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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
8さい:ストーカーの大きな一歩
121/164

9-14.悩める少年たち

ちょっと長めになってしまいました。

合間にメイちゃんとは別が視点差し挟まれます。



 女の子にこんな手荒なことをするのは……って気が引けたけど。

 それでも顔を確かめたい一心だった。

 それを、きっと出来心って言うんだろう。

 そう、ほんの出来心だったんだ。


 まさか本当に引っ掛かるとは思わなかった。


 おまけに、縄が切れるなんて。


 罠にはめたってだけでも、女の子相手になんてことをって後悔した。

 なのに縄が切れて、そのせいであの子は落下。 

 下は川だったから、勢いは減じたと思う。

 だけど足が付くほど浅い川だから。

 川底には石がごろごろしている。

 そんなところに、女の子を落とすなんて。


 絶対に、怪我をさせた。


 顔から血の気が引くのが、自分でもわかった。


 俺は、大慌てで駆けていく。

 彼女の顔を確かめようって、そう思っていたことすら忘れて。

 だけど間近に近づき、落っこちたあの子の後ろ姿を見た時。

 濡れ鼠で、髪の毛も獣の耳もぺったりしていてさ。

 服もびしょ濡れで、肌に張り付いていて。

 哀れな様って、俺が言っちゃ駄目だと思うけど。

 だけど全身ずぶ濡れの儚げな背中が。

 水に濡れて艶増した白い髪の毛が。

 頼りなく震える小さな肩と、そこから続く細い腕とか、が。


 自分の夢の中にしかいないと、記憶の果ての思い出でしかなかった。

 あの『白い女の子』と、ぴったりイメージが重なった。


 え、えぇー……!?


 まさか、まさかと思っていた。

 でも本気でそう(・・)とは思っていなかったから。

 万が一、とは思わないでもなかったけれど。

 いざ目の前にして、そっくりだと思ってしまって。

 自分の目と、頭を疑った。

 あの『白い女の子』に会いたいって思いがあったから。

 現実の、手頃な女の子に印象を重ねて錯覚を起こしてるんじゃないかって。

 だけど、おかしい。

 違うと割切るには……目の前の女の子には、奇妙な現実感があった。


 あまりに驚いて、本当に驚いて。

 思わずまじまじと『彼女』に見入り、身体が硬直した。

 俺に、いま、一体なにが起こってるんだ……?


 これが夢か、幻なのか。

 それとも本当に現実なのか。

 確かめたくって、声をかける。


 顔が見たい。

 自分の覚えているものと、同じ顔なのかどうなのか……

 確かめたかった。

 だけど声をかけたら、その女の子がぶるりと肩を震わせたから。

 俺は、ハッと正常な思考力が戻って来るのを感じた。


 うっかりしていた。

 変なことごちゃごちゃ考えてる場合じゃないだろ。

 考えるまでもない、俺のせいでこの子ずぶ濡れだ!

 内心では、おろおろ見っとも無く狼狽していた。

 だけどそんな情けない自分は、おくびにも出さないで。

 俺は鞄の中から乾いたタオルを取り出して、慌てて彼女に差し出した。



   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 まるで怯える野生動物を宥める様に。

 優しく気遣うような気配と声。


「はい、タオル……大丈夫か?」


 恐る恐ると、声とともに。

 背後からかけられた、ふんわりタオル。

 晴れた日のお日様のにおい。

 それが今のメイちゃんにとって、何より恐ろしい。

 こわくて、振り返れない。

 前世から全力で、それはもう物凄く心の底から。

 憧れ続けた『あのひと』が、そこにいる。

 リューク様が、こんな至近距離に。

 

 その時メイちゃんの胸中を襲ったのは。

 やべぇ、という気持ちと。

 それから極度に高まる緊張と。

 そして憧れと危機感のジレンマから狂う、心臓の高なり。

 うん、心の底からヤバい。

 なんで胸が高鳴ってるのか、混乱してわからなくなる。

 焦燥感なのか緊張感なのか、危機感なのか歓喜なのか照れなのか。

 ただただとにかく。

 ひたすらに、メイちゃんの全身は挙動不審だったと思う。

 精神的にかなり追いつめられていたせいか……頭が煮え立っていた。

 ただふっと、浮かび上がるようにこう思った。


 こ、これは、もう! 

