃまっ?」
『メイファリナ、噛み過ぎでは……』
「う、うん…………その、口にくわえているのは一体」
『………………卵もどうやら石化してしまっていたようで』
「わあ、やったね(棒)。1番無難な予想が大当たりだよ!?」
物凄くびっくりしたんだけど!
奈落のように真っ暗な穴(竜の口の隙間)から、ひょこっと顔を突き出した鳥さん(竜神)。
ひょこひょこと歩いてきた鳥さんの口には、卵っぽい何かがくわえられていました。
ただしそのサイズ、パッと見……鳥(某竜神)よりも大きくないかなっていう……
物凄くシュールな絵面でした。
見た目には全力で歩き辛そうなんだけど。
流石は竜神様、とっても器用!
例え鳥の姿を摸していようと、卵の1つや2つは何の妨げにもならないようです。
石化した竜の口を、閉じさせ。
足元に置かれた竜の卵(石)。
セムレイヤ様がころんと転がしたのは、一見して大理石に見える大きな塊。
鶏の卵より楕円形に近い形状で、大きさは50cmくらい……?
竜の卵って言うから、もっと大きいと思ったのに。
なんだか予想したより小さい。
化石になってるんじゃ、と心配になるけど。
セムレイヤ様は卵はまだ生きていると断言しました。
石化さえ解けば、近い内に孵化するだろうと。
セムレイヤ様の記憶が確かなら、恐らく年内には孵るんじゃないかとのことです。
見た目、なんか卵型のそういうオブジェにしか見えないけど!
だけど、死んでなくって良かった……!
『竜の子は人の赤子とあまり大きさは変わりませんから』
「そうなの?」
『ええ。見ていて下さい』
「待った。セムレイヤ様、何するつもりー……?」
『卵を石化から解放して、孵化させるのですが』
平然と、けろっとした顔で何を仰るうさぎさん!
え、なんで今から?
というか、なんで此処で?
え、っていうか、年内って言っていたけど……そんなすぐに孵るの?
竜の子の孵化とか、そんな大事なことはもっと安全なところでやろうよ!?
「そんなことしてラスボスに気付かれちゃわないかなあ!?」
『母親の方を解放すれば、流石に力の動きで気付かれるかもしれませんが……未だ孵化前の竜の子では、対して大きな変化もありません。私は気付かれないと思いますが』
「万全を期した方が良いんじゃないかな!?」
『むしろ天界の方を監視されている可能性があります。地上では些細なことで済ませられるような事態も、天界であれば余計に気を引くやもしれません』
「……あるぇー? なんかいま、暗に不安要素プラスされちゃった気がする。というか、そんな状態だったら竜の子も天界に連れて行けないよね!?」
セムレイヤ様、まさかとは思いますが……
私にその卵、預けようとか無責任なことを考えてないよねー?
あはは、うふふ、と。
どことなく乾いた笑みを交わす、私と竜神様。
うん、メイのお顔は引き攣りそうです。
だって、親のない竜の子。
しかもこの世界では竜=神の一種な訳で。
それを、押しつけられるとか。
そんな重大な責任が伴いそうなこと、メイちゃん引き受けられないよ!?
情けない顔で、無言の拒否を訴えるメイちゃん。
だけど何を思ったのか。
セムレイヤ様は、真摯なお顔でメイに訴えかけてくる。
『メイファリナ、よく考えてみてください』
「め?」
『6年後、リューク達は世界を救う使命を帯びて旅立つことになるでしょう。貴女の、夢の通りであれば。そして貴女はリュークの旅を影ながら追跡する為に、今もこうして強くなる為の努力を重ねている。そこに相違はありませんね』
「めう。うん、メイはリューク様達を追っかける為に、頑張ってるけど」
『ですが、努力ではどうにもならないこともある。……そうですね』
「…………? はっ まさか!」
『リューク達の移動範囲に【天空】が加わった後も確実に追いかける為の移動手段……それを、模索していませんでしたか。メイファリナ』
竜神様の真摯なお声を耳にして。
メイちゃんの目は、がっちりと固定されたように卵に釘付け☆でした。
元々の記憶が、RPGゲームだったから、かもしれないし。
もしかしたらこっちの世界では、全部が全部その通りに行くとも限らないけど。
でもでもだけど、だけどだよ?
もしも『ゲーム』の『シナリオ』通りに運命が進むのなら……
旅の中で、『主人公』は様々な場所に赴いて、どんどん行動範囲が広がって。
それに合わせる様に、複数種類の移動手段を確保するようになる。
その最終段階は、ずばり『 空 』な訳で。
竜の力に目覚めていくことで、やがてリューク様は自力で空を飛ぶことすら可能になる。
竜の姿になって、背に仲間を乗せて飛んでいく。
それを追跡する術は、地べたを離れることのできないメイにはない。
せめてダニーくんみたいに、鳥の獣人だったら違ったのかもしれないけど。
ない物ねだりは虚しいから。
地道にその内、気球でも作れないか試してみるつもりだったけど。
でも空を高速で移動できる飛行生物。
成功しても速度のない気球で、追いかけられる保証はない。
というか率直に言って、無理だと思う。
そしてセムレイヤ様が言う訳ですね。
そんな状況の打破に、とずずいと卵を押し出して。
目には目を、歯には歯を。
……竜には、竜を?
これも未来への投資って言うのかな?
将来、立ちはだかるだろう生涯を打破する手段として、竜の子を育ててみませんか……と。
果たしてこれは、無理難題を押し付けられているのか。
それとも将来を見越した竜神様の、純然たる厚意なのか。
その辺ちょっと判別がつかなくって、メイちゃんは途方に暮れました。
というか生存者が圧倒的に少ない同胞(雛)、あっさり託し過ぎじゃないかなぁ!?
ついでにいつの間にかしっかり卵を抱えている自分に気付いて、更に途方に暮れました。
メイちゃん、体は正直でした……。
まだ思考の方じゃ結論出てないのに。
自分の欲求に正直過ぎるよ、私の身体ー!!
将来の夢に正直で、貪欲なメイちゃんの身体。
なんだか悔しいけれど、それを竜神様も見透かしている。
無事に育ては、確実にメイちゃんの夢の助けとなる筈です、なんて。
そんな言葉で騙され、騙さ…………だ、騙されちゃうよ!?
世話の殆どはセムレイヤ様がする。
修行もセムレイヤ様が付ける。
その代りに日中は生まれる竜の子の遊び相手になり、夜は夢の中の場所を貸してほしいと。
竜神様はそう言って、複雑な顔をするメイちゃんの目の前で……卵を石化から解放した。
竜の托卵。




