10-5.懐かしのファンファーレ♪
まだまだ実力は足りないけれど、武器の力で岩盤を貫けることが発覚しました。
そこからは、話運びも簡単で。
ヴェニ君の腰帯は、本格的に命綱として提供されました。
いつもズボンの下に、レギンスみたいなのを穿いていたヴェニ君。
良かったね、お陰で下半身(下着)丸出しの憂き目は免れたよ!
いつもより下半身、体の線が露骨だけど……許容範囲だよね!
ヴェニ君はいま、14歳。
これが10年後とかだったら……視覚的にアウトだったかもしれない。
「獣性強化? ヴェニ君、おっきいウサさんになるの?」
「ああ、ああ、はいはい。なるなる。こっから飛び降りがてら、な。お前らの足場が確保されてんだから、そのくらいは平気だろ」
ヴェニ君は、兎さん。
兎の獣人さんです。
他の獣人の血は混ざっていないので、獣性を強化すると大きな兎さんそのものの姿になる。
その特性を活かして、ヴェニ君は此処から飛び降り→着地を決めるって言うんだけど……
「なんでもっと早くやらなかったのー!?」
「それはな、チビ……よーく考えろ? さっきまでの状況で俺がバカでけぇ兎になったら…………体重、支えきれねぇで木の根っこが引っこ抜けるだろ」
「あう」
じゃあ飛び降りて、空中でなったら?と思わなくもなかったけど。
そんな曲芸じみた動きで易々と出来るほど、強性獣化は容易いものじゃないそうな。
そっちに集中して……下手したらウサギさんになるより先に墜落死、って…………なんてこった。
メイちゃんは未だ獣性強化は会得していないし、感覚がわからないから、こうと断言されると否定する術がない。
こちらに反対する理由もなかったし。
ヴェニ君が兎になって、飛び降りて。
大きなウサギさんが、ちょこっと前足を重ねて突き出している。
構図だけを見るなら、とんでもなくかわいらしい。
毛に覆われて、猫や犬と違って肉球の見えないふかふかの前足。
私はマナちゃんを抱えて、そこに飛び降りた。
勿論、槍も回収したよ!
そして。
ヴェニ君にぱふっと受け止められました。
ただしその光景は……傍から見て、蚊を叩き潰すかのような受け止められ方だったけど。
両側から兎さんの前足に挟まれちゃったよ……
「これからどうしようか、ヴェニ君」
「……どうすっかな」
森の中で、完全に現在地を見失った私達がいた。
……うねうね蛇行する川に流されて、完璧に所在不明だよ!
とりあえず、方位くらいは掴まないと進むべき方向もわからない。
大人しくこの場で救援を待つのが、遭難者としては正しいんだろうけどー……
ヴェニ君が一緒だし。
見つからなかったら、自力で何とか帰還しているモノと判断されそうな気がする。
合流するのに時間がかかったら、どうせスペードやミヒャルトの方も何かしら街に連絡に行くだろうし。2人が森で粘っても、マナちゃん達の試験監督感として付いてきた大人の薬師も一緒なんです。
こういう時の判断を、森の散策に慣れている試験官が誤るとも思えない。
追跡が難しいとなったら街に捜索の応援を要請してくれるはず。
だから、頑張って街まで辿り着けば合流出来るんじゃないかな?
