10-4.共鳴しちゃった☆
「――共鳴?」
『ええ、間違いないかと』
私の呼びかけに慌てて応じた竜神様のお言葉は、『共鳴』という一言に集約されました。
『メイファリナ、貴女の言う反応は、まず間違いなく……私の【眷属】に反応してのモノ。眷属の存在を察知した、の、では……ないかと』
「でも、セムレイヤ様の眷属って根絶やしにされたんじゃ……」
『………………』
「セムレイヤ様……」
『…………………………メイファリナ、頼みがあります』
「うん、なんとなくわかるよ」
『貴女の槍が……そこに使われた、私の一部が何に反応したのか。その原因を調べて来てはいただけませんか』
封印されたり、力を奪われて神格を失ったり。
または滅ぼされて、未だ復活に時間がかかっていたり、と。
現在、古の争いの結果、正しくまともな『神』と呼べる存在は竜神セムレイヤ様だけの筈です。
それ以外の神々は、悉く地に落ちているのですから。
特にセムレイヤ様の眷属に当たる、竜に属する神々はリューク様を除いて全て滅ぼされている筈なんです。
『ゲーム』の中でも、それは変わらず。
現実として私達が生きる、この世界でもそれは同じで。
つまり、セムレイヤ様の一部を用いて制作した武具が『共鳴』しちゃうような存在は、本来存在する筈がない。
いたとして、それは世界にリューク様だけのはず。
こんな森の奥で『共鳴反応』が出るのはおかしいんです。
だからこそ、竜神様は気にする素振りを見せました。
遠慮がちではあったけど。
本当は、気になって気になって仕方がないんだと思う。
いつも、同志であるセムレイヤ様には凄くお世話になってる。
それに竜神様の眷属反応なんて……見過ごせるモノじゃないし。
その正体は見極めないといけない。
だってもしかしたら、今後の世界の展開に……『ゲーム』のストーリーに、大きく関わるか狂わせるかしちゃう、ナニかがあるかもしれないんだもん。
これは是非とも調べないと、駄目だよね!
そうとなれば、何とか早急に調査に行きたいんだけど。
……今は、マナちゃん達からの護衛依頼中なんだよね。
『共鳴反応』を辿った先に、何があるのかもわからない。
それを思うと1人で探しに行きたい気もするし、ヴェニ君達を頼ってついてきてもらいたい気も……ってそれじゃ駄目だよ!?
メイちゃんってば、メイちゃんってば!
何をナチュラルにヴェニ君達に頼ってるんだろ!?
将来的には、私は1人でストーカー行脚に旅立つ身です。
そりゃ、1人でやれることには限界あるし、誰かと……気心の知れた仲間と協力し合った方が危険は少ないってのはわかるんだけど。
それでも、将来的には1人で立たないといけないから。
頼るのは良いけど、依存は駄目!
今から頼り癖をつけてたら、1人でなんて旅立てないよ!?
1人では無理ってことも、そりゃあるけど。
それでもなるべく、自分の力で頑張らないと……!
……と、なれば。
依頼を途中で放り出すのは有るまじき無責任さだけど。
調査する為には……これは、途中で抜け出すべきかも?
…………。
………………。
……結論が出ました。
「……うん、任せて。セムレイヤ様! メイがちゃんとしっかり、原因を調べてくるから。ただし、明日になってから!」
『明日ですか!?』
本当は、うっすらわざと皆からはぐれて調査に行こうかとも思ったんだけどね?
だけどそんなことしたら、後で間違いなくヴェニ君から拳骨つきで厳しいお説教食らっちゃう!
それに私達を頼ってくれたお友達を、大いに困らせることになります。
今回のこれは、お仕事。
だったら途中放棄は駄目、絶対!
