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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
8さい:ストーカーの大きな一歩
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9-10.さよなら敬老精神




 メイちゃんは獣人です。

 魔法とはほぼ完全に無縁な、獣人です。

 当然の如く、獣人の多くは魔法に関する知識がほとんどない。

 だって、自分とは無縁の知識だもん。

 それが獣人の子供ともなれば、露骨に遠ざける。

 だって知識があったって、自分には使えないんだよ?

 獣人だけが、魔法に適性ほぼ皆無。

 それなのに知識を詰め込んでも……悔しくなるだけだもん。

 だから若い獣人は、魔法に関して多くを知らない。

 一流の戦士なら、戦闘時に対策を立てる為とかの理由で少しは覚えるんだけど……

 今のメイちゃんは8歳。

 きっと傍目にも、魔法の知識なんて全然ないように見えると思う。


 本当に欠片も無かったら、トーラス先生の命運は変わっていたかもしれない。


 だけど、私は知っている。

 前世で、何度も何度も『あのゲーム』をプレイしたから。

 この世界では、魔法の一つひとつに呪文があって。

 呪文ごとに、違う魔法が発動するようになっていて。


 そしてこの世界に、『無詠唱』なんて便利なスキルはない。


 どんな達人でも、どれだけ頑張ってレベルを上げたとしても。

 戦闘中に魔法を使おうと思ったら、呪文を唱える時間が必要。


 だから、今。

 当然ながら、トーラス先生も呪文を唱えている。

 小声でも、メイちゃんには聞こえてくるよ?

 優れた身体能力、人間以上の五感。

 聴力だって、人間以上だから。


 トーラス先生は魔人だけど、熟練の老魔法使い。

 その深い経験なら、獣人と戦ったこともあると思う。

 獣人と戦う時の注意事項だって、骨身に染みているはず。

 なのに油断しちゃったのは……きっと、相手がメイみたいな小さな女の子だったから、かな?

 今も怒り心頭の様子だけど、メイの姿を目にした時……一瞬、表情が戸惑いに揺れたのを私は見逃していません。

 その戸惑いが油断に繋がり、隙を生み、そして判断を狂わせた。


 私はトーラス先生がどんな魔法を使えるのか……全部じゃないかもしれないけど、戦闘時に使う魔法ならきっと『全部』知ってる。

 今唱えているのは、雷の中位魔法。

 一瞬で私の意識を刈り取るつもりなんだと思う。

 火や風の魔法だと、火傷や裂傷の醜い傷が残る。

 水や土の魔法だと、小さい子供の圧殺事故が起きやすい。

 他にも魔法はあるけれど、一撃で無力化すると考えた末に選んだものが雷魔法だったんだと思う。

 あれも火傷の原因になりやすいけど、トーラス先生程の達人なら威力を加減して傷を残すことなく昏倒させられるはず。

 でもメイちゃんに気絶させられるつもりはないし。

 意識を刈り取られるのは、自分の方だと知らしめてあげましょう!


 『ゲーム』の戦闘で何度も聞いた、トーラス先生の詠唱。

 アレは声優さんが声を吹き込んだモノだったけど……今生でも、やっぱり同じ声とリズムが滔々と呪文を唱える。

 そう、息継ぎ(ブレス)のタイミングまで、ばっちり同じです。

 雷の属性はそもそも火や風といった属性よりも難易度が高く、呪文も相応の長さがある。

 一息に唱えるのは難しい。

 最後の、深く息を吸うタイミングで。


 私は同志(セムレイヤさま)にGOサインを出した。


「――きゃああああああっおじいちゃまあ! たすけてえ!!」


 突如、闇夜を劈いて耳に突き刺さる悲鳴。

 愛らしい幼女の声は、恐怖に彩られて哀れさを誘う。

 ちなみにこれ、とある幼女からコピーした竜神様の声真似です。


「!?」


 メイには馴染みのない声だけど、トーラス先生には違うよね。

 深く息を吸いきったところで響いた悲鳴に、咄嗟に反応して振り返ったトーラス先生。

 トーラス先生の呼気が詰まり、一瞬息が止まる。

 老魔法使いの声が、途切れる。

 そして老魔法使いは、闇の中。

 肉親への深い愛情から、声の主を探そうと。

 無意識に彷徨う視線は、完璧に私のことを束の間忘れていた。


 ちゃーんす★

 (パパ)譲りの脚力と(ママ)譲りの跳躍力を見よ!

 この機を見逃したら、師匠(ヴェニくん)に怒られちゃう!