下手にうろうろするのは危険だけど。
でもずっと同じところに留まっているっていうのが難しいんだから、移動するのも仕方ない。
「――メイ! そっちに行ったぞ」
「わかった! ……てぇやあああああ!」
ごしゃっと足に伝わる、頭骨を砕いた独特の感触。
私の蹴りを受けて、イタチに似た姿の……全長3m程の大きさのイキモノはぐらりと体勢を崩して川に突っ込んだ。
魔物です。
此処は、森の深部であることは疑いようもなく。
数年前までは滅多になかったことでも、今では森の浅い部分にすら魔物が出るのは珍しくない。
だから、森の深いところにいる私達は、当たり前のように魔物とエンカウントしまくりです。
魔物は人の発する魔力に誘引される性質を持っている。
長い時間、備えもなく一つ所に留まれば……ひっきりなしに襲われる事態の発生です。
一応、野営の時は魔物除けの香木を焚くんだけど……残念なことに、それミヒャルトが持ってるんだ。
おまけに場所が川……水場ときては、隠れる場所や盾に出来る障害物の数も乏しい。
しかも地上だけじゃなく、場所が開けているから空とか、あるいは川からも魔物が襲ってくる可能性がある。
そんなあっちもこっちも気にして、この少人数で気を張り詰めていたら神経が参っちゃうよ。
気休めにしかならないかもしれないけど、少しでも身を隠せる森の中に移動した方がいい。
……森は森で、どこから魔物が飛び出すかわからないけど。
こっちにはほら、ものすっごく耳の良いヴェニ君がいるからね?
それも兎獣人の特性なのか、ヴェニ君の聴覚は優秀です。
不自然に接近してくる獣や魔物がいれば、攻撃される前に気付いちゃう。
私もヴェニ君と師弟の契りを賭けて鬼ごっこに明け暮れた頃は、それで苦労したもん。気配を遮断するとか、物音に気を付けるとか、慎重を期すとか、そういうことに気の回らない魔物が相手なら敢えて気配を探るまでもないってヴェニ君は豪語しました。
時には例外もいるっていうから、なんだかんだでメイちゃんも周囲の警戒しないと駄目なんだけどね!
「あ、そうだ! ヴェニ君ヴェニ君、メイ、切り株を見たら南がわかるって聞いたことある」
「ほほう? ……そんで、その切り株はどうやって確保する気だ? 樵が林業に精を出してんのは、もっと森の浅い辺りだろ」
「えっと、メイ達で切り倒すとか?」
「無計画な樵仕事は止めろ。第一、斧がねえ」
「大丈夫だよ! ヴェニ君だったらきっと素手でもへし折れる!」
「てめぇ、俺のこと化け物かなんかだと勘違いしてねぇか!?」
残念ながらスピード特化型が多いメイ達の中に、斧もなく木を切り倒せる人はいませんでした。
代わりにヴェニ君が太陽の位置から方位を割り出した。
大体の方角に当たりを付けて、出発進行!
私達は街の方角(推定)を目指して歩き出しました。
……薬草を摘みながら。
「すごい……手つかずの薬草が、こんなにいっぱい」
「全部は抜いちゃ駄目なんだよね?」
「うん、駄目なの。それにこっちの春染草は30cmくらい伸びてる奴じゃないと採っちゃ駄目だし、こっちの若酒蘭は……」
「おー……マナちゃん、すっごいね。すごい物知りー」
「え、えっと、うん。だってお勉強したから……調べたらこのくらい、薬師のお勉強してる人はみんな知ってるよ?」
「うぅん……残念ながらメイは畑違いかなぁ」
マナちゃんの解説を聞くと、薬草と言っても採取に際しては色々と条件が付いているみたい。
これも乱獲で生態系を壊さない為の配慮、なのかな?
様々な薬草に視線を彷徨わせながらも、マナちゃんは課題に指定された薬草だけを手早く採取していきます。
うん、マナちゃんって良い子だよね。知ってたけど。
こういう事態になって。
なんやかやで、危ない思いもして。
すっかり忘れ果てた頃、それはきました。
――ちゅぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいん
メイにしか聞こえない、実体のない音が、手の中から大きく響き渡った。
さっきよりもずっとずっと、大きく激しい。
無視するなと言わんばかりの、そんな強さで。
じ、自己主張が激しいよぅ……!
あまりの騒音に、耳が痛い。
メイは思わず槍を地面に叩きつけたい気分にかられます。
思わず、内心で叫びました。
どうせなら、もっと耳触りの良い音にしてくれないと一生無視するよ!?
そんな心の叫びが、届いちゃった?
のかな?