なので、お仕事が終わってから行こうと思うの。
具体的に言うと、明日なんだけど。
元々今回の薬草採取は、森の奥深くまで分け入っていくことが前提。
……と、なると、日帰りは難しいかなって状況だから。
元より森の奥で野営して、明日帰る予定だったから。
皆の目をちょっとだけ盗んで、明日の早朝……誰かが起きてくるより前に、『共鳴』の原因を探ろうと思う。
こんな森の奥だと、メイも単独じゃ来るのが難しいし。
今を逃して、後で改めて調査を……っていうのも難しいから。
…………なーんて、そう思ってたのに、な。
悲報:はぐれました。
ただしメイちゃん1人じゃなく……
「め、メイちゃん、ごめんなさ……っ」
「大丈夫、大丈夫だよマナちゃん! 全然メイは平気だよ!」
「で、も、マナのせぃ……で!」
「マナちゃんのせいなんかじゃないよ、絶対だよ!? 本当に、本当にメイもヴェニ君だって平気なんだから……だから、泣かないでー!?」
「おいこらチビ、勝手に俺まで平気とか決め付けんな」
「そんな片手で余裕かましておいて、平気じゃないとか嘘吐かないでよ!? ヴェニ君、そんなこと言っちゃ、め! マナちゃんが気にしちゃうでしょ!」
……ヴェニ君と、マナちゃんが一緒なんだけど。
そんな私達の、状況は今。
「め、め、ぃ、ちゃ……手が痺れて……わたし、もう……っ」
「だ、駄目だよぅマナちゃん! お願い、もうちょっとだけ頑張ってー!!」
崖から落ちそうになっていました。
ごうごうと音を立てて渦巻く滝壺を、眼下に見下ろし。
メイ達のすぐ横を、飛沫を撒き散らして虹を形成しつつ流れ落ちる滝。
濡れて滑る岩肌にぴったりと身を寄せ合うようにして、何とか落ちるまいと岩から突き出した木の根っこにしがみ付くメイ達。
……うん、頑張ってしがみ付いてるよ!
だけど濡れてるせいで、握った木の根も足下も絶賛滑りまくって今にも落ちそう!
ヴェニ君なんかは足下が完全に 空 です。
空に投げ出された、足。
ヴェニ君の身体を支えているのは木の根っこを掴んだ片腕のみ。
少ない足場を、メイ達に譲ってくれた結果でした。
さて……なんで、こんな状況に3人仲良く陥っているのか。
原因は、30分前に遡ります。
それは悲しい事件でした。
「あ」
「あっ」
「あぁ!?」
川縁の薬草を摘んでいた、マナちゃん。
彼女が足を滑らせて、川にどぼん。
折悪くそこに……川上から、流木が。
「マナちゃん!?」
「あ……っちょ、待てチビっ」
それを見て慌てた私が、マナちゃんを川から引き上げようと不安定な姿勢で足を踏み出し。
「あ」
足を滑らせました。
命綱代りにしようと思って、ヴェニ君の腰帯を掴んだまま。
「この馬鹿チビがぁぁああああああっ!?」
「ヴェニ君ごめーん!!」
そしてヴェニ君は巻き添えに川へ、どぼん。
不運は重なる時には怒濤の如く畳みかけてくるモノだったらしく、そこで事件は終わりませんでした。
川に落っこちちゃいながらも、メイはマナちゃんを引き上げようと手を伸ばしたんだけど。
強く握ったヴェニ君の帯が、いつの間にか川の中でメイの左腕に絡みついていて。
メイの手がマナちゃんをしっかりと抱きよせた瞬間。
ぐいっと。
「めう!?」
思いがけない強い力で、腕が引っ張られました。
これは何事、と目を向けた先には。
……どうやら装備が流木に引っ掛かったらしい、ヴェニ君が。
「ヴぇ、ヴェニくーん!?」
「最初に巻き添えにしたのはお前だ、チビー!」
流木に引っかかっちゃったヴェニ君と。
そのヴェニ君の帯が絡まっちゃったメイと。
突然の着水で咄嗟に泳ぎ切れず溺れかけてメイにしがみ付くマナちゃん。
ああ、なんということでしょう!
それは運命の悪戯でした。
川の流れのままに流されていく流木に引きずられ、私達3人は盛大に川に流されました。
この川が、これまた深いは流れが速いは。
「めーいーちゃぁぁあああああん!!?」
「マナー!!」
追いすがる仲間達の声を置き去りに、私達は急速に引き離されていきました。
ちなみに呼ばれる名前はメイとマナちゃんのものばっかりでした。
「誰も俺の心配しねぇのかよ!!」
「ヴェニ君は……どこででも生きていけそうだもん!」
「フォローになってねえ!」
そして流された結果。
私達は一先ず流木に這い上がり、引っ掛かったヴェニ君の装備が外れるのを待つ姿勢で。
「ヴェニ君、まーだー?」
「うるせぇ、ちょっと待て。よりによってお前ら3人に貰ったベストが凄ぇ引っ掛かってんだけど、何なんだ? お前らそんなに俺と流木を結びつけてぇのか?」
「濡れ衣だよー?」
「……あの、メイちゃん」
「なぁに、どうしたのマナちゃん!」
「その……この音って」
「「音?」」
わあ、耳を澄ませば聞こえてくる……この、躍動感に満ちた音。
まるでドラムを絶え間なく鳴らし続けるようなー……って!