 

 魔法使いの広い間合いを、モノともせず。

 メイちゃんは3歩で魔法使いの懐に飛び込みました。

 今なら(ヴェニくん)のジャンプ力に勝てる気がする……!


「なん、……くぅ!?」


 流れるような動作は、何度も繰り返した経験によるもの。

 懐に潜り込んだメイに、老魔法使いは背に隠していた小剣を握る。

 だけど、振り回させる訳がない。

 ご老体の軸足にローキックを放ちながら屈み込み、ご老体の姿勢が大きく揺らぐのを確認し……

 両足をきちっと揃えた状態から、力を溜めて。

 私は一気に勢いよく立ち上がりました。

 身長が足りないので、勢いの後押し付けて宙に飛びだす。

 まるでバネ仕掛けの玩具が、跳ね上がるように。


 トーラス先生の顎に、メイの頭突きがヒットした。


「がっ……」

 

 文句なしに、会心の一撃☆

 脳が盛大に揺れたのか、トーラス先生の足から力が抜ける。

 姿勢の揺らめきは傾きに移行し、倒れるかと思われたその時。

 トドメの一撃は、横手から飛んで来ました。

 読んで、字の如く。


 どっかーん、と。

 トーラス先生の左手側から一直線に飛んできたのは。

 飛んできたついでに、トーラス先生に激しく激突したのは。


 鳥の姿のセムレイヤ様。


 人身事故が大発生。

 畳掛けるような一連の攻撃に、トーラス先生の身体が吹っ飛んだ。

 トーラス先生から見て、右の方に3mくらい。


 そして着地と同時に、地面陥没。

 今日のお昼の間に掘っておいた落とし穴が発動!

 さよなら、トーラス先生!

 トーラス先生の姿は地面の下に消え……

 た、かと思いきや一瞬で真上に飛び出してきました。

 落とし穴の底に仕込んでおいた、捕獲網に包まれて。

 おかえりなさい、トーラス先生!


 容赦のない怒濤の震盪攻撃に、老魔法使いは完全に目を回していた。




 メイとセムレイヤ様は見事トーラス先生の捕獲に成功☆

 捕獲網でぐるぐる巻きのまま、猿轡をして倉庫の中に運び入れました。

 鍵はセムレイヤ様が倉庫の中に忍び込み、中から開けてくれたよ。

 後はトーラス先生の姿が見えなくても不審に思われないよう、セムレイヤ様が偽の書置きを用意してくれる予定です。

 今までにも夜明け前から薬草を探しに出かけて、何時間も戻らないとか時々あったことらしいから、きっと疑われない。

 ちょっとご老体に無茶し過ぎたかなって心配もするけど、まだまだ現役らしいから大丈夫。きっと大丈夫。うん、たぶん。

 

 朝までに戻らないとマズイのは、メイの方。

 トーラス先生の説得(・・)は、元から昼に行う予定だし。

 ここはセムレイヤ様にお任せして、メイちゃんは一旦お祖父ちゃんのお家に戻ることにした。

 今からでも寝ておかないと!

 まだまだメイちゃんはお子ちゃまだから、寝ないと体が保ちません。


「ごめんなさい、トーラス先生ー……朝ごはんはちゃんと持ってくるからね!」


 私はトーラス先生の身体を毛布で包み、傍目に荷物のように見えるよう偽装してから倉庫を後にしました。

 ……ご老人は大切に。




 さて、今回。

 私達はトーラス先生を協力者に引きずり込むべく動くことを決めました。

 ……なんで、トーラス先生を選んだのか?

 ちゃんと理由があります。

 なるべくならリューク様にとって優しい未来に来てほしい。

 それは私とセムレイヤ様、共通のお願い。

 つまりは、『ゲーム』でいう大団円ENDが望ましい。

 その未来を掴む為には、そしてこの村の村人達を1人でも多く助ける為には。

 どうしても、本当にどうしてもトーラス先生の協力が必要だったんです。


 トーラス先生とラムセス師匠。

 この2名のキャラは、遅かれ早かれ死ぬ運命にあります。

 だけど『ゲーム』を最低でも2周以上周回プレイした後に、2人の命が助かる分岐イベントが発生します。

 2人は戦闘からは離脱するものの命は助かる……死んだと見せかけておいて、後で出てきて「実は生きてましたー!」ってやるあの展開です。

 そのイベントを踏襲する為には、どうしてもトーラス先生の力が欲しい。

 だって序章で死ぬ師匠キャラにトーラス先生を選ばないと、フラグが消滅しちゃうんだもん。

 死んだと思われたまま、トーラス先生には命拾いした上に数年間潜伏してもらいたい。

 だからトーラス先生の命が助かるよう、メイ達も協力する。

 だけど事情を察せず命拾いしたトーラス先生が、のこのこリューク様達と合流しちゃったら……『ゲーム』の流れが盛大過ぎるほど豪快に狂うんで、そこらへんの自重をしてもらう為にも事情を説明しないといけない。 