唐突に、煩いくらいだった音の種類が変化する。
――♪・♪・♪♪~♪~♪~♪! ♪・♪♪~!
「こ、これは……!!」
それは、忘れる筈もない。
『ゲーム』の、演出のひとつ。
レベルアップ効果音――!!
「行かなくっちゃ!」
これは行かねばなりますまい。
空気を読んだ槍の演出に、メイは駆り立てられ。
ついうっかり、頭が煮えた。
「お、おい? メイ!?」
「メイちゃ……っ」
師匠の声も、友達の声も、置き去りに……
……するのは、護衛の職務上どうかと思ったからか。
咄嗟にマナちゃんの腕をはしっと掴んで全力ダッシュ。
「め、メイちゃーん!?」
足の速い種族(※豹獣人)だけあって、マナちゃんは引き摺られることもなくメイの強引な暴走について来てくれたけど。
……マナちゃん、持久力はそういえばあまりないんだった。
そんな忘れちゃいけないお友達の弱点も、この時のメイの頭からはすぽーんっと吹っ飛んで。
「みぃー……っ」
「おうこら猪! ちょっと頭冷やして我に返れ!」
我に返ったのは、マナちゃんの限界を知らせる声が聞こえてから。
ついでに追跡してきたヴェニ君が、見るに見かねてガツンときつい一撃をメイちゃんの後頭部にくれてからでした。
Oh……師匠、ナイス手刀。
暴走した弟子の止め方を、流石ヴェニ君はよくわかっています。
殴られて正気に戻るとか、メイちゃん昭和の家電みたい。
そんな見当違いの感想を頭に思い浮かべて、気まずさに半笑いみたいな顔になってしまいました。
そんなメイちゃんの腕から、ヴェニ君がべりっと掴まれたままだったマナちゃんの手を引っぺがして。
宥める様にヴェニ君に背中を撫でられる中、半泣き状態のマナちゃんが、子猫みたいな声を上げてぷるぷる震えていました。
……メイ、海より深く反省する。
思わず、考えずの行動だった。
ちょっぴり正気じゃなかったとしても、大事なお友達を困らせちゃ駄目だよね。
大人しいマナちゃんの心をどれだけ痛めさせたのかと思うと……
…………海といわず、より深く反省しようと思った。
心をくすぐる甘美なメロディ(レベルアップ音)につられたとは言え、こんなことで一々暴走していたら、後に差し支えます。
だけど身体は正直なもので。
ヴェニ君には正座でものすっごくお説教されたけれど。
思わず駆けたメイちゃんの足は、どうやら槍が頻繁に訴えかける目的のポイントにかなり近付いていたようで。
さっきから頭の中で、ひっきりなしにレベルアップ音が鳴っている。
反応を見るに、目的地は近くっぽいけど。
方向や距離なんて考えずに駆けてきて、今更だけど。
今になってメイは、ぐるりと周囲を見回した。
そうしたら……なんか、見つけちゃったんだけど。
それは一見して、大きな一枚岩のように見えました。
足がつかれたらしく、マナちゃんがもたれかかって休憩しています。
あまりに大きすぎて、樹木に埋もれて輪郭が判然としないけど。
離れた場所から俯瞰するように、全体を見てようやくその【形】に気付く。
大きな、大きな灰色の……岩みたいにゴツゴツした。
竜。
……に、見える彫像っぽい感じのナニか。
あまりにリアルなその造形は、まるで生きているかのように生々しい。
え、あれ……本物じゃないよねっ?
竜の眷属は神々の戦争で、セムレイヤ様以外は残らず滅んでしまったはず。
まさかこんな所に……いるはず、ないけど?
だけどその唯一の生き残りである『竜神』の一部が、無視のしようがない程に反応するから。
これは何かあるぞ、と。
無関係ではありえないぞ、と。
私に強く、強くつよ~く、訴えかけてくる。
うん、困った。
これってメイちゃんの手に負える事態かな?
どう考えても竜神様と何か関係しそうな、竜形の岩山。
これはどうしたものかと、途方に暮れた。