滝でした。
「「「きゃぁぁああああああああああっ!!」」」
そこからは、3人揃って物凄い必死で。
流木が滝へと向かっていることに気付いた時点で、寿命が縮みそうなほどに心臓がハイスピードなリズムを刻んだけれど。
滝に到達するまでにヴェニ君の装備をどうにか外せ!っていうスリルゲームを味わう羽目になり。
なんとか流木から離脱することに成功したものの、その時にはほとんど流木も滝から落下しかけていて。
何とか身の安全を確保できた場所は、思いっきり滝の落ちる崖っぷち(壁面)。
なんだろう、この「冒険のお約束☆」的な展開。
なんだか滝が見えてきてからの展開が怒濤の如く押し寄せてくるような勢いで、何があったのか細部が記憶に残っていません。
とりあえず、命ばかりは助かった。
それが最も重要です。
これからどうやって落下の危機を脱するのか、その目処は全然立ってないけどね!
「ヴェニ君、此処から落ちて着水して……無事に済むかなぁ」
「良く見ろ、メイ。……あの滝壺、水深めっちゃ低いっぽい」
「うわー……。しかも岩場だね。凄い尖った岩石がごろごろしてるねぇ」
「落ちたら死ぬかもな」
「……ふ、ふぇ」
「マナちゃん!? 大丈夫、大丈夫だからね!? メイが絶対に何とかするから!」
「根拠のない口約束は信頼を損ねるぞ、羊チビ」
「ヴェニ君はメイを絶望のずんどこに突き落としたいのかな!?」
「どん底な、どん底。そんな訳ねぇだろ? 可愛い弟子にそんなこと思う師匠が何処にいるってんだ。……例え、巻き添え着水の末に滝壺危機一髪させられる羽目になろうとな」
「……根に持ってる! このひと超根に持ってるよ!!」
「まあ、あれだ。心配しなくても執念深いミヒャルトとスペードがいんだろ。奴らのことだから、現状維持で耐えてりゃ、その内追跡してくるだろーよ」
「あ、そっか! 川の流れを辿ったら問題なく合流できるよね。あっちには大人(薬師)も同行しているし、待ってたら何とかなるかも」
「で、でもメイちゃん…………私達、途中で支流の方に流れたよね?」
「「…………」」
「川の流れ、何回か分岐したような……追って、すぐに来れるかな」
「……よーし、そんじゃ、まあ。ぼちぼち現状打破の方法でも考えるか」
「メイも同感かな、ヴェニ君!」
とりあえず、自力での生還を目指した方が良さそうです。
待っていても、状況が改善するとは限らない!
……なんか、握っている木の根っこに、さっきからぎし……ぎし……って感覚が伝わってくるしね!
それはヴェニ君やマナちゃんも感じているのか、3人で不安に染まった眼差しを木の根っこに注いでしまいました。
3人中2人は子供とはいえ、3人分の体重を一気にかけちゃったことで、どうやら根っこに予想以上の負荷がかかっているみたい。
いつまでも、あると思うな、身の安全。字余り。
そして、無事に帰還するべく3人で方法を相談していたところ。
案の定、根っこがぶち切れました。
「「「きゃぁぁああああああああああああっ!?」」」
本日3度目の、3人での悲鳴の唱和が響きます。
このままじゃ、死ぬ……!
辛うじて足場を確保していた私もマナちゃんも、踏ん張ろうとするけれど。
ずるっと。
なんだかどこかで覚えのある、嫌な感触。
足が滑りました。
そして3人真っ逆さま――……ってそんな運命享受してなるものかー!?
メイは、頑張りました。
火事場の馬鹿力でもなんでも良いから、頑張りました。
マナちゃんは私にしっかりと抱きついている。
それ以外、縋るモノがないってばかりに。
ヴェニ君は……なんだかまだ足掻く気らしく、周囲に目を走らせてるけど。
ヴェニ君が現状を打ち破るよりも先に、メイがやりました。
セムレイヤ様の一部を貰って、作った『竹槍』。
それを咄嗟に、どっせいと。
崖の岩盤めがけて、ずんっと突き刺しました!
あれ、意外と軽い手応え。
……岩を穿つなんて、私の技量じゃ難しいかなって思ったんだけど。
どうやらそこは、技量ではなく武器の方がカバーしてくれたみたい。
うん、竜神様の一部で補強した武器は、半端じゃありませんでした。
どれくらい半端じゃないかって言うと……硬い岩盤も、室温バターの手応えにしちゃうくらいに。
私達の視界の真ん中には、半ばまで深く深く岩肌に突き刺さった『竹槍』。
それを唖然と眺めるのは、槍にしがみついた私とマナちゃん。
命綱(ヴェニ君の腰帯)で繋がったままだったヴェニ君は、宙吊り状態で。
ぶら下がりながらも真顔で私と槍を見ていました。