 でも素直に話しても、内容が荒唐無稽過ぎるから。

 きっと信じてもらえないなって思った。


 だったら信じる信じない、以前に。

 信じざるを得ない、協力を断れない状況に追い込もうという結論に。

 うん、至っちゃった訳です。


 その前準備として、今頃意識を刈り取られたトーラス先生の精神に、竜神様が手加減抜きで干渉している真っ最中。

 ……うん、メイの話を受け入れられる下地を作るんだって。


 トーラス先生は魔人。

 本来、魔人を生み出したのは古代神ノア様。

 ノア様とセムレイヤ様との相性は最悪です。

 なので干渉するのは割と難しいそうですが、ここは竜神様の底力を信じましょう。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


  ~セムレイヤ様/トーラスの洗n……説得中~


『――目覚めなさい。目覚めなさい、トーラス』


 どこからともなく、声がする。

 深く脳の隅々まで、胸の奥深くまで浸透するような声が。

 本能的に抗うことは許されないと、この身を戒めるような声が……


『目覚めるのです、トーラス……選ばれし者よ、目覚めなさい。ダークサイドに』

「なんですと!?」


 思わず跳ね起きた。

 

 瞬間、酷い眩暈に襲われる。

 くらりと脳髄が、何かに全力で揺さぶられているかのようだ。

 目を開けることも辛いというのに、声は無体な要求を促してくる。


『私を見なさい、トーラス。【斑の小兎】を滅ぼしし者よ』

「止めて下され……! 儂の痛い過去を揺さぶり起こすのは止めて下され!」

『ふふ……魔道実験により、魔物を一種完璧に滅ぼす。トーラスの目論見は見事に果たされたではありませんか。望み通り、一種だけとは言え魔物を消滅させた。その功績の何を恥じるというのです』

「アレから皆、儂のことを『斑兎』と呼ぶ……それが儂の心をどれほどに痛めつけたことか! 道行く子供から、『うさうさじーちゃん』と呼ばれた時の儂の気持ちがわかりますかのぅ!?」

『人は皆、須く己が天命に沿って生きていきます。それが貴方の天命だったのですよ、トーラス』

「ぐは……っなんと心抉る天命じゃ!」

『人には皆、天命がある……さあ、トーラス。貴方の最も重要な天命の話をさせてください』

「う、うぅ……嫌じゃ。兎は嫌じゃ……!」

『…………さもなくば、貴方のことを私も『うさうさトーラス』とお呼びしましょう』

「……さて、何のお話でしたかのぅ」

『私を見なさい。見るのです、トーラス』


 いつの間にか、眩暈は消えていた。

 脳を揺さぶられる苦しみは、心抉られる苦しみに取って代わられるようにして無くなっている。

 どちらがマシだったか。

 内心で苦々しく思いながら、声に促されるままに顔を上げた。


 そこには、若々しかった頃の自分を映す鏡と。

 全身鏡の上に体重を感じさせることなく佇む『青年』がいた。

 

 いや、本当に青年か?

 若く見えると思ったのは、最初だけだった。

 男の瞳には老成した光がある。

 顔立ちもよく見れば年齢を感じさせず、見ていれば次第に年齢という概念の不確かさが迫ってくる。

 外見は、確かに若い。

 だが外見以外の全ては計り知れない年月を背負い、目の前にいる方が自分などとは比較にならない年月の末に至った存在なのだと伝わってくる。

 自然と、膝を折っていた。

 目の前にいるのは、敬うべき存在。

 従わねばならない相手だと、体が勝手に反応する。

 このような経験は、2度目(・・・)だ。


 では、この男は『神』なのか?

 そんな馬鹿な。


 驚愕と、疑惑が脳を占める。

 だが此方の考えなど見通すような目をして。

 微笑ましいと、男の口が緩む。

 そして、男は地上の誰もが知る名を告げた。


『――私の名は、セムレイヤ。天上に1柱(ひとり)残されし、最高位の竜武神』


 そんな、馬鹿な。

 胸中から湧き上がる2度目の言葉は、憤りの色に染まった。

 違う違う、違うと。

 頑なに強張った、否定の鐘を掻き鳴らされた。




良い子は色々と真似しないでください。

ご老人は大切に!

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