 泳 い で 逃 げ る しかない!

 

 メイ、今から(ぎょ)になります☆

 川の水深、15cmくらいしかないけど!


「……って、うわ! こんな浅い川で泳ごうとしたら駄目だ!」

「めえ! めえ!」

「川底で顔面擦るよ!? 顔も体も傷だらけになるから!」

「めうー!」


 ざっぱざっぱ。

 ざっぱざっぱざっぱざっぱ。


 必死にばたばた手足を動かす、メイちゃん。

 泳ぎのフォームは本気クロールこれ一本。

 そんなメイちゃんを止めようと、背中から両肩を掴んでくるリューク様。

 足とか腰を掴まない辺り、紳士かも!


「わかった! わかったから! 許容できる距離を言ってくれ、それ以上近寄らないから!!」

「それじゃあ取敢えず半径30mくらい!」

「それいくらなんでも遠すぎない!? そこまで嫌われるてるのかな、俺……っ」

「き、きらいじゃないもん!」

「えっ」


 は……っ メイちゃん、いま何を!

 咄嗟につい、何事か口走っちゃったような……って、あれ?

 何故かリューク様の手が、緩んだ気がする。

 ……これは、好機到来!


 相手に隙が出来た、その時。

 ヴェニ君の「絶対に隙は見逃すな」という教育が活きました。

 もう条件反射も同然に、やってやりましたよ!


 メイちゃんはリューク様の腕をはしっと掴み、自分の体と入れ替える様に引っ張って。

 何故か狼狽えているリューク様が、顔面から川に突っ込んだ。


「あぶっ!?」


 流石の反射神経で、リューク様は川底に両手をついて頭からの着水を阻止。

 だけどその瞬間、リューク様の両手は自分を支える為に塞がって。

 更に言っちゃうと、両膝も川底に着いちゃって、即座には立ち上がれない格好で。


 これって好機ってやつだよね!


 リューク様の目は、眼前に迫った川底を凝視して見開いています。

 危機に直面したせいか、固まっていて。

 今なら、他の一切が目に入っていないはず。

 その隙を突いて、メイちゃんは駆け出しました。

 超必死で逃げちゃうよ!?

 パパ譲りの爆ダッシュで精いっぱいの雲隠れ。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 メイちゃんが、駆け去ったその場所に残されたのは。

 爆裂ダッシュで脱兎の如くなメイちゃんの背中を、ポカンと見送るリューク様。

 結局顔の確認も出来ないまま、1人だけ残されて。

 唖然としたまま、彼はポツリと呟きました。


「やっぱり、嫌われてるのかな……俺」


 そう思うのも無理はなかった。

 なんとなくぼんやりと、途方に暮れた気持ちで川底に座り込む。

 どれだけ座り続けていたのか、それは数分のことだったけれど。

 ここ連日、全く他には目もくれずにメイちゃんの追跡に血道をあげていたリューク様。

 いつもはなんだかんだでリューク様と一緒に過ごしているエステラちゃんも、アッシュ君のことも置き去りにしての追走劇。

 彼に構ってもらいたい思いで後を追っていた誰かが、彼のそんな姿を見つけたのは果たして必然か、偶然か。

 それぞれリューク様の姿を探していた、エステラちゃんとアッシュ君。

 ぼんやりしているリューク様を見つけたのは、アッシュ君の方が先だった。


「あ……! リューク、お前こんなとこに居たー……って、お前なにやってんの?」


 いつも通り血気盛んに、リューク様の姿を見つけるなり喧嘩を売ろうとしたアッシュ君。

 しかし彼はリューク様が川の中に座り込んでぼうっとしているのを見ると、きょとんとした顔で動きを止めた。

 こんなリューク、見たことがない。

 そう思ってしまう程の、ぼんやりぶり。

 更には季節柄、まだ川で水遊びをするには早いというのに。

 ……いや、座り込んでいるのは涼んでいるのと、また別だろう。

 なんだか様子が変だ。

 そう判断して、アッシュ君はリューク様のことがちょっと心配になった。

 ここで普段から好敵手扱いで目の敵にしている相手を心配してしまうあたり、アッシュ君もまた子供らしい素直さを有した少年なのだろう。


「おい、リューク? お前なにやってんの?」

 

