10-6.気性の激しいピンク色のおねーさん(過去)
目の前に、どどーんと圧倒的質量と存在感で横たわる大岩。
竜の形をした、大岩のような何か。
それがただの岩ではないと、竹槍が私に訴えかけてきます。
ヴェニ君はこの岩山を見て、安堵の息を吐きました。
この岩の存在を、前からヴェニ君は知っていたみたい。
森のどのあたりなのか、現在地を割り出せるくらいには。
曰く、「こんなバカでかくて目立つ岩、森に出入りしていて知らねぇ方がおかしいだろ」とのこと。
森に出入りする人々の間では、知る人ぞ知る……みたいな岩山だとか。
私やミヒャルト達はきっと知らないけど。
思えば、森に修行や稼ぎに来ている時は、他のもっと良い狩り場やらに足を運んでいたしね……こっちの方にはあまり来なかったので、知らなかった。森に出入りするようになって、2年くらいになるけど!
もうすぐ日も暮れる時間になって、ヴェニ君は決断しました。
今日はこの岩山で夜を明かすぞ、と。
岩山を見つけて現在地がハッキリしたし、帰り道の方角もわかったけれど。
そちらへ進むのはまた明日。
夜の森を、マナちゃんを連れてうろうろするのは……という配慮みたい。
マナちゃんは夜目が利くみたいだけど、そういう問題じゃない。
慣れない人を連れた夜の森は、あまりに危険だから。
……前、賞金稼ぎの仕事始めたばっかの頃、夜の盗賊退治に駆り出された気がするけど!
え、あれってメイちゃんの記憶違いとかじゃ……ないよね!?
どうもヴェニ君の中では、「弟子は話が別」らしい。
危ない仕事も多いし、飛んだり跳ねたりしまくるし。
はぐれることも考慮して、各自で自分の荷物を持ち歩く。
これ、野外活動の鉄則!
だから野営の道具はある。
野営の道具はあるけど、共有アイテムだった魔物除けの香木はない訳で。
だったらどうするか、ということだけど。
答えというか、対策は単純にして最も確実な原始的手段を採用です。
シンプルに、夜通し見張るという答えが導き出されました。
ヴェニ君とメイで、交代しながら夜番だよ。
香木があれば、寝ちゃっても良いんだけどねー……。
例え魔物の出ない地域でも、一般的に見張りを立てず野営なんてありえないんだけど。
そこは五感が高性能な獣人の集まりなので。
『白獣』の皆で野営する時は、見張りを立てずに寝ちゃうことが割とあります。
だって獣の本能か、危険が近づくと勝手に身体が反応して自然と目が覚めるからー!
みんな、気配に聡すぎます。
いつもは寝起き最悪寝ぼけ眼な誰かさんも、危険を察して目覚めた時はばっちりすっきり覚醒して即応しちゃうくらい、私達獣人の生存本能とか危機回避本能は優れているようです。
見張りを立てていたとしても、見張りが起こすまでもなく野獣やら魔物やら盗賊やらが接近してくると、みんな勝手に起き出します。
そんなことが何度も何度も……というか毎回なので、遂にはとうとう見張りを立てずに全員で寝る様になったという……これ、危機意識的にどうなんだろ。
だけど今日は違う。
今日は野営に不慣れな、マナちゃんがいるから。
万全を期して夜通し見張りを立てることにしたって訳です。
……もしかしたらヴェニ君に鍛えられた私達が異常に危機察知能力が高すぎるってだけで、平凡な街育ちのマナちゃんはそうでもない可能性高いし。
見張りを立てるということは、哨戒的な役割の他に、見張りがいるから大丈夫とマナちゃんに安心を与える材料になるし。
ヴェニ君が捕まえてきた野兎さんを、3人で食べて。
朝までの長い時間を、ヴェニ君とメイが3時間ごとに交代して見張ることで話は尽きました。
マナちゃんもやるって言ったけど、ここは辞退してもらって。
まずはヴェニ君が3時間見張った後……メイの時間がやって来ました。
さあ、好機到来です!
明日やるなんて、言ったけど。
この絶好の機会を逃したら逆に難しいのは明らかなので。
「……セムレイヤ様!」
『メイファリナ?』
某竜神様を呼び出して、師匠の寝てる間に実態調査だよ!