 試しに目の前でぶんぶん手を振っても、肩を揺すっても。

 ぼんやりとしたままのリューク様。

 もしかして体調でも悪いのだろうかと、アッシュ君は眉を下げる。

 川の水で、体が冷えてしまったのかもしれない。

 そう思って、まずは川からリューク様の身体を引き上げた。

 同じ年頃の少年の身体は、子供には支え辛い。

 それでも打倒リュークの標語を掲げて日夜筋トレに励んでいたアッシュ君は、苦戦しながらもリューク様を川縁まで引き上げた。

 よもや過剰な筋トレが原因で、将来身長に伸び悩むとは。

 今はそんな未来も知らないアッシュ君の身体は、子供にしては筋肉質だった。


「リュークー? おい、本当にどうしたんだ」


 まだ子供なので、どうしたら良いのかよくわからない。

 戸惑いのままに声をかけ続けたけれど、リューク様は全く起動しない。

 終いには苛々してきて、短気なお子様は直接的な手段に訴えた。


「おいこら、そろそろ俺に気付け!」


  ぱぐっ


 アッシュ君の右拳が、リューク様の脳天めがけて振り下ろされる!

 ……が!

 歴戦の強者に本気で鍛えられて早数年という少年には、反射的な自動反撃機能が既に備わっていた。

 茫然としたまま、無意識にアッシュ君の拳を受け止めて殴り返す。

 リューク様の拳はアッシュ君の左頬に吸い込まれ、殴られたのはアッシュ君の方だった。

 そして自分の右拳に響いた感触で、リューク様がハッと我に返る。


「え……? あれ、アッシュ。なにしているんだ?」

 

 不思議そうにリューク様が見返した先には。

 無意識下での反撃であった為、手加減皆無の一撃を喰らい、自分の頬を押さえて屈み込むアッシュ君の姿があった。

 不思議そうな顔で首を傾げるリューク様。

 アッシュ君は堪らず激昂し、リューク様の襟を掴みあげた。


「お前に殴られたんだよ! 馬鹿力リューク!」

「えっ? って、先にアッシュが不意打ちしたんじゃないか……?」

「その通りだ! けど、様子がおかしかったお前が悪い!!」

「様子がおかしい……?」

「そうだ、絶対にお前はおかしかった」


 何となく、だったけれど。

 一応はリューク様にも自覚があったのだろう。

 気まずそうに頬を掻き、うろうろと視線を彷徨わせる。

 やはりその反応に不審を覚え、アッシュ君は色々諦めて深い溜息を吐いた。

 今日のリュークはどうやら本調子じゃないらしい、と。

 今の状態では絡んでも無駄だと悟り、肩を竦めてリューク様とは少し離れた場所に腰を下した。


「……で?」

「え?」

「いや、何かあったんだろ。今日はお前、本当に様子がおかしいぜ、リューク」

「……やっぱり、そうかな」

「お前の鳥が狼にでも食われて気落ちしてんのかと疑うくらいには」

「こら、失礼な想像するなよ。コーパルは食われてなんかない」


 そう言いつつも、ちょっと(コーパル)のことが心配になったのは秘密だ。


「んじゃ、何があったってんだ?」

「…………」


 暫し、話すべきかどうか逡巡する。

 だけど悩んでしまう時点で、自分が誰かに心情を吐き出したいのだとリューク様は気付いてしまった。

 そして、こんな内容……気恥ずかしくて、大人には話せないと。

 出来れば同性の、対等な立場にいる相手に相談に乗ってほしかった。

 その該当者は、目の前にいるアッシュ君しかいない。

 

 親友という訳ではなかったけれど。

 それでもなんだかんだとリューク様にとって最も親しい同性の友人といわれればアッシュ君の姿が目に浮かぶ。

 アッシュ君は、いわゆるガキ大将だ。

 村にいる男の子達を取り仕切る存在で、例外はそのアッシュ君を凌駕する喧嘩上手のリューク様だけ。

 リューク様は他の子を子分にして従えるタイプではなかったのでガキ大将の地位に納まっていないが、村の子供では1番強い。

 村の少年達のカースト最上位はアッシュ君。

 そしてリューク様は、カースト欄外の存在で。

 その立ち位置から、リューク様もまた村の子供達に一目置かれている。

 それはつまり「自分より上の存在」に見られているということ。

 何かとリューク様に張り合うアッシュ君だけだ。

 本当の意味でリューク様を頼らず、上に見ず、対等な位置にいる少年は。

 普段から絡みまくっていることもあり、なんだかんだと一緒に過ごす。

 親友とはいえない。

 だけどリューク様にとって、アッシュ君は立派な『友達』だった。

 アッシュ君にとっても他の少年達は『子分』なので、対等な関係にあるのはリューク様だけといえる。

 アレだ、『強敵』と書いて『とも』と呼ぶような関係だ。


 だからリューク様は、意を結して悩んでいることを言ってみた。

 腫れてきた頬を冷やす為、川の冷たい水を丁度口に含んだところの、アッシュ君。

 彼の様子を気にする余裕もなく、思いきった一言を。


「アッシュ……どうしても、どうしても振り向かせたいって思う女の子とか、いる?」


 瞬間。

 アッシュ君は思いがけない一言に目を白黒させて、口に含んだばかりの水を盛大に噴き出した。

 そのまま、豪快に咳き込み始める。


「ごふあっ」

「う、うわ……っ汚い、アッシュ!」

「げへぐはっがふぅ……っ!」

「あ、あれ? アッシュ、大丈夫か!?」

「ぐふぅ…………は、はあ、はあ」

「アッシュ? 気管に入った時は水を呑んだ方が……」

「う、煩い馬鹿! なに思い悩んでんのかと思ったら女のことかよ!! お前ちょっとマセすぎなんじゃねぇの!? なんで俺がそんな相談乗んねぇとならねーんだよ!?」

「アッシュ……お前、ちょっと何か勘違いしてないか? あと相談しろって言ったのはアッシュの方じゃ……」

「煩い馬鹿! 本当、馬鹿!! 色気づきやがって馬っ鹿じゃね!?」


 何の比喩でもなく、言葉通りの意味で。

 リューク様は思ったままを言っただけだったが、その言葉は罪作りなことにアッシュ君の誤解を誘発した。

 そんなことは当然ながら知らないので、アッシュ君は噎せて苦しい思いをした腹いせに、リューク様の襟首を掴んでがっくがくと前後に揺する。

 堪ったものじゃなかったのか、リューク様はアッシュ君の手を無理やり外して不服そうに睨みつけた。


「だから、そんなんじゃないって言ってるだろ。はやとちりなんだよ、アッシュの馬鹿」

「あ? 馬鹿はお前だっての! このタコリューク!」

「俺の言ってること、ちゃんと最後まで聞かないアッシュが悪い!」

「ああぁん? だったら細かく、きっちり、1から10まできちんと言ってみろよ。その上でお前のこと、色ボケだって呼んでやらぁ!」

「言ったな? だったらちゃんとしっかり俺の話を聞くんだな! 自分が勘違いしていたみたいだって思い知らせてやるからさ!」


 少年達は、一体何で喧嘩になっているんでしょうね?

 それぞれの主張を押し通す為、リューク様のお悩み相談会が始まった。

 アッシュ君はきちっと話やがれ、と。

 無言のままに顎をしゃくってリューク様の話を促した。


「最近、なんだか無性に気になる子がいて」

「おう」

「気がついたらずっとその子のことを考えていたりするし、もしかしたらって思うと胸がもやってしたり」

「お……おう」

「変な期待ばっかりして、いっそしっかり目を合わせて話して、その顔を見つめることが出来たらもやもやもすっきりするん、じゃ……ない、かー…………って、違う!? アッシュ、ごごご誤解だ! そうじゃないんだ、そ、そうじゃなくって!!」


 考え考え、素直な気持ちを吐露しているつもりだった。

 だけど思っていることを口に出している内に、リューク様は自分でもふと思ってしまったらしい。


 あれ? これ……なんだか傍から聞くと恋愛相談っぽい?