竜神様は同居している息子さんを心配させないよう、影だけになって駆け付けるという細かい芸も見せてくれたよ。
『――おお、おお……クリスエリサ! こんなところにいたなんて』
そしてあっさり、岩の正体が判明しました。
「えっと……セムレイヤ様、お知り合い?」
『ええ……。一目瞭然でしょうが、我が同胞に連なるものです。名はクリスエリサ……薄紅色の鱗を持つ、烈火の如き女傑として名を馳せていました』
「つまり、気性の激しいピンク色のおねーさん」
『……まあ、間違ってはいませんが』
「でもこの竜……ピンク色でもないし、生きてるようにも見えないよ」
『………………貴女も、察しているのではありませんか? 『ゲーム』にも、同じ事例があったでしょう』
「……ああ、やっぱりそうなんだ」
セムレイヤ様の、お言葉通り。
実はメイちゃんは、似たような事例を知っています。
とはいってもあっちは『ゲーム』の中のことで、スチルやムービーがあった訳でもなくて。
だから『実際の映像』として見る今と、光景の比較が出来なくて。
なんとなく、そうじゃないと良いな……なんて思っていたから。
断定は、避けていたんだけど。
「……この岩は、本物の竜で……死の間際に、石化しちゃったんだね」
『ええ……』
『ゲーム』の中の話です。
『ゲーム』のシナリオが進むにつれて、『主人公』は竜の力に目覚めて固有の能力を覚えていきます。
だけどそれも、竜の自覚もなく育った未熟なリューク様が何の切欠もなく、あっさり出来た――なんてことはなく。
リューク様が竜としての力を得ていくキーパーソンとして配置されているのが……
「死の間際に、何とか生命維持を図ろうとした本能的な衝動から……自然物と同化することで、一時的に『命の時間』を止めた竜」
『……ええ、その通りです。死ぬ前の一瞬、力を持った者ほど、意図せずに死を先延ばしにしようと身体が無意識に足掻いてしまう。死を先延ばしにしたところで、免れる訳ではないのですが』
「うん……。時間を止めているだけ、で……自然物との同化を解いたその瞬間に死んでしまう。そうだったよね……?」
『そう……死を遠ざけても、命が助かる訳ではないのです』
神々は滅んだとしても時間の経過とともに力を溜め込めば復活する……らしいから。
むしろ、いっそのことひと思いにスパッと死んだ方が、復活は早まるという。
だけど身体が勝手に少しでも生き延びようという本能に従った結果なので、わかっていても本竜達にもどうにもならない。
おまけに同化した自然物の方が滅ばないことには、勝手に同化が解けることもないという……。
つまり、外部から誰かが同化を解いてあげないと、その分だけ復活までの時間が遠くなる。
そんな困った事態の事例が、目の前に転がっている訳ですが。
『本来なら、私が根気よく1つ1つ眷属の痕跡を辿って回収していかねばならなかったのですが…………何分、総勢600近い神々が私を残して1度に滅んでしまったので』
「うん、うん、わかるよ……その皺寄せが全部いっぺんにセムレイヤ様にいっちゃったんだね。600もいたとか知らなかったけど、その600の神様達で分け合ってた仕事が全部セムレイヤ様に押し寄せたんだよね」
『調整しても、調整しても、いくらも時間が足りず……要領を掴んでやっと余裕を作り出せるようになったのは、つい最近。ここ50年ほどのことでしょうか。それでも実は、私の『本体』は今でも天界で他の神々が担当していた仕事に忙殺されているのですけれど』
「セムレイヤ様、そのうち過労死するよ。間違いなく」
『メイファリナ……神は、いくら疲労を重ねようと死ぬことはありません。何百、何千という時間を働き続けても意識が朦朧とすることすらないのです』
「なんという無限地獄。逃げ場ゼロだよ!?」
『ふふふ……お陰で実の子すら、千年もの間、放置することに……』
「セムレイヤ様、セムレイヤ様! しっかりして!」
おおぅ……竜神様の嘴(※鳥姿)から、乾いた笑いが。
本当にお疲れなんだなぁと思ったけれど、それでも我が子を見守ることは放棄しない辺り、竜神様は情が深いと思う。
これ不可能を可能にしちゃってるよね?
『ゲーム』では、目の前にいる竜岩と同じような状態にある竜が複数出てきます。
岩だけじゃなくって滝とか、火山とか。
死の間際に様々な自然と同化した竜達。
段階を踏んで、そんな竜達を解放していく。
竜は滅びてしまうことになるけど、『ゲーム』ではそうすることで転生の輪に乗れる……みたいな表現でした。
実際には転生も何も、同一の存在として復活する為の準備に入る……ってことだったみたいだけど。
解放された竜は意識も記憶も死の間際から進んでいないので、まだ戦闘状態バリバリのままで。
死に際の混乱状態の竜を、殴ったり戦ったり魔法ぶっぱなしたり音楽でなだめたり、と様々な方法で宥めていく。
冷静さを取り戻し、死を受け入れた竜達は滅びの瞬間、自分を解放してくれた若い竜……リューク様に祝福を授けます。
それは竜の最後の力そのもので、リューク様の竜としての能力は祝福に触発されて目覚めていく。
……っていうシナリオなんだけど。
『ゲーム』中に出てくる竜は数にして10に足りません。
最後に村の仇と勘違いしたまま襲撃して凹るセムレイヤ様を足しても、確か全部で8柱。
考えてみればセムレイヤ様は天界でも一大勢力を築いたトップ3の一角です。
その眷属が10足らずとか……そんなこと有り得ませんよね?
セムレイヤ様に確認してみると、トップ3それぞれで総勢600の神々の内200ずつ分けた勢力を率いていたそうな……多いね!
そんな全体で200柱も存在する竜で、消滅漏れしたのが7柱だけとか。
7柱だけと考えず、そこはもっと消滅漏れした竜が他にいるものと考えるべきだったみたいです。
実例が目の前にあるし。
「ねえ、セムレイヤ様。この竜どうするのー? 思いっきり地域住民にこの岩の存在周知されてるんだけど。急に消えたら不審だよ?」
『ええ、私もそれを考えていました。出来ればすぐに開放してあげたいところですが……世界中で異変が多く発生しても不思議ではなくなる、予言の年まで時機を見ることとしましょう』
「うん、メイもそれが良いと思う」
『ですが懸念事項が、1つ』
「え?」
『クリスエリサ……彼女は、卵を抱いていた筈ですが』
「なんですと!?」
竜の神様達は、地上の生き物みたいに生物の営みにそって暮らしていて。
天地創造の時代から生きているセムレイヤ様以外は、役目を引き継いで世代交代する神々、だったんだって。
彼ら彼女らは、新しい命を……卵という形で、内包する。
親竜が死の瀬戸際にある時。
体内に隠すように守られた卵は……どうなるんだろう?