 ……と。


 思った瞬間、猛烈な恥ずかしさでリューク様の顔が火を噴いた。

 それはうっかり失敗をしてしまった、己に対する羞恥心だったのだが。

 真っ赤になった顔は、傍観する立場から見ると自分の気持ちに照れて、恥じらっているようにしか見えない。

 それもまた、当然ながらアッシュ君の誤解を快速で走らせる加速燃料にしかならなかった。


 リューク様はただ、夢に見た人物とよく似た女の子の正体を、確かめてみたかっただけなのだが。


 そんなことを説明もされずに察することが出来る訳もない。

 アッシュ君の普段は表情豊かな顔は、リューク様のお話を聞いている内に能面のように変化していた。

 ただ、その眼差しだけが仏様のように生温い。

 完全に、残念なモノを見る目だった。

 アッシュ君の目から見て、今のリューク様は初恋に戸惑っている少年のようにしか見えない。

 事実は、その予想とは異なっていたとしても。

 目に見えるものこそが、アッシュ君にとっては事実で全てだ。

 

 この瞬間。

 アッシュ君のリューク様への罵り文句で『色ボケ』がレギュラー化した。


「あ……ちなみにそれ、エステラじゃねーよな?」

「……安心しなよ、違うから」

「なっあ、あああ安心とか意味わかんねぇ! なんで俺が安心しなくちゃなんねぇわけ!? 意味わかんねぇ! 馬っ鹿じゃね!?」

「はいはい、はいはい、意味わかんないんだ。そうなんだ。ふぅん?」


 当のアッシュ君自身が、実は結構前から色ボケていたのだけれど。

 将来、リューク様とは因縁の対決を何度も繰り返すことになる、『ゲーム』のライバルキャラ……アッシュ・レジー、この時10歳。

 そんな彼が引っ込み思案な美少女エステラ・ノーツに一目で惚れてしまったのは、物心つくか否かの頃合いで。

 前例に漏れず、ついうっかり幼いエステラちゃんに意地悪を繰り返した。

 そのことが原因で薄々自覚の芽生えてきた昨今、エステラちゃんに本気で敬遠されて大いに苦渋を舐めているのだが……アッシュ君本人は、自分の苦しい想いを周囲に隠し通せている気でいる。

 だがそんな態度は傍目にはあからさまで、同じ村に住む周囲の人々はそれこそ生温い眼差しで右往左往するアッシュのことを見守っているのだが……

 周囲の生温い視線に気付いていないのは、当事者のアッシュ君とエステラちゃんのみである。

 当然ながら、リューク様も生温い目で見守っている1人だった。


 アッシュ君にとって、エステラちゃんは特別な女の子。

 それは、リューク様もわかっていた。

 わかっていたけれど、子供というのは時に失言を連発させるイキモノだ。

 リューク様は「振り向かせたい」という台詞を先程、言葉のままの意味合いで口にした。

 まさに「振り向かせたい(物理)」である。

 そこに精神的な意味合いなど、微塵も含まれていなかったのだが。

 恋愛的な比喩だと思いこんでしまっている相手を前に、リューク様の失言ぽろり。


「大体、相手がエステラだったら、わざわざ振り向かせる必要もないだろ」


 ――だって、どんな顔をしているのか、もう知っているんだから。

 リューク様が続けるべきだった言葉の後半は、迂闊なことに先走ったアッシュ君の右拳によって永遠に失われてしまった。

 まだ相手の台詞が途中だとは、思いもよらず。

 恋愛的な意味を持たせれば傲慢としか思えない言葉だ。

 エステラちゃんに仄かな想いをぐるぐるさせている少年に、このとき瞬間湯沸かし器の化身が降臨した。

 激昂すると同時に、繰り出される右ストレート!

 リューク様にとっては脈絡のない攻撃そのものだったが、咄嗟に弾いて軌道を逸らし、アッシュ君から距離を取る。

 アッシュ君は、顔を真っ赤にして怒っていた。


「あああああぁっお前、ほんっと腹の立つ奴だな!」

「アッシュ、なんでいきなり怒ってるんだ!?」

「うるせっ とにかく殴らせろ!」

「理不尽だ!」


 そこから始まってしまったのは、少年2人の本気の追いかけっこだ。

 走って追いかけながら、執拗に殴りかかって来るアッシュ君。

 その拳を時に受け止め、時にいなし、そして時に避けながら、リューク様は村中を日暮れギリギリまで追いかけ回される羽目になった。



 明けて、翌日。

 村には1つの噂が蔓延していた。


 ――どうやらリュークは、難しい相手への報われることのない初恋で思い悩んでいるらしい。

 

 それはリューク様にとっては、事実無根の噂だった。

 だけど村中で噂になって、事実として受け止められつつある。

 その証拠に、村の大人達がリューク様に気の毒そうな視線を注いでくる。

 この歳で、不倫か……と。

 空恐ろしいな……と。

 当然ながら、こんな噂は不名誉だ。

 何より、リューク様にとっては出鱈目でしかない。

 

 この日はメイちゃん達が村を出発し、アカペラの街に帰る日だったのだが。

 リューク様は噂の撤回に忙しく立ち回る羽目となり、メイちゃん一家に気を配る暇は根こそぎ刈り取られていた。

 結果として、メイちゃんにとっては大助かりだった。


 噂に気付いて、即アッシュ君の元に珍しくリューク様から殴り込みに向かいながら。

 竜の血に未だ目覚めぬ少年は、己の重い宿命など知らぬ気に些細な日常のアレコレで頭を悩ませていた。

 取敢えず、今後一生アッシュには何も相談するまい。

 走りながらリューク様は、そんな決意を固くしていったのだった。







  【アッシュの運命『宿命の対決:恋敵』に一部改変が生じました】

  【アッシュの運命『宿命の対決:恋敵』の設定が無効になります】

  【アッシュの運命に修正が入ります】

  【アッシュの運命『宿命の対決』の有効設定は現在4つです】




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 あうあうあうあぅ……!

 気が動転していたとはいえ、メイちゃんったらなんってことを!

 そんな言葉が、頭の中をぐるぐるして。

 思わず頭を抱えちゃったのは、お祖父ちゃんのおうちに帰りついてからのこと。

 びしょびしょのお洋服を速攻でママに脱がされて、メイはお風呂に放り込まれました。

 温かいお湯の底に沈んで、ぶくぶくぶく。

 リューク様との直面なんて非常事態に持ち込まれ、取り乱していたメイちゃん。

 だけどだからといって、川に突き落とすなんて!

 これが鹿先輩とかだったら、全く気にならないのに!

 よりにもよって、リューク様にこんなことしちゃうなんて!

 いろんな意味で合わせる顔がありません!

 元から合わせる気はなかったけども!!

 

 獣人メイちゃん、初めてのお祖父ちゃんの村で。

 憧れのあの方に、いろんな意味でより顔を合わせ難くなった。

 そんな、出来事。


 本当に。

 ほんっとうに……っ!

 アカペラの街に帰るのが明日の早朝で良かった!

 あとはあとはこの上は、リューク様が早々にメイちゃんっていう変な女の子のことを忘れてくれたら、言うことはありません。


『………………メイファリナ……たぶん、リュークは……貴女のことを、そうそう簡単には忘れられないんじゃないでしょうか…………』


 言い辛そうに何事か呟いた、竜神様のお声なんてメイちゃんには聞こえません!

 聞こえない聞こえない、聞こえないもーん!!


 まさか自分の言動が原因で、リューク様に絶対忘れられない鮮烈な印象を残していようとは……うっすらとそんな気はしつつも、無意識に目を逸らしまくっていたので、そんなことには一切気付かないメイちゃん(8)のことでした。



 


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